<19> レコーディングダイエット
青い空。
白い雲。
赤や黄色に色づき始めた木々。
スクラップと化したゴーレム。
「よくやるわね。予算尽きないのかしら」
「施錠学派は小さいけど金持ちですよ。
技術がありますから、不老不死っぽいものをちらつかせて金持ちから巻き上げるんです」
「インチキ健康食品商社みたいなもんか。
あいつら全員、円周率の小数点に足の小指ぶつけて死ねばいい」
「どういうジャンルの恨みを抱いたらそういう罵倒が出るんです?」
今日も今日とて、施錠学派の刺客を片付けたヒミカたちは、そこで休憩する態勢に入った。
フワレは煮炊きの準備をし、ヒミカはゴーレムの残骸を物色する。
「よーし、このダンベルに持ち替えようっと」
壊れた殺人人形の群れから、ヒミカは丁度いい形と重さをした個体を見繕い、軽く持ち上げてみた。悪くない。
ヒミカは筋トレのウェイトを徐々に重くしていた。
「…………そうだ。そろそろできるかな?」
ヒミカはおもむろに、地面の小石を足で払うと、そこに手を突く。
そして足を伸ばして身体を浮かせ、少しずつ腕を折り曲げた。
「……いぃいち……! にぃい…………!!」
「おや、腕立て伏せですか」
「すっごい! ヒミカさんの腕が立った!」
「私はクララじゃなーい!」
「クララって誰!?」
「……さんっ! …………よぉん…………!」
生まれたての草食獣みたいにブルブルと腕を振るわせながら、ヒミカは腕立て伏せをした。腕立て伏せができた。チート能力抜き、この肉体の力だけで。
「……じゅうっ……!
ふへえ、やりきったわ」
「すごい、おめでとう!」
「ぶべ」
轢かれたカエル状態で地面にへたばったヒミカの背中に、メルティアが飛び乗ってきて、ヒミカはトドメを刺された。
「いつの間にか、こんなに腕力が付いていたんですね」
「それもあるけど、やっぱり自重トレーニングって『負荷=体重』だから!
デブには難しいし、痩せてきたからやれるようになったって部分もあるわよ絶対」
地面に平たくなったままヒミカは答える。
そしてふと、思い立つことがある。
「体重……体重かあ。
やっぱりどこかで体重計、手に入らないかな」
「体重計って……つまり、身体の重さを量る道具?」
「そうそう。
「へええ」
ヒミカは今、切実に体重計が欲しかった。
「数字として残さなくても、痩せているのであれば構わないと思うのですが」
「そんなことはないのよ、フワレちゃん。
姫様だって健康状態を確認するため、日々の記録を残していたでしょ」
「あっ」
ヒミカは、ほとんど肌身離さず持ち歩いている、アンジェリカの日誌を取り出し広げる。
そして、自分が書いている『第二巻』も。
かつてアンジェリカは、暴食のチートを使いながら如何にして健康を保つかという研究をしていた。
チートパワーによる重量挙げと幅跳びを記録していたのは、チート出力の計測によって自分の健康状態をモニタリングしていたわけだ。
ヒミカもそれに習った。
また、単純にカロリー管理のためにも記録は必要だ。その日の移動距離を日誌として記録し、消費カロリーを概算し、痩せながらもエネルギー欠乏にならない適切な摂取カロリーを弾き出している。
もちろん、毎日望んだメニューの食事をできるわけではないのだから、食事量が多い日と少ない日も混じる。そんなとき、トータルで摂取カロリーのバランスを取って帳尻を合わせるためにも、継続的な記録は必要だった。
「あらためて見ると、これ、とんでもないよね。
私絶対マネできない」
「習慣にしちゃえば結構簡単よ」
「やってる人に簡単って言われること、実際やってみるとだいたい難しいじゃん」
旅の間ずっと付け続けた、一日も隙間が無い膨大な記録を見て、メルティアは舌を巻くばかりだった。
「これってそんなに大事なの?」
「『レコーディングダイエット』なーんて大げさな言い方もされるけどね。
記録してないと人ってものは、甘えるのよ。自分に。
都合良く記憶を改竄して『今日はあんまり食べてないから、まだ食べられるはずだ』って」
それが楽観であれ、悲観であれ、人の認識とは必ず歪むものだと、ヒミカはかつてのダイエットの中で悟った。
だからこそ数字と、一欠片の忖度もしない冷酷な
大デブのうちは痩せ方も激しい。それこそ目で見て分かるくらいに。
しかし小デブになってからは、変化も緩やかになってくる。
そんなとき、体重計は進路を決定する上で重要な指針となる。毎日体重を量っていれば、目に見えない小さな変化も捉えて対応できるし、何より、ほんの100gだろうと減量に成功していれば次へのモチベーションが湧くものだった。
体重計は、構造としては簡単な道具だ。
だからどこかで手に入るだろうとヒミカは思っていたのだが、甘かった。
まず、『体重を量る』という発想が一般的ではない。それが一般的でない以上は『体重計を作ること』が商売として成り立たない。となると、体重計なんてものは世間に出回らないのだった。
そしてもし売っていたとしても、旅荷物にできる小型サイズかは別の話である。
いっそどこかの工房にでも金を積んで、いくらかかっても良いから用立ててしまおうかとヒミカは考えていた。王宮からのお小遣いも決して無限ではないので、考えどころだが。
「あと、食事量の精密な計算もできるのよ。
体脂肪1kgは7200kcal分……長期的に食べた量と体重増減を観察すれば、自分に最適な食事量と、どういう食事量ならどれだけ痩せるかが割り出せるってわけ」
「想像するだけで頭が爆発しそう」
「ま、私のこれは、先人の知恵に乗っかってるだけ。
ほんの子どものうちにこのやり方を自分で思いついたんだから、姫様、めっちゃ頭がいい人だったと思うわ」
ベーコンを切っていたフワレが、はっと息を呑む声を、ヒミカは聞いた。
考えれば考えるほどにアンジェリカとは、惜しい人だったのだとヒミカは感じる。
先祖伝来のチート能力など、なんぼのもんじゃ。彼女の知性にこそヒミカは価値を感じた。だがそれは一切顧みられることなく、チートの器、勇者候補という
そしてそのまま、彼女は死んだ。
あまりにも酷い。アンジェリカにそれを強いた者たちは、罪の意識など感じてもいないのだろう。
ヒミカのダイエットは、自分自身の生き死にに直結する話でもある。
同時に、アンジェリカの仇討ちにも通じるはずだ。
かの王の横暴を思い起こせば、ヒミカはいかなる空腹にも耐えられた。このダイエットを完遂し、奴の企みを叩き潰す。でなくばアンジェリカに対する罪は、裁かれぬままだ。
「でもさあ、どんなにチートパワー使ってもそれ自体では痩せないのね。
これ未だに納得いかないんだけど」
指の先でカロリー計算をトントン叩き、ヒミカは溜息をつく。
アンジェリカの残した記録からヒミカは、摂取カロリーとチート出力の関係、そして肉体の維持に必要なチートパワーの方程式を概算し、それを使って今まで生き抜いて来れた。
しかし、その内容には未だに納得がいかない。
……食べれば食べるほど力を発揮するチート能力とは言え、あんな超常的なパワーを発揮していたら、どう考えても
四六時中暴れていたというアンジェリカは、太るどころか痩せ細って死ぬのが物理学的に正しい結末であったはずだが……これまでの体重増減も踏まえたヒミカの計算が正しければ、いくらチートパワーを使っても体内のカロリーは消費されないという、えげつない結論に到達する。
今更ながら恐ろしい話だ。
チートパワーで身体を維持する必要がある破滅的デブだったのに、そのために摂取したカロリーは消費されずに蓄積される仕組みだったのだから。
死なない程度にチートパワーを補充しつつも、カロリーが差し引きマイナスになるという、針の穴のように細いラインを通せたから、ヒミカは今日まで生き延び、安全圏まで痩せることができたのだ。
「食事による魔力補給と同じかと。
『
「そんで残った栄養は腹の肉になるんかい。ファンタジー理不尽……」
ダイエットはひとまず軌道に乗ったが、今後もヒミカは戦い、チートパワーを使うことになるだろう。その度にこのインチキカロリー計算と付き合わなければならないのだから、そう考えれば溜息の一つもつきたくなるというもの。
と、その時ヒミカは閃いた。
「そうだ! 腹の肉だわ!」
「え?」
ヒミカは、ちょうどフワレが煮込もうとしていた乾燥トマト(だと信じたい物体)の麻袋から、口を縛るロープを抜き取った。
流石は王宮からの補給物資、ロープ一本までしっかりした品だ。行く先々で受け取る物資が、どれもこれも同じ袋に入っているもので、仮にロープをなくしても全く同じものがまた手に入るだろう。
「これでお腹周りと、太腿と……二の腕もやっとこうか。この数字を記録して増減を確かめるの。
あああ、もう、これもっと早くやっとけば良かった……!
なんで思いつかなかったんだろ」
当たり前だがダイエットが進めば身体は細くなる。
そしてヒミカの経験上、ウエストや太腿の数字の減り方は、体重減少に比例する。
別に、キログラムを単位として記録する必要は無い。要はダイエットのペースを定点観測できれば基準は何だって構わないのだ。
「私、この編み目20個分だった。ヒミカさんはいくつだった?」
「黙秘権を行使します!!」
ただし、どんな基準であっても、比較することには痛みを伴う。
メルティアは、生み出されたばかりの『ロープ単位』に悪意無く呪いを掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます