<17> 自重トレーニング
「ヒミカさん先に言っておきますが」
「なあに?」
「こいつらは倒しても食べられませんからね」
「フワレちゃん、あなた私をなんだと思ってるの」
険しい切り通しの一本道で、ヒミカたち一行を待ち受けていたのは、鉄の骨格標本みたいな殺人人形たちだ。
ゴーレム、というやつだ。
魔法を動力として駆動するロボット一般をゴーレムと呼ぶ。
定義は広い。用途も様々だ。平和に家事をするゴーレムだって。
だが、ヒミカの前に現れた、片腕が剣でもう片方の腕が回転のこぎりになっている人形たちは、少なくとも洗濯や買い物はしてくれないだろう。掃除はするかも知れないが。
「嫌ですねえ、ゴーレムは」
「そうですねえ、師匠」
ガチャガチャと装甲板を鳴らして、人形どもはにじり寄る。
セラがゆらりと一歩、踏み出した。
直後、セラは急激に速度を上げ目にもとまらぬ勢いで駆け抜けながら次々にゴーレムを斬り捨てた。
装甲板と剣の間で火花が散り、ゴーレムは次々真っ二つになる!
さらに、討ち漏らしたゴーレムにヒミカが襲いかかる。
回転のこぎりをかいくぐって肉薄、人形の両腕を引き寄せながら胴部に膝蹴りを叩き込んで破砕!
そうして破壊した人形を掴み、ヒミカは振り回した。
金属音金属音、そして更なる金属音! 砕かれ、薙ぎ倒され、人形どもは次々スクラップと化した。
やがて、動く人形が居なくなったとき。
後に残ったのは、耳の中でぐわんぐわん反響し続ける金属加工音の幻だけだった。
「耳、痛いですよね。ゴーレム」
「耳が遠くて助かりました。歳だもの」
フワレとメルティアは耳を押さえて悶絶していた。
* * *
香ばしい煙が立つ音。そして油がはねる音。
「『施錠学派』は、全ての手段を用いて、全ての知識を蒐集する。ただそれだけが目的の異常者集団です」
「そしてアンジェリカ姫の敵だった、と」
「よくご存じで」
そんな施錠学派が派遣したゴーレムは、現在調理器具にされていた。
割烹コーギーはいつものように魔法で竈を作ると、人形の残骸から装甲板を引っぺがし、竈に渡してフライパンとした。
輪切りにしたバゲットと細かく切られたベーコンが、香ばしく焼けている。そしてバゲットの上では摺り下ろしたチーズが蕩けていた。
別に火を通さなくても食べられるメニューだが、焼いた方が美味しい。絶対に。
ブッコロリによる襲撃が失敗した後、怪しげなゴーレムが度々、ヒミカたちを襲うようになった。
本気で殺すつもりがあるかは、今ひとつ分からない。向こうもゴーレムを送り出すだけだから、金は掛かっていそうだが手間は掛からないだろう。
疲弊させるつもりだろうか。
とりあえずヒミカは、ゴーレムの装甲板はフライパンの代わりに使えるということを学んでいた。
「実は、施錠学派に恨まれてるのは殿下よりも私の方でして」
「そう言えばブッコロリも、私よりフワレちゃん優先で狙ってたわね。
なんでまた」
ヒミカは別の竈で、干し野菜を煮立ててスープを作る。
干し野菜は日持ちが良く、水分が飛んだ分軽いので、旅食に適する。とは言え、そもそも干すに適する野菜とそうでない野菜があるし、生産されていないものは手に入らない。
例によってヒミカは王宮に野菜をおねだりしたわけだが、紫マーブル模様のトマトらしき何かを干した冒涜的物体が支給されるようになったので、トマトのつもりで栄養を計算し、トマトであってくれと願いながら毎日煮込んでいた。
「施錠学派の実験で、数万人が呪いで死にそうになった事件があったのですが、その解決に関わった一人が私なんです。
しかも成り行きで施錠学派の秘宝の一つを持ち出してしまいまして、そのために宮廷魔術師の最高峰・『賢者』の位を拝するほどの魔法力を手に入れた次第」
「そうだったんだ!
姫様と違って完全に逆恨みじゃない」
「あっと、焼けすぎるところだった。
はいこれ、ヒミカさんの分です」
「ありがとフワレちゃん」
人に歴史あり。
チーズ蕩けるバゲットを手渡す割烹コーギーにも、何やら壮絶な過去とか因縁があるようだ。
ヒミカは二枚渡されたバゲットの片方を、お弁当の籠に入れて包む。
自分たちで調理する場合、ヒミカは一食分を二分割し、一日六食としているのだ。
食い溜めをするとどうしても無駄ができて、消費しきれなかったエネルギーが贅肉になる一方で、空腹時には筋肉が自壊するなどの問題が発生する……と、ヒミカは思っている。それなら細切れに食べた方が無駄なくエネルギーを使えるはずだろう。
「でも安心して。
私がもっと強くなってフワレちゃんを守るから」
「あの、立場的には勇者候補付きの賢者である私が、ヒミカさんをお守りするべきなのですが……」
濃厚なりチーズ。香ばしきかなバゲット。
蕩けチーズの上にまるごと載せた胡椒の粒が、アクセントとなる歯ごたえと辛みを提供する。
他三名がバゲット二枚を食べているところ、ヒミカは一枚なのだから少し早く食事が終わった。
トマト(だと信じたい)スープも飲み干し、やにわにヒミカは立ち上がる。
「……つぁっ、ふぅっ……! うひいい!」
そして足を開き、深く腰を落とした。
「きゅ、急に何を!?」
「スクワット!
自分の体重を! 使う! トレーニング! なんだけど!」
そう。スクワットである。
道具不要でいつでもできて、下半身を効率よく鍛えることができるキング・オブ・
自宅で筋トレするメニューを組む場合、まず間違いなく入ってくるであろう重要なトレーニングだ。
だが!
「かっ、身体が、まだ重くて無理寄りの無理だわ……」
ヒミカはそのままへたり込み、ゆるい尻餅をつく。
スクワットは基礎的なトレーニングだが、決して簡単ではないのだ。
特に、『筋トレするための筋肉が無い』族のデブにとっては。
自重トレーニングとは、当たり前だがその名の通り、自分の体重を
そのためヒミカは、デブはマシントレーニングから始めた方がマシだとすら思っている。なにしろマシンなら適切な負荷に調整できるからだ。
残念ながらこの世界は地球と違い、月額数千円でいつでもマシンが使える24時間ジムなど存在しないわけだが。
「私もやるー!」
メルティアが面白がって真似をし始めた。
「腰を曲げちゃだめ! 背筋を伸ばしたまままっすぐ落とすの」
「なんだか、変な踊りみたいですねえ」
「本当に効くんですから、これ!
実際やってみ……いや、師匠なら簡単か、これくらい……」
「基底世界の鍛練法ですか。
ですが、どうして今、急に?」
世にも珍しいスクワットコーギーが、首を傾げてヒミカに聞いた。
彼は意外と身体能力も高く、ついでに器用で、ヒミカの動きを一度見て説明されただけで完璧なスクワットコーギーとなっていた。可愛い。
この世界に来てすぐ、巡礼団として旅立ち、セラニア王国中を歩いて巡った。そろそろヒミカは伊能忠敬と語り合いたい。
こちらに来たのは春の終わり。
どこかの温帯モンスーン国家のくそったれな夏と違う、からりとして過ごしやすい夏を越えて、もう秋の気配が漂い始める頃だ。
その間ヒミカは、トレーニングらしいトレーニングをしてこなかったので、急に思うのは当然だった。
だがこれも、ヒミカなりに考慮したスケジュールである。
「今までは私、とにかく食事制限で体重を落とすことに注力してたのよ。
体重に対して筋力が低すぎたからまともに動けないし、下手に鍛えようとすると逆に身体痛めるレベルだった。
でもほら、ちょっと痩せたじゃない」
「うん、痩せてる。最近涼しくなってきたから久しぶりに一緒に寝たら、柔らかさが全然違くてびっくりしたもん!」
「メルちゃん、そろそろはっきりさせたいんだけど私のお腹は枕じゃないからね?」
そう。ヒミカは痩せた。
まだ十分にふくよかだが、明らかに異常な領域は脱していた。
少なくともチートパワー無しで生命を維持できる程度にはなった。
季節の移り変わりに合わせ、ベッドシーツみたいに巨大なシスター服も、服の形に見えるものに交換した。
「とにかく、歩きに歩いて体力の基礎は出来たし、チート無しで動ける程度に体重減ったから、ここからは筋肉も付け始めようと思ったんだけどさ……
自重トレーニングするにはまだ、身体が重すぎたわ」
仕方なくヒミカは、フワレの脇の下に手を差し入れ、抱き上げる。
「ダンベルから始めるかあ」
「あの?」
「うーん、ほどよい重さとモフモフ感」
コーギーが上下に動いた。
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