<39> vsミロス・クリスマス①
「フワレちゃん、無事だった!?」
「お陰様で!」
衝撃で歪み、開かなくなった操縦席から、フワレは≪
「……鎧、着れましたね。お似合いですよ」
「おうふ……なんか裏表無く褒められるのも逆にきついわ……」
「は、はあ……ごめんなさい?」
しみじみと賞賛されてヒミカは、どうとも言いがたい気持ちだった。
ちなみにビキニアーマーの恐るべき斥力が働くのは、あくまで胴体と肩部分ぐらいなので、本来せめて腕と足には追加の防具を装備するものらしい。
ヒミカは本来勇者になるはずではなかったので、もちろんそんなもの用意されていない。靴すらヒミカの蹴りの圧力に耐えかねて破れ散り、今は剥き出しの素足であった。
半壊した神殿の、鐘撞き堂の上に飛び乗って、ヒミカは王城の方を見る。
蹴飛ばされて王城にめり込んだ邪悪なサンタデーモンが、起き上がろうとしているところだった。
「で、あの化け物、実際どうなの。
私のキックで倒せるの?」
「あれは世界の脅威で、ヒミカさんは勇者の鎧を着ています。
である以上、確実に倒せるでしょう」
「了解、特効ダメージあるのね」
「ですがご注意ください。恐るべき力とタフネスを持つ相手です」
スクラップと化したゴーレムが、クリスマスの力を物語っていた。
ヒミカは平手に拳を打ち付ける。
クリスマスが瓦礫の中から、ゆらりと身を起こした。
確かにヒミカが蹴りつけた頬は、まるで焼き潰されたように潰瘍となっている。相手の攻撃を避け続け、一方的にタコ殴りにできれば、倒す見込みはあるだろう。
そう思ったのだが。
「変だよ、ヒミカさん!
人が居る!」
「え!?」
王城の反対側の通りを、メルティアが指差した。
ほとんどの市民は既に避難したか、でなくても建物の中に隠れて息を潜めているだろう。
巨大ゴーレムとクリスマスの戦いで一部が壊されたこともあり、王都はもはやゴーストタウンの様相を呈していた。
そんな中を堂々と歩む、特徴的な赤装束。
「サンタクロース・カルト!」
身を起こしたクリスマスは、明らかにヒミカを認識していた。
胸部に埋め込まれたミロス王の顔ではなく、形が明白となった白髭まみれの頭部にて、ヒミカを睨んだ。
だが向かっては来なかった。ゆらりと立ち上がると、ヒミカに背を向け、カルト戦闘員たちの方へ向かっていったのだ。
カルト戦闘員たちは、サンタ装束に似つかわしい白い大袋を持っていた。
それをひっくり返して、人気が無くなった大通りのど真ん中に彼らが広げたのは……
「料理……? どうして……」
七面鳥の丸焼き。大鍋シチュー。キャンディーケインにケーキ。その他諸々。
クリスマスを祝う料理が、小山の如く積み上げられた。
ミロス・クリスマスは吸い寄せられるように、積み上げられた料理へ向かっていく。
そして、大いなる鉤爪を備えた手で、舗装の石畳ごと料理を掴み取って、口に運んだのだ。
「まずい! そういうことか!
おそらく、ご馳走で体内のクリスマスを高めることによって、回復と強化を図っているんです」
「はあ!?」
フワレの推測の正しさは、すぐに証明された。
ミロス・クリスマスはゴーレムとの戦いで手傷を負っていたし、ヒミカに蹴られた傷もある。
それが急速に塞がり、薄れ始めていた。
「マジか」
しかも、鐘撞き堂の上に居るヒミカからは城下町を見渡せる。
ゴーストタウン状態の王都のそこかしこに、紅白の影があるではないか。
クリスマスこそがサンタクロースカルトの崇拝対象。今日は彼らにとって審判の日。最大の聖戦なのだ。
「マジかい……」
「くそったれ!
だが、やることは分かった。荷物を持ってる奴を斬ればいいんだな!?」
「私も、まだ残っている騎士に協力を要請します!」
セラはすぐさま抜剣し、飛び降りる。
フワレも
「……私も妨害に行くわ」
「しかし、ヒミカさんしかクリスマスと戦えませんが……」
「クリスマスに食われる前に、私が料理を食って反撃するの」
「は……あ! その手があった!」
ミロス・クリスマスは、今、何をしたか。
己の宿敵たる勇者の存在を認識しながら、回復を優先した。戦略的に行動しているのだ。
ならばヒミカは先回りを狙うべきだ。相手が回復しようとするなら、その狙いを先んじて潰す。自分の補給もできる。そしてミロス・クリスマスが、騎士や市民を狙うべく動き出したら、これと戦い阻むのだ。
目の前の料理を食べ尽くしたミロス・クリスマスは、動き出す。
ヒミカたちとは別の方向へ。
ヒミカは鐘撞き堂の瓦を蹴って、飛び降りた。
矢のように真っ直ぐ飛び降りて、着地と同時、遅滞なく走り出す。チートパワーが足に満ちる。一蹴り一蹴りが石畳に足形を残した。
ミロス・クリスマスの行く先を見極め、大まかにこちらへ向かっているだろうという方向へ駆けてくと、プレゼント袋を抱えた三人組のカルト戦闘員に出くわす。
「アンジェリカ姫!?」
「気の毒だが正義のためだ!」
カルトの戦闘員と言えど可能なら殺したくはないが、自分がやらなければセラか騎士団がやるだけで、自分の手を汚さないのは単なるワガママだ。
ダッシュの勢いを乗せて、立ち止まった瞬間に掌底突き! まず一人、武器を構える間もなく腹から二つ折りになって空の彼方へ飛んでいった。
そして、残る二名は。
「こいつらっ……!」
「我らは、今日!」「コルバトントリへ逝くっ!!」
必死で袋をひっくり返し、その場に料理を積み上げた。
即座にヒミカはミドルキックを放つ!
二人のカルト戦闘員はまとめて吹き飛ばされ、まだ形を残していた建物の中に突っ込んだ。
後に残ったのは雑にぶちまけられた料理。
流石に料理をプレゼント袋に片付けている余裕は無い。
「よろしい、いただきますっ!」
ヒミカは料理に手を付けた。
流石に土にまみれた部分まで口にする気は無いが、積み上がった上澄みだけなら十分食べられる。
これは邪教徒が邪神(?)に捧げるため作った供物。
だが、料理に罪は無い! 美味しいものは美味しいのだ!
神に捧げる品だけあって、手抜きは一切感じられぬ珠玉の逸品だ。
七面鳥の丸焼きはまず、皮が美味い! 甘い脂がのっていて、しかも甘辛くてコクのあるタレが肉の奥底まで染みている。
壺が横倒しになり、こぼれてしまったビーフシチューは、壺に残った分だけ貰った。スープに使われた赤ワインは脇役の筈だが甘くほろ苦い、喜びも悲しみも全てを呑み込むような味だ。名のあるワインとお見受けする! そしてホロホロになるまで煮込まれた肉は、口に入れた瞬間に旨味を残して溶け消えるかのようだ!
クリスマスケーキの味は残念ながら、ヒミカにとって少し退屈だった。とてもシンプルに甘い。だがそれは、この世界においてどれほどの贅沢だ? たっぷりの砂糖と卵はどれほどの贅沢だ? この味わいはただ荒削りなだけだ! この世界の未来への希望の味だ! そしてスポンジに隠し味の如く混ぜ込まれた蜂蜜はアクセントとして申し分なく賞賛に値する!
ヒミカの
どんな原理か分からないし、自分の身体を切り開いて確かめる気も無いが、食べようと思えば肉体の容量を無視して食べることができる。
ヒミカの胃袋は今、宇宙であった。
吐息すら聞こえるほどの間近に、ミロス・クリスマスがやってきた。その時にはもうヒミカは、無事な部分の料理を食べきっていた。
「ふっ、私の残飯でよければどうぞ」
ヒミカの言葉に機嫌を損ねた……か、どうかは分からないが、ミロス・クリスマスは機械的に方向転換した。
ヒミカとの交戦リスクと、補給できる料理の量を天秤に掛けたのだろう。そして別の補給ポイントへ向かったわけだ。
「させるかぁっ!」
食べたばかりのクリスマス飯をチートパワーに変え、ヒミカはまた走り出した。
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