第13話 幸か不幸か
第十三話 幸か不幸か
「はじめまして、
「あら……どうもはじめまして
4月はじめの休日。私と星梨さんは、初デートすることになった。
初デートといっても、会うのですら初めてだけど。メールのやり取りで、会うときはすぐにデートしよう、みたいな空気になったのである。私、会話スキル、上がってる?
場所は、街中の一角。噴水と、その周りにはカフェテラスが並んだ、待ち合わせにぴったりのスポットだ。辺りを見回しても、カップルが多い。
私の住んでいる街はさほど大きくはないので、ごった返していないのは救いだった。星梨さんもすぐに見つけることができたし。
星梨さんは事前に写真交換していた通り、おっとりとしたお姉さんだった。いや。28歳の私が、年下の相手のことを"お姉さん"って形容するの、おかしなことかもだけど。でも、お姉さん、って感じなんだもの。
ご職業はカフェの店員さん、とのことだけど、ぴったりだ。常にニコニコとしていて、ほんわかとした雰囲気が漂い、髪の毛もカールでふわっとしていて、理想のお姉さん像。反面、私は……。いや、今からデートなんだから、ネガティブはよそう。
「星梨さん、とっても綺麗で、驚いたわ。掲示板を使って出会うのってはじめてだから……こんなに綺麗な人がいるなんて、びっくりよ」
初対面ではあるので、一歩引いて
すると、星梨さんは、綺麗って単語で気をよくしてくれたのか、はにかんでくれた。すごく可愛い。見た目がお姉さんなのに照れると可愛いなんて、反則だ。
「お上手ですね、冬花さん。冬花さんも、とっても綺麗ですよ。それじゃ、まずはカフェで一息つきませんか?」
星梨さん、落ち着いてるなあ。私なんて内心では緊張でいっぱいなのだが、相手がどっしりと構えているおかげか、安心できてきた。大人の女性とお付き合いすると、心が
彼女は微笑すると、私の手を取り、恐ろしいほどスムーズに手を繋いでくれた。
え、なんかすごく女性慣れしてる感じがする。私、年上としてエスコートする気満々だったのに。
「お店、星梨さんに任せちゃっていいのかしら……。私、年上なのに、ごめんなさいね」
「掲示板使ったのが初めて、って言っていたので、女性とデート、慣れてないのかな、って思って。私、カフェとかは仕事柄詳しいので、案内任せてください」
星梨さん、おっとりしているけど、私よりもかなり積極的だ。それに、彼女の言葉を
私のモヤモヤなんてつゆ知らず、星梨さんは人波をかきわけてスイスイと歩道を行く。私のことをさりげなく車道から遠ざけてくれているし、気遣いもバッチリだ。女の子にすごいモテそう。
容姿も優れていて、優しさも兼ね備えた星梨さんに恋人がいないなんて。世の中、わけがわからないことだらけだ。
星梨さんが入店したのは、全国展開している有名チェーン店。本人の言葉通り、カフェならば場所もメニューも把握しているらしく、何一つ戸惑うことなく、私たちは窓際の席に陣取ることができた。
左を見れば、ガラス窓から歩行人を目にすることができる。落ち着いて談笑できそうな感じだ。
「カフェの店員なのに、無難なチェーン店を選んでしまってごめんなさい」
対面の席で、アイスコーヒーを手にした星梨さんは、くすりと微笑む。仕草ひとつひとつが女性らしくって、ああ、デートしてるんだなあ、って気分でいっぱいになる。
「いえ、私は特にこだわりはないから気になさらないで……」
うぐぐ、気の利いた台詞が言えない。私、人との交友関係を築いてきたことがなかっただけに、面と向かっての会話が苦手すぎる。茉莉ちゃんのときは向こうから会話を引っ張ってくれていたから、よけいに自分の受け身っぷりが際立ってしまう。
「ねぇ、冬花さん? こっちに来ませんか?」
星梨さん、なんと、自分の隣のスペースを手でぽんぽんと叩き、私を誘ってきた。
ちょっとドキッとした。
こういうカフェとかファミレスって、向かい合って座るものだとばかり思ってたから。二人で入店して、隣り合って座るなんて、考えたこともなかった。そして、それを自然と
「じゃ、じゃあ、失礼します……」
うわー、隣に座るの、すっごいドキドキする。
だって、周りの人たちからもカップルに見られちゃいそうだし。けど、なんだろう。本当に女性とデートしてるんだ、っていう幸せな気持ちも同居してる。
星梨さん、テーブルの下で、そっと手を握ってくれた。か、完全に恋人同士のひとときになってる。手汗吹き出てるの、引かれないかしら……。
星梨さんは、私がドキドキしているのなんて簡単に見抜いてしまっているのか、より、大人な空気を作り上げていく。手始めとして、私の耳元に唇を寄せてきた。そして、ひそひそ話をするかのように、
「あのね……冬花さんに、先に言っておきたいことがあるんです」
吐息とともに、星梨さんの
「えっと……。何か重要なことかしら」
「重要といえば……重要かもしれません。引かないで欲しいのだけど……まあ、引かれてしまったら、しかたないと思うことにします」
え、一体なんなんだ。
しかし、繋いだままの手は離れることがなく、星梨さんが小刻みに震えているのは伝わってきた。百戦錬磨に見えた彼女でも、私に引かれてしまうかもしれないと思うと、不安になってしまうみたいだ。けど、それほどまでに重大なことって、なんなのだろうか。
「私も引かれたりするのは慣れているから……星梨さんのことなら受け入れられると思うわ。い、言ってみて……?」
精一杯、星梨さんを勇気づけてみる。
すると、彼女は目を細めて、頷いてくれた。そして、キスをせがむように唇を突き出して、おずおずと口を開く。
「えっとね。私、女の人とのセックス無しでは生きられないんです。……私と付き合うことになったら、たぶん、たくさん体を求めちゃう。……えっちな人が嫌いだったら困るから、先に言っておこうと思いまして」
……え!?
なんかとんでもないことを聞かされたような気がするんですが!?
耳打ちされただけなので、周囲に話は漏れていないはずだけれど、私は焦ってキョロキョロしてしまった。っていうか、打ち明けた側のほうが恥ずかしいはずなのに、私が顔を熱くしてしまっている。逆に星梨さんは、
しかし。星梨さんが、えっち大好きだったなんて。人は見かけによらないなあ。清楚な女性かと思ってたけど……色んな女の子とえっちなこと、たくさんしてきたのだろうか。変な妄想しちゃいそう。こんな綺麗な顔して、女の子とえっちしてないと生きていけないとか、私の脳みそを破壊してしまうつもりか!?
「……引いちゃった?」
私が黙りこくっていたので、星梨さんは心細そうに呟く。私は必死になって首を横に振った。
「ちょっと驚いちゃっただけよ。引くことなんてないわ……」
私だってえっちなことが大好き……。実戦経験は皆無だけども、漫画なら大量に所持しているし、く、訓練だってたくさんしている。動画だっていっぱい見てきた。女性とのえっちに興味津々なのは星梨さんと同じだ。むしろ、相性バッチリだと思う。
「引かないんですか? ほんと? 私、がっつきすぎだって言われて、いっつもすぐフラれちゃうんです」
星梨さん、私が受け入れてくれたことに
「なんていうか、意外だったわ、大人しそうに見えたから。で、でもね、私、そういうの、経験はないから……その……ついていけるかはわからないの。この歳で恥ずかしい……」
うぅ、真っ昼間のカフェで、何を口走ってるんだ私。夏の一件でレベルアップしていたとばかり思っていたが、えっち経験があるわけでもなく。経験豊富な星梨さんの前では赤子同然だ。そういえば星梨さんは、プロフィールに攻めるの大好きって書いてあったしなあ……。同性愛者の中では、受け攻めしっかり表記しておくのは大事なことなので、気にも留めていなかったが……。
星梨さん、唐突に私の手を、両手で包み込むように握ってきた。しかも、彼女の瞳、どうみても熱が
「素敵です、冬花さん。……私……いくらでも素晴らしさを教えてあげられます。なんなら、今からでも!」
え!? も、もしかして、えっちなお誘いされてる!? 出会って一時間もしないのに!?
星梨さん、鼻息も荒くなっているような。えっちなことが大好きなのは、事実のようだ。しかし、なぜ突然私に発情してきたのか。経験がないほうが好みだったりするのかな……。
「い、今からって……」
「とりあえず、ホテルに行ってみませんか? あ、もちろん、その気じゃないならお話だけでもいいんです。でも、ここよりは人目も気にならないし」
い、いきなりホテル!?
あー、星梨さん、がっついているからフラれてるって言ってたけど、そういうことか。確かに、肉食獣のような眼光をしているし。でも……肉欲がすごいってだけで、悪い人っぽくもないしなあ。私、ちょろいから体だけの関係にされないように気をつけないとだけど……。星梨さん、そんな感じではない。まあ、忠告はしておくにこしたことはないよね。
「断っておくけれど……私、体だけの関係っていうのは求めていないからね? 肉体関係を結ぶなら、心もじゃないと嫌だと思ってるから……」
「あ、それはもちろん! ごめんなさい、私いつも勘違いされちゃうんです。えっちなこといっぱい求めちゃうから、体だけが目当てなんでしょ、っていつも言われちゃう。でも、えっちなことできればいいだけとか、そんなこと本当に考えてないんです」
お医者さんよりも冷静に見えた星梨さんが、大慌てで訂正をしている。可愛いなぁ。にしても星梨さん、どれだけえっちなことが好きなんだ。一日中えっちとかしちゃう感じなのかな……。見た目では全然変態っぽくないのに。ていうか、こんなに綺麗な子がえっち大好き、ってむしろ加点だよね?
私、えっち大好きな人に好かれやすいのかな。茉莉ちゃんも、かなり興味津々だったし。二言目にはえっちって単語が飛び交ってた気がする。
……ああ、また茉莉ちゃんのこと考えちゃった。星梨さんの前なのに、失礼なことしちゃったな。
「……あの、冬花さん? もしかして、失恋、したばっかりとか?」
星梨さんは、私の顔を下から覗き込んで、まじまじと見つめてくる。
う、茉莉ちゃんのこと考えてたの、バレバレか。さすが、色んな女の人とお付き合いしたことのある星梨さんだ。何もかも見透かしてくるような澄んだ瞳が、気まずさを増長させる。
私は、視線を泳がせることしかできなかった。
「ま、まぁ……そんな感じです。あ、でも、心配しないで、もう忘れたことだから……」
星梨さんは、私のカウンセリングをするみたいに、凝視してくる。とてもじゃないが、えっち大好き人間とは思えないほど真剣な眼差しだ。
「うーん……大丈夫そうには見えないですけど……。でも、思い出させてしまったなら、ごめんなさい。私がきっと忘れさせてあげます!」
星梨さん、今度は使命を背負った勇者みたいに力強い声をかけてくれる。私の両手は握ったまま上下にぶんぶんと振って、力づけてくれているみたいだ。私、そんなに失恋のダメージが大きそうだったのかな。
そういえば茉莉ちゃんも、私のことはわかりやすい、って言ってたし、表情が顔に出てしまうのだろう。こればっかりは治せそうもない。
「うーん。本当に割り切れたつもりなんだけど……。というか、星梨さん、そんなにホテルに行きたいの?」
私は含み笑いを込めて、冗談交じりに言ってみた。なんか理由をつけてホテルに行きたがっているようにも見えたのだ。私だって、空気に流されてえっちをすることはないと思うので、ホテルのほうが落ち着いて談笑できるなら移動してもいいのだけど。いや、本当に流されないかは断言できないが……。
「ホテルは……まぁ行きたいですけど。でも、冬花さんのことが心配なのも本当ですよ」
「星梨さん、もしかして欲求不満だったりする?」
「欲求はいつでも不満です! でも、合意なしに襲ったりはしませんよ。冬花さんが、私をドキッとさせない限り」
うぅ、それは
「じゃあ、ホテル、行ってみる? 私、人目がつくところは苦手なのよね」
「え、いいんですか!?」
まさか、私が承諾するとは想定外だったのか、星梨さんは目を
引きこもりの私は、カフェという陽キャ空間が居心地悪いし、ホテルのほうがゆっくりできそうだと思ったんだけど……。でも、星梨さんのいうホテルってラブホテルだろうし。果たして、安心できるのだろうか。ラブホなんて行ったことないし、下手したらカフェよりも陽キャ
星梨さんは急いで立ち上がると、私の手を引き、早歩きでお店を出ようとする。行動力がすごい。性欲に忠実なのだろうか。星梨さんが23年間どんな生き方をしてきたのか興味が出てきてしまう。
お店を出てからも、星梨さんは迷いなく道を進んでいく。まるで自宅にでも向かっているかのような、一直線に街を歩く星梨さん。手を引っ張られる私は、ついていくのに精一杯で早歩きを
「星梨さん、場所、わかるの?」
「はい、任せてください!」
返答は自信に満ちている。……ラブホテルの利用回数、多いのだろうか。自信があるってことは、そういうことだよね。一体何人の女性とえっちなことしてきたのかな。
私なんかで星梨さんは満足してくれるのだろうか。
が、そんな心配するなといわんばかりに、星梨さんは力強く手を引いてくれる。私、引っ張ってくれる女の人に弱いみたいだ。
路地を曲がっていくと、いかにもな雰囲気の建物が増えてくる。ホテル街は、お昼だと
星梨さんは、しゃれた外観をしたホテルの前で立ち止まり、私に振り向いてくる。ここがそうなのか。一見、ラブホテルとは思えない小綺麗なビルなので、私だったら通り過ぎてしまいそうだ。なんか、ラブホテルは変なネオンの怪しげなホテルって印象が強すぎたので、これもまた意外だった。まあ、ホテル、とは看板に書いてあるので、一般人からしたら見分けがつくのだろうけれど。
「冬花さん、緊張してますか? 受付とか精算とか全部私がやるので、リラックスしてください」
どうやら、私がラブホ未経験だと知られてしまっているからか、気遣われちゃった。うぅ、私、年上なのになあ。でも、なんでかな。年下の女の子に大事にされるのって、悪くない気分。私の乙女な部分が顔を出してしまう。……星梨さんにお姫様のような扱いをしてもらって、頬が熱くなっちゃう、こんなの。
そして、星梨さんは、熱が
「冬花さんって、大人の女性なのに可愛いですよね。あぁ、ベッドの中でうんと可愛がりたくなっちゃいます」
星梨さん、いきなり悩まし気な吐息をつき、
「と、とりあえず、中に行きましょう?」
「冬花さんもノリノリですね♪」
ホテル街といっても少なからず通行人がいるので、人目が気になっただけなのだが……。まあ、ノリノリなの、別に否定することでもないし、いいか。
私と星梨さんは、手を繋いだままラブホテルの入り口に向かう。いざ、初ラブホ……。
――しかし。
出鼻をくじくようにして、私のスマホが音を鳴り響かせた。
「あら。寮からかしら……?」
私の携帯が鳴ることなんて、日常生活においては皆無に等しい。だとしたら、緊急要件の可能性もあった。なので、星梨さんには悪いけれど、私はその場でスマホをチェックする。
そこに映し出されていたのは――。
なんと今の今まで私に無関心だった、茉莉ちゃんからのメッセージだった。
『ちょっとおねーさん、なに女の人とホテル入ろうとしてるの?』
ゾクリと背筋に悪寒が走った。
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