第7話 中学生とお風呂
第七話 中学生とお風呂
「ほら、おねーさん、早くしてよ」
「え、ええ……。あのさ、
一緒にお風呂に入ろう、と約束した日の夜。
茉莉ちゃんは、よほどお風呂が楽しみだったのか、ウッキウキと弾む声で、私を誘っていた。声そのものが
私の部屋のお風呂は一人用のものなので、端的に言ってかなり狭い。湯船には、女の子二人が入るのも厳しいのではないだろうか。
だが、それでも茉莉ちゃんは一緒に入るんだと言って聞かない。
彼女はそそくさと脱衣所に向かっていて、私だけが女々しく尻込みしていた。覚悟は決めたはずなんだけどね……。
「ん~。おねーさんに見られるなら、ちょっと恥ずかしいかもね」
そんな可愛い台詞を吐かないで! 余計に入りづらくなるじゃない!
「恥ずかしいのに、一緒に入りたいの?」
「うん。てゆーか、どーでもいいけど、早くしてよおねーさん。温泉に行っても、そんなふうにキョドるわけ? 周りに怪しまれちゃうよ」
「うぅ、わかってるわよ……」
私は、おずおずと、敵地に侵入するスパイかのごとく慎重な足取りで脱衣所に入った。
茉莉ちゃん、もう脱いでしまっているのだろうか。いきなり裸を直視してしまったら、きっと目が潰れてしまうだろうから、私は視線を床に落としたまま、彼女の様子をチラ見する。
「まったく、これのどこがフツーなんだか。ぜんぜんへーきじゃないじゃん。本当に温泉、行けるの?」
茉莉ちゃんの呆れ声が
が、それはそれで、嬉しそうに聞こえるのはなぜなのか。私のダメっぷりを見てもドン引きしない女の子は助かるけども……。
「大丈夫よ……。私だって、女の子とお風呂に入ったことくらい、あるんだから」
「へー? いつ? 恋人だったの?」
あ、茉莉ちゃん、けっこう食いついてきたぞ。
「え、学生時代の、修学旅行とかで……」
「えーっ、それ何年前の話!? あー、でも、おねーさんの学生時代の話とか、気になるかも」
茉莉ちゃんは一転して、私の過去に興味津々なのか、飛び跳ねている。といっても、私は彼女の全身像を眺めることができないので、足を見ているだけだけど。素足が見えているので、もう裸になっているみたいだ。心臓に悪い。何かがチラリと見えてしまったらどうするんだ。
「別に、面白い話なんてないわよ……」
「そーなの? おねーさん、友だちいなさそーだもんね。てか、早くお風呂入ろうよ。洗いながらお話して」
茉莉ちゃんは、
ていうか、私も脱がないといけないのか。いや、お風呂入るんだから当たり前なんだけど。茉莉ちゃんの裸ばっかり気になっていて、自分のことなんて考えもしていなかったぞ。
って、もしかして、相手の見るより、自分の見られるほうが恥ずかしいのでは。
お腹の無駄肉とか、やばいかもしれない。温泉行くってことは、自分のも見られてしまう、ってわかりきってたはずなのに、なんで今まで気づかなかったんだ。
百合漫画だと美味しいシチュエーションだと思ってたのに、登場人物が自分ってなると、恥ずかしい想いのほうが強くて余裕がないぞ!
「おねーさんさ、ずっと下向きすぎ。それから服脱ぐの遅すぎ。あーあ、これじゃ、温泉なんて行っても即ツーホーされちゃうね」
「そ、そんなに不審者に見える? 今はね、ほら、恋人とはじめてのお風呂だから、こうなってるだけで。温泉だとたぶん大丈夫だから!」
私は必死になって言い訳をして、根拠のない"大丈夫"を発信する。が、もちろん茉莉ちゃんに信用されるわけもなく、彼女は私から目を離さないようだ。
まあ、私は茉莉ちゃんと目を合わせられないので、どんな瞳で見つめられているかはわからないが。
にしたって、女同士とはいえ、13歳の女の子の裸を見ちゃっていいものなのか……。
私は、彼女に背を向けつつ、シャツをまくりはじめた。
う……。強烈な視線を感じる。なんだなんだ、茉莉ちゃん、私の裸に釘付けなのかな。
いくらなんでも、脱衣しているところをまじまじと凝視されていたら、例え私が同性愛者ではなくとも気になってしまうだろう。
「あの、茉莉ちゃん。先に入ってて。じっくり見られるのはさすがに恥ずかしいから」
「えっ。あ、う、うん。逃げないでちゃんと来てよね。時間かけるのも禁止だからね」
茉莉ちゃんは、一瞬だけ虚をつかれたように驚くも、すぐにぴしゃりと言ってのける。そして、素直にお風呂場へと入っていった。
ガラス戸がカラカラと音を立てて閉められると、束の間の安心を得ることができた。といっても、モタモタもしてらんない。私は、そそくさと衣類をカゴに放り投げる。
そういえば茉莉ちゃん、さっき一瞬慌てていたよね。もしかして、私が脱ぐところじっくり見ちゃってたのを指摘されて、恥ずかしくなっちゃったのかな。だとしたら、私って本気で意識してもらえてるってことだし、私の裸を見たくなっちゃって慌ててしまった茉莉ちゃん、めちゃめちゃ可愛げのある女の子だ。いや、もともと可愛げはあるけども……。
服を脱ぎ終えた私は、入浴時にはわざわざ使わないタオルを、まるで重鎧かのように巻きつけることにした。私だけ隠しているのはズルいだろうか。とはいえ、裸体で立ち向かえるほど私に勇気はなかった。
しかしタオルさえあれば、戦地に
「あ、おねーさん、タオルはずるい。つけたまま入浴するのはマナー違反なのはわかってるよね?」
「う、わかってるわよ……。温泉では気をつけるから安心して」
私は、とっさに視線をタイルに落としながら呟く。茉莉ちゃん、自分の体は隠そうともしないんだから。若いから気にならないのか、スタイルに自信があるからなのか、女性同士だからなのか。膨らみかけの胸を目にしてしまった私は、お湯に浸かっていないのに、のぼせてしまいそうだった。突起もちらっと見ちゃったし。鼻血が出てしまうかもしれない。
「じゃ、おねーさん、背中洗って♡」
茉莉ちゃんは無理やり私のタオルを
ある意味、胸を撫で下ろす。彼女がずっと私の方向を向いていたならば、その神々しい裸を目に焼け付けようとしちゃっていたかもしれないし。だいぶ危険だった。茉莉ちゃんの裸は、私から冷静さを奪ってこようとしてくる。
でも、背中を流してあげる程度なら、きっと問題ないはず。
私は一呼吸入れてからシャワーを手にし、そして茉莉ちゃんの背中にお湯をかけてあげようとして……
なんてツルツルとしたお肌なんだ。
そして、私の予想を遥かに上回るほどの
特に、うなじが見えているあたり、とんでもない色気に思える。13歳なのに成人以上の色香だ。彼女の地毛は金髪だし、それが結い上げられている姿がとんでもなく魅力的だった。
私は、ハートに火が灯ってしまったかのごとく、全身が発熱してしまう。
平常心を失わないように、シャワーを浴びせてあげる。
すると、若さを体現した茉莉ちゃんの背中は、水滴を弾く
素晴らしすぎる。背中だけでこれほどまでとは。
実物の女の子ってすごい。
私だって……動画で実際の女性の裸とかは見たりしていたけれど……この目で直に見るのとはまるで別物だ。それに、動画に出ている女性は成人しているけれど、茉莉ちゃんは13歳。
私にもこんな年齢のときがあったはずだけれど……とても同じ肉体とは思えなかった。
「ちょっとおねーさん、ちゃんと石鹸でも洗ってよ」
「あ、はい……」
うぅ、私のようなおばさんが、茉莉ちゃんの極上な肌に触れていいのだろうか。洗ってあげるのでさえ
が、いつまでも硬直しているわけにはいかない。完全に不審者となった私だが、どうにかボディタオルに石鹸を塗り込んでいく。
そして、ソフトタッチで触れてみて、またしても衝撃が私を
タオル越しとはいえ、茉莉ちゃんの素肌がとてつもなく柔らかいのだ。背中なのに! タオルで
「終わったら、あたしもおねーさんのこと洗ってあげるからね。嬉しいでしょ?」
「え、私は自分でするから平気……」
「口答えは禁止! 別に背中流すくらいフツーのことでしょ。それに、温泉でもするんだからね。他のお客さんがいても」
「うぅ……わかったわよ。でも、あんまり笑うのはダメよ……」
やばい。自分のスタイル、とことん自信ないぞ。ろくに運動もしていないし、基本は部屋にこもっているし。体を動かすのなんて、せいぜいが寮のお掃除くらいときたものだ。当然、お腹なんてぷにぷにだし。茉莉ちゃんと比較することで、落差がとてつもなくなる。
「別に、おねーさん、見た感じ笑われるようなスタイルでもなくない?」
「それは、茉莉ちゃんが服の上からしか見ていないからよ……」
自己肯定感が低い私とはいえ、ぱっと見は普通体型だとは言える。外見で気になる部分はお腹の贅肉くらいで、外出する程度では引け目を感じることもなかった。だが、裸の付き合いとなると話は別である。
温泉なんて行ったこと、数えるくらいしかないし。それも全部、若い頃の家族旅行とかでだし。まさか30近くなってから若い子と温泉旅行に行くとは想定外だった。
せめて数ヶ月前には旅行するって知っていたならば、もうちょっとエクササイズとかしていたかもしれない。うん。
「よし、じゃあチェックしたげる」
茉莉ちゃんは、不意に立ち上がると、私の背に回り込んできた。うぅ、まだ洗ってあげている途中だったのに。しかも、彼女の無防備な裸をガッツリ見てしまった。上も下も、網膜にしっかりと焼き付けてしまう私なのであった。不覚……。
その上、私が慌てふためいているのをいいことに、茉莉ちゃんは後ろからタオルを
「うーん。おねーさん、胸はおっきーよね。あたしとぜんぜん違う」
「ど、どこ見てるの!?」
茉莉ちゃんの発言で我に返った私は、
私も大人なので、13歳の子から見れば胸は大きいのかもしれない。普通サイズよりはあるっぽいし。自分のだから興味がないけれど。
「ん~。あはは、確かにお腹のほうはぷにぷにだね」
「うっ、笑わないで、って言ったのに……」
茉莉ちゃんは、胸に固執するつもりもないのか、今度は
私は顔面を真っ赤にさせ、ぷるぷると震えるしかなかった。
「ごめんごめん、でも、別におかしなことはないよ。おねーさんが大げさだから面白かっただけ」
「お、温泉行っても、大丈夫そう?」
気が動転している私は、茉莉ちゃんにスタイルチェックしてもらっていた。なるべく肌は体で隠すけれど、茉莉ちゃん、視線が縫い付けられているのかってくらい、じっと見てきていて、とことん
「よゆーだよ。おねーさん、気にしすぎなんだってば」
「な、ならいいけれど……って、わわっ」
茉莉ちゃん、次はおもむろに石鹸をお腹に塗り込んできた。しかも、手で直接なので、ぬるぬる泡泡ってしていて、とてつもなくいやらしい。いや、いやらしく感じるのは、私が
でも、こういうシチュエーションって、えっちな漫画にもあるし……。茉莉ちゃんにその手の本は貸していないはずなので、とすると彼女の
「おねーさんっていちいち反応が可愛いよね。落ち着いた大人っぽいフリして、あたしを惑わすのが得意なんだから」
「え、いや茉莉ちゃんのほうが……」
もしかして、お互いに似たような感情を持っていたってことなのかな? てっきり、私だけが振り回されているのだと思っていた。でも、私の態度が茉莉ちゃんの心をザワつかせていたのなら……申し訳ないとも思うし、私のさりげない仕草で一喜一憂してくれていることに嬉しくもなる。
「ん? あたしのほうが、何?」
「茉莉ちゃんのほうが……私を惑わしてるかも……」
私は、裸であることも相まって、背を丸めて縮こまりながら答えた。
自分の中では彼女に対して素直になったつもりであったが、内面を全て伝えるのは難しい。そもそも、強い心臓を持ち合わせていないし。
「してくれなきゃ、困っちゃうよ。あたしだって、けっこー頑張ってるのに」
うう、茉莉ちゃんもかなり素直になってきてない?
こんなの、こんなの、恋人同士のイチャイチャ空間になってしまう。お風呂の最中なのにドキドキが止まらない。お湯を全身に被ったみたいに発熱しちゃってる。お風呂っていうのが、イケナイ空気を増長させてしまう。お互い裸だし。まずいまずい。
それは茉莉ちゃんもだったのか、一瞬の沈黙が流れた。
恋愛経験値が皆無の私は、その空気に耐えられなくなり、わざとらしく
寮内のお風呂は全部屋個人用なので、茉莉ちゃんは私が出るまで浴槽に入れないけれど……。こ、これは気まずいし、さっさと出ないとね。
「ま、おねーさんがだいぶ我慢してるっぽいのもわかったし、いっか。一泊だけど、お泊りのときは覚悟してよね♡」
茉莉ちゃん、今日は大人しくしてくれるつもりなのか、この後は特に目立った攻撃はなかった。が、彼女の台詞を熟考してみると、山場は旅行にありそうだ。
うう、えっちなこと、ちゃんと我慢はできるつもりではあるけど。茉莉ちゃんを悲しませることだけはしたくないな。大丈夫だといいけれど……。なんか旅行目前になって、不安が一気に押し寄せてくるなあ……。
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