第6話 大胆な夏休み

第六話 大胆な夏休み



茉莉まつりちゃんは、何か予定はないの?」


 エアコンのいた私の部屋にて。アイスコーヒーをストローですすっている茉莉ちゃんに、私は問いかけた。

 彼女は、参考書に落としていた視線を私に向け、どこか探るような目つきで私を見つめる。


 うぅ、相変わらず、目が合うとドキドキしてしまうな。

 今日の茉莉ちゃんは、夏ということもあってか、大胆に肩を出した格好だし。ちょっと前に屈んだら、む、胸が見えてしまいそうな薄着だ。私、変態と見られないように、注意しないと。えっちなことはしない、って決めてるわけだし。胸をガン見していたら、茉莉ちゃんに餌を与えるようなもんだ。ここぞとばかりに、責め立てられてしまう。


「ん~……。たぶん、お盆あたりにはお母さん帰ってくると思うから、そのとき帰省するかも」


 茉莉ちゃんは、私の邪念に満ちた葛藤などつゆ知らず、手に持ったペンをくるくると回しながら答える。

 今は夏休み目前。長期休暇前の期末試験があるみたいで、茉莉ちゃんはお勉強の途中だ。なんで私の部屋でノートを広げているのかは、よくわかんないけど。流れでそうなっていた。ここ最近、ずっと。


 まあ別に、私も邪魔ってわけではなく、むしろ同じ部屋で過ごせて嬉しいし、構わないのだけど。逆に、これが日常になってしまっていて、茉莉ちゃんと二人の時間がないときのほうが、寂しかったりもする。依存症が進行してしまっているのだ。


 とはいえ、彼女の勉強をさまたげるわけにもいかないので、会話が多いわけではない。茉莉ちゃん、勉学は真面目にこなすタイプのようだ。そこがまた、普段とのギャップがあってときめていしまう。いや、いつもの茉莉ちゃんが遊んでばかりいそう、って思っているわけでもないけれど……。

 口をつぐんで、一心不乱にノートにペンを走らせる茉莉ちゃんは見たことがなかったので、ギャップを感じてしまったのかもしれない。


「じゃあ、基本はだいたいここにいるのね?」


「なに? おねーさん、嬉しそうじゃん」


 私の一言からすべてを察したのか、茉莉ちゃんは、事件を解決した名探偵かのような鋭い眼差しでニヤニヤする。

 うう。私、そんなにわかりやすい表情なのかな。

 だって、夏休み中、茉莉ちゃんがずっと寮にいてくれたら、そりゃ嬉しいし。なんせ、ほとんどの寮生は、夏休みが入ったら実家に戻ってしまうから、小春荘は閑散かんさんとしてしまうのだ。だだっぴろい建物内で一人で暮らすとなると、かなり物寂しげな空間となってしまうのである。

 真夏の小春荘にて、せみの鳴き声を聞きながらの夕暮れは、一人でいると孤独感の増長効果でもあるかのごとくむなしくなるというものだ。


 それはもう慣れてしまっているから構わないのだが、一人だけの自由空間に茉莉ちゃんがいるとなると話は別だ。恋人と一つ屋根の下、ってことだし……。


「うんとね、夏休み中、寮で生活する場合はお食事が出ない日もあるから。自炊が困るようなら、私に言ってね」


「別に困りはしないけど……。あ、なら、おねーさんがご飯作ってよ!」


 茉莉ちゃんは、名案が浮かんだ、と言いたげに手のひらをポンと打ち付けて提案してくる。

 そうなるかな、とは予測できていたので、狼狽うろたえない。むしろ、私のいいところを見せつけるチャンス? ご飯くらいは作れるし。良家のお嬢様にお出しできるレベルではないかもしれないが……。普通に食べられる食事のはずだから、大きく落胆させることも少ないはず。


「じゃあ、寮のご飯がない日は、茉莉ちゃんの分も作るわね。他所で食べたり、自分で用意するときは教えてね。あ、それとも私と食べる日だけ教えてもらったほうがいいかな?」


 私は、慌てて訂正する。だって、これじゃまるで、私が毎日作ってあげる、みたいな言い草になってしまったのだから。休み中はずっと一緒にいたい、と宣言しているようなものだ。別に、否定はしないけど……。恥ずかしくはある。


「ふーん。おねーさん、料理は得意って感じか。じゃ、楽しみにしとく♪」


 どうやら茉莉ちゃん、私の困り顔でも見たかったのだろうか。私が自信ありげだったからか、一瞬だけ残念そうにするものの、今度は対象的に、晴れ間が差している。茉莉ちゃんは表情の変化が豊かなので、そこもまた彼女の魅力だろう。


「何か食べられないものとかある? それとも、食材の買い出しは一緒に行く?」


「しょーがないから、買い出し、付き合ってあげるよ。ついてきてほしーんでしょ?」


「え? そ、そうね……」


 私がしどろもどろになりながらも本音をぶつけると、茉莉ちゃんはお勉強を再開するつもりなのか、参考書に視線を落とした。う、いじられないのはいじられないで、ちょっと寂しいな。私、マゾすぎ?


「おねーさん、ほんと素直になったね。ま、それはそれでいーけど」


 もしかして、私、茉莉ちゃんを退屈にさせちゃってるのかな。と思ったけど、上機嫌そうな彼女を見ると、そういうわけでもないみたいだ。かすかに笑みを浮かべながら勉学にはげむ茉莉ちゃんを見て、ホッとする私だった。





******



 それから後日。


 無事、終業式を終えた茉莉ちゃんが、夕刻になって寮に帰ってきた。学校の日程自体は正午過ぎで終わるはずだけど、学生らしく打ち上げでもしてきたのだろう。私には縁がなかった出来事だ。

 

 といっても、茉莉ちゃんは中学生。しかも、お嬢様の多い学校なので、そこまで派手な遊びをしてきたわけではなさそうだ。


「学校お疲れ様、茉莉ちゃん。成績はどうだった?」


 今日はまだ、小春荘では食堂で夕飯がとれる。なので、その時間の前、茉莉ちゃんは私の部屋に遊びに来ていた。

 最近の定番ではあるが、二人で雑談を交わす夕刻のこのひとときが私のお気に入りだ。


 茉莉ちゃんは制服のまま私のベッドに腰掛け、足をぶらぶらとさせていた。


「ん~。なんか、お母さんみたいなこと聞いてくるね。あたし、これでも真面目だし。見られて困る成績はしてないよ」


 言って、茉莉ちゃんは鞄をガサゴソと漁ると、おすまし顔で通知表を渡してきた。

 う、保護者目線で語りかけてしまったが、お母さん、と形容されるのはがっくりくる。一応、恋人設定は継続されているはずだが……。

 それに、数カ月間、デートという名目の買い物だって、頻繁ひんぱんに行っている。が、恋人らしい恋人行為はしてないしなあ……。


「茉莉ちゃん、運動も音楽も得意なのね。羨ましいわ」


「おねーさん、運動できなさそーだもんね♪ そーいえばさ、夏休み中って寮の子いなくなるんでしょ? ってことはおねーさんも暇になるよね?」


「え? まぁ……忙しいこともないとは思うけど。でも、誰もいないからといって寮の管理をしなくていいわけじゃないから、お仕事は少ないけどもあるわよ」


 されど、茉莉ちゃんと遊べる時間くらいならばいくらでも捻出できる。だから、彼女を不満がらせることはないだろうなあ、と思ったのだが、茉莉ちゃんは若干じゃっかん曇り顔である。私は小首をかしげて、何か言いたいことでもあるのか、と茉莉ちゃんをうながしてみた。


「じゃあさじゃあさ、お泊りがけの旅行とかって無理ってこと?」


「あー、旅行……行きたかったの? んー……。さすがに、数日も寮を空けることはできないかなぁ……」


 私は、歯切れ悪く答える。

 

 茉莉ちゃん、夏休みの定番として、家族旅行でもしたかったのだろうか。

 ご両親、多忙みたいだし。私と旅行をすることで、夢を叶えたかったのかな。だとしたら、多少無理してでも、こたえてはあげたい。


 私は難しい顔で、スケジュールや予定などを構想する。

 数日も寮の管理を放棄するわけにはいかないので、誰かに留守を頼むことになるが……。中学生の女の子と旅行に行くから、とは言いにくいなぁ。


「別に。聞いてみただけだし。そんなに悩まないでよ」


 刺々とげとげしく言い放つ茉莉ちゃん。不満をぶちまけるところなんかは、子どもらしさがあって非常に良い。頭をなでなでしてあげたくなる可愛さがある。実行したら、怒られそうだけど。


「さすがに二、三日も、は無理だけど。一泊くらいなら、できると思うわ。それじゃ、ダメ?」


「ほんと? じゃー、旅行の計画、後で立てよ!」


 私の提案に、釣り餌を垂らされた魚ばりに食いつく茉莉ちゃん。


 機嫌がころころと変わるなあ。彼女と一緒にいると、本当に楽しい。私までも、元気を分け与えてもらっているような気分になる。

 たった一泊のプチ旅行でも喜んでくれてよかった。


 といっても、寮を一日中放っておくのも危険なので、緊急連絡先などは用意しておくことにする。

 

 プチ旅行かぁ。女の子とのふたり旅なんて夢物語だったし、私もワクワクしちゃうな。

 それに、旅行の計画を立てるのも私の人生では初体験だ。茉莉ちゃんといると、私の青春時代が蘇ってきているようにさえ思える。

 人生にいろどりを与えてくれる"恋人"の存在って大きいんだな、と実感した。……私たちは、仮の関係ではあるけれど。でも、私の心が沸騰するほどたかぶらせてきたり、乱れさせてくるのだから、たとえ仮だったとしても恋人って大事なんだ。


 その日の夜。

 何日に、どこに旅行に行くかの計画を綿密と立てた。私たちは同じくらいワクワクしていたらしく、ふたりともテンションが高すぎたせいか、一晩で決められる内容でもなかった。

 だから、一泊とはいえ、ガイドブックでも買って後悔がないように行き先を決めよう、ってことになったのだ。


 明日は、茉莉ちゃんと買い出しのデート。ガイドブックや、旅行に必要そうなものを前もって用意しておくための日だ。夏休み一日目の開始である。





******



「そんなに遠くには行けないものね。ここで決まりでいいかな?」


「うん、いーと思うよ。あたしも、行ったこと無い場所だし」


 というわけで。夏休みのほぼ1日をかけた私たちの旅計画は、ようやく一段落ついた。

 お昼は買い物に行って、午後は私の部屋で一緒にガイドブックを覗きながらあれこれ話して。恋人同士のひとときを思いっきり満喫してしまった。


 ……私は、学生さんたちとは違って休みが与えられているわけではないので、ちょくちょく席を離れはしたけれど。


 で。

 私たちが向かう先は、電車で一、二時間ほどの場所にある温泉街だ。一泊旅行なので、ほどよく電車旅も楽しめるような距離にした。

 だって、電車で揺られながら座席で肩を寄せ合い、風景を眺めたりするのって旅の醍醐味だいごみだものね。


「それじゃあ、宿の予約とかは私が取っておくわね」


「えー、おねーさん、だいじょーぶ? ひとりでちゃんとできる?」


「……もう、そのくらい平気よ。私、これでも大人なのよ」


 茉莉ちゃんたら、私と年齢が逆転しているみたいに心配性なんだから。いやまあ、心配しているんじゃなくて、からかっているだけなのはわかるけど。私も、軽くあしらえるようになってきたもんだ。


 ――といっても。大見得切っておいてあれだが、宿の予約なんて当然取ったわけもなく。不安要素はある。

 けれども私だって寮の管理をする以上、各業者に電話をかけることも多いし、予約くらいわけがないはず。うーん。自信満々にできないあたり、ダメ大人の烙印らくいんを押されそうである。


 それに忘れがちではあるが、私は茉莉ちゃんの保護者としての一面もあるわけで。しっかり見守っていかないといけないんだよね……。

 ふたりきりのときは、茉莉ちゃんが主導権を握っていても全然構わないけれど。預かっているお子さんに何かあったのでは大問題だし、その辺はわきまえないとね。


 ……わきまえるなら、旅行に行っていいのか? って自問したくはなるけれど……。ああ、茉莉ちゃんのお母様に、許可を取ってからのほうがよかったかもしれない。

 私、浮かれすぎていたのだろうか。こんな簡単なことまで失念したなんて。


「どーしたの、おねーさん。やっぱり電話、あたしがかけよっか?」


「あ、ううん、そうじゃなくって。茉莉ちゃんはほら、未成年だし。ご両親の許可、取ったほうがいいかなって思って」


 出発する前に気づけてよかった。

 私がそう提案すると、茉莉ちゃんは露骨に嫌そうな顔をする。

 うーん、家庭環境に問題はなさそうだったけどなあ。けれど、中学生くらいの年齢のときって、親に許可をもらう行為、なんとなく嫌だったのはわかるかもしれない。断られたり、怒られたりするかもしれないし、なんなら詮索せんさくされるのとかも気になるもんね。年頃の子って。


「おねーさんが、親の代わりでもあるんでしょ? だったら、連絡入れないでもよくない?」


「んー、それはダメよ。この約束を守れないようなら、旅行は無しよ?」


「えーっ? でも、どうせお母さん、海外にいるよ? 許可取る意味、あんまり無い気もするけどなあ」


「保護者の同意は、必要なの。茉莉ちゃん、お母さんと連絡取るの、嫌なの?」


 踏み入ったこと、聞いちゃってるかな……?

 でもね、健全なお付き合いをするならば避けては通れない道。いや、そもそもこの年齢差でお付き合いしていたら、どのみち健全ではなく逮捕案件かもしれないけれど……。茉莉ちゃんが大人になるまでは、お友だちみたいな関係を築くつもりなので、問題はないよね!


「んー、嫌ってわけじゃないけど。お母さん、けっこううるさいんだよねー。今まで旅行なんて連れてってくれなかったくせにさ、あたしが誰か友だちと行くってなると、絶対ダメって言うに決まってるよ」


 なんか、ちょっとホッとした。

 複雑な家庭問題とかではなくって、思春期によくある案件か。それなら、私が一言、口添くちぞえすれば大丈夫かな?

 ま、まあ、茉莉ちゃんのお母さんに、私たちの変な関係性を疑われたら、マズいかもだけど。でも、いずれは打ち明けないといけない事柄だし……。


「私からもお願いすれば、きっと大丈夫よ」


「えーっ。おねーさん、もうお母さんに挨拶とかする気なの!?」


「あ、いや、そうじゃなくって……。真面目な話よ。私が勝手に連れ出したら、いけないことなの。だから、茉莉ちゃんがお母さんと交渉するの嫌っていうなら、私が頼んであげる、ってこと」


「ふぅん……。イケナイコト、なんだ。おねーさんってほんと、禁断好きだよね」


 私は、ふぅ、っと軽くため息をつく。

 茉莉ちゃんも、私が真剣にうったえたからか、わかってくれたようで軽口を叩きつつも、お母さんに電話をかけるみたいだった。

 

 正直言って、宿に予約を取るよりも、茉莉ちゃんのお母さんと会話するほうが何倍も緊張した。

 しかし、実際は私の想像に反して、茉莉ちゃんが嫌がるような展開は何もなかった。むしろ、娘をよろしくお願いします、と頼まれるほど、とどこりなく許可をもらえたし。安心感のほうが大きかった。よかったよかった。


 宿も取ることができたし、後は日程を待つのみ。

 心配事がないって、素晴らしいなあ。

 例え、現地で職務質問をされたとしても、親からの許可を得ている、っていうバリアがあるし。人の目が気にならないってことは、無敵にでもなった気分だ。

 人前でえっちなこととか、ちゅーでもしなければ、基本何しても大丈夫だろう。そしてそのふたつは、まずすることがないだろうし。


 とりあえず。

 小春荘で暮らす女の子たちが出払うまでは、私はいつもの仕事が残っている。

 なので、旅行に行く日は、一週間とちょっと先だ。


 浮かれすぎて、お仕事に支障がでないようにしないとね。





******



「なんか二人で暮らしているみたいだね、おねーさん」


「え、う、うん……。誰もいないと、けっこう寂しい感じするでしょ、ここ」


 小春荘の住人は、茉莉ちゃんを除いて全員帰省してしまった7月の後半。

 私と茉莉ちゃんは、学生寮の廊下にて、声を反響させていた。


 例年ならば、私は一人で哀愁を漂わせているのだが、今年は茉莉ちゃんがいる。

 わびしさはないが、代わりにドキドキが私の心を支配していた。


 茉莉ちゃんといると、ときめいてしまうのは、もうくつがえらない事実なのだからどうでもいいのだけど、当の彼女はどんな気分を抱いているのだろうか。


 私は、自分よりもかなり身長の低い茉莉ちゃんを、ちらりと眺めてみた。

 が、いくら観察してみても普段通りの茉莉ちゃんしかそこにはいなくって、まったく内面が覗けない。ポーカーフェイスってやつなのだろうか。いや、むしろ茉莉ちゃんがよく言っている通り、私がわかりやすすぎるだけ?


「まー、誰もいない食堂とか見ると、いつもと違うなーって気がするけど。別に寂しいって感情はないかな。それよりさ、誰もいないんだよ? おねーさん、コーフンしてるでしょ♡」


「安心してね。誰もいないからといって、襲ったりはしません」


 私は自分の腰に手を当て、堂々と拒否の態度を示す。この程度ならば、あしらえるようにはなっている。

 けれど、あしらったらあしらったで、茉莉ちゃんを飽きさせてしまわないか不安になっちゃうんだよね。私の不安をよそに、彼女は、むしろ拒否してくれたほうが、より、からかい甲斐があるとでも思っているのか、特に不満そうな顔はしていなかった。


「ま、これなら廊下でイチャイチャしてもへーきだもんね。一緒に夜更かしして騒いじゃっても、いいもんね」


「まあ、多少騒ぐぐらいなら……。でも、あんまり羽目を外しすぎてもダメよ。夏休みだからって、だらけていないで正しい生活を送らないと」


「もー、おねーさんって、おばさんみたいなお説教するんだから」


 うぐ……。おばさん、って言われるのは、かなりグッサリくるぞ。実際、そう思われても仕方のない年齢差だが。

 

「あ、そーだ、おねーさん。どうせ誰もいないんだしさ、お風呂も一緒に入るよね?」


「ふぇっ!?」


 お、お風呂!?

 とつぜん、何を言い出すんだ茉莉ちゃん。驚きすぎて、変な声が出てしまった。

 だ、だって、今でさえ茉莉ちゃんといるとドキドキするのに、裸なんて見た日には、卒倒そっとうしてしまうのではなかろうか。ブレーキ、きかなくなっちゃいそうだぞ。


「あ~。おねーさん、ソーゾーしちゃってるでしょ? 顔真っ赤だよ、ほんとわかりやすいんだから」


 しまった、顔が赤くなっているのを指摘されたんじゃ、言い逃れできない。

 ってゆーか、なんで急にお風呂を!?

 お風呂は各個室にあるものだから、寮生がいるにせよ、いないにせよ誰にも見つからないし、一緒に入ること関係ないとは思うんだけど……。


「あ、もしかして茉莉ちゃん、寮が静かだから、ひとりじゃ怖い、とか?」


「いや、そーゆーんじゃなくってさ。あー、もしかしておねーさん、忘れてる?」


「え? 忘れてる? 何か、約束してたっけ……?」


 首をひねりながら記憶を漁ってみるが、思い当たることは何もない。それに、私、約束事なんかはきっちり覚えているタイプだ。


 茉莉ちゃんは、いつもの小悪魔スマイルで、ニタニタと私を見上げている。

 な、なんだ。私、何を忘れているんだ。


「ほら、おねーさん。あたしたちが旅行に行くトコ、温泉街だよ? それとも、温泉に入るのも、別々なの?」


「あ、そっか」


 私は妙に納得してしまい、すんなりと事実を受け入れてしまう。

 が。

 ちょっとした未来を想像すると、顔面が再び熱くなってくるのを感じた。


 いくら温泉で、旅気分といえど、茉莉ちゃんと一緒にお風呂か……。ま、まあでもさ、利用客は他にもいるだろうし、恥ずかしがることもないよね? 女の子同士だし、自然としてれば大丈夫だよね? 女同士でよかった、ほんとに。


「温泉楽しみだよね? 夜中とかに、二人っきりで入っちゃったりしよー♡」


「温泉は楽しみだけど……。夜に入っているお客さんも、いるんじゃないのかなー……」


「いたとしても、二、三人くらいだろうし、ひっそりとしてるでしょ。だからさ、今からお風呂一緒に入る練習しておいたほうがいいんじゃない? おねーさん、そんなにアタフタしてたら、他の人に不審者扱いされちゃうよ」


「えっ、い、いや、私、普通だし……。お風呂くらい、平気だけど?」


 私は極めて自然を装ったつもりだけど、自分が何を口走っているのかもわからなかった。遠くから他の誰かが自分を見ているような感覚だ。

 茉莉ちゃんは、そんな私を見るのが至福のひとときだといわんばかり。にんまり状態である。

 ていうか、茉莉ちゃんは、私とお風呂に入るの、気にならないのだろうか。まあ。普通に考えて、同性同士で入るのはそこまで気にならないものなのかな。私は女の子に性愛を抱いてしまうからこそ、慌てているだけであって。とはいえ、茉莉ちゃんも恥ずかしがってくれたら可愛いんだけどなあ。色々期待しちゃうだろうし。


「じゃ、へーきなら、今日は一緒にお風呂だね。寮のお風呂だと、二人で入るには狭いかもだけど、一緒でもへーきなんでしょ?」


「へ、へーきだけど、わざわざ今日入らなくっても……」


「いいじゃんいいじゃん。ていうか、今日だけじゃなくて、これから毎日だし」


「え、毎日!?」


「じゃ、おねーさんの手作りご飯のあとは、一緒にお風呂ね。なんだか新婚みたいだね♡」


 うぅ、にっこりとした笑顔で「新婚みたいだね」なんてささやかれると、幸福度が上がりまくっちゃうんですけど……。

 お風呂は恥ずかしいけれど、でもでも、一緒に入れて嬉しいし、いっか……。暴走しないようにだけ、気をつければいいよね……。いや、いいのか……?

 ふ、不安だ……。

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