第9話 我慢の果て

第九話 我慢の果て



 温泉の後、マッサージルームでのんびり休憩をして、その次に部屋で一息ついてから観光。それが終わると、旅館の手の込んだ料理を頂き、満足感を得て、また温泉に入って……。

 長いけど、非常に充実した一日が終わりかけていた。


 私と茉莉ちゃんはお布団を横に並べ、まさに夜の雑談、という態勢に入っている。電気は消しているわけではないので、まだまだお喋りするぞ、みたいな旅行特有の空気だ。和室に布団なのも雰囲気が出ていて30近い私でもワクワクしてしまう。


「ねーねー、おねーさん。そっち行っていい?」


 お布団の時間も幾ばくか経過すると、我慢してましたと言わんばかりに茉莉ちゃんは提案してくる。


「え? で、でも……寝苦しくなるわよ……」


 どんな拒否のしかただ。

 でも、茉莉ちゃん、急に発情しちゃったのかってほど積極的になるんだもの。私、狼狽うろたえちゃっても無理はないよね……。

 まだ日だってまたいでいないのに、後何時間、茉莉ちゃんの誘いに耐えないといけないのか。

 いやまあ、ちゃんとこっちの気持ちも伝えたほうがいいよね。嫌で断っているわけじゃないってこと、もっと茉莉ちゃんに知ってもらわないと。


「あたしたち恋人でしょ? 一緒に寝るくらい普通じゃん。今までだってしたことあるし」


 そりゃ、あるけども……。

 寮でも何度か私のベッドに入り込んできたことのある茉莉ちゃん。その度に、自分をりっするの苦労したものだ。


「あのね、何度も言ってるかもしれないけど……。私だって、茉莉ちゃんと一緒に寝たくはあるの。でも、大人になるまでは我慢、って決めているから……」


「わかってるわかってる。おねーさん見てれば必死に我慢してるんだなー、ってすぐわかっちゃうもん。だからこそ、おねーさんが我慢できなくなるまでいじめたくなっちゃうんだけどねー♡」


 うぅ、やっぱり茉莉ちゃんドSだ。

 私の気持ち、わかった上で行動に移しているんだから。


「私はね……茉莉ちゃんのご両親にもちゃんと認めてもらいたいの。コソコソしたのはイヤなのよ。だから、茉莉ちゃんが大人になるまで、清いお付き合いをしないとって思ってるの」


「何度も聞いてるってば。あたしだって、別におねーさん破滅させたいわけじゃないし。でもね、やっぱり我慢はよくないよねー」


 茉莉ちゃんも、強情だ。それでこそ茉莉ちゃんだけど。年齢差のせいでここまで悩まないといけないなんて、非情な世の中である。

 私が若ければなあ……って何度も何度も思ってしまう。


 懊悩おうのうする私を見た茉莉ちゃんは、嗜虐しぎゃく心を更にくすぐられてしまったのか、勝手に私の布団に潜り込んできた。

 ベッドとは違って、横並べの敷き布団、ってところがなんかこう、カップルの旅行みたいで、普段よりもドキドキしてしまう。

 もしも私たちが普通のカップルだったならば、今からえっちなことするんだな、って雰囲気がバチバチする。うわー、今夜、我慢できるのか!?


 一人用のお布団に二人入ると、途端とたんに温もりが急上昇する。茉莉ちゃんが生きている証である体温が感じられるからだ。しかも茉莉ちゃんったら、私にぴったり密着してくるし。夏場とは違った理由で、汗をかいてしまった。うぅ、自分の汗の匂いも気になっちゃうし、また温泉に入ったほうがいいのだろうか。


 茉莉ちゃんは茉莉ちゃんで、今晩一線を越える気満々なのか、ハグのしかたが強烈だ。


 ごめんなさい、茉莉ちゃんのお母さん。私は未成年の誘惑に耐えられないかもしれません。

 例え神様を心のなかに召喚して、お祈りを捧げたとしても、一夜はあまりにも長すぎる。


 が、神は本当に存在していたのか、私に一つの救いが差し伸べられた。


 突然、スマホから着信音が発せられたのだ。


 夜更けに連絡とは、いったい誰からだろうか。まさか、寮に事件でも起こったのか……。

 危機的状況から救われて嬉しいはずが、一抹いちまつの不安がよぎる。が、救ってもらったのも事実なので、助かったといわんばかりに茉莉ちゃんを抑えながら、画面を見てみると。


「あら。茉莉ちゃんのお母さまからだわ」


 意外な相手に、私の緊張はより高まってしまった。

 だって、まさか私と茉莉ちゃんが一線を越えてしまいそうなの、見ていたようなタイミングなんだもの。覗かれている……わけではないよね? うわ。汗がさっきよりも吹き出しているような気がする。


「お母さん? なんであたしじゃなくて、おねーさんに電話かけてるんだろ?」


 どうやら茉莉ちゃんにとっても不可解だったらしく、小首をかしげている。つまり、私、お母さまに何を言われてしまうのか予測不能ってことだ。

 

 ……ごくり。意を決して電話に出てみた。


「はい、遠野です。茉莉ちゃんのお母さま、どうかなされましたか?」


 声が震えていないだろうか。いやいや。私はただ茉莉ちゃんの保護者の代わりとして旅行に来ているのだ。震えている場合ではない。不審に思われたらおしまいなのだ。そう言い聞かせれば言い聞かせるほど緊張してしまうものだから、困る。


『こんばんは、夜分遅くにごめんなさいね。旅行、茉莉は楽しんでいるのかなと思って。過保護かと思われますが……電話をかけてしまいました』


 なんだ、お母さま、茉莉ちゃんのことを気にかけて、電話をかけてしまったらしい。娘思いのいいお母さんだ。だとしたら、なおさら、お母さまを裏切れないよね。欲望に負けないよう、気をしっかり保たないと!


「茉莉ちゃんは旅行、楽しんでくれているみたいです。特に問題事もありませんし、旅先でも元気にしていますよ」


 元気すぎるくらいには、と心のなかで付け加えておく。だって茉莉ちゃん、私がお母さまと電話しているっていうのに、くっつこうとしてくるんだもの。積極的すぎる。密着してるのバレてしまったら、大問題なのに。


『そうですか、ならよかったです。ご迷惑をおかけしていたらごめんなさいね。遠野さんもお忙しいのに、茉莉の我儘わがままに付き合わせちゃってすみません……』


「いえ、我儘だなんてそんな。茉莉ちゃんが楽しんでくれているので、こちらも楽しめています」


 よかった。ちゃんとした世間話になっている。

 お母さまは、心底茉莉ちゃんのことを想ってくれているようだ。そして、私のことも、しっかりと保護者として認めてもらえているようだった。嬉しい反面、ますますお母さまのことを裏切れなくなってしまう。


 なので、私はお母さまに報告よろしく、今日の出来事をかいつまんでお話する。

 茉莉ちゃんのお母さまもお仕事で忙しく、疲れているはずなのに、楽しそうに話を聞いてくれた。宿の夕飯なんかにも、興味深げにしていた。

 なんというか、娘思いのお母さんってだけで、安心感がすごい。


 しかも、茉莉ちゃんのお母さま、娘を遠くに置いての生活なので、寂しい暮らしを送っているようだ。だから、誰かと電話をすることも癒やしになるのか、意外と長話となってしまう。

 世間一般では奥様方が交わすかのような電話。私は独身なので縁はないけれど、茉莉ちゃんのこととなると話が通じてしまうので、話題がつきることはない。


 が、そうなると、今現在の茉莉ちゃんは一人蚊帳かやの外になるわけで、彼女の構って攻撃は鋭さを増していた。

 私の寝間着である浴衣がはだけそうになるくらいに、密着されてしまっている。私も慌てつつ、かといってお母さまとの電話を不意に中断して怪しまれるわけにもいかず、対処に難儀していた。


「ねー、いつまで話してるの」


 小一時間ほど電話を繰り広げていると、不満が爆発した茉莉ちゃんはついに言葉を発する。

 すると、お母さまも茉莉ちゃんがすぐそばにいることに気づいてしまう。


『あら、茉莉、すぐ近くにいるのね』


「あ……代わりましょうか?」


『そうね……。では、少しだけ代わっていただけますか?』


 私は茉莉ちゃんにスマホを渡すと、ほっと一息つくことができた。

 お母さまとの電話は緊張して圧迫面接かと思うくらいだったけれど、茉莉ちゃんのことを喋れて楽しめた部分もある。


 親子の会話を聞くのは野暮やぼかと思い、私は立ち上がってお茶を淹れることにした。


 時折ときおり耳に入る茉莉ちゃんの声音を分析する限り、険悪ムードにはなっていないようだ。茉莉ちゃん、お母さんについて文句を言っていたものの、嫌いとかってわけでもないみたい。まあ、不満があっただけであって、親子仲が悪いみたいわけではなかったしね。


 茉莉ちゃんは、お母さんが相手でもしおれるわけがなく、明るい口調だった。猫を被るのは、身内以外だけのようだ。私も、茉莉ちゃんの身内ってことでいいのだろうか。そう思うと、鼻歌でも口ずさみながら、お茶を淹れたくなってしまう。

 当然、茉莉ちゃんの分のお茶とお菓子も用意して、電話が終わるのを座して待った。


 ほどなくして、茉莉ちゃんはスマホを手にテーブルへやってくる。雰囲気的に、電話は終わったみたいだ。どことなくニヤニヤとした茉莉ちゃんは、いつもの彼女なので、私も特になにか言うでもなく、そっとお茶を差し出してあげた。


「お電話、もういいの?」


「うん。おねーさん、お母さんからの評判割りといいみたいだね」


 茉莉ちゃん、いきなり褒めてきて何をたくらんでいるのか。相変わらずのにやけ面なので、彼女の真意は読み取れないが……。あまり警戒しすぎても、疲れるだけだ。茉莉ちゃんのいたずらには付き合ってあげる、くらいの気概きがいで望まないとね。


「うーん……どうして評判がいいのかはわからないけれど……茉莉ちゃんのことはきちんと見てあげられているから……かなあ?」


「だとしたら、将来も任せてもらえる、かもね?」


「茉莉ちゃんたら、気が早いんだから……。そういうこと、お母さまには言ってないわよね?」


 すると茉莉ちゃんは、いたずら成功、といった様相で含み笑いをする。

 なんだか、嫌な予感が背筋を駆け抜けた。


 茉莉ちゃんは、私のスマホをすっと差し出し、返してくれる。

 画面に目を落とすと――。


 お母さまとの通話は繋がったままだった。

 心臓が何者かに握りつぶされたのかってくらいに、ドキッとする。ま、まさか今の会話、届いちゃってないよね……?


 気を緩めちゃいけない、って自分に言い聞かせていたはずなのに、旅行で浮かれていたのは私だったか……。茉莉ちゃん、あたかも電話は切ったよ、みたいな態度だったんだもの。しかも、話題の振り方もそれとなくだし。してやられた。


 しかし、こんなことして茉莉ちゃん、得があるのかな……。私がお母さまに目をつけられたら、一緒にいられなくなるかもしれないのに。


「あ、あの、お電話代わりました……」


 いつまでもお母さまとの通話を放置するわけにもいかず、私は恐る恐る声をかけた。


「遠野さんは茉莉とだいぶお仲がよろしいのですね。これなら安心して任せられますね」


 電話越しに、くすくすっと花のような微笑を漏らすお母さま。ど、どういう意味の任せられるなのか、見当がつかないぞ。

 とはいえ、悪印象にはなっていないようなので……安心……なのかな?


「あの……お友だちのような距離感ですみません……。茉莉ちゃんのことはしっかりと見守りますので、ご安心ください」


「ふふ、よろしくお願いしますね。茉莉もだいぶ遠野さんのこと、気に入っているようですので」


 何はともあれ、お母さまとの電話ミッションはおやすみなさいの挨拶をもって終了した。うぅ、心臓によくない……。


 私は、今度こそ電話が繋がっていないのを確認すると、やつれた表情で茉莉ちゃんを見やった。


「さすがに心臓が止まるかと思ったわよ……」


「ねーねー、これでおかーさん公認だよ♡ えっちなこと、いつでもできちゃうね?」


 茉莉ちゃんは、いつものように悪びれもしない。底抜けに明るいところが、彼女のいいところでもある。だって、茉莉ちゃんほどの美少女に暗い表情は似合わないしね。小悪魔っぽいところが魅力的なのだ。


「公認とかって、そういう話でもなかったでしょ? 確かに、任せられる、とは言われたけれど……」


 私は、頬に手をつきながら溜め息を吐く。そして、お茶を一口すすっていると、その間茉莉ちゃんはずっとにこにことしていた。まるで、我が子の成長を見守る母親かのような視線だ。立場、逆なんだけど……。


「ほらほら、任せてもらえたんでしょ。ってことで、今夜は遠慮しないでいいからね。おねーさん、持ってる漫画は過激だし、実際にえっちなことするとしたらスゴイことしてきそうだもんね♡」


 茉莉ちゃんは、楽しげにアブナイ発言をする。彼女が口にすると、本当にそうなりそうで怖い。だって茉莉ちゃんの言葉は変に力がこもっているし、彼女の態度だって今日一日、ずっと嬉しそうだったのだから、強硬手段に走ってきてもおかしくはない。

 にこにこ笑顔の茉莉ちゃんは、私にとって、楽園に誘ってくる精霊のような存在だ。いや。誘っているのはえっちなことなので、夢魔や淫魔かもしれないけれど。


「お母さまに信用してもらえたのだから、なおさら手は出せないわよ。茉莉ちゃんも、いい加減わかってね?」


「おねーさんのほうこそ、わかっちゃいなよ? えっちなことしたことないからって、ビビりすぎだよ」


 茉莉ちゃんだってしたことないでしょ、って反論しようと口を開きかけたところ、腕を引っ張られた。どうやら茉莉ちゃん、私を連れて強引にお布団へ戻るみたいだ。

 私は、お母さまとのお電話で汗をかいてしまったので、また温泉に行ってもいいかな、なんて思ってたけど。茉莉ちゃんの若いパワーには勝てない。

 振りほどくことも可能だけれど、茉莉ちゃん、ウキウキしているから。邪険じゃけんにはできないよね。


 茉莉ちゃんは、さも当然といわんばかりに、私の布団に仰向けで寝転がる。うぐぐ、えっちな漫画とかでよく見かけるシチュエーションだよね、これ。


「うーん、おねーさん、えっちな漫画いっぱい読んでるくせして、我慢強いなあ。あたし、そんな色気ない?」


「…………」


 ダメだ、答えられない。

 私だって、茉莉ちゃんのことは大好きだし、むしろ大好きだからこそ茉莉ちゃんが大人になるまで我慢したいと思っている。


 でも。本当のところ、踏み切れない理由は、怖いから、なのかもしれなかった。


 だって、私は十何年間もずっと女の子の恋人を欲しいと思っていて。茉莉ちゃんが指摘してくれたように、えっちな漫画を大量に買い集め、女の子とえっちなこともしてみたいって想いにふける日々だったのだから。

 なので、万が一、茉莉ちゃんと一線を越えて肉体関係を持ってしまった場合、タガが外れてしまうような気がしていたのだ。

 ただでさえ、女子中学生と致すのなんていけないことなのに。自分のブレーキが壊れでもしたら、昼夜関係なく襲ってしまうかもしれない。

 茉莉ちゃんは、私の理想を体現したかのような美少女なのだから。しかも、相手からも誘ってきてくれている。


「おねーさん、ぷるぷる震えちゃって、我慢の限界?」


 茉莉ちゃんがささやくと、甘い吐息も一緒になって吹きかけられる。こんなもの、まるで催淫さいいん効果つきのガスだ。


 ……私、もう無理かも。


 だって、私の眼下には、押し倒されたかの如く、浴衣で寝転がる茉莉ちゃんがいる。肩の部分はちょっとはだけちゃっていて、真っ白な鎖骨さこつがむき出しだ。もうちょっとズレたら、胸まで丸見えになってしまいそう。しかもその胸の全容は、度重なるお風呂によって、脳内が完全に記憶しちゃっているし。膨らみかけのおっぱい。純粋無垢な少女の証である、桜色の突起。いついかなる時でも鮮明に思い出せる。


 もしも、これより先に踏み入ることができるのだとしたら、次は茉莉ちゃんの最も深い部分の匂いを知ることもできるのだろう。

 想像しただけで、鼻血が吹き出そうだ。


「あ。そうだ」


 人は、危機的状況に直面すると、逆に冷静になるらしい。

 私はあっさりと茉莉ちゃんの上から離れると、スマホを取り出した。


「え。急に何、おねーさん。まさか、ハメ撮りしたいの?」


「こら、そんな言葉どこで覚えたのよ。中学生の女の子がはしたない単語言っちゃダメでしょ」


「どこって。おねーさんが貸してくれた漫画」


 ぐ……。私、茉莉ちゃんに悪影響を及ばせている存在じゃないか。

 でもでも、私だって、自らすすめたのじゃなくって、茉莉ちゃんに無理やり本を取られているのだ! 言い訳だけど……。


 が、今はそんなやり取りをしている場合ではない。

 私は、スマホでネット検索をかけていた。


 未成年との性行為 同性 ……っと。


 私は、法律の正しい知識を持ち合わせていない。もしかしたら、茉莉ちゃんとえっちなことをしても、意外と罪に問われないのかもしれない。

 もちろん、罪にならなかっとしても、相手を傷つけることは最低な行為だ。自分で判断できる能力が少ない未成年相手に、性的なことをしてはいけないのはわかっている。だけど、茉莉ちゃんとは、もう数ヶ月もお付き合いしているし。彼女の期待に応えないほうが、傷つけてしまうかもしれないから。


「おねーさん、真剣な顔して何見てるの」


 茉莉ちゃんが、肩越しにスマホを覗いてくる。彼女を放ったらかしにして、理由もなしにスマホをいじりだしたのだから、不満声だ。でも、私だって茉莉ちゃんを気遣う余裕がなかった。


「って、うわ、おねーさん、そんなコト調べてたの!? わー、もしかして、ヤル気満々?」


「お互い不幸にならないためにね、知っておかなくちゃならないコトが多いかな、って思って……」


 私はいたって真面目なつもりだったのだが、茉莉ちゃんはケタケタと笑いだした。そんなに笑われるような行動をとっていただろうか。


「おねーさんって、ちょっとズレてるよね。だって、イイ雰囲気だったのに、突然スマホ見たかとおもったら、調べ物なんて。しかも、今調べるコト? っての調べてるし」


 う、私、ズレてるのか……。

 言われてみれば、空気読めない行動だったかもしれない。でも、流れに任せてしてしまうよりかは、マシだよね……。相手は未成年なのだから。


「えっと……。ほら見てみて、茉莉ちゃん。同意があっても、未成年とはしちゃいけないんだって」


 私は、肩越しから覗き込んでいる茉莉ちゃんに向かって語りかける。こうやって頬を寄せ合ってスマホを見ながら語らうのも、味があっていいものだ。恋人とのひとときっぽさがある。


「ふぅ~ん。でも、同性でも適用されるの? それに、他にも色々書いてあるよ」


 茉莉ちゃん、割としっかり見てくれている。真剣に向き合ってくれるところが嬉しい。同性愛とか繊細せんさいな部分にはちょっかいを出したりしないのだ。だからこそ彼女にかれるのだろう。


 アクセスしたサイトのページを下にスクロールしていく。

 すると、犯罪になるには他にも色々と条件があるみたいだった。


「えっと……交際期間が長ければ、真剣な交際とみなしてもらえるから……大丈夫? ああ、でも。例え同性だろうと、何人たりとも未成年と淫らな行為をしてはいけないって……」


 やっぱり、しっかりと物事は調べないといけないよね。


「淫らな行為、って女同士だとどこまでなの? 男女ならわかりやすいけどさー」


 茉莉ちゃん、あどけない顔してなんてことを言い出すんだ。さすが最近の若者。色々詳しいのか。


「さ、さぁ……。む、胸とか触ったり……?」


 法律のサイトには、性器を触るのはアウトと表記されているが、それを口に出すのははばかられた。なのでボカしてみたのだが、もちろん茉莉ちゃんに通用するわけもなく。


「えー? それじゃー、あたしの学校の子、みんなダメになっちゃうよ? 女同士なんて、それくらいふつーじゃん」


「じゃ、じゃあ、キスとかがダメかも」


「んー。でも、海外だと挨拶代わりにキスするよ? 帰国子女だと、すぐ逮捕されちゃうじゃん」


 茉莉ちゃん、屁理屈へりくつをこねて、私とあれやこれやをしたいみたいだ。そういうところは可愛いのだが……。私としては、犯罪とわかって、ますます手を出すわけにはいかなくなった。そもそもがチキンだし、私。


「茉莉ちゃんもよく読んでみてね。私、茉莉ちゃんに相応ふさわしい大人として、胸を張って生きていきたいの」


 万が一、逮捕されるようなことがあったら。誰も幸せにならない。私は、正々堂々と茉莉ちゃんとお付き合いしたいのだ。


「ふーん……」


 あ。あからさまに残念がってる。よっぽど、えっちなことしたかったのだろうか、茉莉ちゃん。中学生なのに。経験、積んでみたいのかなあ……。後四年、我慢させるのは心苦しい。茉莉ちゃん、えっち我慢できなくなって行きずりの人と……ってならないとも限らないし。それならばいっそ、私が今……って思わなくもない。それでもね、私は手を出さない。


「ごめんね。今、してあげられなくて。その代わり、茉莉ちゃんが大人になっても私を好きでいてくれるなら……そのときは、たくさん……しよう?」


 茉莉ちゃんに想いは伝わったのか、彼女は観念したように溜め息をついた。その姿は、まるで、フラれてしまって哀愁あいしゅう漂わせている女の子にも映る。うぅ……。私、えっちを断っただけなのに、めちゃくちゃ罪悪感でいっぱいだ。


「じゃーさ、キスだけでもしてよ。おねーさんと旅行して、恋人らしい思い出、一つくらいは欲しいよ……」


「うぅ……き、キスも。アブナイかも……」


「……触れるだけのやつでいい。そのくらいなら、挨拶のキスとみなしてもらえるでしょ。ダメ?」


 茉莉ちゃん、上目遣いで甘えてきた。

 可愛すぎか。

 しかも、おねだりするのがキス、って。


 これはもう、してあげないわけにはいかない。彼女の言う通り、フレンチなキスならセーフでしょ。たぶん。やましいことはなにもないです。


「わかった……。そ、それなら、ちょっとだけよ?」


 茉莉ちゃんを手招きする。

 そして、私たちはお布団の上で抱擁ほうようをかわした。


 ふんわりと漂ってくる、シャンプーの香り。同じ温泉に入って、同じシャンプーを使ったはずなのに、茉莉ちゃんの香りのほうが蜂蜜よりも甘く感じる。彼女本来の匂いが混ざっているからだろうか。


 抱き合ったまま、見つめ合う。

 至近距離で視線を交錯こうさくさせると、淫靡いんびな空気が増える気がする。心臓、すごくドキドキしてる。私の鼓動こどう、茉莉ちゃんにバレバレだよね。恥ずかしい……。


 茉莉ちゃんは、そっと目を伏せる。長い睫毛まつげに覆われたまぶたは、絵画の中だけに存在する美少女かのようだ。

 

 私も、そっと顔を突き出す。


 唇と唇が触れ合う。

 瑞々みずみずしい果実のような茉莉ちゃんの唇。ぷるんとしていて、柔らかくて、甘くて。それが私の初めてのキスの感想だった。


 約束通り、表面で触れるだけの、握手のようなキスだったけれど。愛し合っているんだ、って確認はできた気がする。茉莉ちゃんの想いが、唇を通じて私の体内に入ってきたような気がしたのだ。それは茉莉ちゃんも同じだったのかもしれない。心が喜びに打ち震え、熱くなる。

 私と茉莉ちゃんは一段階大人の女性になったような空気に包まれていた。


「あたし、おねーさんにキズモノにされちゃったね♡」


「茉莉ちゃん、言い方……。でも、大切にするからね」


 お互いファーストキス。27歳と13歳だけど。健全なキスだ。

 二人だけの、忘れられない夏となった一日だった。

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