第2話 初デートは中学生の女の子

第二話 初デートは中学生の女の子



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 私は学生時代の頃から女の子が好きで、そのせいだったのかは知らないが、女の子の輪の中に上手く加わることができなかった。

 かよっていたのが女子校だったこともあって、学生の期間の大半を一人で過ごしてきた過去を持つ。

 まったく友だちがいなかったわけでもないけれど、特別に親しい友人はいなかった。


 しかもそれを改善しようとせず、ずるずると大学を卒業してしまった。つまりは、ずっと根暗のままだったということだ。だから、就職先も見つからず。

 そんな中、家族から提案されたのが、学生寮・小春荘こはるそうの管理人だった。


 私みたいな根暗の女性ができる仕事ということなので、たいそれた業務内容はないし、専門的なことは他に雇っている方に任せることができる。なので、僥倖ぎょうこうすぎた。いうなれば、ご隠居いんきょした人間がするようなお仕事だから。小春荘を親類が経営していたのも大きい。運が良かった、といって差し支えないだろう。


 というわけで。ありがたいことに、私はあまり苦労することがなく生活できている。


 が、それだけでは人生に満足ができず。自分の欲望を晴らすために、オタク趣味に走ってしまったのだ。

 その結果の、大量の"百合"アイテムたちなのである。


 そして昨日、新しい入寮者の茉莉まつりちゃん13歳に、私のお宝が見つかってしまって――あろうことか。交際に発展するなんて……。


 そう。

 私は結局、あの後、流されるまま、茉莉ちゃんと付き合ってしまったのである。


 当然、彼女にそっちの気があって、私に好意を抱いてくれての交際――ではないのだろう。

 だって、茉莉ちゃんはどう見ても悪戯いたずらしたがっているように見えたし。私をからかって遊びたいのかもしれない。

 で、でも……。

 

 私は、昨晩の出来事を、まるで録画していたような鮮明な記憶を持ってして思い出していた……。





******



「え~~? おねーさん、すぐに断らないってことは、もしかして期待しちゃってるのぉ?」


 上目遣いで、私を挑発することに全力を出してくる茉莉ちゃん。


 けど。いじわるになろうが、茉莉ちゃんの魅力にはあらがい難いものがあって。

 私は、毅然きぜんとした態度で接することができなかった。大人として、あるまじき事である。こういうとき、子どもの言うことには相手をしないのが最善策なのに。私は、まんまと茉莉ちゃんの策略にハマっていたのだ。大丈夫なのかな、私。


 茉莉ちゃんも茉莉ちゃんで、大人に背伸びしたい年頃なのだろう。周りとは違う自分、に酔いたい時期でもある。

 それに加えて、年上の女性をいいように操れるチャンスが巡ってきたのだから、私に言い寄ったのかもしれない。

 そういった茉莉ちゃんの打算がミエミエだったために、私も乗り気ではない空気を発していた。


「あ、あまり大人をからかわないで……」


「ん~? でも、おねーさん、私くらいの年齢の子と、付き合ったりしたいんじゃないの? だって、この本、あたしとおねーさんくらいの子たちが、えっちなことしてるじゃん」


「うぅっ……。っていうか、茉莉ちゃん、駄目じゃない、人の部屋を勝手に漁ったりなんかしちゃ」


 どうにか正論を並べて、話題をそらそうと試みる。

 が、そんな幼稚な作戦は予想通りだったのか、茉莉ちゃんに動じた様子は一切なかった。


「おねーさん、呼んでも出てこないから、ちょっとお邪魔しちゃってさー。そしたら、表紙が気になる本いっぱい落ちてたから。読んじゃった」


 落ち度なんてなく、むしろ茶目っ気たっぷりにウィンクしてくるものだから、なんかそれだけで許したくなってしまった。

 私、美少女には弱いんだ。でも、しかたない。平均的中学生の容姿を遥かに上回るほどの可愛い女の子に怒鳴り散らすことなんて、誰ができようものか。

 恐らく、誰しもが茉莉ちゃんを責めることはできなかっただろう。


 にしても、普段、お掃除していない弊害がこんなところで現れるなんて。いまだかつて誰も部屋に入れたことなんてないし、勝手に侵入してくる寮生なんているわけもないって思ってたし。茉莉ちゃんだってお行儀の良さそうな女の子だったから、完全に油断していた。


「てかさー、すごい本の量だよねー。おねーさん、欲求不満ってやつなの? これ、お母さんとか、他の子たちにバラしちゃおっかなぁ?」


 その一言は、心臓を鷲掴みにされたのかと思うほど、身をすくませた。

 私が、若い女の子たち相手に欲情しているの、周囲にバレてしまったら。さすがに、管理人を続けるわけにはいかなくなる。そうしたら、路頭に迷う……ことはないだろうけれど、実家で引きこもるしかなくなってしまう。


「お願い……それだけは、やめて」


 私が懇願こんがんすると、茉莉ちゃんはほくそ笑む。自分の思い通りに事が進んでいるのが、よほど嬉しいらしい。こういったところは、年相応の女の子っぽさがあって可愛い。やっていることは、脅しなので可愛げがないかもしれないけど。私は、彼女のことを憎むことはできなかった。愛嬌があると人生得するんだな、って思った。


「じゃ、バラされたくなかったら、今からあたしの恋人ね、おねーさん♪」


「ど、どっちかっていうと、奴隷的な気がするけど……」


 逆らうことが許されないのだから、恋人ではなく主従関係だ。そう反論すると、茉莉ちゃんは、笑みを崩さずに首を横に振るう。


「そんなことないよ、ちゃんとデートとかしてあげるし。あ、でも、えっちなことは禁止ね。この本みたいなの」


「す、するわけないでしょ。ほら、茉莉ちゃんにはまだ早いから、その本は返して」


 私は焦りからか、早口言葉で手を伸ばす。

 しかし、茉莉ちゃんは軽やかに身をかわし、後ずさった。


「この本でちょっとお勉強したいから、貸してもらうね」


「駄目だってば……」


「断ったら、わかってるよね? おねーさん?」


「うぅ……」


 私は、13歳の女の子に簡単にあしらわれてしまうのだった。

 

 というわけで、無理やり茉莉ちゃんと付き合うはめになってしまったのである。

 かなり犯罪臭がするので、私から手を出すことはないとは思うけれど……。まあ、茉莉ちゃんも、すぐに飽きると思うし。私なんかと付き合っても、楽しいことはないだろうから。


 ただ、気をつけなければならないのは、茉莉ちゃんとの関係性を周りにバレないように過ごさないといけないこと。

 無駄に緊迫感のある日々が幕開けてしまったのである。


 



******



「……はぁ」


 私は、こたつに突っ伏しながら、溜息ためいきをついた。


 春のうらららかな午後に似つかわしくない、陰鬱いんうつとした吐息である。思えば、昨日も似たような溜息をついたのだけれど、理由はまったくの別物だ。わずか一日で、人生に劇的な変化があるなんて、夢でも見たのかと思いたくもなる。


 が、現実は受け入れるしかないもので。部屋のごちゃっとした惨状も、あんな事件があった後だというのに、そのままだし。私、基本的にはダメ人間なのだ。


 現状、茉莉ちゃんが動く気配は特になく。平穏な日常には戻っているのかな。

 私も、今の時期は暇なことが多く、学生さんたちも春休みの最中なので、のんびりと過ごせるはずだ。


 適当に、スマホゲームの日課でもこなそうかな、と端末に手を伸ばす。

 が、なぜだかやる気が起きなかった。毎日かかさずプレイしていたのに。


 私、もしかして、茉莉ちゃんに期待しちゃってる?

 美少女と関わり合えること、心の底から望んでいたはずだし。でもでも、相手は中学生。親御さんからも任されて預かっている身でもある。手を出していいはずがなかった。


 私はスマホをこたつの上に投げ出して、ごろん、と寝転がった。


 毎日毎日、インターネットをしているか漫画を読んでいるかスマホゲームをしているだけなのに。突然、虚無感に襲われている。

 人間、希望を与えられると、こうも欲望にまみれるものなのか。


 そもそも、例えば彼女との関係が上手くいったとして、私の私生活を見たら幻滅するに決まってる。まあ、すでに私の威厳なんかは地に落ちきっているだろうけれど。


 自分の心すらも、ふらふらと宙に浮いているかのような感覚だった。

 倫理的にもいけないことだが、女の子の恋人が手に入ることの喜びは得られる。どっちを取ればいいのだろうか。


 私が思い詰めていると、こたつの上に放置されてあったスマホがブルブルと鳴り出した。

 空虚に包まれていた室内に、やけにバイブ音が響く。まるで、閉じこもっていた私の殻を破ってくれるかのようだった。

 私はのっそりと起き上がり、画面を見つめる。


 そして心臓が跳ね上がった。


 茉莉ちゃんからのメールだ。


 おそるおそる、文面を覗くと。


『1時間後デートしよ♡』


 簡潔な文面だというのに、私の心を嵐のように乱れさせる一文だった。


 女の子との初デート……。


 一体、どこに出かけるというのだろうか。もしも、二人で出歩いているのを知り合いに見られたとしたら、なんて言い訳しよう。

 それどころか、職務質問されるかもしれない。

 私の脳裏に浮かんだのは、もはやデートの最中の心配事だった。つまり、私の中ではデートに行くことは決定事項なのだ。


 どうせ断ったら脅されるから、仕方のないことだし。と自分に言い訳をしつつ、どこに行くのか、というOKとも取れる返事をしてしまう私なのだった。


 何をするのかを聞いた後、私は珍しくお出かけの準備のために軽いおめかしまでしてしまう始末。

 だけどね、楽しみなのも本当なのだ。





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「あー、おねーさん、先に待ってたんだ? もしかして、デート、楽しみだった?」


 学生寮・小春荘は木造アパートチックな外観をしている。その全貌が覗ける玄関先で待ちぼうけていた私に、弾むような声が届いてきた。


 はっとなってガラス張りの玄関に視線を向けると、お出かけ用の服に身を包んだ茉莉ちゃんが立っていた。


 黒のワンピース姿の彼女は、悪戯好きそうな笑みも相まって、まさに小悪魔の出で立ちである。私は、今日もまた翻弄ほんろうされてしまうのだろう、という予感がひしひしとしていた。


「急にお出かけしたいなんて、茉莉ちゃん、何か必要なものの買い出しでもあった?」


 私はなるべく、デート、だということには触れないで、あくまで管理人である大人の女性として対応しようと、冷静に問いただしていた。

 が、よそ行きの服装をしているので、外出が楽しみなのは明白かもしれない。いや。これは外に出るための身だしなみのマナーだから。うん。別に言い訳じゃないし、変じゃないよね。


「ん~? おねーさんとデートしたかっただけだよ♡」


 茉莉ちゃんは、純粋なまでの真っ直ぐな言葉をぶつけてくる。いや。それが純粋なのかヨコシマなのかはわからないけれど。とにかく、私は太陽を直で見てしまったかのように、くらくらとしてしまうのだった。


「あ、あんまり大人をからかわないの。茉莉ちゃんはお引越ししたばっかりで、このあたりのことわからなかったりしない? 大丈夫?」


 私はどこまで卑怯なのか、デートという言葉からはこれでもかというくらい逃げて会話を続ける。


「そうだねー、案内はおねーさんに任せるね。でも、デートだし、デパートみたいなとこ連れてってよ」


「ん、そうね。そのほうが色々揃えられるものね。じゃあ、駅の方に行きましょうか」


「はーい」


 ところどころ年相応の中学生っぽさが滲み出ている茉莉ちゃんは、やっぱり目の保養になる。


 これは断じてデートじゃない。

 預かっているお子さんに、生活用品の買い出しを案内するだけ!


 私は自分にそう言い聞かせているが、はたから見るとデートに見えるのか、それとも姉妹に映るのかは定かではなかった。





******



「おねーさん、次はこっち見にいこ!」


「ま、待って、茉莉ちゃん……」


 駅前の大型ショッピングモール内にて。

 私は、茉莉ちゃんにグイグイと腕を引っ張られていた。それはもう、そでが伸び切ってしまうのではないか、ってくらいグイグイと。


 お外でも元気いっぱいの茉莉ちゃんとは反対に、私は疲弊ひへいしきっていた。

 彼女の若さ溢れるパワーについていけないのもそうだけど、周囲にも気を張りすぎて不審者みたいになっている。


 出かける際はあまり意識していなかったが、人混みの中で茉莉ちゃんに腕を絡められると、人目が気になって仕方がないのだ。

 まさか、肩や脇腹に触れ合うほど密着されるとは思ってもいなかったし。本当にデートしているみたいだ。

 けれど、27歳が13歳とデートなんて。警察に追求されたら、逮捕されてしまうかもしれない。

 そもそも私はオタクで引きこもり気味だし、茉莉ちゃんが行く先々は若い子たちしかいないような小物ショップだったりで、私なんて場違いだ!


 負のオーラがとめどなく湧き出てきていたからか、茉莉ちゃんは足を止めて不服そうに私を見上げていた。


「なに? もう疲れちゃったの? おねーさん、そんなトシ?」


「うっ……」


 茉莉ちゃんは私の年齢を知らないはずだが、歳について聞かれると言葉が詰まる。


「あー、それともおねーさん、まさかホテルとか行きたくなっちゃった? あの漫画みたいに」


「ちょっ、声がおっきい、茉莉ちゃん!」


 私は慌てて彼女の言葉をさえぎった。

 こんな昼間のショッピングモールで、なんてことを言い出すのやら。


 そういえば、私の私物であるえっちな百合漫画を茉莉ちゃんに強奪ごうだつされていたのだった。

 まさかあの本を本気で熟読していたなんて。茉莉ちゃんも、女の子同士の恋愛に興味が出たのだろうか? まあ、私をデートに誘うくらいだから、多少なりとも理解はあるのだろう。からかっているだけ、っていう説も否定はできないけど。


「あー、慌ててるってことは、図星だった? おねーさんって、かなりえっちだよね♡」


「だから、声が大きいの。茉莉ちゃんはまだ中学生なんだから、そういうことは見たり言ったりしたら駄目なんだから」


 私はあくまで保護者目線で警告を与える。

 が、茉莉ちゃんからしてみれば私なんて奴隷のような存在なので、当然、私の意見を意に介すことなどなかった。


「別に、今どきフツーだよ。おねーさん、時代遅れなんだから」


「え、そーなの……?」


 確かに、今の御時世、スマホでなんでも情報が得られる時代だけど。だからといって13歳でえっちなこと、全て知っているものなのだろうか?


「そーだよ。ケーケンしてる子だって、いるんだから」


「嘘でしょ……。それは、多分ふつーに駄目なやつよ」


 どれだけ奔放ほんぽうな生活なんだ、現代っ子。

 同じ年齢の子同士でならば、犯罪ではないのだろうけど。犯罪ではなかったとしても、さすがに経験、っていうのは早すぎると思う。

 私、茉莉ちゃんにしっかりと教育してあげないといけないのかも。


「ま、背伸びしたくてついた嘘だと思うけどね。でもね、あたしにはおねーさんがいるから。真実にできるよねー」


 茉莉ちゃん、えっちなことに興味津々なお年頃っぽい。そもそも、私視点では茉莉ちゃんも充分背伸びしている子だ。そんなお子様に言いようにいじられているのだから、立つ瀬はないけれど……。


 でも、そういえば、私の中学生時代も周りは背伸びしたえっちな会話をしていたような。私にはお友だちがいなかったので、勝手に耳に入ってくるくらいでしか知らないけど。


「私は、茉莉ちゃんとは絶対にそういうことはしません。茉莉ちゃんは知らないのかもだけど、大人と子どもがそういう関係を持ったらね、犯罪になるのよ」


「えー、そうなの? じゃ、おねーさんハンザイシャじゃん♡ そーいう漫画持ってるし」


「漫画は漫画なの。それより、まだお買い物はあるの? お腹とかは空いてない?」


「ん~。おねーさんが疲れてるみたいだから、ご飯でもいーよ」


 茉莉ちゃんは、意外と私に対して気遣ってくれている。デート、どこまでが本気なのだろうか。

 それに、もしも私がケダモノだったならば、茉莉ちゃんはえっちなこと、受け入れる気だったのだろうか。


 彼女のことが、ますますわからなくなってしまった。





******



 お昼どきを過ぎた時間帯。

 お客さんの入りが薄くなった頃合いのフードコートに私と茉莉ちゃんはいた。


 育ちの良さそうな彼女だったが、庶民的な食事でも別に問題はないらしく、普通に喜んで注文しているみたいだ。


 対面に座る茉莉ちゃんがサンドイッチを頬張ほおばる姿を眺める。

 どこからどうみても、ただの中学生の女の子なのだが……。


 今は、一応デート中。

 茉莉ちゃんは私の恋人、ってことになるのだろうか。


 そう考えると、体温がわずかに上昇したような気がした。


 まあ。彼女の内面は見た目と違って、悪魔のような邪気だらけなのだが。それでも、私を法的に殺すような極悪非道ってわけでもないので、中学生相応の悪戯いたずらっこ、ってことでいいのだろうか。


「おねーさん、私の顔じっと見ちゃってどーしたのぉ? ほんとーはあたしのこと、好きすぎてヤバいんじゃないの?」


 茉莉ちゃんは、私より常に優位にいたいのか、いつでもからかってくるように聞いてくる。

 私も、ようやく彼女の態度に慣れ始めてきていた。慣れてしまっていいのかは、疑問だけど……。


「そうね、茉莉ちゃんにはちゃんと私のこと、知ってもらったほうがいいのかもしれないわね」


 真剣な雰囲気を出すために、私は頬杖ほおづえをつき、吐息とともに切り出した。

 茉莉ちゃんは一瞬、きょとん、とするものの、特に動揺した様子はない。けっこうきもわった女の子なのか。はたまた、私が舐められすぎているだけか。


 茉莉ちゃんをじっと見つめる。

 糸のように細い金髪がやけに眩しい。大きな瞳はなんにでも興味を持つのか、常にきらめいていた。


「あの部屋とか本を見てわかる通り、私は女の人しか愛せない人間なの。一応、自分の口から、きちんと言っておいたほうがいいかな、って思って」


 こんなこと告白するの、初めてだ。

 だけど、意外と緊張はしなかった。相手が年下だからっていうのもあるだろうけれど、すでにバレているようなものでもあるからか。


 茉莉ちゃんの反応はといえば。

 なんか、ちょっとだけ嬉しそうに頬がゆるんでいるようにみえた。が、変わりないといえば変わりないし、世間話を振られたような反応だ。


「別に、わざわざ言わなくても、そんなのわかってるよ。おねーさん、やっぱりあたしとえっちなこと、してみたくなってるんじゃないの?」


「私をからかうのならいいけれど……他の人には駄目よ? こういうので悩んでる人もいるんだから」


「わかってるよ。あたしだって、おねーさんにしかこーいうこと言わないし」


 見つめ合って言われると、照れてしまう。

 だって、私だけ特別、みたいなニュアンスだし。

 しかも、私が女の子好き、ってこときっちり理解してくれているのなら、茉莉ちゃんは良い恋人、ってことになるのではないかな。


 私、いけないことを考えてしまっている。

 相手は13歳なのに。私こそ、彼女に本気になってしまわないだろうか。


「わ、わかってるならいいけれど……」


「いいんだ? おねーさんって、ほんとえっちだね。でもね、昨日ちゃんと言ったけど、えっちなことするのは禁止だからね♡」


 茉莉ちゃんは、よほど私をえっちなキャラとして仕立てあげたいのか、ここぞとばかりに言及してくる。こういうところも、子どもっぽいなあ、って思う。

 だから私は、やれやれ、とでも言いたげな溜息をついて応戦するのだった。


「私は、そのつもりはありません。何度も言わせないで」


「でもおねーさん、目がイヤラシイんだもん。口ではそう言いつつも、二人っきりになったら、襲ってくるんじゃないのぉ?」


 口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。

 フードコートに人があんまりいないで助かった。誰かに聞かれたらどうするつもりなの。


 っていうか、私、そんなに茉莉ちゃんのこと変な目で見てたかな……。

 自覚がないのはマズイぞ。


「ま、茉莉ちゃんのほうこそ、してもらいたいだけでしょ。私の本にだって興味津々なんだし」


 目を伏せながら、反論してみる。が、舌戦ぜっせんで勝てる気はしない。そもそも弱みを握られているのはこっちだし……。


「そうだねー、女の子どうしでえっちするなんて驚きだったから、じっくり読んじゃった。おねーさんとだったらえっちなことしてもいーかな、って思うけど。でも、おねーさん、ものすごいえっちそうだから、逆に禁止させたほうが面白そうだなーって」


 どれだけ、えっち、っていう単語を繰り広げるんだ。女の子と面と向かってピンク色の会話をするなんて、人生の中であり得ないと思ってた。顔が熱くなってしまう。ドキドキとする。

 それに、茉莉ちゃん、私とならえっちなことしてもいい、って思ってくれていることが、余計に私の体内に火を灯してくるのだった。


 だめだめ。態度で内面が透けて見えないように、冷静に対応しないと。

 

「私は分別をわきまえた大人なので、茉莉ちゃんに手を出すことはありません。茉莉ちゃんのほうがどうしても、って言うなら……。そうね。茉莉ちゃんがちゃんと学校を卒業した後でなら、考えます」


「ふーん、つまんないの。ま、じゃー、おねーさんがどこまで我慢できるか、見ものだね♡」


 茉莉ちゃんは、また何か変なことを思いついたのか、再度ニヤニヤと私を見つめていた。

 我慢、っていう単語が、非常に嫌な予感をかもし出させている。

 まさか、誘惑とかしてくるつもりじゃなかろうか。で、でも所詮は13歳の女の子。茉莉ちゃんは経験が豊富ってわけでもないみたいなので、大したことはできないよね、うん。


 この日は、食事の後、茉莉ちゃんに誘われてゲームセンターに行ったり、普通の休日のような過ごし方で終わった。

 どうやらまだ、茉莉ちゃんの作戦は開始されないようだ。一体いつ、私は誘惑されてしまうのだろうか。

 緊迫した日々は、続きそうである……。


 ちなみに、百合漫画をまたしてもせびられたので、何冊か貸すことになったのは誰にも秘密だ。

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