女子寮の管理人さんとメスガキちゃんの百合

百合厨

第1話 年の差倍!?

第一話 年の差倍!?



「はぁ……」


 過ごしやすい気温。芽吹めぶいたばかりの草花の爽やかな香り。心おどるようなうららかな午後。

 妖精でも飛んでいそうな世界の華やかさに反して、ついて出たのは曇天どんてんよりも鬱々うつうつとした溜息ためいきだった。


 毎年、この時期になると気が滅入めいってしまいそうになる。

 だって、しょうがないじゃない。


 私は、今年27にもなる年齢。そのくせ、恋人なんて一度たりともいたことない。まあそれには、そこはかとない事情があるんだけど……言い訳はおいておいて。


 そんなモテないおばさんの私には、新入生という若々しい子どもたちが跋扈ばっこするこの季節、精神的に大ダメージをこうむるのである。


 本来、あってはならないこと。

 なぜならば、私は、学生寮の管理人をしているのだから。なので、無理して笑顔を浮かべることには慣れてきていた。


 初々ういういしい新入生と接することは、毎年の必須事項なのだ。勝手に自滅している場合ではないのである。


 といっても。

 私が管理を任されているのは、小ぢんまりとしたアパートのような建物で、女子専用の寮だ。入居できるのはせいぜい5、6人といったところ。

 なので管理自体も楽なほうではあるし、新入生のキラキラとした輝かしい流星群のような大量の質量に押しつぶされることもなかった。

 ……例え少人数だろうと、新入生のオーラは大ダメージではあるけれど、まだ耐えられる範囲内だ。


 が、入れ替わりというのはほぼ毎年のようにあるもので。

 今年も、入寮者がくる予定だった。


「……よしっ!」


 いつまでもネガティブオーラをまとっているわけにもいかない。

 私は気合いを入れると、立ち上がった。

 

 室内をぐるりと見渡す。

 

 辺りは、私の陰鬱いんうつとした気持ちを表現しているかの如く、散らかっている。

 ……どうせ管理人の私室になんて誰も訪れてくることがないのだから、まあいいか、って気持ちで掃除をおこたっていた。


 かろうじて整頓してあるクローゼットの中から服を取り出し、着替えてエプロンを身につける。

 特におしゃれをする必要もないので、簡素なスタイル。アパートの前をほうきで掃いているのを日課にしているような見た目である。実際その通りなんだけど。


 長くなってきた黒髪は後ろにまとめておく。

 後は最低限のマナーとして、薄っすらとお化粧をしておいた。


 新しい入寮者だものね。親御さんとの挨拶もあるし、身だしなみをきちんとしておくのは必然だった。普段はあんまりしないけれど。


 ――こうして、私の新たなる年度が幕を開けたのだった。 



 


******



「そろそろかな……?」


 私はそわそわとしながら、何度目かになる腕時計のチェックをしていた。

 コミュニケーション能力が高いとはお世辞にも言えない私は、入寮者が増えるたびに緊張してしまう。よくこんなんで何年も管理人をできたものだ。


 意味もなく玄関あたりでウロウロしてしまう。

 玄関はガラス張りで両開きの扉になっており、寮を出た先の丘を一望できる。誰かが登ってくれば一目でわかるようになっていた。

 それから玄関すぐ隣には受付カウンターのようなものがしつらえられてあり、私の仕事場でもある。が、普段はあまり使うことはなかった。

 少数しか暮らしていない学生寮だしね。普通の寮と比べたら、仕事量はかなり少なめなはず。


 なので、日常の大半はその奥の管理人部屋、私室で過ごしていた。


 ふぅ、っという漏れ出た吐息が周囲に響く。


 お昼時にもかかわらず、周りは閑散かんさんとしている。

 今はまだ春休み。賑やかさがあってもいいものだけれど、お部屋で騒ぐ子は今預かっている子の中にはいないし、出払っている可能性もある。


 それに、この周辺は田舎っぽさがすごいし、耳をすませば鳥の鳴き声が聞こえる程だ。だから閑静かんせいであっても不自然さはなかった。


 ぼけっと無為な時間を過ごしていると、坂を登ってくる人影が二つほど見えてくる。


 つ、ついに来た……!


 って、管理人の私が、非可動式のフィギュアみたいにガチガチに身構えていては、相手方も困ってしまう。私は今一度吐息をつき、肩の力を抜いた。


「こんにちは、小春荘こはるそうの管理人、遠野とおの冬花ふゆかと申します。本日は遠路はるばるようこそいらっしゃいました」


 言い慣れた定型文なので、よどみなく発音しつつ、ぺこりと頭を下げる。

 その際、目が合ったのは、母親の背に隠れる小さな少女だった。


 この子が新しい入寮者。

 お母さんもそうだけれど、どちらもとても整った顔立ちをしていて、身なりや立居振舞からも、裕福な家庭なんだな、っていうのが理解できた。


「これはご丁寧にどうもすみません。本日からお世話になります西条さいじょうです。ほら茉莉まつり、ご挨拶なさい」


 うながされて出てきた、茉莉、と呼ばれた女の子。

 身長は私の胸ほどまでしかない。私とて、決して長身ではなく、平均的女性レベルなので、彼女がいかに小さいかがわかる。


 茉莉ちゃんは、まずは顔で挨拶をするかのように、にっこりと微笑ほほえんでくれる。

 ううっ、眩しい。年若い女の子の笑顔とは、どうしてこうも心の洗浄効果があるのだろうか。


 上品そうだけれど、まだまだ幼い顔立ちの茉莉ちゃんも、私にならってぺこりと頭を下げた。お人形さんのような、金色の髪が性格を現すかのように、控えめに揺れる。手足も小さいし、いい匂いもいっぱいしそう。接しているだけで顔がとろけてしまいそうな美少女だった。


「優しそうなお姉さんが管理人さんでよかったです。しばらくの間、よろしくおねがいしまーす」


 ほがらかで、人をき付ける魅力たっぷりの茉莉ちゃん。誰からも好かれて、ご両親からも愛されて育てられたのだろうなあ。

 茉莉ちゃんのお母さんも、我が娘をこれから数年間預けるという寂しさがあるにもかかわらず、自分の誇りであるかのような眼差しで見つめていた。


 素直で良い子そうだし、私としても安心できる。

 まあ、問題児が入ってくるような学校の学生寮ではないし。お嬢様が多いのはそうなんだけど、とっつきやすそうな相手だというのは、コミュ障の私からしたらありがたい要素なのである。


 というわけで。

 新しい寮生・茉莉ちゃんをお迎えした小春荘。

 彼女は中学二年生、半端な時期での入寮だけど。家庭の事情で両親と離れないといけないらしい。中学生で入寮とは珍しいが、私の親戚とも知り合いらしいし、そのツテでここに決めたようだ。


 茉莉ちゃんにお部屋の案内やら、手続きなどもろもろのお仕事を終えると、夕刻の時間にさしかかっていた。




 

******




 お夕飯の時間が終わり、本日のなすべき業務が片付いた私は、お風呂に入ることにした。

 ちなみに食事は、朝・晩は寮で提供している。私が調理しているわけではなく、専属の調理師を雇っているので、負担にはなっていない。

 それからお風呂も各部屋に設置されてあるので、本当にアパートみたいなものだ。


 なので、夜ご飯が終われば、管理人である私に用事があることは基本的になく、後は自由時間である。


 初対面の人間と会話するのはどうしてこうも疲れるのだろうか。さっさと入浴してお布団でゴロゴロとしたい気分だった。


 にしても、茉莉ちゃんは可愛い女の子だったなあ。

 熱々のシャワーを顔面に打ち付けながら、今日の思い出を振り返る。

 脳内に"喜び"として刻み込まれてしまうほどの美少女だった。


 いけないいけない。これではまるで変態みたいだ。

 現実の美少女に発情してはいけないよね……。


 お風呂から出たら、エナジーを供給しなくては。

 私は、この後、何の本で活力を得ようかと考え、ああ、あれがいいかなあ、なんて自己完結し、鼻歌でも口ずさみたくなりながら、身体を入念に洗った。


 もともとコミュニケーション能力が不足気味だった私は、学生時代からの根っからのオタク。部屋には大量の趣味本が収められている。最近ではインターネットでも動画やら何やら収集できるので、活力を得るのに困ることはなかった。


 妄想内で本を漁り、読みふけったつもりで頬をほころばせていると……部屋からガサゴソとした物音が届いてきた。

 

「――え、なに……?」


 息をんで緊張する。


 管理人の私室に、何者かの存在が……?

 だって、散らかりきった部屋のオタクアイテムたちが倒壊したような音ではなく、明らかに誰かが何かを探し回っているかのような、大きな物音だったのだから。


 この学生寮はアパートみたいな見た目だし、田舎に建っているけれど、一応はお嬢様が入寮するレベルの代物なので、泥棒が入ってくるような安っぽいセキュリティでもないし……一体、なんなの?


 私は意を決して、お風呂場から出た。

 タオルを身体に巻き付けて、覚悟を決める。

 もしも不審者だったら……警報装置まで走れるだろうか。

 心臓が破裂しそうなほど、ドキドキとしている。私、小心者だし。


 お風呂場のドアから、そーっと顔を覗かせる。


 そして、私室に視線を向けると――。


「ま、茉莉ちゃん……?」


「あ。見つかった」


 そう。

 そこには、悪びれもせず室内を物色している茉莉ちゃんがいたのである。


 昼間に出会った茉莉ちゃんと同じ人間のはずの彼女は、なんだろう、雰囲気がまるっきり別物で。昼と夜で性格が逆転してしまったかのように、悪戯いたずらめいた微笑を浮かべている。まるで淫魔かと思わせる空気を発露はつろさせていた。いや、そこまでではないけども。

 しかもあろうことか、彼女は私の私物である漫画などを手にしていて……まさか中身まで!?


 背筋に悪寒が走り、私はバスタオル姿であるにもかかわらず、茉莉ちゃんに詰め寄っていた。


「ちょ、ちょっと何しているの? あ、もしかして、何か聞きたいことでもあった?」


 私は努めて平静に、問いかけていた。

 茉莉ちゃんは右手に漫画本を掴んだまま、私を見上げる。彼女の笑みは崩れることがなく、むしろますます悪辣あくらつとなっていっているような気がした。


「あー、そうそう。ちょっと聞きたいことがあったんだけど、お風呂入ってるみたいだったから。お部屋見させてもらっちゃった」


 茉莉ちゃんは、口調もくだけたものに変貌しており、まるで友人と会話するかのような気さくさだ。……いや。若干じゃっかん、見下したふうに感じるのは、気のせいだろうか。

 もしも、本の中身を見たのだとしたら、私のことを見下したくなるのも道理どうりだけれど……。


 私は冷や汗を垂らしながら、懸命に笑みをみせた。引きつっていない保障はない。きっと、新入社員が上司に詰め寄られたら、こんな笑顔になるだろう。


「じゃ、じゃあ、お茶を出すから、ちょっと待っててね。先に着替えてきちゃうから」


「んふふ。おねーさんって、こーいうのが好きなんだね?」


 その発言で、心臓がてついた。

 お風呂上がりということもあってか、身体に流れる水滴も凍結してしまったかのように、寒気がほとばしる。


 や、やっぱり本を見ていたんだ。

 中学生の女の子が眺めていい本じゃないのに。


 私は、口をパクパクと開閉させる。言葉にならないとはこのことだ。

 なんて反論すればいいのかもわからないし、頭までも完全フリーズしてしまっていた。


 私の反応がよほど面白いのか、これ以上ないほど、にんまりとする茉莉ちゃん。


「これさー、"ゆり"ってやつでしょ? しかも、けっこうガチっぽいやつだし。おねーさんみたいな人がこういうの読むなんて、意外だよねー」


 本の中身をぺらぺらと語りだす茉莉ちゃんの口を、今すぐ塞ぎたい衝動に駆られる。

 けれど、私は身動き一つとれず、顔面が紅潮こうちょうしていくことしかできなかった。


 私がたじろいでいるからか、茉莉ちゃんはさらに攻撃性を増していく。


「もしかして、おねーさんも、こーいうことしてみたいとか? だとしたら、なかなかにヘンタイだね、おねーさん♡」


 うぅ……。

 自分と倍ほど歳が離れている少女に馬鹿にされているのに、言い返すこともできない。

 まあ、馬鹿にされているというか、事実だし……。


 悔しい、って気持ちはないけれど、惨めにはなっていく。

 

 だって、私の趣味は、百合……いわゆる女の子同士の恋愛で、私室にはそれらの漫画やら雑誌やらその他諸々もろもろのグッズで埋め尽くされているのだ。

 そして、私自身もそうであって……恋愛対象は女の子。


 だからこそ、出会いもないし、そもそも口下手で友だちすらもいなかったしで、私はずっと独り身だった。言い訳ではあるけれど。

 なぜなら例え恋愛対象が同性だったとしても、コミュニケーション能力があれば、出会いはなんとかなることも多いはずだ。私はそれすらも放棄していたのだから、オタク趣味に走るしかなかったのである。


「あー、そーだ。いーこと思いついちゃった」


 私が無言でいるというのに、茉莉ちゃんはさも楽しげで。

 私にとっては、どう転んでも"いいこと"ではないはずだから、身構えてしまう。


 彼女は私にすり寄ってきて、じーっと見つめてくる。


 趣味が丸裸にされてしまい、さらにはバスタオル1枚という姿も相まって、なんだか身体が火照ってしまう。しかも、茉莉ちゃんのような美少女にバレてしまったことと、彼女の変貌っぷりもあるし。頭は混乱だらけだった。


「あたしがおねーさんと、付き合ってあげよっか?」


「えっ、えぇぇ!?」


 ようやく発せられた私のボイスは、叫びとなって室内にとどろいた。


 まさか、まさか。


 27歳の私が、年齢半分以下の中学生美少女に言い寄られるなんて。


 嬉しいけど、嬉しいけど!

 さすがにマズい気もするし! そもそも相手の意図が読めないし!


 もう、頭の中がショート寸前だった。


 どうなっちゃうの、私!?

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