最終話 大人になりました

最終話 大人になりました



「聞いてよおねーさん」


「あらあら、どうしたの茉莉まつりちゃん」


 小春荘の管理人部屋。

 私の私室は、相も変わらず雑然としている。百合漫画がたくさん敷き詰められているのもそうだが、茉莉ちゃんの私物も増加していったから、足の踏み場もなくなりそうだ。

 が、前よりも生活感が出てきているし――いや、二人での生活感といったほうが正しいかも。だから、このごちゃっとした環境も私は気に入っている。茉莉ちゃんも自分からお掃除をするタイプではないので、私が最低限の清掃はおこなっているが、やはり物が多い故、限界があるのだ。


 茉莉ちゃんは、大学一年生になっていた。

 私服姿の彼女は、もう立派な大人。

 あどけなさは少なくなったが、小悪魔っぽさは維持されている。というか、より小悪魔っぽくなったような気もする。成長したから大人の悪魔になったのではなく、いたずらが大好きそうな小悪魔ってところがポイントだ。茉莉ちゃんはこうじゃなくちゃね。


 しかも、茉莉ちゃんったら大人になった今でも私のことを「おねーさん」なんて呼ぶのだから、くすぐったさもあった。今更、呼び方を変えようとも思わないのだろう。私だってそうだし。いつまでたっても、茉莉ちゃんは茉莉ちゃんだ。


「あのさ、あたし、星梨せいなさんに友だち紹介したじゃん? なんか、けっこーうまくいってるみたいだよ」


「そうなんだ。星梨さん、よかった……。でも、お相手は未成年だし……手を出したりしていないかしら……」


 星梨さん。私が出会い系の掲示板で出会った女性だ。

 彼女とは、ちょっと申し訳ない別れ方をしたので、お詫びと称して交流が続いていた。同じ女性好きとして、友人、という枠に収まった感じだ。茉莉ちゃんも一緒に会ったりしていたため、三人で遊ぶことがそれなりにあった。

 で。星梨さんも出会いを求めて飢えていたので、茉莉ちゃんが紹介したりしていたらしい。茉莉ちゃんの知り合いなんて学生さんしかいないし。当時は高校生を紹介していたっぽいので、私ははらはらとしていたものだが。どうやら上手くいっているらしい。


「おねーさんが、それ言う?」


「だって私は……、健全なお付き合いをしていたし。星梨さんは、欲がすごいから心配だわ」


「っていっても、あたしも星梨さんの彼女も、もう大学生だよ? 心配ないでしょ」


「そうね。でも、星梨さん、付き合いたてでも手を出してそうだし……」


「ま、おおやけになってないならセーフでしょ、時効ってやつ」


 時効にしては、短すぎるような気もするが……真実は闇の中だ。二人が幸せそうなら、それでいいけども。

 茉莉ちゃんは、いじっていたスマホをベッドの上に放り投げる。そして、私をじっと見つめてきた。

 今は春先。茉莉ちゃんも暖かそうなパーカーを着込んでいるので、露出はないのに色気は増したように見える。スタイルもいいし、お化粧も上手だしなあ。いわゆる大人の雰囲気、ってやつだ。


「ど、どうしたの、茉莉ちゃん」


「あたしも、もーすぐ18歳だよ。おねーさん、やっと我慢しないで済むね♡」


「私、かなり我慢したほうだと思うけど、茉莉ちゃんもよく我慢したわね。っていっても、突然自由になっても、何したらいいかわからないけれど……」


 ああ、所詮、恋愛経験値ゼロのダメ大人が私だ。私ができることなんて、せいぜいが茉莉ちゃんと軽いキス程度。その先なんて、いまだにどうすればいいのかわからない。いや、えっちな本とか動画は見ているから、やり方じたいはわかるけど。4年も我慢していた行為だ。逆に手を出しづらくなっている。


「あーあ、おねーさん、本当に奥手でビビリだなあ。ま、おねーさんもその気みたいだし、するときはあたしに任せてみなよ。いいでしょ?」


 茉莉ちゃん、本当に積極的なんだから。

 でも、なんだろう。

 中学生時代の茉莉ちゃんにだったならば、責められると抵抗感がありそうだったけど。大学生茉莉ちゃんにならば、してもらうの、割りとアリかな?

 はぁ、恥ずかしいこと考えてる。でも、私たちは恋人なんだから、これくらいは普通だよね。


「茉莉ちゃんは、したい側なの?」


 って、私、何を聞いてるんだ!?

 言い終わった後、顔面が熱くなり、茉莉ちゃんから顔をそらしてしまう。私、いい年して学生さんみたいな反応してるの、情けない。


「おねーさん、絶対誘い受けだよね。ま、来週からたくさんいじめてあげるから、覚悟してよ♡」


 茉莉ちゃんも、すっかり漫画の用語を覚えてしまった。最近では二人で本を探したり、一緒に読むこともある。

 そして彼女の言葉通り……来週から茉莉ちゃんは、私の寮に引っ越してくる。今度は学生さんとして寮を借りるのではなく、私の部屋で同棲するのだ。お母さまの許可ももらっている。大学も、うちから近いからだ。

 小春荘は学生寮なだけあって、近辺に学校はいくつも点在している。アクセスのしやすさがウリだ。


 それ以前に、茉莉ちゃんは定期的に私の部屋に遊びにきていたので私物が山盛り状態。引っ越しの手間が省けているのも利点だった。


「そ、そのときはよろしくお願いします……」


 も、もちろん、私だってえっちなことはしたいに決まってる。長年の夢だ。それに、茉莉ちゃんになら、全部ゆだねてもいいとさえ思える。


「よかったね、おねーさん。ようやく処女卒業できて♡」


 茉莉ちゃん、私の耳元でとんでもないことを囁いてきた。

 うぅ、こんなの、悪魔に誘惑をされている気分だ。部屋内が一気にピンク色の照明でともされたのかと錯覚するレベル。今からでもえっち始めそうな雰囲気にされちゃった。


「ほんと、この歳で恥ずかしいわよね。茉莉ちゃんは、嫌じゃない? 歳上なのに、なんにもできない人なんて……」


「今更だよねー。それに、むしろ、なんにもできないほうが可愛いからいいよ。30歳なのに処女のおねーさん、あたし色に染めてあげる♡」


 茉莉ちゃん、女性慣れしてる感を出しまくっているが、彼女だって私が初めての恋人だし。恋愛レベル的には同じなんだけどなあ。なのに、私は茉莉ちゃんの雰囲気に圧倒されまくっている。でも、推しの強い恋人に引っ張られていく感じ、私には合っている。相性って大事なんだなって、茉莉ちゃんといるとつくづく思わされるのだ。


 ちなみに。厳密に言えば30歳ではなくて、もうちょっと上なのだが……突っ込むのはやめよう。


「年齢は言わないで。ほんとに」


「あたしは気にしないのにな~。どうせあたしが一生面倒見てあげるし」


「なんか中学生の頃と立場逆転してない……? まだ茉莉ちゃんが学生のうちは、私がきちんと面倒見るわよ。お母さまとも約束しているし。大学を卒業したら……一緒に小春荘、管理する……?」


 なんだかプロポーズしているみたいになっちゃった。お母さまにご挨拶した時点で、実質プロポーズっぽかったのだけど。改めてするとなると、照れてしまう。


「えー、おねーさん、二人でこの寮経営して収入とか大丈夫なの?」


「ど、どうだろう……贅沢はできないかもだけど……。茉莉ちゃん、困っちゃう……?」


「ま、困るから、ってわけじゃないけど。あたしはあたしで就活はする予定かなー、一応ね。先の話すぎてどうなるかはわかんないけど。でも、いずれおねーさんと管理人するよ」


 茉莉ちゃん、将来設計きちんとしているな。頼もしすぎる。

 私たちは肩を寄せ合って、未来を思い馳せ……そして、自然な流れでキスを交わす。


 私と茉莉ちゃん、再び小春荘で一緒に暮らせる。

 人生がどんどん満たされていく。茉莉ちゃんと出会えて本当に良かった。


 小春荘は賑やかになり、数ヶ月もすると、茉莉ちゃんも寮母さんとして認識されていくようになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女子寮の管理人さんとメスガキちゃんの百合 百合厨 @natutuki01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ