第5話 意外とらぶらぶ

第五話 意外とらぶらぶ





「ほら、おねーさん、キョロキョロしないでよ」


「うっ……。だ、だって……デートを意識すると、人目が気になっちゃって……」


 私は、まるで生まれて初めて外の世界を見た異世界人のように、挙動不審さ全開だった。

 声もひそめて、なんなら自分にさえ聞こえないほどである。


 土曜日のお昼。

 茉莉まつりちゃんの宣言通り、デートに出かけたのだが……私は動揺しまくりだった。


 今までは茉莉ちゃんの保護者として、面目めんもくを保っていたつもりだったのだが……今日、彼女に意識しているのは恋人。

 年齢差が激しいのはもとより、人が多い場所に連れ出されるし、以前とは比べ物にならないほど緊張しまくりの外出である。

 

 だって茉莉ちゃんたら、陽キャなんだもの。混雑したりするような、人気のスポットに出かけたがる傾向にあるようだ。


 今日は、デート定番の映画館におもむいていた。

 休日の昼間ということもあって、周囲にはカップルばかり。

 

 私と茉莉ちゃんは手を握っているが、恋人だと思われることはほぼないだろう。それが嬉しいことなのか、寂しいことなのかはわからない。周りの幸せそうな恋人たちのように、空気に溶け込めるくらいになりたいような気もするし。でも、歳の差が許してくれない。

 

 いやいや。夢を見るよりも現実を見ないといけないよね。だって、私が挙動不審すぎるので、職務質問だけはされないように気をつけないといけないし。気をつけよう、と思えば思うほど、より不審人物に近くなるのが私なのだから、手に負えない。


 茉莉ちゃんも、私の小心者っぷりに今にも嘆息たんそくしそうである。

 しかも、エスコートするのが大人の私なのではなく、中学生の茉莉ちゃんなのだから、もう恥ずかしいことこの上なかった。


 茉莉ちゃんは、映画館なんてたびたび利用しているのか、慣れた様子で私を案内してくれる。

 肝心の映画の内容は……流行りのモノだったのかもしれないが。私の頭の中にはあまり入ってこなかった。


 映画にはもともとそこまで関心があったわけではないのもあるけれど、デートなんだから私だってしっかりと鑑賞はした。が、そんなことよりも、薄暗い空間で、茉莉ちゃんの手を握っていたためか、頭がいっぱいいっぱいになってしまったのだ。とことん、ぽんこつな大人である。


 そして映画が終わった後は、まだまだ時間があるということで、今度はカラオケに連れられていた。

 ここでも茉莉ちゃんは私の手を引っ張り、さくさくと部屋の手続きを済ませてしまう。


「おねーさん、もしかしてカラオケ来たことないの?」


 カラオケの個室に通されて、私は、初めての体験に唖然あぜんとしていた。

 それを見かねたのか、茉莉ちゃんは呆れ声で尋ねてくる。


 私は、未経験であるカラオケの室内に圧倒されてはいたが、しかしそれでも人目に晒される外よりかは、気をしっかりと保てている。

 私は、カラオケの内部に興味が沸き、視線を彷徨さまよわせていた。


 ちょっと狭い、二人っきりの密室。さらには、映画館ほどではないが薄暗い室内。大きなディスプレイが照らし出す光が、非日常感を演出している。これもまた入ったことはないが、ラブホテルなのでは、と錯覚してどぎまぎしそうだ。

 ソファにもたれかかった茉莉ちゃんは、私をじっと見上げていた。


 私も、所在なさげに立ち尽くしているのもあれだと思い、茉莉ちゃんの横に腰を下ろす。

 そわそわしてしまう。


 とりあえず、店員さんが運んできてくれた飲み物に手を付けた。

 グラスの中には、爽やかで甘みのあるカクテルのようなジュースが入っており、乾ききっていた喉をうるおしてくれる。が、それだけでは私の落ち着きを取り戻すことはできなかった。


「なーんか、変わったよね、おねーさん」


 茉莉ちゃんは、じとっとわった目つきで、不機嫌そうに言った。

 うぅ、彼女を楽しませるどころか、不満にさせてしまうなんて、やはり私は恋人としては不適切な陰キャだ。


「変わったというか……もともと私はこんなのよ。小春荘こはるそうの管理人としてなら、もうちょっとマシな振る舞いもできる、ってだけで……」


 愚痴みたいなことを、中学生の女の子に吐き散らしてしまう。


 ……私が想像していた未来に突き進んでいる。

 どうせ私みたいな人間なんて、呆れられてしまうのがオチだ、っていう未来に。


 茉莉ちゃんは、情けない大人に辟易へきえきするかと思いきや、逆に嬉しげな表情を取り戻す。

 どうやら、彼女はとことんドSらしく、私が頼りない人間であればあるほど、いじめ甲斐があると感じるらしい。だとしたら、私たちは実は相性バッチリなのかもしれない。


「あたしとデートすれば、キョドらなくなるかなあとも思ったけど、ま、今のままのほうが可愛いし、このままでもいっか。で、おねーさん、何か歌えるものあるの?」


「えっ……。いやいや、無理、カラオケとか行ったことないし……」


 私は、思わず後ずさった。ソファの上なので、お尻だけでの移動だけど。じりじりと、茉莉ちゃんから距離を取る。

 すぐにソファのはじっこに追い詰められた私は、床に落ちそうになるまで後退していた。本能で逃げていたのだろうか。


 が、茉莉ちゃんは構わず詰め寄ってきて、私にマイクを握らせようとする。彼女は野生生物が獲物を追い詰めるような、獰猛どうもうな顔をしていた。私は捕食される気分で、マイクを押し付けられる。


「最近の流行りの歌とかわかんないし……アニメの歌ちょっと知ってるくらいだし……そ、それに人前で歌とか、絶対ムリ……」


 私は言い訳を早口で呪文のように唱え、マイクを押し返そうとする。

 言い訳というか、事実なのだが。


 が、当然、意地悪大好き茉莉ちゃんに通用するわけがなく、私たちはマイクを二人で握り合う形になる。互いに譲らないのだから、まるで、一つのマイクでデュエットしているかのようになってしまった。

 曲は流れていないので、歌うわけではないが。


「じゃあアニメの歌でいいから、歌ってよ」


「茉莉ちゃん知らない曲だろうし、カラオケなんてしたことないから歌ヘタだし無理無理! 私の歌なんてなんにも面白くないってば」


 私は必死に拒否をするが、茉莉ちゃんを喜ばせるばかりである。それもそうだ。ドSが相手なのだから、私が嫌がったところで引いてくれるわけもない。


「まあ、無理にやらせても、歌ってはもらえなさそうか。つまんないの」


 茉莉ちゃんは、意外とあっさり身を引いた。

 彼女はソファでくつろぐと、ストローでジュースをずずずっとすする。


「茉莉ちゃんはカラオケ行きたかったんでしょ? 最近の子はどんなの歌っているのか聞かせてよ」


「ふーん。あたしの歌、聞きたいんだ? ま、あたしは別に聞かれるの恥ずかしいとかはないし、いいけど」


 彼女は、私とは違って、実に堂々たる勇ましい態度でマイクを受け取る。

 人前で歌って恥ずかしくないなんて、アイドルか何かかな? と思ってしまうのは、私がカラオケ未経験だからなのか。実際は、カラオケに通っているみんなは、普通に歌えるものなのだろうけれど。すごいな、一般人!


 茉莉ちゃんは手元のタブレットを操作して、そそくさと入力を済ませる。

 そして、私のことなんて観客よろしく、気にした風もなく、歌い始めた。


 茉莉ちゃんの喉が震わせたのは、乱れなき美声。知らない歌ではあったが、私は聞き入ってしまっていた。

 これは茉莉ちゃんが歌っているから魅了されているのか、はたまた歌唱力がすごいからなのかはわからなかったけれど……。贔屓ひいき目なしだとしても、歌は上手なんだと思った。


「茉莉ちゃんは、なんでもできるのね」


 曲が終わると、一気に静けさが強まる。

 茉莉ちゃんは熱唱したからか、満足気にジュースを飲んでいた。そういえば、カラオケはストレス発散方法としては、割とありがちだと聞いたことがある。やりきったような茉莉ちゃんの顔を見ると、本当のことなのかもしれない。


 私は、嫌味っぽくならないように、茉莉ちゃんの歌に、ささやかな拍手を送る。

 すると、彼女は淡白に、ふーん、と漏らした。


「別に、ただカラオケしただけだよ。ていうか、おねーさんが、なんでもできなさすぎ?」


「うっ……」


 あまりにも直球な攻撃に、私はクリティカルヒットを受けてしまう。事実だからゆえに、中学生の恋人に指摘され、言葉を失ってしまった。


「しょーがないから、将来はあたしが面倒見てあげないとだめかー」


「い、一応、自立した生活は何年も続けてるんだけど……」


 とはいえ、仕事は親に紹介された身内用のものだし、苦労して就職活動をしたとかはないので、無能人間であることの否定にはならないが……。

 ただ、そんなことよりも、茉莉ちゃんが私との将来を考えてくれていることに、ドキッとしてしまっていた。相変わらず、ちょろいな私。


「あ、そういえばそうだったね。おねーさん、寮にいるときは、けっこうしっかりしてるもんね。部屋だと、頼りないけど」


 しっかりしている、ようには見えているらしい。どうやら私、仕事は最低限こなせているようだ。寮の管理人になってから何年も経っているし、当然といえば当然だけど。


「だ、だからね。私が面倒を見てもらうじゃなくて、逆に茉莉ちゃんの面倒を見る将来も、ありえるかも、なー、なんて」


 ここぞとばかりに、茉莉ちゃんにマウントをとってみようと試みる。

 私は、いつものように小馬鹿にされるかも、と身構えた。というか、ののしられるのを期待して、反論したのかもしれない。自分の精神状態、大丈夫か?

 だけど、彼女の反応は私の予想とはかけ離れたものだった。


 茉莉ちゃんは、私の語った未来に思いせるような、心ここにあらず、といった表情をしていた。将来を夢見るような、年相応の少女っぽい顔をしている。私はそれに違和感を覚えていた。

 なぜならば、茉莉ちゃんはいいところのお嬢さんだし、私が面倒を見てあげるほうがむしろ生活に不満が出そうなものだからだ。それなのに私との生活を夢見てしまうのが、不思議でしょうがなかった。


「ちゃんとあたしのこと、やしなえるの?」


 けど、出てきた言葉は、いつもの茉莉ちゃんを彷彿ほうふつとさせる小悪魔めいた響きを持っていた。ホッとしたけれど、茉莉ちゃんにも影みたいな部分があるのかな、と私の中にしこりとなって残り、逆にモヤモヤとしてしまう。


「え、た、多分……。あんまり、贅沢ぜいたくはできないと思うけど……」


 私、何を口走っているのか。これじゃまるで、将来は茉莉ちゃんと同棲したい、って言ってるようなもんだ。

 茉莉ちゃんは、私の解答がおかしかったのか、邪気のない純粋な笑いをこぼす。裏表がないような顔を見ると、安心する。


「あたし、スイーツにはうるさいからね。毎日買ってもらうんだから」


「ま、まあ、それくらいなら、全然構わないけど……」


 気軽に言ってしまったが、茉莉ちゃんくらいのお嬢様になると、高級スイーツとかをたしなむのだろうか。で、でも……いくら高級といっても、お菓子を与えるくらいならば趣味の漫画とかの量を減らせばいいだけだよね。さすがにお金持ちの方々が食べるお菓子を毎日、となると漫画よりもお金はかかりそうだけど、背に腹は代えられない。


 って私、もう完全に茉莉ちゃんを養う気になってない?

 そもそも、茉莉ちゃんが大人になってからの話なわけだし、何年後になるのやら。その時は私も30を越えちゃうし……ああ、なんか勝手に妄想して勝手に不安になってしまった。


「じゃ、あたしが学校卒業したら、ちゃんと養ってよね。その時には、おねーさん、えっちなことばっかりしてきそうだよね」


「また茉莉ちゃんは、そんなことばっかり考えて。確かにそういうのは大人になったら、って言ったけども……」


 茉莉ちゃん、どこまでが本気なのだろう。

 多分、ごっこ遊びみたいな気分で、ノリだけで語っているのだろうけど。茉莉ちゃんみたいに若くない私は、将来を楽しもうというよりかは、数年後にはどんな生活を送っているのだろうか、っていう現実的な問題が気になってしかたがない。


「16歳でも、立派な大人だよね?」


「え。茉莉ちゃん、高校に行かないつもり?」


 思い返してみると、学校を卒業したら、って約束したような気がするけど。まさか高校に行かない選択肢は、想定していなかった。

 というか、親御さんがそれを許さないのではないか。

 それとも、私が知らないだけで、茉莉ちゃんはご両親と何か壁があるのだろうか。だから家を出たくて私と暮らしたい、とかだったら、どうしよう。


「ん~。別に、どっちでもいっかなぁ。てか、どうせ養ってもらえるなら、行かなくてもいいしね」


「一応、高校とか大学は、出たほうがいいとは思うけれど……。学生生活、楽しくないの?」


 なぜか、お悩み相談みたいな質問をしてしまっていた。しかも、自分に置き換えてみたとしたら、返答に詰まるようなことだ。

 だって、私は学生時代、お友だちはいなかったし。だからといって、青春時代でもある学生生活がつまらなかったか、といわれれば、別にそうでもない気もする。

 特別に親しい友人はいなかったが、クラスメイトと会話することはあったし。文化祭や体育祭といった学校特有のイベントも、今にして思えばいい思い出ではある。完全に孤立したぼっちでもなかったし。根暗ではあったけど。


「まあ楽しいけれどね~。でもどーせ、また引っ越しとかあるかもだし。おねーさんに養っててもらったほうが、楽そう」


 と、そこではじめて、茉莉ちゃんは不満を吐き出した。

 なるほど。

 確かに茉莉ちゃんは、中学生という年齢で学生寮に入るような、少し環境的には特殊に入る子だ。これまでも、色んな学校を渡り歩いてきたのだろう。きっと、ご両親のお仕事とかの関係で。


「ま、まあ、私が養うとは言っても、お母様からの承諾はきちんともらえないと、ダメよ?」


「……わかってるよ」


 すると、茉莉ちゃんは、ひと目でわかるほどにふてくされて、返事をする。

 きっと、未成年の茉莉ちゃんは、おいそれとご両親から承諾はしてもらえないだろうと、しっかり理解しているのだろう。

 それもそうで。いきなり、赤の他人ともいえる女性に養ってもらうから学校に行かない、なんて言ったって、どの親が許可をくれるものか。まともなご両親ならば、なおさらだ。

 かといって、私たちが愛し合っていると伝えるのも、なんかはばかられる関係だし……。そもそも、茉莉ちゃんは、私のことを愛しているのかも定かではない。こっちの気持ちは……、ま、まあ、好きにはなっているけども……。面と向かって言えるかは、厳しいかもだが。


 って私は、どこまで茉莉ちゃんと繋がった気になっているのか。

 でもね、茉莉ちゃんも真剣っぽさを漂わせていたために、私も真面目に考えないといけない、って思わせられたのだ。恋心のことではなくって、多分に家庭環境の面を多く含んだ真剣っぽさで。


「もし本気だったら、私にもちゃんと相談していいんだからね? ほ、ほら、私は茉莉ちゃんを預かっている身だから、お母さんの代わりでもあるんだし」


 こういうときこそ、頼りになってあげられないとね。

 茉莉ちゃんは、まるで私がお芝居で化け物役にでも変身したのか、ってくらい驚き、目を丸くしてから、ケタケタと笑う。笑われるのは不服だけど、我慢。私だって真摯しんしに茉莉ちゃんのことを考えているって伝えねば。


「おねーさんが、お母さんねえ。まあ、歳としては、違和感ない、かな?」


「うっ……。そんなに離れてる……かな……?」


 いくらなんでも、27歳と13歳の親子は、そういないと思う。全くいない、ってわけでもないけれど……。

 とはいえ、茉莉ちゃんに年齢差を指摘されると、けっこう心にくるな……。お母さんかもしれないくらいの年齢である女性と恋人になったとしたら、いずれ不満を覚えそうなものだし。不安要素の一つである。


「あはは、おねーさん、歳の差、気にし過ぎでしょ。そーいうとこ、可愛いよね」


「かわいいって……私には似合わない言葉を使わないでよ。こ、こんなでもね、私は茉莉ちゃんの相談なら、真剣に聞くから。一応、大人だし……」


 人生経験は茉莉ちゃんよりも豊富なのは確実だし。……深い人生を歩んできたのか、って問われたら、首を横に振るしかないけれど……。


 茉莉ちゃんは、私のことをどうとらえたか不明だが、明るい笑顔で頷くだけだった。


 どうやら、今は、特に相談事はないらしい。私のことを信用していないのか、本当に悩みがないのかは謎だったけど。


 この日をさかいに、私は、茉莉ちゃんに、より、踏み込んでいこうと決心する。

 彼女だって中学生の女の子なのだから。高校に行かないでもいい、って発言した精神状態は、案ずるべきだと思ったのだ。


 が、変に気負われてもいけないし。今のような関係を維持しつつ、さり気なく悩みを聞いてあげられるように頑張らねば。

 茉莉ちゃんのためになりたいという想いは、一貫する。

 決して、茉莉ちゃんと同棲したいから、っていうやましい気持ちではないのだ。

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