第15話 進展してます

第十五話 進展してます



「おねーさんの部屋、かわらないねー」


 茉莉まつりちゃんと再会してから、はや数時間。お互いに、昔の感覚を取り戻してきた頃合いだ。

 茉莉ちゃんは私の私室を見渡して、物思いにふけっていた。


 ……突然のお引越しだったものね。小春荘に戻ってきて感傷に浸りたくもなるよね。

 茉莉ちゃんは、塔のように積まれた私の漫画をつぶさに観察している。その姿を眺めていると、茉莉ちゃんと恋人になった日のことを思い出す。


 茉莉ちゃんってばあの日、寮に来たばっかりだっていうのに、私がお風呂に入っている隙に部屋に侵入していたんだもの。けっこうないたずらっ子だったよね……。それ以降は、目に余るようないたずらはしていないけども。いや、私にする分には全然いいのだけど、厳しい大人に捕まってでもしまったら、茉莉ちゃん痛い目にあっちゃいそうだし。茉莉ちゃんのお母さんも、娘の性格を熟知しているからこそ、心配だったのかもしれない。わずか半年でのお引越しだったものね。


「茉莉ちゃんも、変わりはないようで安心したわ。あ、でも、綺麗になったわ……本当に」


 茉莉ちゃんは今が成長期。あどけない顔もいいけれど、元々がお人形のように整った顔立ちだ。クールなお姉さん風に変貌していったとしても、美人すぎて卒倒しちゃうだろう。茉莉ちゃんのお母さまもお綺麗だったし、将来が楽しみでしかたない。


 すると、茉莉ちゃんは意味ありげにニヤつく。


「おねーさん、口説き文句上手になった? さっきの綺麗な人に、何か教わったとか?」


「え? そ、そんなことはないけどっ……。茉莉ちゃん、高校生らしくなったんだもの。素直に綺麗になったなって……」


 うぅ……。私を緊張させないでよ。

 茉莉ちゃんは私のベッドに腰をおろして、足をぷらぷらせている。スカートが短いので、中身が覗けてしまいそうだ。私を惑わすの、上手なんだから。中が気になってなんにも集中できない。見ちゃいけないのに、ちらちら目を向けてしまう。茉莉ちゃんも私の視線にはとっくに気づいているからか、わざとらしく足を組んで、反応を楽しんでいるようだ。


「ってかさー、おねーさん、ホテル連れ込まれそうだったってことは、めちゃめちゃ欲求不満だったり?」


「え、いや、別に……? 欲求不満なのは、むしろ星梨せいなさんのほうだったけど」


 まあ。女の子とえっちしたいか、したくないかの二択を迫られたら、したい一択だけど。未成年の茉莉ちゃんに襲いかかるほど、理性がないわけではない。


「へー、あの人、えっちな人だったんだ。おねーさんチョロいからなあ、今後も心配だなぁ」


「うう……。私、女の人に弱いのはそうかもだけど……一途なのは本当だから。茉莉ちゃんと連絡、取れれば絶対に大丈夫よ?」


「はいはい。ってゆーか、あたしも一途なんだけどなー。おねーさん、そこわかってないよね。あたしに彼氏とか彼女できるかも、って思っちゃったんでしょ?」


 茉莉ちゃんにジト目で詰め寄られる。茉莉ちゃんのこと、信じることができなかったのは本当のことだ。目をそらすことしかできない。情けなさすぎる。


「だ、だって、茉莉ちゃん、すごい美少女だし。モテモテでしょ……? 男の子からいっぱい告白とか、されちゃうんじゃないの? だから不安になっちゃって……」


「ん~……。まー、されたことあるけど、あたし女子校に通ってることのほうが多いし、二回くらいかなー。おねーさんと出会う前は、男子にラブレターもらっても、よくわかんないから断ってたけど。百合漫画を知ってから、もう男子には1ミリも興味なくなっちゃった。だから、あたし、おねーさんと同じなんだよ? 心配する必要ないんだってば」


 茉莉ちゃん、私を説得するみたいに真摯しんしな声で訴えかけてきた。

 ……そっか。茉莉ちゃん、ほんとに私と同じなんだ。長年、同性愛者だった私には、茉莉ちゃんの言葉がすとんと胸に入ってくる。だって、趣味嗜好しこうが共通しているのだから、どんな思考から言葉をつむぎ出してきたのか、自分のことのように理解できたのだ。


「私、茉莉ちゃんのこと全然わかってなかったのね。……でも、もう大丈夫。……ああ、けど、茉莉ちゃんは女の子との出会いも多いから、そこは不安だけど……」


 うぅ、私、自己肯定感が低すぎて、ダメダメだ。だって、私よりも若くて美少女なんて、無限にいる。脳裏に浮かぶは、女の子たちに囲まれてチヤホヤされる茉莉ちゃんだ。あぁ~メンヘラみたいだよね、私。ネガティブ妄想ばっかりしていたら茉莉ちゃんを困らせちゃうのにね。

 

「先に浮気したのおねーさんのくせして、どの口がそう言うのかなぁ~? あ、そーだ。浮気の罰、忘れないうちにしてもらわないとね」


「それは本当にごめんなさい……。罰はなんでも受けます……」


 罰、って言葉、茉莉ちゃんが発するとなんて魅力的なのだろうか。

 いやいや。私が浮気をしたのは事実だし。喜んで罰を受けている場合ではないのだが。お仕置きされるのを嬉しがったりしたら、茉莉ちゃんドン引きするし、そもそも相手に悪いと思っているから罰を受けるのであって。罰にならないのはダメだよね!


「じゃー、来週、お母さんに挨拶しにきてよ。親公認で、しかも婚約とかできれば、えっちなことしても大丈夫でしょ?」


「は? へ!?」


 茉莉ちゃん、また突拍子もないこと言い出した。

 いくらなんでも、お母さまにご挨拶は早すぎやしないか。い、いや、お付き合いをさせていただいているならば、したほうがいいのか? 経験値なさすぎてわからない。


「何ビビってんの。罰はなんでもするって言ったじゃん。それに、お母さんなら平気だって。あたしも、堂々とデートとかしたいんだからさー、さっさと公認になってもらわないと困るの!」


「うぐ……わかりました……。来週、茉莉ちゃんのお家に行けばいいのね?」


「うん。あと、ライン、変なコト送ってこないって約束できるなら、普通に返すから。電話は、おかーさんが聞き耳立てるからちょっと恥ずかしいかも」


「ん、わかったわ。やっと、普通のお付き合い、できるのね……」


 このやり取り、去年したかった……。

 なげいていても、しょうがないか。茉莉ちゃんだってお引越しとか、お母さまとの新生活やら受験やらで忙しかったのだから。その上、お母さまに監視されているにもかかわらず、私がバカスカ変なライン送っちゃってたし。中学生でもしないような妄想全開のライン見られていたとか、思い返すだけでこの場から逃亡したくなるくらい恥ずかしいな。


「ま、あたしも、おねーさんに何も言えなくて悪かった、って思ってるから……。その。長い間放ったらかしにして、ご、ごめんなさい」


 !?

 茉莉ちゃんが、モジモジとしながら謝った!?

 可愛すぎて犯罪級なんですけど。私、まるで顔面に拳でも飛んできたのかってくらい、のけぞってしまった。鼻血吹き出そう。

 一年の空白期間なんてどうでもよくなっちゃった。いいこいいこしてあげたいし、どんな悪戯いたずらされたとしても許しちゃいそう。


「じゃあ……今年はクリスマスとか、初詣は一緒にしたいな……。期待してたのよ、これでも……」


「んー。それは無理かなー。お母さん寂しがり屋だから、一緒にいないとうるさいし」


「そんな……」


 またお預けをくらうのか。カップルの定番、私も体験してみたかった……。

 私があからさまに肩を落としたからか、茉莉ちゃんがかたわらに寄り添ってくる。そして、左遷させんを言い渡す上司のように、肩をぽん、と叩いてきた。


「だから、お母さん公認になれば、クリスマスもお正月もうちで過ごせるよ? おねーさん次第だからね、がんばってね~」


 茉莉ちゃん、他人事のように言うんだから……。

 決戦は来週か……。恋人の親に挨拶って、どんな準備をすればいいんだろう。ネットで調べまくらないと……。


「がんばる……私と茉莉ちゃんのためにも。私、今、人生で一番力入ってるかも……」


「おねーさんらしいなあ。じゃ、私はそろそろ帰るから。また来週ね」


「もう帰っちゃうの? ……電車なら、駅まで送ろっか?」


 私が聞くと、茉莉ちゃんは意外だ、といわんばかりに目を丸くする。え、何か変なこと言ったかな?


「おねーさんがナチュラルに、送っていこうか、だなんて。やっぱり、何か変わったよね」


「え、そ、そうかな……。茉莉ちゃんと一年ぶりだもの、少しでも一緒にいたくなっちゃって」


「一緒にいたいとか、おねーさんって、やっぱり可愛いよね。あたし、一人で帰れるから、見送りはここでいいよ。でもそのかわり、入学祝いに、お別れのキスして?」


 茉莉ちゃん、私を見つめながら要求してくるんだもの、ドキドキとしちゃう。

 キス、二回目の私なんかに、"して"、ってうながしてくるの、酷すぎる話だ。上手にできるわけない。まあ。茉莉ちゃんだって二回目のはずだから、彼女からのキスを待つのも違うけれど……。


 それに、茉莉ちゃんはまだ未成年。お母さまとの約束のためにも、えっちなキスはしちゃいけないよね。茉莉ちゃんは大人の口づけ望んでいるのかもしれないが、私はほだされないぞ。

 唇に触れるだけの軽いやつでいいなら、私からでも気合いでいけるだろうし。


 茉莉ちゃん、目をつむって私を迎え入れようとしてくれている。

 キス待ち顔、可愛すぎる~~~~。何時間でも見ていられるぞ、これ。

 ま、待たせすぎても、怒られちゃう。

 私は、おずおずと顔を突き出し――唇に唇で、ちょこんと触れた。


 今はまだ、このキスが精一杯。

 お母さま公認になったら、もっと先に進めるのだろうか。

 勝負は、来週だ。

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