第41話 誕生日当日
8月7日……その日、
妹たち……具体的に言えば
「じゃあ、肉の仕込みね。姫、準備良い?」
「私は大丈夫だけど、このレシピ大丈夫かなぁ?」
「どこのレシピも大体は同じ内容だったから多分あってると思う。始めちゃいましょうか」
若干不安げな姫を引っ張る形で凛香が作業を始めた。
ネットによると「お家で手軽に焼肉店の味になる秘伝のつけダレ」らしいレシピを複数個見つけ、その共通点を探った上で作ったレシピを使い、下ごしらえを始めた。
高校生や中学生でもネットで何個も簡単に拾えるところのどこが「秘伝」なのか? そもそもそんな手軽に「店の味」が出せるなら焼肉店は商売あがったりじゃないか?
という疑念に対する答えは出ないが、とりあえずはどこも「秘伝」を名乗っているから信じよう。となったのだ。
「姫、ニンニクすりおろしといて。間違っても自分の指をすらないでね」
「あいよー」
凛香はまずコショウを振って肉の臭いを消す。それが終わるとボウルの中に肉を入れごま油を注ぎ、姫がすりおろしたニンニクを加える。
どのレシピも「ニンニク」が重要な素材らしく、それを加えるだけでも「店の味」に近づくらしい。それにごま油を加えるだけで「かなりそれっぽく」仕上がるそうだ。
「私ニンニクの臭い苦手なんだよねぇ。まぁアイツが食うから私の好き嫌いとかどうでもいいんだろうけど……」
凛香がそこまで言うと姫は家にあった使い捨てのビニール手袋ごしに、ニンニクまみれの自分の手を姉の鼻に近づける。
「おりゃっ!」
「!! ちょっと姫! 辞めなさいよ! ふざけてないでちゃんとやって!」
「ハハハッ。ごめんごめん」
相変わらず髪で目が隠れていてどこを見ているのか分からない、姫によるおふざけがありつつも仕込みは終わる。
ニンニクとごま油とコショウを肉全体に揉みこんで馴染ませた後は冷蔵庫で寝かせるだけだ。
「これで本当に店の味になるのかなぁ?」
「レシピを信じましょ。後は夕方になってからね」
今やるべきことはやった、後は結果を待つだけだ。2人は台所を後にした。
数時間後、肉を取り出すといい感じにタレと肉とが馴染んでいた。ニンニクとコショウのおかげか肉の臭い消しは十分だ。
「へぇ、結構いい感じになってるじゃない」
肉にタレがしっかりと絡んで、中々美味しそうに見える出来に仕上がっていた。後は塩を少しふって焼くだけなので、早速仕上げに入る。
「♪~♪~♪♪~」
午後6時20分。林太郎がそろそろジムから帰ってくるところを見計らって凛香は肉、それも
ジュワァアア。という肉が焼ける心地よい音が耳に、ごま油と焼けた肉の香りが鼻にスッと入ってくる。
「……なんかお姉ちゃん嬉しそうだねぇ。鼻歌まで歌うなんて絶好調の時以外見たところ無いんだけど? もしかしてお兄ちゃんへのプレゼントだからって事?」
「!! ちょっと姫! 別に、そこまで嬉しいってわけじゃないけど……それにあんな奴のプレゼントなんかで……」
凛香は口では否定するが……。
【嬉しいくせに】
(……またこの「声」か。何なのコレ?)
花火大会以来、たまに聞こえてくる謎の声。よく聞くと自分の声のように聞こえるそれがあの日以来たびたび頭をよぎる。
特に林太郎関係になると出て来るらしいこいつは凛香の力ではコントロールすることが出来ない。
とはいえ料理の手は止めない。順調に肉は焼きあがり、皿に盛り付けて完成だ。
「料理は出来たよ」
「じゃあ後は兄さんが来るのを待つだけですね」
既に玄関前で待機していた
午後6時30分。林太郎がもうすぐジムから帰ってくる時間だ。妹たちは玄関前でクラッカーを手に持ち、兄が帰ってくるのを待つ。そして……。
「ただいま」
パンパンパーン!
クラッカーの音が鳴り、林太郎を祝福する。
「「「「「誕生日おめでとう!」」」」」
「……お前たち!」
祝福してくれる妹たちに兄の表情からは驚き、から安堵、そして喜びが伝わってくる。
「高校生にもなってバースデーケーキなんて……」という本人の愚痴もといリクエスト通りケーキは無し。代わりにプロテインと焼肉がテーブルの上に置かれた。
「林太郎、誕生日プレゼントよ。カロリーなんて気にせず腹いっぱい食べちゃいなさい」
「これ、凛香が作ったのか?」
「私と姫とが協力したの」
「兄くん、ボクと雪と
「そ、そりゃそうだけど……まぁいいや。大切に飲むことにするよ」
林太郎はプロテインも有難がったが、それよりも肉だ。早速箸と茶碗に盛ったご飯を持ってきて食べだす。
「林太郎、味はどう?」
「うん、美味い。お世辞抜きに美味いぞ」
「そう、良かった。作った甲斐があったなぁ」
久しぶりに凛香が笑顔になる。そう言えば一緒に住むようになって3ヶ月は経つが、彼女の笑顔は中々見れたものじゃなく、もしかしたら初めてかもしれない。
その笑顔に「何か持って行かれそうな感じ」がする。妙な違和感だとその時は流していたが、その時は「自分自身の感情」さえ分かっていなかった。
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