第7話 事件が終わって

 停学こそ食らわなかったが教師から厳重注意を食らった林太郎りんたろうが、自宅へと帰ってきた。玄関近くには凛香りんかがいた。

 彼女特有の灰色の瞳と色素の薄い髪には、軽蔑といった否定的な感情こそは無かったが大きな疑問があった。


「ただいま」

「林太郎、うわさ話聞いたんだけどアンタまさかいじめを止めるために?」

「そうだよ。俺が手を出すのはいじめをやる側のスクールカースト1軍の連中だけだ。中学の頃から続けてることさ」

「でも暴力振るうのは良くないわ」

「そうでもしねえと止めることは出来ねえんだよ。特に先公やPTAの連中から支持されてるやつらは暴力でも振るわねえと反省しないんだよ」

「……」


 両親が再婚して義理の兄になるまで凛香にとって林太郎はスクールカースト底辺で暴れている不良にしか見えなかった。彼の発言で、それが少しずつ変わっていた。




 林太郎が自室に入るとゆきが待っていた。学習机にタンス、引っ越すのを契機に新規に買った真新しいベッド。

 小さな本棚には格闘技にまつわる雑誌が納められ、まだ一部が荷ほどきされておらず段ボールに入ったままになっている。林太郎の部屋はそういう部屋だった。


「あ、兄さんおかえりなさい。待ってました」


 赤い縁の眼鏡をクイと直して話を切り出した。


「あの、兄さん。その……話したいことがあるんですけどいいですか?」

「ああ。分かった」

「あの……兄さんって見た感じ怖い印象があるんですけど……その、不良なんですか?」


 12歳の妹である雪が林太郎に聞いてくる。小動物が肉食獣におびえるような、怖がってびくびくしながらの発言だ。

 彼女からしたら人生が変わる程の一大イベントとでも言うべき、ありったけの勇気を振り絞っているのだろう。


「先公やスクールカースト1軍の連中がそう言うのなら不良だな」


 林太郎は出来るだけ表情を柔らかくしたうえでそう言う。それでも彼女からしたら十分怖いだろうが。


お義父さんおとうさんの言う事が確かならスクールカーストの3軍の人たちを助けているそうですけど……やっぱり暴力はいけないと思います」

「他に方法がないんだ。先公もPTAの連中もみんな1軍連中の味方をするんじゃ、誰があいつらを罰するっているんだ? 暴力でも振るわないと弱い奴が救われないからやってることさ。

 明日は休みだろ? ちょっとその要件で顔出しするんだ」


 それを聞いて、雪の顔が変わる。




「!! ま、まさか「カチコミ」とかではないですよね!?」

「違うよ。いじめられていた奴に顔合わせして、いじめられたらいつでも俺を呼べって伝えるのさ」

「そ、そうなんですか……よかった」


 自分の勘違いで良かったと、雪はふうっと息をついた。


「あの……兄さん」

「何だ?」

「私も一緒について行っていいですか? 兄さんみたいな手荒なマネはしてませんけど、いじめられている子を助けるのは小学校の頃からやってますので力にはなれると思います」

「へぇ。そうか……わかった、一緒に来てくれないか? 明日の午前9時に家を出るからついてきてくれ」

「はい、わかりました。一緒に行きましょう」


 雪が一緒に行くことになった、その直後!


「話は聞かせてもらったぞ! 兄くんに雪!」


 どこか芝居がかったポーズをとりながら林太郎の部屋に霧亜きりあが乱入してくる。


「!? 霧亜姉さん!?」

「霧亜!?」


 ほぼ同じタイミングで林太郎と雪は彼女の名を呼ぶ。5人姉妹の中で一番背が高い、ひょろりと細長い身体から声が出る。




「世間一般では立ち聞きという失礼な事だろうが話は聞かせてもらった、いじめ関連と聞いてしまったら黙ってはいられない。私も協力するよ。

 確か出撃時刻は明日の午前9時まるきゅうまるまるだったな。特に修正しなくてもいいぞ、その時刻に合わせる。じゃあ明日」


 そこまで言ってバタン、と扉を閉めて出て行った。


「……霧亜のやつ、どこか仰々しくて芝居がかった態度な奴だよな。雪、霧亜はいつもあんな感じなのか?」

「そうですね。大体はあんな感じですね。最初は妙な感じでしたけどすぐに慣れちゃいました」

「……」


 慣れって怖い。と林太郎は改めて思ったのは誰にも内緒だ。

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