第10話 続 林太郎とボクシング
「オラッ!
「ッシャァアアア!」
林太郎はスパーリング──身体を守るヘッドギアやプロテクターを身に着けたうえでの実戦形式なトレーニング──を重ねていた。
家庭内で彼がボクシングジムに通っているのを知られると、彼の妹たちが時々トレーニングしているところを見学という形で見に来るようになった。今日は
「あ゛あ゛ぁ~~~~むせかえるようなオスの匂いたまんないわ~~~~これだけで本1冊描ける気がしてきたわ~~~~」
姫は鼻をフガフガと鳴らしながらボクシングジムに漂う男性ホルモン、もとい男たちの汗の匂いを摂取していた。
「
風評被害食らったらたまったもんじゃねぇ。真面目に観戦しろよなぁ」
「明、分かってないわねぇ。あなたはまだお子様だからわからないけど定期的にオスの匂いを摂取すると若々しく生きられるものなのよ?
ヒゲソリとかもなかなかいい匂いがするけど
「ったく……姫姉、姉の中にオタクがいるのがバレるのは勘弁してくれよな」
明は「5歳のころからオタクであった」と自称する姉の行為にはっきりとした嫌悪感を抱いていた。そりゃ彼女は初めて会った頃からこうだったけど、改めて見せつけられると……という話だ。
その後、休憩に入ったのか林太郎とスパーリング相手、それにそのトレーナーがリングから降りてきた。
「アニキお疲れー」
「お兄ちゃんお疲れ様ー。あ、そうそうトレーナーさん。ちょっと聞きたいことがあって、そう言えばお兄ちゃんは私が見た限りではひたすらスパーリング、って言いましたっけ?
実践トレーニングばっかりやってるような気がしますけど。例えばサンドバッグ相手にしているところ、見たことが無いんですけど何か秘密でもあるんですか?」
「ああ、林太郎の奴はケンカやってるみたいで基礎はある程度は出来てるみたいだから、スパーリング中心にして実戦の感覚をつけさせているんだ。もちろんそれ以外のトレーニングもやってるけどな」
ジムのトレーナーによると、林太郎は基礎体力はそれなりにあるそうなので実戦形式中心のメニューを取っているらしい。
「へー。そういえばここは世界王者を出したジムって聞いてますけど育て方のコツとかあるんですか?」
「ああ、一言でいえば「ケースバイケース」って奴だな」
噂では「世界王者を7人も
「無意識でも3分間が分かるように時間間隔を身に付けたり、相手の狙いに対して正確な手を意識しなくても出来るように徹底的に基本を学ばせるんだ。
まぁ始めたのが今年の2月下旬からだから、まだ3ヵ月かそこらか? これから成長するだろうよ」
トレーナーはハゲ頭を光らせつつニコリと笑いながら、観戦しに来た妹たちに出来るだけ分かりやすい言葉で説明する。分かりやすく教える、これが出来るだけでも大したものだ。
「よーし、休憩は終わりだ! 林太郎、行くぞ! ギア上げていけ!」
「ッシャァアアア!」
スパーリングが再開された。
「よし、今日はこの辺だ。林太郎、お疲れ」
「ありがとうございました」
トレーニングが終わって、3人は電車に乗って家に帰ることにした。車内で姫は林太郎の腕にわざと自分の豊満な胸を押し付けていた。
「姫、お前わざとやってんのか?」
「へっへー。スキンシップって奴だよん。胸には自信あるからね。お姉ちゃんよりもおっきいんだよ?」
「ったく……」
相変わらずつかみどころがなくて何を考えているのか、さっぱり分からない。
「にしてもアニキはスゲエよなぁ。世界王者になる、だなんてなかなか言えないぜ?」
「ハハッ、よく言われるさ。でもどうせ夢を見るならでかい夢見た方が良いに決まってるだろ?」
「お兄たんなら取れそうだよねぇ。なんかそんな雰囲気するし」
「そうかそうか。じゃあ楽しみにしてくれ」
林太郎が5人の妹と一緒に暮らすようになって2週間が経ち、細かい部分では慣れていない所もあるがざっくり言えばある程度は馴染んでいた。
「「「ただいま」」」
林太郎が姫と明と一緒に帰ってくると
「あ、お姉たん。お兄ちゃんってばかなり男らしくて萌えるわー。薄い本の題材に使えそうって位にとんがってたりするわ」
「……かもね」
「あらお姉たん、珍しくお兄たんに肯定的じゃない。そりゃそうかもねぇ、ワイルドな所がある男って今の時代そうはいないから貴重な人材だと思うんだけど」
「そう。晩御飯そろそろできるから手を洗って消毒してきなさい」
「はーい」
後にお兄ちゃんをめぐって姉妹間で争奪戦が繰り広げられることになるが、この時の彼女らはそんな事が起きるとは思いもしていなかった。
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