第11話 うらやましい(凛香視点)
「高校在学中にボクシングのプロライセンス試験に受かって、ゆくゆくは世界王者になる」
……うらやましい。正直そう思わざるを得ない。
カースト下位の不良なんかにそんな感情を抱くのは間違っているし良くない事だとは思うけど、それでも自分を止めることは出来ない。
私には目標とか夢といったものは……1つも無い。これから高校を卒業して大学に進学して、何をしたいのか? 将来どんな仕事に就きたいのか?
それとも結婚して家庭に入るのか? するとしたら相手は誰でどういう人なのか? それの具体的なイメージはこれっぽちも無い。
このままだと多分流されるように入れる大学に行って、流されるように就職するかもしれない。
どうしても夢や目標を出してくれ、そうしてくれないとこちらが困る。とまで言われたら……せいぜい「本当のお父さんから怒られないようにする」ぐらいしかない。
本当のお父さんは、ついでに言えば本当のお母さんと一緒に交通事故で死んでから5年以上も経っているのに、私の中では終わった事にはなってない。
まだお父さんは「生きている」というよりは「存在している」と言った感じで私を締め付けている。
「5人姉妹の長女として立派でいる事」これはお父さんから怒られないため。
「学校で勉強も運動も立派な成績を残す事」これもお父さんから怒られないため。
「優秀な
私がする事なす事、その全ては「お父さんから怒られないため」であって、これが無かったら今頃の私は全くの別人でいただろう。
理屈ではもうお父さんは死んじゃってこの世にはいない、というのは分かっている。
でも今までの人生は「本当のお父さんから怒られないようにする」事だけにしがみついて生きていたから、それ以外の生き方が分からないし、理解したくても理解できない。
怒られない生き方を模索しているけど、まるで聞いたことも無い中国語やスワヒリ語みたいに話の内容が心の奥底まで伝わってこない。
私のお父さんは「自分の世界そのものが何もかも完璧でないと怒り狂う」人だった。
だから経営していた会社が傾いてくると何日、いや何ヵ月でも部下を怒鳴り散らし続けていたそうだし、完璧な母親や完璧な娘になれない母さんや私の事も数えきれない位殴っていた。
テストは100点を取れて当たり前で「年を取って甘くなった」と言っても90点を切るような成績を出したら「優秀であるオレの娘なのに何だこの点数は!」と殴っていた。
本当のお父さんは今でいう「毒親」や「DV親」とでも言うべき絶対悪なのだろう。それでも私は本当のお父さんを捨てることは出来ない。
どんなに暴力を振るう毒親やDV親という「犯罪者」だったとしても、お父さんはこの世にたった1人しかいない「私のお父さん」であって、見捨てる事なんて絶対に出来ない。
誰かに言えば少しは軽くなるのだろうが、そんなこと絶対に出来ない。もしそんなことやってしまったら、終わってしまう。
それこそ「完璧なお父さんの娘でいなくてはいけない」というレールから完全に外れてしまうので、怖くてどうしてもできない。
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