第9話 林太郎とボクシング

林太郎りんたろうの奴、何してるんだろう? 遊んでるのかしら?)


 凛香りんかは義理の兄である林太郎の妙な行動が心に引っかかっていた。彼は学校から帰宅した後や土日などに不定期に週4~5回、どこかに出かけているらしい。

 4月に高校生になってスマホを持てる許可は出ていたのだが、彼女が欲しかった機種は大人気でただでさえ品薄が続いてるもの。

 加えて携帯ショップでは半導体不足で全製品において慢性的な品薄状態だったため、持っていなかった。林太郎の携帯の番号も知らなかったため、どこへ行くのか気になって尾行していた。


(……電車に乗るのね。定期券を使ってるみたい)


 凛香は林太郎を追うように電車に乗り移動すること15分、とある駅に着くと林太郎は電車を降りた。凛香もそれに続いて改札を出ようとするが……。



 ピンポーン ピンポーン



 改札が閉まってしまった。


(!! しまった! 乗り越し清算がまだだった!)


 乗り越しをしていたのを忘れていた。慌てて清算機で料金を払った時には林太郎を見失ってしまった。




(……どこに行っちゃったんだろ、アイツ)


 とりあえず駅近くのランドマークを巡回するが、見つからない。

 今日はもうだめだ、とりあえず降りる駅が分かっただけでも収穫か。と諦めながらも最後にふと、視線が行ったとある場所。そこに彼はいた。


「シッシッ! フッフッ!」


 ボクシングジムで林太郎は息をしながらスパーリング相手に目がけてパンチを繰り出す。相手はプロボクサーという格上だが、それでも彼は恐れることなく立ち向かう。

 繰り出すパンチは全てガード、あるいは受け流され決定打にはならない。

 練習であるためスパーリング相手はある程度は手加減してくれているが、それでも実戦と状況はほぼ同じ。特に格下である林太郎はついていこうと必死だ。


「シッ! フッ!」


 今度は相手からのジャブとストレートが来る。同じ階級で同じ重さのグローブを付けているはずなのにパンチの一発一発がズシリと重い。

 何とかガードは出来るが、そうするのが精いっぱいだ。いつガードをこじ開けられてもおかしくはない。


(そこだ!)


 林太郎は渾身の右ストレートを繰り出す。が、相手はそれを読んでいた。左の腕でブロックし間髪入れずに右のカウンターを食らわせる。


「ぐっ!!」


 頭に強烈な一撃が入る。このジムではスパーリングの時は頭部を守るヘッドギアや、身体を守るプロテクターを付けて行うがそれでも衝撃はかなりの物だ。

 林太郎はその場にガクリと崩れ落ちた。


「!! 林太郎! 大丈夫!?」


 ジムの外で兄が殴られているのを見て妹はたまらず駆け寄る。


「何だぁ? 林太郎、彼女か?」

「いや、妹ですよ。前に言った親の再婚でできた義理の妹ですよ」


 林太郎はそう言いながら立ち上がる。その足取りは、軽い。


「ふぅー。やっぱりプロは違うなぁ」

「そうか。でも俺なんてまだまだだぞ。一応プロと言えばプロだけどまだ4回戦C級だからな。よし、もう一回行くぞ、妹に良い所見せろよ!」

「ッシャァアア!」


 スパーリングが再開された。




「よし、今日はこの辺で終わりにするぞ」

「ありがとうございました。お疲れ様です」


 林太郎はスパーリング相手とコーチにペコリとお辞儀をしてリングから降りた。


「よ、よう凛香。待たせたな」

「……お疲れ様」


 お互いにぎこちないあいさつを交わしてそれ以降無言のまま自宅へと向かう事にした。

 帰りの電車内、隣の席に座ったというのに2人は視線を合わせようともしない。そんな中意を決して凛香は口を開いた。


「ねぇ林太郎。将来ボクシングの選手にでもなるつもりなの?」

「あ、ああ。ボクシングって要はスポーツ競技化されたケンカみたいなもんだろ? それでカネまでもらえるんだから最高じゃねえか。それに……取れるもんならイチバンを取ってみてえ、ってな。

 まずは高校にいる間にプロライセンスを取る! それが今のところの目標かな。最終的には世界王者になるのが夢だな」

「!? 高校生でプロに!? 無理なんじゃない!?」

「いや、それが調べたら現役高校生でもプロライセンスの試験を受けることは出来て、実際に在学中に取った奴もいるんだよ。まずはそいつらの仲間入りするところからスタートかな」

「ふーん、そう。良いわね、林太郎は」

「? それってどういう意味だ?」

「忘れて」


 それ以降、電車の中では口をきいてくれなかった。




 家に帰った後の夕食の時も、特に2人は会話もせず目線を合わせることもせずに終わった。

 風呂も入って後は寝るだけとなった時に、林太郎の部屋に凛香が入って来た。パジャマに着替えていて風呂から出たばかりなのかシャンプーのかすかな匂いが伝わってくる。


「な、なんだ!? 凛香、何の用だ?」

「林太郎、ごめん。私が悪かったわ」

「? なんだ? 凛香。お前、俺に何か悪い事でもしたのか?」


 彼女による突然の謝罪。彼にとっては思い当たる出来事は無かったのだが……。


「うん。正直、私は今まで林太郎の事を見下してた。学校じゃすぐケンカして暴れる不良で、ろくでもない奴だと勘違いしてた。

 でも今日ボクシングの話をして、ちゃんと夢を持っていてそれに向かって努力してるのを初めて知ったわ。そんなこと何も知らないでただ不良だからと決めつけて、ごめんなさい」


 彼女はまゆをへの字に曲げて、申し訳なさそうな表情と態度だった。学校では「凛香」の名前通り凛とした性格の彼女では絶対に見せないものだった。


「分かったよ。っていうかそれ位は誰だってするから謝らなくても良いよ。話はそれだけか?」

「うん。今回言いたいのはそれだけ。じゃ、お休み」


 凛香にとっての一大事である「兄への謝罪」はこうして終わった。

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