第83話 完全復活

「お早う」


 ボクシングジムでイメージトレーニングをした翌日、林太郎りんたろうはいつものように学校へと通う。その様子を見て不良仲間たちがざわめきだす。


「な、なぁ林太郎。休日に何があったんだ? なんか急に変わったみたいだけど」

「お前たちにはそう見えるかもしれないな。まぁ色々あったさ」


 先週までの林太郎は「ふぬけ」で生きてるのか死んでるのかさえ分からない、いや「生きながら死んでいる」とでも言える状態だったのに、見違えるほどだ。


「林太郎、まぁお前が立ち直ってホッとしてるよ。いつまであんな『ふぬけ』になってるんだ? って心配してたんだぜ俺たちは」

「そうか。だったら迷惑や心配をかけちまったな。悪かったよ」


 以前のような勢いが完全復活したわけでは無いがそれに極めて近い位置、それでいてかすかにある種の「渋み」を得たと感じさせる雰囲気があった。





「♪~♪♪♪」


 昼休みになり、林太郎のスマホが鳴る。相手は凛香りんかだった。


「お兄ちゃん、調子はどう? 今朝のお兄ちゃんは前と同じくらいに回復したように見えるけどどんな感じ?」

「ああ、迷惑をかけたな。調子は戻ったよ。もう俺については心配しなくても大丈夫なくらいにはなったよ」

「そうなんだ、良かったぁ。一時期はどうしようもなくてボクシングとかどうなっちゃうのか心配してたんだよ?」

「そうか、散々迷惑かけたな。うんわかった。じゃあな」

「待って、お兄ちゃんの仲間と話をさせてよ。誰でも良いから代わってくれない?」


 電話を切ろうとした時、凛香からの突然の提案だ。


「……俺以外の奴からも聞かないと、ってとこか?」

「うん。お兄ちゃんを疑うわけじゃないけど確証が欲しいの」

「分かった。おい、急で悪いが凛香と喋ってくれ」

「!? え!? 凛香と!? わ、わかった」


 まだ凛香の事が好きな林太郎の不良仲間の1人は緊張しながらも林太郎のスマホを受け取り、しゃべりだす。


「も、もしもし!」

「林太郎の様子を聞きたいんだけどいいかな?」

「え、ええ! か、構いませんよ!」


 代わった相手は緊張しながらも凛香と林太郎の様子について1分ほどおしゃべりをして、凛香は兄はもう大丈夫だと実感したという。




 放課後、林太郎が学校から帰ってくるとまずはゆきからもらった本の返却だ。家の中でも読書をしていた雪に話をしだす。


「……本の内容、頭に入って無い感じなんですけど。本当に読んだんですか?」

「読んでないけど今の俺には必要ないからな」

「読んでないけど必要ない……と来ましたか」


 赤ぶちの眼鏡をクイと直しながら、少しだけ不満げにそう言う。読んでくれって言ったのにそれをしないとはどういうことなのか?


「雪、お前は俺を立ち直せたかったからこの本を読ませようとしたんだろ? 今の俺はもう大丈夫だから本を読まなくてもいいと思ったんだが、ダメか?」

「兄さんがそういうのなら私は信じますけど……本当なんでしょうね?」

「雪、今ここで俺がお前に嘘ついても何か得する事でもあると思うか?」

「それは……無いですけど」


 雪が林太郎に本を読ませたのは彼を立ち直らせるためだったのだが、その本人が「立ち直った」と言うのならそれを信じるしかない。他でもない大切な兄のいう事だから。

 実際、さらっと会話しただけでも十分元に戻ってる感じはする。


「分かりました。他でもない兄さんの言う事ですし、疑うのも悪いですからね。その本は明日返しに行くので預からせてください」


 今日は月曜日。図書館は休館日で開いてないので明日にならないと返せないので本だけ預かることにした。




 その日の午後4時。栄一郎えいいちろうが仕事を終えてコーヒーを飲んでいると……


「♪~♪♪♪」


 彼のスマホが鳴る。相手は林太郎が通うボクシングジムのトレーナー、通称「おやっさん」だった。


「もしもし、そちらは七菜なななさんですか?」

「ええそうです。何かありましたか?」

「いや、あれからの林太郎を知りたくて。どうですかな今の調子は?」

「ええ、順調ですよ。完全に立ち直ったようで元気に過ごしてますよ」

「そうですか、それは良かった」


 2人の会話は弾んでいた。他でもない実の息子や才能の有りそうな「金の卵」相手だったので、今回の挫折を乗り越えられるかどうかは随分と気になっていた。


「週末からトレーニングは再開されるんですよね? それについていけるか気になっていましたか?」

「ええまぁ。挫折から立ち直ってくれたようで良かったですよ」

「引き続き林太郎の事をよろしくお願いします」

「ええ、お任せください。では失礼します」


 他でもない自分の息子だ、彼ならどんな逆境だって乗り越えられる。苦難を乗り越えられた自慢の息子を誇りに思っていた。

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