第3話 お姉ちゃんと入浴

「お風呂が、沸きました」


 顔合わせのためにやって来た林太郎りんたろう親子が自宅に帰った後から随分と時間のたったその日の夕方。

 浴槽の自動給湯器からのアナウンスを聞いて、凛香りんかは風呂に入ることにした。


「……ハァッ」


 彼女は静かに湯船に身体を沈めた。母親が結婚するにあたり子供たちの紹介を、となったがクラス内外で暴れている不良の林太郎が兄になるとは思っていなかった。

 これからどうしよう……風呂に入っている間は基本ぼんやりしているものだが、今日に限ってはそうではない。正直言って不安だが、誰かに相談できるわけではない。


 七菜ななな家に来てからは親は母親のみ、兄弟姉妹は女ばかりの5人姉妹の長女というのもあって男とはかなり無縁な生活を送ってきたところに、いきなり父親と兄がドカッと入って来た。

 告白してきた男子生徒を軽くあしらう事は何度もやってきたが、今回の話はそんな次元じゃない。

 これから同じ屋根の下で男が暮らすことになる、それも相手はあのカースト底辺の不良となると環境が激変するどころじゃない。脳が焼き切れそうになるまで深く考えるが、答えは出ない。


「どんな事にも屈しない凛とした女性であれ」という意味で本当の親からもらった「凛香りんか」という名が形無しね。とも思っていた、その時だった。


「凛香お姉たん。一緒にお風呂入ろー」


 突如ひめが風呂場に入って来た。最近見ないうちにまた彼女の胸が大きくなった気がする……詳しく測ったことは無いがおそらく自分よりも大きいだろうと凛香は思った。




「!? ちょっと姫! アンタ何考えてんのよ! まだ私が入ってるのに!」

「えー? 昔はお姉たんと一緒に入ってたじゃない。いいでしょー?」

「それって小学生だった時の事でしょ!? アンタもう15歳じゃない! 出るまで待ってなさい!」


 姫は姉である凛香の言う事を無視して浴槽に入り込んでくる。1人で入る分にはいいが、見た目は成人に近い彼女ら2人が入るには幾分狭い。

 特に胸の押し合いで少し窮屈きゅうくつな思いをしながら姫の話が始まった。


「『お姉ちゃん』に話したいことがあってね。まぁ裸の付き合いって奴だからこういう場所を選んだんだけど」

「話したい事がある?」

「うん、そうだよ。凛香『お姉ちゃん』」

「重要な話みたいね。聞かせてちょうだい」


 気分次第で姉である自分への呼び方がコロコロ変わる姫。そんな彼女が『お姉ちゃん』と改まって呼ぶときは、たいてい真剣な話をする時だ。




「お姉ちゃんはお母さんの結婚の話で随分悩んでいるんじゃない? そりゃ普段はあたしら妹たちはお姉ちゃんだからと甘えてるけど、逆にお姉ちゃんがあたしら妹たちに甘えてもいいんだよ?

 いつも姉らしくしてなきゃ。ってピリピリしなくてもいいんだよ? 困ったときは遠慮なくあたしら妹たちを頼ってもいいんだよ?

 どうしても妹に弱みを見せたくなければお母さん相手に頼ってもいいんだよ?」

「……姫、あんた何で私が悩んでるのを知ってるの?」

「なんとなくは分かるよ。そりゃあ、あたしら血こそ繋がってないけど何年も姉妹やってるじゃない。それ位はわかるよ」

「……」


 凛香は核心を突かれた、と思いながら黙る。


「姫。あんたの思ってる通り、私は戸惑ってる。今まで家族は母親に妹4人の女だらけだったところにいきなり男が入り込んでくるからね。

 父親はまだしも、林太郎の奴が兄になるだなんて……」

「そうなんだ。安心して、もしお姉ちゃんを泣かせたら兄と言えど容赦しないんだから。あたしの力の限りで反撃してやるから不安に思わなくてもいいよ。こう見えて結構強いんだから」

「そ、そう。確か私が中学にいた2年前のあの事件の事?」

「そうよ。それ位の事はやれるんだから」


 2年前の冬。凛香が中学2年生だった頃、当時3年生だった彼女の先輩に対し「人生における致命的なダメージ」を与えたそうだ。

 今でも通う中学では生きた伝説として語り草となってるその話を凛香も良く聞いていた。


「『神は乗り越えられる試練しかお与えにならない』って言うけど、乗り越えられそうにない時は「神様助けて下さい。この試練は1人では乗り越えられそうにありません」って言ってもいいんだって。

 試練の中には1人では乗り越えられそうにない試練があって、だからこそそのために神様がいる。って聞いたこともあるから。

 それと同じようにお姉ちゃんだけでは乗り越えられそうにない試練が来たらあたしら妹たちやお母さんに助けてくれ。って言っても良いんだよ」

「……分かったわ。話ってのはそれだけ?」

「うん。じゃあ背中流してあげるよ」


 凛香と姫は浴槽から上がって身体を洗い始めた。小学生の時以来の事だった。

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