ぱっちわーく家族 七菜家 ~クラス1の美少女が妹になりました~

あがつま ゆい

第1話 5人の妹 前編

 ……誰かが俺の体をゆすっている。


「何だよ誰だよぉ」


 眠りの時間を邪魔されて不機嫌な俺は起き上がると、そこには妹の凛香りんかがいた。


「おはよう。林太郎りんたろうお兄ちゃん」


 朝から笑顔な彼女の手で兄である林太郎は起こされた。彼を起こしてきた少女は日本人離れした色素の薄い髪にグレーの瞳という珍しい色をしており、ファッション雑誌のモデルにでもなれる位の美しさだった。

 枕のそばにあったスマホを見ると「AM6:30」いつもより30分も早い目覚めだ。


「へっへー。お兄ちゃんの事起こしてみたかったんだー」

「ったく……せめて7時になっても起きて来ないときにしろよなぁ」

「朝ごはん出来てるから一緒に食べようよ。良いでしょ? お兄ちゃん」

「……」


 今まで食ってかかってきて、呼び捨てで読んでいた凛香が今では2人きりの時だけは「お兄ちゃん」と呼ぶのは随分と変わったものだ。


「あ、そうだ。夏休みの宿題もう終わった? そろそろ終わらないとまずいわよ」

「安心しろ。全部終わってる。あとは始業式に忘れずに持ってくだけだ」

「ふーん、最近は勉強も頑張ってるのね。良いんじゃない文武両道で」

「言っとくけど小学校の頃から夏休みの宿題は全部終わらせていたからな」


 凛香とは4月の入学式で「クラスメート」になり、4月末から「兄妹きょうだい」になり、そして今は「恋人」となった。

 兄妹になった事の始まりは4月末の土曜日からだった。




◇◇◇




「林太郎。悪いが制服に着替えてくれ」


 林太郎の父親は朝からかしこまった雰囲気で息子に向かってそう言う。そんな彼は5年以上も前に脱サラして以降は珍しいスーツ姿だった。


「え? 何で? 今日は土曜日だろ?」

「大切な話があるんだ。きちんとした格好に着替えなさい」

「へいへい分かりましたよ」


 林太郎は父親の言う事を渋々聞き、制服を着る。

 最近はブレザーを採用する学校が多いが、彼の通う高校の男子制服は古式ゆかしい詰襟つめえりの学生服。

 上下一式着たうえで、最近は珍しい校章こうしょうが印刷された紫色の腕章わんしょうを腕に着けて、父親の血で産まれた時からの髪色であるカッパー系と呼ばれる赤みががった髪をくしでとかせば準備完了だ。


「よし、行こうか」


 息子の姿を見た父親は準備ができたと2人して車に乗り込み、家を発った。

 4月末の辺りはまさに「五月晴れさつきばれ」という言葉がふさわしい、暑くもなく寒くもないちょうどいい暖かさで穏やかな春の青空が見える快適な陽気だ。


「オヤジ、大切な話って何だ? もしかして先公からの退学勧告とかじゃねえだろうな?」

「いいや違う。実を言うとだな、父さんは再婚することにしたんだ。それでお互いに新しい家族を紹介することにしたんだ」

「ええ!? 再婚!? って事は夕方出かけてたのって……」

「そうだ。新しい母さんとのデートさ」




 再婚するという話は初耳だが大体の察しはついていた。

 オヤジの普段の仕事は株トレーダーで1日中パソコンの前にいるのが当たり前だったのに、ここ1年ほどは夕方にスーツを着て出かける、という妙な行動があったのは女と会ってたって事か。


「何だ、そうならそうともっと早めに言ってくれても良かったのに。ところで馴れ初めとか聞いていいか?」

「ああ。株の利益の一部をNPO法人に寄付していたら、そこの理事の1人として働いていた人と顔なじみになってそこから付き合いが始まったのさ。

 まぁ正式に婚約して結婚の日が決まるまでは伏せておいたんだ。今まで黙っててすまないとは思っているがな」


 そう言っているうちに2人は目的の家までたどり着く。自宅から15分程度だろうか? 県庁所在地の郊外に建つやたらでかい家。その表札には「七菜ななな」と書いてあった。


「七菜……? まさかな」

「林太郎、どうした?」

「いや、この苗字見た事あるんだけど……まさかな」


 七菜という名字を見て林太郎の頭に浮かぶのはとあるクラスメートの女子。

 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、といういかにも他のクラスメート、それに教師や親といった大人向けに受けがいい才女。スクールカースト1軍の少女だ。

 まさかな……と思いながらも林太郎は父親と一緒に家の玄関へと入っていった。


「やぁ、江梨香えりか

「あら、栄一郎えいいちろうさん。君が息子の林太郎君ね。これからよろしくね」


 玄関で待っていたのは林太郎の父親より1回り年下な女性……林太郎の新しい母親だ。レディーススーツを着ておりキャリアウーマンを思わせる姿だ。




「彼女は家庭に居ずらい子供を支援するNPO法人の理事の1人なんだ」

「へぇ。キャリアウーマンって奴か」

「まぁそんなとこね。じゃあ娘たちを紹介するから来てくれる?」


 彼女の案内で2人は居間に通される。そこには5人の少女たちが待機していた。


 おそろいの中学校の制服を着た子3人に、子供用の男っぽい私服を着た子が1人。

 そして……林太郎が通う高校の女子の制服を着た見慣れた顔、七菜という名字を見て林太郎の頭に浮かんだ少女とぴたりと一致する人物がいた。

 胸まである色素の薄い髪に、釣り目気味の灰色の瞳をした、学校で見慣れたあの顔を見るや……。


「「あーーーーっ!!」」


 林太郎と少女の2人がほぼ同時に声を出した。


「お前、凛香か!?」

「アンタは林太郎じゃない!」

「どうした林太郎? 知ってるのか?」

「あら凛香、知ってるの?」


 新しい父親と母親がほぼ同時に声をかけてくる。




「……クラスメートだ。スクールカースト1軍のな」

「……クラスメートよ。暴れまわってる不良だけどね」


 その後出したセリフも似たようなものだった。


「林太郎、言っとくけど産まれはアンタの方が早いそうだけどアンタの事お兄ちゃんとか兄さんとか、そういう言い方はしないからね」

「……そうだな。そう言われてもおかしくないよな」


 そしてお互いに言葉をぶつけあう。


「その様子だと凛香の紹介はしなくてもよさそうね。じゃあひめ、挨拶なさい」

「はーい」


 中学の制服3人組の1人で「姫」と呼ばれた、前髪で目が隠れるほど長いもっさりとした毛量の黒髪の少女が立ち上がった。


「私は姫って言うの。よろしくね、お兄たま!」

「は? お兄たま?」

「冗談よ。よろしくね、お兄ちゃん」


 ヘラヘラと笑う彼女は今一つつかみどころがなかった。教師共や親共が描く模範的な優等生を地で行く凛香の妹とは到底思えない程、クセの強い少女だった。

 林太郎は5人の妹と一つ屋根の下で過ごすことになるのだが、今日の出来事はそれの始まりに過ぎなかった。

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