第14話 後日談その④
カルロ・バランドは辺境伯爵の地位をついだ。
全てはバーバラの為だ。
幼い頃からバーバラと一緒に過ごした。
僕はバーバラのことを姉のように慕っていたし、バーバラも僕を弟のように大事にしてくれていた。
バーバラは表情のコロコロ変わる女の子で勉強が大変だと嘆きつつも「よっし!頑張るわ!」と切り替えて真剣に学んでいる姿は好ましかった。
遊ぶ時は服を泥まみれにするほど一緒に転げまわって周りに怒られたこともある。
何をするにもバーバラは楽しそうで、悲しんでいる顔は見たことが無かった。
そう、婚約が決まった時を除いて。
バーバラの婚約者が決まった。そうおじい様から聞いた時は「優しい人ならいいわね」と言っていたのに、実際に名前を聞いたらバーバラの顔は明らかに動揺していた。
それからおじい様に「まだ早いのでは」と、遠回しに断りたいという気持ちを伝えていたがおじい様には届かなかった。
僕からも話をしてみようか聞いたけど「いいえ、大丈夫よ。・・・うん!」と、自己完結してしまい結局婚約は結ばれた。
3つも年の離れた僕では頼りにはならなかっただろう。それでもバーバラの一番の相談相手でありたかった。
エドルド・ユースリム。それがバーバラの婚約者の名前だ。
バーバラたちが王都の学園へ入学する。それが決まってからはバーバラは何かを考えるように俯くことが増えたが・・・それはそうだろう。
ただでさえ王都でバランド家の評判はバーバラの実父のせいで悪くなってしまっている。
愛人が悪いというわけではない、貴族の妻を蔑ろにして殺した。これがまずいのだ。貴族より平民を優先したとバカにされているのだ。
そんな状況をバーバラも理解した上で貴族の令嬢としてあるために王都の学園に入学した。
・・・確かに決められた学園を入らないというのは基本的に出来ないが、やりようはいくらでもある。それでもバーバラは「我がバランド家は問題ないのだ」と示すためにも王都の学園に通うことを選んだのだ。
そしてそれをエドルドは、バーバラの過去も含めてわかっていたはずだ。
辺境の地を出る前に、初めてバーバラはエドルドにその胸の内を吐露した・・・僕もついでに聞いていた。
「同じクラスでないけれど、義妹と同じ学園に通うの。周りの噂話にもなるでしょうね・・・エドルド、これから3年間あなたに頼ることも多くなるかもしれないけど、よろしくね」
「大丈夫だよバーバラ、僕がついているさ」
そばで聞いているだけ、助けるなんて出来ない。
僕はそれが歯がゆかった。これから二人は遠い王都に行ってしまうし、二人が帰ってきたら入れ違いで僕も王都の学園に入らなければならない。エドルドは勉強のできる奴だが甘い人間で、それでもエドルドに頼るしかなった。
学園に入学する数か月前にバーバラたちは王都へ出発した。
すでに手紙であちら側の令息や令嬢たちとお茶会の約束が山のようにあるらしい。
バーバラの戦いはもう始まっているのだ。
「行ってくるわね、手紙を出すわ」
その時のバーバラはこれが今生の別れなんじゃないかって思うほど、無理して笑っていた。
やっぱり行かなくていいと言ってあげたい、でもそれはバーバラの決意を無下にする行為だ。第一、無力な自分が言っていい言葉じゃない。それでも抱きしめたい、不安を取り去ってあげたい。
バーバラたちを乗せた馬車が小さくなって、その時初めて恋を自覚した。
バーバラたちが入学してそれなりに経った。
バーバラから来る手紙には学園では友人が出来て問題ないと書かれている。本当にそうなのか・・・心配は尽きないが信じるしかない。
僕はバーバラへの未練を断ち切るように昔から続けている剣の授業に没頭した。
護衛曰く「授業を越えて修行」と言われたが、最近ではおじい様も稽古をつけてくれている。
いつかバーバラたちが戻り、僕も無事卒業し、この辺境の地を守るのだと。
バーバラが結婚する時には笑顔で「おめでとう」を言えるように、身体も、心も鍛えたかった。
それなのに。
あいつはバーバラを捨てたのだ、別の女を手を取った。それがよりによってバーバラの義妹。頭がおかしいのか?
バーバラからの手紙を受け取ったおじい様が憤慨し握りつぶしたその手紙を伸ばして内容を・・・何度も、何度も読んでしまった。意味が解らなかったから。
学園でバランド家の汚名を返上するために頑張るバーバラをよそに、エドルドはバーバラの義妹との逢瀬を楽しんでいたようだ。
事前に決まっていたお茶会も勉強会もキャンセルされ、義妹と二人で選んだ髪留めをもらっただと?
ついには社交パーティーで義妹と連続で踊ったと・・・多くの人の目がある場所で、バーバラがいると解っていて。
その数日後に突然呼び出されて向かった先で婚約解消の申し出をされたと。ははは、なんて愚かだ。
「おじい様。エドルドにバーバラを、この地を任せられません」
「当然だ」
間髪入れずに返事が来た。そのことにホッとする・・・おじい様は良くも悪くも情に厚い人だ。
ユースリム家とのご縁を一番喜んでいたのはおじい様だ。これくらいのこと、と難色を示されたらと思ったが杞憂だった。バーバラを愛しているのは僕だけではないのだ。
「おじい様、お願いがあります。僕を、おじい様の後継者にしてください」
「カルロ?」
「バーバラを支えたいのです。この地をバーバラと共に守りたいのです」
「・・・やって見せろ」
あまりにもあっさりと告げられた言葉。だが余りにも重いことを知っている。
「やって見せろ」という事は「実力が伴わなければ捨てる」と同義なのだ、情には厚いがそれ以上に怖い人だ。
僕らはすぐに準備して馬に跨った。
行く先々の街で体力のある馬を買い、出来る限り最短で王都に到着した。
あまりの早さに王都の城門で通行申請の足止めを食らったくらいだ。
バーバラの暮らすタウンハウスにようやくたどり着いた・・・正直3日以上休憩もそこそこに馬を走らせ続けたので全身悲鳴を上げているがバーバラの前だ、根性で痛みをこらえて見せた。
バーバラはとても驚いた顔をしていた、手紙を出して1週間もせずに到着したことに驚いたのか、僕が付いてきたのに驚いたのか。疲れなど少しも感じさせないおじい様がバーバラを抱きしめた。
「お前ばかり辛い目にあって・・・」
その言葉にバーバラは、おじい様の背に手を伸ばして答えた。
その顔は諦めがあった、もう仕方ないことなんだと、もういいんだと。
バーバラはこんなことで壊れる人じゃないけれど、傷つかないわけじゃない。ふつふつとエドルドへの怒りがわき上がる。
おじい様から離れたバーバラは僕の顔を見て「大きくなったわねえ」と姉を通り越して孫のような感想を言われてなんとも微妙な気持ちにはなったが。
・・・残念ながらまだまだ僕は子供で、それでもバーバラを思う気持ちは本当だから僕の手を取ってほしいと伝えた。顔を赤くしたバーバラから了承の言葉を貰って天にも昇る気持ちだった。
緊張しすぎて馬を走らせている間に考えていたセリフは殆ど抜け落ちたことは生涯誰にも言えない。
愚か者二人、そして双方の家族ときちんとした話し合いが終わり・・・その後色々あってバーバラと共に学園を卒業し、僕はすぐに防衛基地の指揮官となった。
年齢的にもまだ若すぎるが副官たちはおじい様がいた頃の人たちばかりで本当に世話になった。
バーバラに辺境伯爵を継がせるのではなく、従弟で同じ血が入った僕が継げば、バーバラへの風当たりは減ると思う。なんとしても早々に成果を出したいところだ。
おじい様から若い僕へ指揮官が変わった事はこちらから情報を流している。
『辺境伯爵が年を理由に引退したがっているらしい』
『次の指揮官はまだ幼く震えながら壁を守っているらしい』と、こんな噂だが間違ってはいない。
正確には指揮官という立場から現場に戻りたいおじい様が嬉々として兵士の鎧を纏っているのだが。
ちなみに屈強な戦士たちの頭二つ分ほど飛び出た体躯により即バレていた。
あんな血の気の多い一般兵は中々いない。
前日に「お前にすべてを託す、信じているぞ」と言われて気持ちが引き締まる思いだったのに、あれは何だったのか。
僕はといえばもちろん震えているさ、それなりの戦績を重ねればそれだけバーバラの元に早く帰れるのだから。そわそわしながら敵が引っかかるのを待つことだってあるだろうし、それにおじい様程ではないが僕もバランド家の血を継いでいる、戦はそれなりに疼くものがある・・・武者震いくらいするだろう?
それらの噂を鵜吞みにした隣国の偵察隊が我が国にやってきた。
国境を越えた偵察隊の彼らは僕の兵士・・・という名のおじい様がすぐに捕えてしまった。
「防衛力が弱まっているかもしれないと油断して入ってきた隣国の兵士は哀れにも・・・森の中で、人喰い熊に出会ったかのような絶叫上げておりました」
と、おじい様付きの護衛から報告を受け取った。
いい笑顔で両脇に兵士2名を抱え、気絶した兵士1名を肩に担いで帰ってきたおじい様。
若い頃のおじい様を知る副官は「血の一つも付けずに帰ってくるなんて・・・あいつも丸くなったなあ」とボヤいていた。
さて、おじい様によって生け捕りにされた3名の処遇をどうしたものか。
・・・そういえば昔バーバラが邸内で素早く走る黒い虫を見た時に「こいつらはね!物凄く頭がいいのよ!だから1匹みたら仕留めずに袋とかに閉じ込めて外から音を出して脅すの!そうするとこの家はやばい!って思って来ることがなくなるのよ!」そう言って泣きながら布袋に閉じ込めて近くでカンカン音を出してから外に開放していた。
こんな大きな邸でそれが通じるのかわからないが、バーバラがそんなに嫌ならばと使用人たちに虫対策を任せたことがある。
なぜそんなことを今思い出したのだろう。きっと半年以上も会えなくて恋しくなっているのかもしれない。近くにいる部下や護衛にバーバラの話をしてもその気持ちが解消されることは無いし・・・話すけど。
「でも。なるほど・・・脅すだけで無傷で解放、か。せっかくだから試してみよう」
その時に僕の顔を見ていた護衛が「とても楽しそうでしたね」と顔を青くしながら感想を述べた。目は逸らしたままだった。
それから数か月後、僕は辺境伯爵の地位を譲り受けることとなった。
僕的には大したことはしていないのだが『古参の体力が現役時代と遜色なく引退する兆しもない、次のトップもヤバい奴だった』と隣国で噂が立ったらしい。
その噂を持ってこちら側の王家が隣国と会談し、仲良くなったと。
その手柄をでもって僕は辺境伯爵となったが・・・本当に大したことはいないのだ。
これは恐らくおじい様が王家に手を回している。よほど戦場に戻りたいのだろう。
棚ぼたとも言えるべきもの、果たして誇っていいのだろうか。でも目の前のバーバラが僕を見て眩しいなんて言うもんだからそんな気持ちはきれいさっぱり消え去ったけど。
バーバラのそばにいる為に、これからも研鑽していけばいい話だ。
爵位継承の式典も無事終わり、僕らが平和に過ごす中でバーバラが義妹から手紙が各地に送られていることを知った。
いずれ知ることになるだろうからと放置していたので素直にそれを伝えた。バーバラは今でも義妹についてだけは怯えが見える。
確かにあの幽霊屋敷からほぼ出られず娯楽もほとんどない中で笑いながら手紙を書き送っていると報告を受けている。それを考えると入学前のバーバラの警戒心は正解だったのだと思う。
だがどうにも甘い。これはおじい様の血が濃いのかもしれない。一度は家族のように接していたエドルドを消すことも「もう過去のことだから」と止められる。
「なにをしてもいい」と言いながらも死んでほしいとは思っていないのだろう。
情け深いのはバランド家の特徴か、僕はその辺が薄いらしいが。
『バランド家は他所の血を受け入れると不幸になる』などと言う噂が出回っている。
これはどう考えてもあの出来損ないのバーバラの実父と、エドルドのせいだ。
その噂を完全に消すには時間がかかる、なにせ僕自身もバランド家の血を引いているから。
だからそれまで子供を作るのは待った方がいいと、そう思っていたのだ、バーバラを独り占めにしたいというのは・・・少しだけだ。
結局その1年後に僕ら2人の間に女子が、さらに2年後に男子が生まれた。
元気に成長していくひ孫を見ておじい様は「2人の護衛は自分がする」といって子供たちのお茶会にまでついていこうとしたり、
愛娘が「ひーじいさまより強い人じゃないとおよめ行きません」といって喜ぶべきなのか、父を飛ばされたことを悲しむべきなのか悩んだり、
僕が外でバーバラへ惚気ている様をうっかりバーバラ本人に見られ顔を赤くしたバーバラにしばらく避けられたり。
そんな幸せな未来が数多く待っているのが、それはバーバラがたまに言う「めでたしめでたしのその先」なのだろう。
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ラストになります。
楽しんでいただけたら幸いです。
略奪愛をお望みで?障害はこちらでご用意しますね @takatukaN
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