第14話 後日談その③

「あら、貴方目が覚めた?」


 重たい目を無理やり開けると見知らぬ婦人が心配そうに自分を見ている。

ここはどこだろう?


「ここは病院よ、うふふ、小さい所だけどね。貴方は昨日ここに担ぎ込まれたの。身体はだいぶ衰弱しているけど動けそう?」


 そう言われて手や首を動かそうとするが動かすことが出来ない。

痛みがあるというより全体的に重く、自分の言うことを聞いてくれないようだ。

目を開け彼女の顔を見て、口を開くのでやっと。


「・・・ごめいわくを、かけて」

「あらあらあら!まず謝るだなんて!しっかりした教育を受けているのね。栄養ある食事を摂ってもっと寝て!大丈夫、動くようになるわ。

そしたらまずお名前は?ご家族がいるなら住所も教えて頂戴」

「なまえ、は。エ ド ?」

「エドね」

「かぞく は。わからない」

「・・・」

「かぞく は。いる の?」

「・・・さあ、もう寝ましょう。起き抜けに沢山お話してごめんなさいね。あとでご飯を持ってくるわ」


彼女の言葉に自然と瞼が落ちた。





 目が覚めてから数日経った。

自分が記憶喪失だとご婦人・・・ネアさんの旦那であり医師のセドリックさんから聞いた。

 二人は平民区画で小さな病院を営んでいる。

王都のメイン通りからかなり外れた場所だ。何をするにも不便なところ。

セドリックさん曰く「この辺り一帯はそもそも病院が少ないからな!皆をここを頼らざるをえないのさ、隙間産業で俺の懐も潤うってもんだ!」と言うことだが、そんなに儲かっているようには思えなかった。


「あの人、素直じゃないのよ」


 そう笑うネアさんを見て、二人は良い夫婦で信頼しあっているんだろう・・・それはとても尊いものだと思うのに、なぜか腹にモヤモヤしたものが溜まった。



 ここにきて1か月が経った。

今でも病院の一室にお世話になっている。

身体も随分回復してきたので小さな病院内で雑用をするようになった。

なにせお金も払っていないのだ。少しでも恩を返したい。


「≪エディ≫お菓子持ってきたのよ。まだ若いんだから食べておきなさい」

「相変わらずひょろっこいな~~、ワシのほうがまだ肉があるぞ!」

「あんたの肉は全部その腹にたまってんでしょうが!エディこっちは良いからセドリックさんのところに行ってきなさい」


 患者さんからすっかり顔と名前を憶えられた。

嬉しく思うが見つかるとおしゃべりが長く仕事がやりづらい。

もっともネアさんからは「ここではおしゃべりも立派な仕事なのよ」と言われ、それに甘えている状態だ。

・・・僕には記憶がない、残してきた家族はいるのだろうか。そのことを考えない訳じゃなかったけどそれを率先して探すこともなかった。

この病院が今、僕の生活する場所だ。それ以上のことはまだ考えられなかった。

・・・腹にはずっと重いモヤモヤが溜まるだけ。



 3か月が経った。

僕は病院内で経理関係の仕事をしていた。

 少し前にセドリックさんが病院の経営について頭を悩ませていた時、ポロリと出た言葉で「その辺詳しいやつだったのか!エディ!」と肩を揺すられた。

そのまま帳簿やらなにやら大事なものを見せられて「こういう大事なものを他人に気軽に見せては駄目だ」と怒った。


「他人だなんて、そんな冷たい言葉で終わる仲じゃあないだろうが」


 そういう事を言いたいんじゃない。そうじゃないのに・・・。

気が付けば僕はボロボロと泣いていた、いい大人が背を丸めて泣いてしまった。

ネアさんがびっくりして飛んできて・・・セドリックさんを近くにある医学書でぶっ叩いていて僕は泣きながら止めに入った。


 落ち着いた三人で話し合い、結局僕に経理関係を任せてくれることになった。

「給料はこんなもんしか出せないけど」と提示されて呆れてしまった。お人よしにも程がある。

 僕はその場で無銭入院していた期間、飲食代、現時点での住み込み家賃を計算し「この期間までは差し引きゼロだからね」と言ったら二人は大爆笑していた。



 6か月が経った。

僕は今も病院にご厄介になっている。


「いや~先生には本当にお世話になって、すっかり腰も治りました!・・・それじゃあこれで失礼」

「ああお久しぶりですボードンさん」

「げ!エデ坊」

「先々月の治療費と湿布代、先月の鎮痛薬代、本日の診察代、まとめて払ってくれるんですよね?」

「いや~手持ちがなくてな~わかるだろ?」


 お腹に夢が詰まっていると宣うボードンさんは無銭治療の常連だ。

今までは先生達がそれを許していたが、そういう人たちが積み重なればいつかは立ち行かなくなる、今日こそ絶対いただく。


「そうなんですか、それは仕方ないですね・・・話は変わるんですが病院を出たらどこにいくんですか?」

「え?おう、いや、ちょっとダチの所に」

「ああそうだったんですか。最近賭博所で大儲けして飛び上がって喜んでいるのを近所の人に目撃されていますけど・・・全部お使いじゃないですよね?」

「・・・」

「ダチ・・・と一緒にもう一度賭博所に行ってまた一儲けしよう!と考えているんですよね?」

「・・・」

「別に止めませんよ、でも。病院の支払いを済ませてもをまだお金、残るんじゃないですか?」

「・・・ごめんなさぁい」


 ボードンさんはか細い声で謝りながら財布を差し出してきた。


「エディちゃんやるわね~」

「あいつ、この病院にくる患者の井戸端会議を全部記憶してんだってよ」

「すごいわねほんと、いったい何者なのかしら」


 ボードンさんの財布から必要なお金を引き抜く。

野次馬している常連患者たちの声に、少し動きが止まってしまった。

ここに来て半年、僕はいまだに記憶喪失だ。



「ふう」

「お疲れ様エディ。疲れてない?ごはんは野菜シチューなんだけどもう少しかかりそうなの」

「お疲れ様です。ネアさんの野菜シチューとても大好きなんです」

「うふふ、嬉しいわ。愛情たくさん込めて作ってるからね。まだ時間もあるし気分転換に散歩でもしてきたら?」

「・・・散歩」


 この病院で目覚めてから、僕は外に出たことは殆どない。

なぜか外に対し興味が薄く患者さんたちからたまに誘われてもやんわり断っていた。


「・・・ごめんなさい。無理する必要はないから、ゆっくりしていてね」


 そう言ってネアさんは病院の隣にある自宅に戻っていった。僕は・・・。


 大きく深呼吸をする。


「・・・お前は何がそんなに怖いんだ?」


 自分に問うたが答えはない。

ゆっくりとドアノブを回して病院を出た。


 玄関出た向いは小さい家が立ち並ぶ細い道。それは窓からずっと見ていた景色だ。

奥へと進む。窓からは見えなかった景色がどんどん広がっていき緊張と、興奮とずっと溜めてたモヤモヤがせり上がってきそうでずっと腹を抑え下を向いて進んだ。

 しばらくして大きな城壁で行き止まりになった。王都を守るための壁。そのはずなのに、なぜかとても怖く感じる。なにがあった?心臓の音がどんどん速くなる。なにが起きたんだ?

なぜこんなに怯えている?


 思い出してはいけない、頭の中で僕が言う。


 でも、それじゃあ・・・。

僕は吐きそうになって膝を突いた。


「エディ!!」


 ネアさんの声が聞こえた、でもせり上がってくるモノを抑えきれず吐き出してしまった。


「エディ!大丈夫?エディ!

ああごめんなさい、無理をさせてしまったわね、歩くのは難しいかしら。大丈夫よ、しばらくこのままでいましょう」


 吐いたことも気にせず、ネアさんは僕の背をさすり続けてくれた。



「エディ、もういいの?」

「はい、吐いたらすっきりしました」

「・・・」

「・・・少しだけ」


 ネアさんに嘘はつけない。

まだモヤモヤした気持ちはあるが、そこまで酷くもないのは本当だった。


「2人と話がしたいんです。夜に時間をください」

「ええ、わかったわ」



 その日の夜、往診から戻ってきたセドリックさんに今日のことを伝え、早々に話し合ってくれることになった。

シチューが冷めないうちに食べたほうがいいと思ったけれど「あとで温めればいいわ」とネアさんが言った。


「僕の、ここに来る前のことなんですが。お二人は知っているんでしょうか?」


 記憶喪失になって以来、僕は過去のことを調べることはなく二人にも聞いたことはない。

僕の気持ちを理解していただろう二人も、その話をしてくることはなかった。


「・・・全てではないが、知っている」

「あなた」

「だが、それを俺の口から言うつもりはない。俺の知る話は断片的なものでお前にとっての真実とは違う可能性がある。

過去を知るならメイン通りの役所に行けばわかるかもしれない。しかし情報として知れたとしても、記憶が戻る保証はない」


 セドリックさんはいつもとは全く違う真剣な目で話してくれる。

ネアさんは心配そうな目で、やっぱり僕を見ている。僕は・・・。

深呼吸を繰り返し、目の前の二人を見た。


「記憶が戻ったわけじゃないんです。

でも、少しだけ、わかるのは。たぶん僕はなにかをしでかして、その罪を、終わらせようと、足掻いてた」


 腹のモヤモヤは随分な年月をかけて蓄積したモノ、きっと。


「エディ?」

「きっと、僕の罪は、僕以外の分もあって・・・多分、でも、誰もたすけて、くれなくて。一緒に、隣で分かち合って、ほしいと」

「・・・エディ」


 支離滅裂な自分の言葉を二人は真剣に聞いてくれている。


「僕は、なんで、って。僕だけ、僕しか・・・わからない。どんな罪を背負っているのかでも・・・だれも、それを認めてくれなくて」


 腹の中に溜まったものを吐き出していく、涙として。


「認めて、欲しかった。でも、それは、叶わなくて・・・。それ で?」


 それで、どうなったんだ?

あの壁でなにかあったのか?溢れるのは涙だけで鮮明な記憶は出てこない。


「エディ!無理しちゃだめよ、もういいわ今日はやめましょう」

「駄目だ、だって!



僕はここに!ずっと居たいのに!」


 二人は目を見開いている。

言ってしまった、本当のことを、今の僕の本当の願いを。


「・・・僕は二人が、病院にくる皆が、大事です。

でもいつか、記憶を取り戻したとき周りに迷惑をかけるかもしれない。

罪が終わっていなかったなら、終わらせて、それからじゃないと、そんなわがまま言えないって」


「エディ!!」


 椅子から立ち上がったネアさんが僕を呼び、自らの体を限界まで僕に寄せて机越しに僕の頭を抱きしめた。


「なぜそんなことを言うの!なぜ遠慮なんてするの!迷惑なら半年も一緒に仕事なんてしないわ!一緒にご飯を食べたりなんてしない!

貴方の過去を私は知らない「知らなくていい」っていうセドリックの言葉を信じてる!

貴方が過去より今の私たちを選んでくれるなら遠慮なんてしないわ!


ずっとここに居なさい!今日から貴方は私たちの息子よ!」


 ネアさんの温かい体と、声に、さっきとは違う涙が出た。

それはきっと、記憶喪失前の僕も欲しがっていたものだとわかる。


「エディ」


 いつの前にか僕の横に立っていたセドリックさんが僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。


「俺からは言うつもりはなかった・・・。

だが2つだけ、知っていて欲しいことがある」

「・・・はい」


 僕はネアさんと少しだけ距離を取り、セドリックさんに真っすぐ向き合った。


「お前はとある理由で王都から出られないようだ。逆に言えば王都の中ならどこにいてもいいと聞いた。王都外に出ることは俺たちもないが、それは覚えておいてくれ」

「・・・はい」


 王都から出られない・・・なんだか不思議だ。王都に入れないならわかるが。一体何を自分はしたんだろう。

鼻をすすりながらもセドリックさんに先を促した。


「もう一つは、お前の罪はもう終わっている」

「・・・え」

「それだけだ、以上だ。もうなにも言うことはない」

「・・・あの」

「それで、どうするんだ」

「え?」

「だから・・・息子になるんだろうが、その、平民の役所なんて、紙一枚ぺらっと書いたら終わりだがお前はどうだ。そういうの欲しいか」

「・・・いいの?」


 最後の知るべきことがあまりにも衝撃的すぎて、思わず子供みたいな言葉で返してしまう。


「当たり前でしょう!!家族三人でこの病院を切り盛りしてくんだから!」


 ネアさんが机を回り込んで後ろから勢いよく抱きしめてくる。

突然すぎて前のめりになり真正面にいたセドリックさんに受け止めてもらう。


「あ、ごめんなさ」

「エディ、記憶がなくたってまた作ればいいわ。

でも、もし記憶を取り戻したたら・・・ううん、私たちといた時間は最高だったって思えるほどたっくさんの思い出を作りましょう」

「病院の経営は今お前で持ってるんだぞ?今抜けられたらまた無銭治療者どもが湧いてくる・・・」

「それは私たちが甘やかしたせいね」

「お、おう。それは、すまん」

「・・・はは」


 二人の会話がいつも通りに戻っている。

安心してまた涙が出てきた、僕は随分泣き虫だったようだ。


「エディ。ここにいろ」


 セドリックさんが僕にそう言ってくれる。もう何も迷いはない。


「・・・うん」



 三人でずっと抱き合っていたけど誰かの腹が鳴り、連鎖するように皆の腹が鳴り始めて笑ってしまう。ネアさんが野菜シチューを温め直してくれて、食器の準備を手伝い、三人そろってごはんをいただく。

 ネアさんが「愛情たっぷりでしょ?」って言うから笑いながら頷いて、ホロリと出た涙がシチューの中に入った。





 記憶喪失から1年経った。

僕は変わらず病院で仕事をしている。

変わったことと言えば僕が正式に二人の息子になったことだ。


 半年前、僕がみっともないほど泣いた日の翌日。

ネアさんは「朝一番で役所に行くわよ!」と僕とセドリックさんを叩き起こした。

そんな急がなくてもと思ったけど、寝ぼけながらもセドリックさんは「本日午前は休診」の板を玄関に取り付けに行った。

 近所にある役所は時間になっても開かず30分待ってようやく扉が空いた。

普段よほど人が来ないのだろう、職員は待っていた僕らにとても驚いていた。

ネアさんが「うちの息子になるの!」と僕を紹介した、あまり興味なさそうだった。

職員がペラリと紙を一枚取り出す、内容はものすごく簡素でそれにサインをして終了。

 これで終わりでいいのか?職員の怠慢でもっと他にもあるのではないかと思ったけどセドリックさんが「紙一枚ぺらっと書いたら終わりだと言っただろう?」と、確かに聞いてはいたが本当に紙一枚だけとは・・・。ネアさんが拍手しながら喜んでいるのであまり気にしないことにした。


 でも家に帰るとネアさんが、


「そういえばあなた、エディについて色々知っていたみたいだけど

『王都から出ちゃいけない』っていうのは事前に伝えていても良かったんじゃないの?」

「あ、それは」

「確かにこの子は家からあまり出なかったけど、なにかきっかけがあって王都から出ようとしてたらどうしてたの?」

「・・・すまん」

「私じゃないでしょう」

「エディ!すまん!!」


 ものすごい勢いで謝るセドリックさんに大丈夫です!問題ないですから!と二人の間に入って必死にフォローをした。

息子となって帰宅した直後に始まる夫婦喧嘩は自分が原因なんて嫌すぎる。



 それからの二人は何というか・・・かなり舞い上がっていた。

病院にくる患者さんに「うちの子になった」と毎度自慢していて、嬉しいがかなり恥ずかった。夕飯のときに「控えて欲しい」と言わなければならない程に。


「そうかそうか!エデ坊が先生のとこの息子か!まあ元からそんなもんだったよな!」


 常連のボードンさんがニッカリ笑いながらそんなこと言うもんだからちょっと泣きそうになった。


「そんじゃあ、お祝いをしなきゃなんねーな!ちょっと稼いでくるから待ってろよ」

「そちらはいりません、気持ちだけで十分ですよ。必要なのは本日の治療代と湿布代です、当然後払いは無しです」

「・・・はぁい」





 この病院に救われて1年経ち、僕はいまだ記憶喪失のままだ。

過去についてあそこまでボンヤリとわかっておいて記憶が戻らないのは何故だろう。

 罪が終わったというのなら、何故記憶喪失になったのだろう。

この病院に来た日は体が鉛のように重かったが転倒したとか殴られたとかそういう理由で記憶を失ったわけではなさそうだったから。

 なにか罪以上につらい出来事がこの身に起きたのだろうか。そのことを今考えてもどうしようもないけれど。



 息子になったその日、僕は日記をつけ始めた。

昨日のことも遡って書いた。嬉しかったことを忘れたくなくて。


 それに、もし記憶を取り戻して罪の意識や『それ以外のこと』で心がくじけそうになったとしても思い出せるように。今の僕がどれだけ周りに大事にされ、愛され、愛しているのかを。



「エディ、いらっしゃい。お昼にしましょう・・・セドリック!休みだからって寝すぎよ!」

「ううーん、ああ、すまん。エディ、明日の患者なんだが」

「セドリック!休みに仕事を持ち込むんじゃありません!」


 小さい家に響き渡る二人の元気な会話に笑ってしまう、僕は日記を閉じた。




「うん、父さん、母さん。今行くよ」




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エドルド救済話です。

ティティーナの辺りをぼやかしつつ、その後のエドルドを、エディとなった新しい彼の話を書きました。

ティティーナ周りは皆さんのご想像にお任せする形で・・・


喜んでいただけたら嬉しいです。

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