第13話 後日談その②



「久しぶりだね、エドルド」


「・・・バランド辺境伯様、このような場所でお目にかかれて光栄にございます」


エドルド・スノッドは仕事の斡旋所に突然やってきたカルロに膝を折り挨拶をした。





 ここは僕が世話になっている仕事の斡旋所であり、カルロは突然護衛を伴いやってきた。

気軽に呼び止められ、斡旋所の職員に「彼と話したいので場所の提供を」と伝えた。職員はカルロが高位な貴族様であることが分かり、顔を青くしながら応接室へ案内し逃げるように下がった。

一緒にやってきた護衛はドアを少し開け、廊下に待機している。


 カルロに会うのはそれこそ、あの婚約解消の話し合いをしたタウンハウス以来だ。

その後の目覚ましい程の活躍は聞いていたが、スノッド家の皆に伝える気にはなれなかった。

 きっと皆、思い出したくない過去となっているだろうから。





 婚約解消が成ったその日、両親と共に役所へ行きユースリム家から僕の名前は消えた。

そして薄暗い教会でティティ-ナと夫婦になったのだ。

本当に簡易的なものだった。女の子であるティティーナはさぞショックを受けたことだろう。茫然自失となっている彼女を抱きしめ必ず幸せにするんだと誓った。

 

 僕はスノッド家に婿養子として入ることになり、

冷たい視線が最後まで消えることのなかった実の両親と別れ、スノッド邸の前に立つ。

 

 門の錆に驚いたが、それ以上に邸の中はひどい有様だった。

庭は雑草ばかりで整備されていない平原なのかと思った。邸の中に入れば隅にホコリが溜まりくしゃみが止まらない。高い窓は人の背の高さを超えた辺りで白く濁っていて明らかに手を抜いているのが分かった。これが貴族の邸だとでも言うのか?

 ティティーナに話しかけるが心ここにあらずで会話にならない。

ご両親に聞くと毎週使用人が来て掃除をしていると教えてくれた。

毎週?毎日の間違いでは?

さらに聞けば執事もメイドも雇っておらず使用人は全員平民だと。

・・・平民なのは百歩譲ったとしても、サボっていたら指摘し叱咤、改善しないのであれば解雇が普通では?と返したがそうすると次が来ないと。


 なんだ、なんなんだここは?

こんな所でティティーナは暮らしていたのか。


 その日の夜、固くてぼそぼそしたパンと味の薄い嚙み切れない肉を安いワインで流し込んだ。

ティティーナに初夜を断られてしまったがそれも仕方ないかもしれない。今日は色々なことがありすぎた。

 僕は明日から経営の状況を義父から聞こうと思いながら比較的綺麗な部屋で眠りについた。きちんとした掃除婦は早々に雇いたい。


 翌朝、昨日と変わらない食事が終わり、僕は義父から領地について聞いたがあまり要領を得ない。

義父の書斎に入ると多くの督促状や各領地からの嘆願書が無造作に放置されていた。すべて中を確認しようとしたが督促状は10年前のもあった為見きれなかった。

 嘆願書はここ2年ほど来ていないが・・・殆どの手紙に増税を止めてほしい、領民が別の土地に移動している、その余力がない者はついに餓死した、等。

吐きそうになるような内容ばかりだった。

 その嘆願書が2年近く来ていないということは、もう領地として機能していないのでは?

最悪な可能性に至り、僕は目を回して気絶してしまった。


 数日後、馬車を用立て各領地に赴いた。

近隣の町で休憩していた時に「あの辺りは治安が悪いから護衛を雇った方がいい」と忠告を受けた。金はかかるが2名雇い領地入りをした。

 僕が生まれ育った街と同じ小麦出荷をしている土地のはずだ。今の時期は刈入れで忙しくしているはずが枯れた穂ばかりだ。小さい区画で刈入れ跡があった家を訪ねると

「人がいなくなり出荷が出来なくなった。税金を多く取られ自分一人で暮らすのが精一杯だ」と。

その領民は僕の問いに大人しく応じてくれていたが、くぼんだ目でずっと睨みつけていた。

・・・襲ってくる体力すらないのだとわかった。


 1か月かけて全ての領地を巡った。

『領地を全て黒字化して渡す』ことがどれだけ過酷なことかを思い知る。

 邸に戻りスノッド家全員に「今後お金の管理は自分がする。出費を抑えるように」と伝えた。

文句は出たが邸から出ることになると言えば口を噤んだし、ティティーナはあまり解っていないようだった。


 ティティーナはこの邸で、鳥籠にいる鳥のような少女だ。

何も解らず、囲われ、愛されていた。

無知でいさせるのも虐待なのだと言ったのは誰だっただろう。 

 何も知らない無垢な彼女が学園で僕に出会い、僕を愛してくれた。

僕も歯を見せて笑う彼女を、義姉と仲良くしたいと頼ってくれた彼女を愛した。

彼女の顔が曇って欲しくなくて、義父とバーバラのことを隠した。

 

今はそれが誤りであるとわかるから必死に領地の立て直しをしよう。彼女の笑顔を取り戻したい。


 それからは税を元に戻し、領民募集をかける。

当然すぐには集まらないので王都の斡旋所で声をかけた。

 特に『良い』のは田舎から出てきた人間だ。

憧れの王都にやってきて心が折れ、でも地元に戻る勇気がない平民。

「税金が戻った今が狙い目だ」「新しい領民は歓迎される」「立て直した際には恩賞があるらしい」等、詐欺に近い言葉も使って落とした。

 難色を示す奴は領地までの移動費を保証すれば喜んで向かった。出費はかさむがそれよりも領民確保が優先だ。


 1年経った。人が少し増えた程度では赤字は改善されない。長い目で見なければ。

とにかくお金がいる。金融で借りようとしてもスノッド家はブラックリストに載っているので名を名乗るだけで扉を閉められた。


 僕は斡旋所で領民を探すと共に自らも仕事を探した。

学園はティティーナと退学済みだ。理由は全生徒が知っているので頼ることは出来なかった。

平民と交ざって様々な仕事を請け負った、選んでいる余裕はない。

 事務仕事や検品などは有難かったがそればかりではない。荷車押しやどぶさらいは心が折れかけた。


 義父と義母は部屋から出ずに僕から貰った小遣いで安い酒を買い吞むばかり。

最初は止めたが暴れて物を投げつけてくるので自分がいない時のティティーナが心配だった。

酒を吞んで引きこもってくれる方が良いと思うようになった。

 毎日忙しすぎてティティーナと会えない、最近は少ないお小遣いで手紙を出しているようだが学生時代の友人だろうか、今の状態では会うこともままならないだろう。

 本当はティティーナと一緒にデートをしたり、公園でランチをしながら日が沈むまであの弾んだ声を聴きたい。でも今はゆっくり寝ることが優先だ。邸に戻ればベッドまで自然と足が向いてしまうのだ。

 

 体を動かす仕事も増えたのでさぞ体力が付くだろうと思っていたがどうやら僕は筋肉が付きにくいタイプのようだ。どれだけ仕事をこなしてもひょろひょろのまま、4年以上この生活が続いたがよく倒れなかったものだと自分のことながら感心する。


 そう、4年経った。

まだ赤字ではあるが領民の数は増え、来年こそ作物を出荷して利益が出る。

黒字見込みの領地もある。天災が心配な所だが順調なら再来年にすべての領地が黒字になるだろう。

 ただそれまでに・・・。



そう思っていたタイミングで辺境伯となったカルロが僕の前にやってきたのだ。


「楽にしてくれ。本当はそちらの邸に行けば良かったのかもしれないが妻から止められていてね」


 カルロは学園を飛び級で入り、バーバラと共に卒業。

そして辺境領地の防衛で国に多大な貢献を果たし異例のスピードで爵位を継承。

まだ20歳にもなっていないがその迫力は他国から我が国を守る者として相応しい。

 そしてバーバラとの仲も良好らしい。


「本日はどのようなご用向きで」


 会うとしても領地譲渡の時だけだと思っていたが、何が目的なのだろうか。

もっとも「条件の追加」を求められても今の僕が逆らうことは出来ない。


「そう固くならないで欲しい。『君には』悪い話ではないから」


そう言って廊下で待機していた護衛を呼ぶ、

護衛は心得たように持っていた書類をカルロに渡した。


「君が頑張っている領地の経営状況を調べたよ。

4年で良くここまで持ち直したね。あと1、2年ってところだろう?」

「おっしゃる通りでございます」

「流石、昔はこちらの領地で経営術を叩き込まれただけはある。


・・・ただ、譲渡まで君の体力は持つのかな?」


「それ は」

 言葉に詰まってしまった。それは今一番危惧している事だから。

4年の過酷な労働で体力の底が見え始めた。若さでどうにかなっているようなものだった。

 僕が倒れればあの邸でティティーナは一人になってしまう。

義父と義母は信用できない。守れるのは僕しかいないのに。


「ああそれで、私が君に会いに来た理由だが、

この領地を全て、この場で、頂こうと思ってね」

「・・・・・・は?」


 言っている意味が解らなかった。

この場で?まだ黒字化していない領地を?


 通常の精神状態ならもっと頭を使っただろう。

黒字化した領地の譲渡を条件に金銭や邸などの没収はされなかったのだ。

一体何を要求されるのだろうか、と。でも早く楽になりたい僕はその言葉に縋りついた。


「当然、現状で譲渡してもらうためには条件がある」

「どのようなことでも!」

「まずはスノッド伯爵家は爵位を返上し平民へ。

まあこれはそちらにもメリットがあることだね。

今サインをくれるなら面倒な手続きは全てこちらがやるし、新しい家も用意するよ。


・・・焦らないでくれ。条件はあと一つだけあるんだ」





「いつか必ず、会いにい き ま す・・・と。出来た!」


 新しい手紙を書き終えた。束になったその手紙を持って部屋を出る。

階段を下りた先でエドと目が合って、こんな時間にいるなんて珍しいなって思った。

 夜遅くに帰ってきて、朝早くに出て行っているって使用人から聞いていたから。

領地経営は順調だって聞いてからそれなりの時間が経っている。カルロ様に会えるのはいつになるんだろう。

いくらでも待つし、待っている間も幸せだけど、日に日に細くなっていくエドを見ると気分が落ち込む。私はどう挨拶したらいいか迷って無難に「お帰りなさい」と言おうとしたの。


「ティティ!全部終わったよ!!!」


 挨拶を遮ってエドが私を抱きしめる。細くなった体は皮膚の下の骨が直接当たっているんじゃないかと思う程の感触で思わず悲鳴を上げてしまったけどエドはそんな声も聞こえていないようでずっと笑ってる。

えっとなんだっけ、全部オワッタ?それってもしかして。


「領地経営が終わったってこと?」

「そうさ」

「それってもう慰謝料のために頑張らなくていいってこと?」

「ああ!別の条件を付けられたが些細なことだった」

「そうなのね!すごい!すごいよエド!!・・・でも別の条件って何?」

「まずは平民になること。これはずいぶん前に僕からも提案していたことだね。貴族として生きていく事は今の僕らには難しいから」

「うん!問題ないよ、私も働くね!」


 待ちに待った言葉を聞けて私は持っていた手紙を放り投げ、飛び上がって喜んだ。

本当にうれしい!これでカルロ様の所に行ける!

エドもお姉さまに会えるもんね、とっても嬉しそう。


「あともう一つ条件があってね」

「うんうん、なあに?」





「僕、ティティ、義父と義母は生涯王都から出ないこと、だよ。

これを条件にまだ赤字がある領地を全て受け入れてもらえたんだ。既にサインも済ませているよ・・・長かったなあ、ようやく終わったんだ。

 ああ、王都内ならどこでも移動して良いと言われているから、小さい家になるだろうけど平民になったらそちらに移ろうね。

え?カルロ様が王都に来ることはあるのかって?うーん。すでにあの若さで辺境伯を継いでいるからね、式典も終わっているし、よほどのことが無い限りこちらに来ることは無いかな、まあ平民になる僕らは今後、会う手段なんてものはないさ。


・・・ティティ、どうしたの?」





―――王都の城壁にて。


「それではこの4名は王都から出さず、抵抗して出ようとする場合は処理をする、と」

「ああ、平民になるから何ら問題ないし、何かあればこちらで対応するから。よろしく頼む」


 そう言ってカルロ様は門の前にいる男に金貨の入った袋を渡す。

用が済んだカルロ様は馬車に乗り込み私もそれに続いた。


 王都から出発した馬車の中は静かだ。護衛である私と向かいには主のカルロ様。

窓を見ながら自分に話しかけてきた。


「何か聞きたいことがあるんだろう?」

「・・・平民にした後、すぐに切ってしまえばいいのでは?」

「それは私も思うところなんだけどね。愛しい妻がそれを許してくれないんだよ」


 聞くんじゃなかった。カルロ様は大層な愛妻家だ。

若くとも仕事は出来て国を守る為の力がありそんな彼を敬愛し忠誠も誓っているが、暇になると奥様の話を時間の許す限り語るのだ。

・・・興味ないって、主とは言え他人夫婦の日常なんて。日記にでも書いて満足してて欲しい。


「んん!それでも条件が少なすぎると思うのですが」


 奥様の話を回避するために話題を無理やり戻した。

やや不満そうに眉を顰めながらもカルロ様は答えてくれる。


「お前も見たようにすでに見込みありの状態に出来ている領地だよ。

何も問題ないさ。少なくてもエドルドの禊は最後の爆発で終了、として良いと思っているのさ」

「最後の爆発ですか」

「どうやらアレが私をお気に召しているようだよ」

「なるほど?」


 長いこと仕えているが確かにカルロ様はモテる。

だが本人は奥様一筋だ。それこそ別の男と婚約中でも。

ちなみに当時は「あいつ、突然不能になったりしないかな」と毎回ぼやいていた。


「王都から出られず。惚れた男に、執着した義姉に二度と会えない。

そう理解した時、アレはどんな反応をして、どんな言葉を夫に投げかけるんだろうね?」


 想像したくない。婚約解消のきっかけとなったアレは今でも手紙を邸に、領地にある施設に送り続けている。

なんとなく数えてみようと思い立ち過去を遡って計算し、300通を超えた辺りで怖くなって止めた。

 スノッド邸に使用人として潜っている者の報告では、嵐の中でも郵便局の閉まっているドアを叩いて手紙を渡していたと聞き・・・報告者と一緒に軽く泣いた。


 まあそんな、我ら一般的な感性を持った人間が青ざめるような出来事も、この主にとっては些末なことなのだろう。





「王都幽閉。

なんて考えるのは、貴方様くらいですよ」


私の言葉に、若き辺境伯は嗤った。



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別の投稿サイトで載せた話になります。

あと1話あります。

明日投稿します。

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