第2話

時を戻して小さい頃の私の話をしよう。

6歳でこの世界のことを理解した私は、

目の前で衰弱中の母をどうにかして健康にしようと必死になった。


母は辺境伯爵の一人娘だ。

父は婿として家に入った、政略結婚ながらも母は父を強く愛した。

が、残念ながら父はそうじゃなかったようで私が生まれてからは家にほとんど寄り付くこともなかった。

まあ物語上も「腹違いの姉妹」で「同い年」とがっつり出ているのでお察しだが。

父は私たちを放置している間・・・どころか結婚する前から愛する女性がいて、

私の母と結婚した後は、愛人として囲い別宅でこっそり愛を育んでいた。

その愛人との間に生まれたのがヒロインのティティーナだ。


元々体が弱かった私の母は、めったに帰ってこなくなった父を求め心を病み、

父がしない仕事を引継ぎさらに体を壊した。

私が前世の記憶を取り戻した時には寝室で仕事をして一歩も部屋から出ることはなかった。


父への気持ちを忘れさせようと必死になった。

でも無意味だった。


「散歩しろ」と「飯をくえ」と伝えたが

散歩による日焼けは貴族らしくないといわれ、

過労と父への想いで食事は喉を通らない状態。

まるで「ヒロインたちがやってくる前に退場する」ために命を消費しているかのようで。

母はどんどん細く、小さくなっていった。


私は母の説得を諦め、最期まで看取ることにし・・・

そして数か月後、母は亡くなった。

頬はこけ、露出した首と手は枯れ枝のようだった。

よく生きていたと思うほどだった。



…愛されてはいなかったと思う。

父を繋ぎとめる手段だった私を、

それすら果たせなかった私を、

母だったこの人は愛してくれなかった。

前世の記憶がなきゃ性格はゆがんでいただろう。

今、目の前に横たわっている母もどこか他人事のようにも感じる。


それなのに、泣ける。

母の死ぬ未来を止められなくて悔しいのか、

やっぱり愛してほしかったのか、

部屋の外では使用人たちが「お嬢様おいたわしや」と泣いてくれた。

父はまだ帰ってこない。





ひとしきり泣いて自分の部屋に戻った。

十分泣いたら今度は腹が立ってきた。

父にも、母にも。


小説通り、母は亡くなった。

これはいわゆる『物語の強制力』というやつなのだろうか。

ある可能性について考えた、

小説の中で出てきた人間たちは『概ね小説通りに行動する』んじゃないだろうか。

私というイレギュラー以外は。


バーバラは小説で『小さい頃から人を見下し、周りから嫌われていた』設定だ。

でもこの邸で私を嫌うのはたまに帰ってくる父だけだ。

他は私をきちんと『辺境伯の正当な血を受け継ぐ令嬢』として敬うし

私も貴族の令嬢として振る舞い、まわりに当たり散らすなんてことはしない。


おそらく小説通りに動いているだろう人間の中で私だけが

私の思うままに行動ができる。

『物語の強制力』と『私というイレギュラー』

負けてなるものか、絶対、幸せになって見せる。

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