第8話 初戦後の日常

 意識が遠のいて眠りに入った龍助は少し懐かしい夢を見た。子供の頃の自分と穂春ともう一人、二人より年上っぽい男の子が一緒に遊んでいる。

 男の子は龍助達の頭を優しく撫でていた。なんの変哲もない場面だが、龍助にとってはとても大事な思い出だった。


 昔の自分たちを見つめていたが、直ぐに、男の子の方が、子供の龍助達を置いてどこかへ行ってしまう。それを思わず追いかけた龍助。


「待ってよ!」


 やっとの思いで男の子の腕を掴もうとしたが、触れた瞬間に男の子の体全体が割れて粉々に崩れてしまった。


「……え?」


 突然崩れた男の子を見た龍助の足元が真っ暗な闇で広がっていき、それが龍助にまとわりついてくる。


「な、なんだよこれ!?」


 恐怖のあまり大声を上げたが、そのまま闇の中に連れ込まれてしまった。


 龍助がハッと目を覚ますと、彼はベッドで横になっていた。今までのは夢だったようだ。

 体を起こして、病室を見回すが、京と昨晩に襲ってきたひろしの姿はなかった。あるのはいつもの丸印だけだ。

 龍助は、昨晩の記憶があやふやだった。


(昨日の戦いも夢か……?)


 きちんとした記憶が無かったので一瞬そう思ったが、ベッドの隣にある棚の上に置いてあった置き手紙を読んで、昨晩の出来事は現実だったと自覚する。手紙は京からだった。


『おはよう、龍助。よく眠れたかな? 昨日は見事だった。また来るよ』


 という内容だった。現実だと確信したがまだ眠くて意識が半分夢の中にいた龍助はその手紙を片付けた後、二度寝をするためにまた寝転がった。


 ◇◆◇


 次に目を覚したのは、丁度朝食の時間だった。今回のメニューは食パンとスクランブルエッグ、そしてソーセージだった。

 今まではメニューのことなど考えてもいなかったが、今の龍助は食事が待ち遠しく感じていた。

 以外にも病院の食事は美味しく感じるのだ。そして全て食べ終え、朝食後はベッドでのんびりと過ごしていた。


 龍助が事件後意識を戻してから、もう一週間が経つ。そろそろ彼の体も回復してきた頃だ。昨晩の戦いで負ったダメージも、肉体の力によって上げられた回復力ですぐに治った。

 もう大分龍助は元気になっていた。


 ベッドでだらだら寝転がっていると、ドアからノックの音が聞こえてきた。ドアを叩いたのが誰か分かった龍助は入るように促した。

 龍助の予想は的中し、穂春と高原先生がお見舞いに来てくれた。

 元気そうな龍助の姿を見た二人ともとても喜んでいた。


「あと少しで退院ですね」

「本当に元気になってよかったわ」


 顔を見合わせながら笑っていた二人をを見て、気持ちが晴れやかになっていった龍助。


「そうそう、この間の専門家さんと連絡が取れなくなったのよ……」


 高原先生がスマホを見ながらため息を吐いた。

 先生によると、専門家としてやってきたひろしに何度も連絡したが、全く応答がないらしい。


(まあ、そうだろうな)


 事情を知っているというより、その専門家に襲われて、返り討ちにしてしまった本人は口が裂けても言えないなと思った。

 絶対に心配させてしまうし、何より混乱させてしまうと考えているからだ。


 昨晩襲ってきたひろしと専門家のひろしは間違いなく同一人物だとわかるが、あの後彼がどうなったのかは龍助にも分からない。

 京に捕まっている事は確かだと彼は思った。


「もう俺は大丈夫ですよ。気にしなくても良いと思います」

「そう? じゃあ、もう良いかしらね」

「本当にありがとうございました」


 龍助のお礼を高原先生は笑顔で首を横に振った。

 実の所、高原先生も専門家に対して半信半疑だったそうだ。他に信頼出来る人に相談して、その組織はやめた方が良いと忠告を受けていたからだと彼女は言った。


「その信頼出来る方って、先生の恋人だったりしますか?」

「やだ、穂春ちゃん! そんなんじゃないわよ」


 穂春の言葉に高原先生は顔を赤くした。この時に龍助は図星だなと確信した。



 三人で他愛ない話をしていると、またドアからノックの音がした。

 龍助が返事をすると、「失礼します」と言って入ってきたのは看護士さんだった。


「すみません。眼科の先生が天地さんと面会したいそうですが」


 看護師の言葉を聞いて、龍助は一瞬、先日目を診てくれたあの女性の医師が思い浮かんだが、あの様子では、自ら自分に会いに来ることはまずないなと同時に思った。


 ひろしの一件もあり、その面会希望者である眼科の医者を警戒したが、病室の外には人が沢山いるし、何より気になっていた龍助は一目見ようとその人物に会ってみることに決めた。

 早速病室に入れてもらうよう看護士にお願いをした。


 看護士は、了承してその人物を呼びに行った。少ししたら、先ほどの看護士が面会希望者を連れてきた。

 看護士の後ろに立っていた人物を見て龍助は驚愕した。

 そこにいたのはあの京だったのだ。

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