第10話 退院

 龍助が通り魔事件に遭遇し、目を覚してから実に二週間が過ぎた。

 もう完全に回復した龍助は明日今いる病院を出て、京が所属しているという組織に向かう予定だ。少しずつ退院するための準備を進めていた。


(ようやくこの病院から出られる)


 背伸びをしながら窓の景色を見た。

 この病院での入院生活でも色んなことが起きて大変だったが、何とか出られると思うと彼は嬉しく思う。

 気にしなくなったといっても、居心地が悪いことに変わりは無かった。


 しかしその反面寂しい気持ちも出てきた。


 この病院から出ても、穂春達が待っている施設に帰るのではなく、その組織にしばらく滞在することになるからだ。

 能力を使いこなすためとはいえ、しばらく穂春達と離れて暮らすと考えるとやはり少し辛く感じてしまう。


 今日龍助の予定は特に何もなかったのでベッドで筋トレしたり、テレビを見たりを繰り返していた。

 テレビではやはり通り魔事件のニュースが流れていた。現場は東京都内のようだ。


(穂春達も気をつけてほしいな)


 自分の妹や友達が通り魔に遭いそうですごく心配になってしまう龍助だった。


 そんな心配していたが、気づけばもう既に昼食時間になっていた。

 運ばれた昼食をかきこんだ後に、また同じように筋トレやテレビ、動画を見て過ごしていたが、まだ午後の三時だ。


 ずっと病室にこもりっぱなしになっていたので気分転換に、散歩をすることにした。

 入院中に何度も通った道。今日もいつもと同じ経路を辿って行くと、あることに気づいた。


「あ、あの猫……」


 龍助が見つけたのは何日か前に出会ったあのトラ猫だった。改めて見ると本当に綺麗な毛並みをしていた。


「こんにちは」


 龍助が猫に挨拶したが、もちろん返事はない。しかし返事代わりに視線だけ龍助に向けた。

 元から美人猫だが、琥珀色の綺麗な瞳が更に美しさを醸かもし出している。

 龍助はまじまじと猫を見ながらそっと優しく頭を撫でる。


 猫が気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしていたが、もう満足したのか、すぐにその場から立ち上がり離れていってしまう。


「一体どこの猫なんだろうな」


 立ち去る猫を見送り、ふと空を見るとすっかり夕方になっていた。


 病室に戻ってきた龍助は先に夕食を食べ、その後に入浴することにした。


 お風呂から上がり、病室に戻ってきた龍助は初めて腕の違和感に気づいた。

 久々に筋トレをしたせいなのか、腕が少し痛んでいた。しかしそれを意識すると、痛みはすぐに消えてしまった。

 これは能力で早く回復したのだと龍助は気がついた。


「鍛えた感覚がないな……」


 回復するのは良いことだと思うが、龍助にとっては痛みがないと鍛えている実感も湧かなかった。まるで成長せず、鍛える前に戻っているのではと感じるからだ。


 時間の経過は早いものですっかり消灯時間になった。筋トレなど体を動かしていたおかげか、疲れて倒れ込むように深い眠りに入った。




 ◇◆◇





 翌朝、目を覚まし、いつもの時間を過ごし、病院を出る準備をした龍助。すると、ドアからノックが聞こえてきた。


「おはよう。荷物は順調にまとまった?」

「……おはようございます。兄さん」


 やって来たのは穂春と高原先生だった。

 先生はいつも通りだが、穂春は少し表情が曇っていた。

 やはり、どんなに理解し納得していても、まだ寂しいという気持ちの方が強いようだ。

 先生もそのことを気にしているようで、度々穂春の様子を伺っていた。


 なんとかして穂春の暗い気持ちを照らしたいと思った龍助は穂春の頭にゆっくりと手を置き、そのまま優しく、長い髪をなぞるように撫で下ろした。


「穂春。笑ってくれよ。兄さんのために」


 妹の瞳を見つめながら龍助は穂春にお願いした。それを聞いた妹は暗い気持ちが少し晴れたのか、いつもの優しい笑顔になった。


「わかりました。頑張ってくださいね」


 穂春にいつもの笑顔が戻り、それを見れて龍助は満足だった。そして穂春達が到着してからその数分後、京がやってきた。

 よく見ると、彼の後ろには一人の女の子と一人の男の子がいた。二人とも歳は龍助と同じくらいだ。


 女の子の方は、光によって照らされている金髪の長髪。フワッと柔らかそうな髪をしている。元気で活発な雰囲気で、明るい性格をしてそうだ。身長は穂春より数センチ程高い。

 穂春も美人だが、こちらの女の子も穂春に負けないくらい美人だ。


 男の子の方は、前髪を七三分けにした髪型で黒髪。龍助と同じくらいの高身長、顔も整っている。見ただけで言えば、女の子とは反対で、とても静かで落ち着きがあり、達観してそうな雰囲気を纏っている。俗にいうクール系だ。


「それでは先生。龍助くんをよろしくお願い致します」

「はい。責任持ってお預かりいたします」


 高原先生と京が挨拶を交していた。


叶夜かなよ颯斗はやと。龍助の荷物を持ってあげて」

「はーーい!」

「はい」


 京が後ろにいた二人に荷物を分けて持つように指示をすると、二人のうち叶夜と呼ばれた女の子は元気に、颯斗と呼ばれた男の子は静かに返事をして荷物を持った。

 この時点で二人とも見た目通りの性格だと予測できた。


「ありがとうございます」

「良いのよ。それに同い年だからタメ口で良いよ」


 龍助のお礼に叶夜は笑顔でフレンドリーに答えてくれたが、颯斗の方は特に何も言わず、荷物を持った。

 その態度に龍助は少し動揺してしまった。見た目通りのクールさだ。あるいは無口系。


「ごめんなさい。この人無愛想なだけなの」

「あ、ああ。大丈夫」


 叶夜が颯斗の前に出ながらフォローをした。


 様々な会話をしていたら出発の時間がやってきてしまった。

 龍助達はバスに乗るために手続きを終わらせた後、病院から出て、すぐ近くのバス停にやってきた。


 龍助は少し穂春のことが気になって見てみるが、特に暗くなっているわけでもなかった。兄の視線に気づいた穂春は目一杯の笑顔を見せてくれた。


「来たよ」


 龍助達が乗るバスが見えてきたのだ。停留所に停まったバスに京、颯斗、叶夜の順番で乗っていく。


「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい、兄さん。頑張ってください」

「体には気をつけてね」


 温かい言葉を受け取った龍助は二人を優しくハグをした。その体温とは少しの間離れ離れになると考えると、龍助は少し悲しく感じた。

 そろそろ出発するので二人を離し、バスに乗ろうとする。


「頑張ってください」

「無理だけはしないでね」


 最後の最後まで穂春達に応援の言葉を送られ、背中を押された龍助は二人に手を振り、バスに乗り込んだ。

 そして、穂春達に見送られながら龍助たちを乗せたバスが出発した。


 龍助は窓から見える範囲まで二人に手を振り続けた。二人もバス停から手を振り続けているのが見えたが、次第に姿が見えなくなってしまった。


 家族が見えなくなったことで一気に悲しさが込み上げてきたが、同時に気合いを入れ直した。

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