第9話 兄妹の約束
通り魔事件に遭って数日しか経っていなかったが、龍助の体はほぼ完治していた。そんな時にお客様がやってきた。
それは、あの力者の京だった。
龍助が京に話しかけようとしたその瞬間、頭の中から声のようなものが響いてきた。
『俺たちが会っていたのは内緒な』
おそらく京が何らかの力で直接脳内に語りかけてきたのだと龍助は考え、自分達が出会っていたことは秘密にしたいのだと察した。
「初めまして、私、眼科医の田中と申します」
わざわざ偽名まで使っているところをみると結構手がこまれいると感じた龍助。
「今日伺ったのは、そちらの龍助さんの目のことをお聞きしたのですが」
「それが何か?」
高原先生が龍助と京の間に割って入った。京のことを警戒しているようで、穂春も同じ龍助の手を強く握りしめて彼を睨んでいた。
突然現れた上に、目の事情を知っているのだから当然の反応だ。
龍助は少し困惑したが、それに対して京は愛想笑いを続けていた。その様子を見て龍助は、この状況を丸く収める良い案があるのかと期待した。
「いえ、そちらの龍助さんから連絡を頂きまして。」
期待を裏切った上に丸投げをされた龍助は混乱してしまった。
『君が連絡したことにしてくれ』
また頭の中で声が響いてきた。
それを聞いた龍助はすぐに京の考えていることを理解し、話を合わせることにした。
「そ、そうそう、俺が連絡したんだ!」
高原先生は納得したようだが、穂春はまだそうではない様子だ。
「そんな話聞いていませんよ?」
穂春の指摘が痛く感じる龍助。
ついこの間疑われて信じてくれと
穂春や高原先生に嘘をつくこと自体苦痛でならない。
「あまり穂春達に心配や迷惑をかけたくなかったんだ」
兄の言葉を信じたかったのか、穂春はそれ以上何も言わなかった。
その様子を見て龍助は二人に嘘をついたことで、さらに心が痛んだ。
しかし、そう言っても何も変わらないと龍助は嘘も
「よろしければ私達の病院に来て、色々お話を聞かせていただけませんか? 何なら治るようにお手伝いしますが?」
先ほどから龍助達の様子を見守っていた京が提案してきた。
それを聞いた龍助は、もう心に決めていた。
「もちろん。そのために来ていただいたんですから」
龍助の即答に穂春と先生は驚きを隠せなかった。
「え? 良いの?」
「はい、この人の話は信用出来ます」
何を根拠にと言われると難しいが、少なくともこの京という男は本当の専門家で、信頼における人物だということを必死に伝えた。
「兄さん、もしかして、この方に会ったことあります?」
高原先生は納得しかけた様子だったが、穂春の方はそうではなかった。
「ああ、病院の紹介で何度かね」
鋭い穂春の質問になんとか答えられた龍助。
じっと穂春の瞳はしっかりと自分の兄を映していた。
「……分かりました。私もこの方のお話を聞きます」
しばらく龍助を見つめて考え込んでいた穂春は決心したようで、自分も話に同席すると言い出した。
それを見た高原先生も半信半疑だったが、渋々了承した。
内心龍助は安堵して、ベッドの上で力が抜けて、それを面白いというように京が笑いを堪えていた。
京は龍助の目の原因が未だ解明されていない病状だと説明し、本人と穂春達にこれからのことについて一通り話し出した。
京が話した内容は、一度施設に帰り、荷物をまとめて再び入院するというものだ。そこで、目の現象を無料で調べて治す代わりに龍助が病院の手伝いをするということ。
元々龍助自身は目に見えるものに悩んでいただけなので、正確には入院というより、ちょっとしたリハビリをしに行くようなものだ。
しかしこの話は穂春達に用意した説明で、本当は龍助が能力を使いこなすための修行期間だ。
学校に関してはタイミングよくこれから春休みに入るところだったため心配はいらなかった。
もし春休みが終わっても能力が使いこなせなければ、しばらく学校を休むことになる。
そのことをずっと京が魔法か何かを使って龍助の脳内に直接送り込んでいた。
「あとは、当院での面会は御遠慮してもらっています」
「え? 何故ですか?」
普通の病院なら、面会など出来るだろうが、京達の施設は病院ではないので、面会は勿論出来ない。
面会が出来ないことを不思議に思っていた穂春に、京は病院の情報が流れないようにするためだと教えた。
「またしばらく兄さんと離れるのですね……」
「そうでもしないとお兄さんは原因不明の病気に悩まされ続けてしまいます」
「穂春ちゃん。きっと仕方ないことなんだわ」
京の言葉に穂春はそれ以上何も言えなかった。
まだ何か言いたげな表情だったが、高原先生が落ち着かせた。
龍助は昨日の夜に離れることを聞いたので、覚悟は出来ていた。
龍助の覚悟を感じ取ったのか、京が満足気に頷いていた。
◇◆◇
一通り話し終えたが、更に細かい説明があり、それを高原先生が聞くことになった。
龍助はふと穂春の方が気になったので、見てみると、案の定彼女は暗い顔をして黙り込んでしまっていた。
その様子に龍助は決心が揺るぎそうになったが、心の自分を抑え込んでなんとか取り持った。
「穂春。ちゃんと連絡するから、また帰ってくるから」
「……約束ですよ? 兄さん」
悲しんでいる穂春の頭を優しく撫で下ろした龍助。その手が心地よかったのか少しだけ穂春の表情が明るくなった。
そして二人はお互いの片手の小指を絡め、小学生以来していなかった指切りをした。
昔のことを思い出したのか、龍助と穂春は笑ってしまう。その傍らで京と高原先生は微笑ましそうに二人を見ていた。
そして龍助は、自身の能力を使いこなすための修行をするにあたって気合を入れ直した。
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