第3話 謎の来客

 通り魔事件に遭遇した後、視界に赤い丸印が見えるようになってしまった龍助の元に、来訪者がやって来ていた。夜中の三時に。

 あまりにも突然の出来事に声も出なかった龍助だが、急いでナースコールを鳴らそうとしたが、その腕を何か見えないものに掴まれた感覚に襲われた。


(な、なんだ?! 腕が動かせない)


 頭が混乱する中、どうすることも出来なかった龍助はとりあえず、目の前の人物の正体を探ろうとした。


「あんたは誰だ?!」

「俺はただの力者りきしゃだよ」


 龍助が望んだ答えとは少しずれた解答をした男だが、質問した本人にとって、それがどうでも良くなるくらい、気になることがあった。


「力者? なんだそれ」

「力者というのは簡単に言えば、力がある者、魔法使いや能力者なんかを総じて呼んだもののことさ」


「力者」。聞いたことがない言葉を聞いた龍助はそれを名乗った男に質問を投げ掛けると、男はなんの躊躇ちゅうちょもなく即答した。しかし、龍助はその答えに自分の耳を疑い、男を不審に思う。


「魔法使いとかそんなのいないだろ」

(もし本当にいるのなら俺の目を治してほしい……)


 龍助は、もし本当にそんな存在がいるのなら今最も聞いてほしい願いを心の中で呟いた。


「今、『本当に魔法使いがいるなら自分の目を治してほしい』とか思っただろ?」


 男が的確に龍助の心の声を口にした。その言葉に龍助は一瞬たじろぎ、目を泳がせたが、ただの偶然だと自分に言い聞かせた。


「今も偶然だと思っただろ?」


 言い聞かせている場面を見抜いた男が語りかける。

 二度も口に出してないことを的確に、しかも連続で言い当てられてしまったら、ただの偶然と言い聞かせるのはいくらなんでも無理があると龍助は考えた。

 なのでとりあえず素直に男の言葉を聞き入れることにした。


「もしかして、俺の目も治せるの?」

「治すも何も君のその目は生まれつきのものだから受け入れるしかないよ」

「生まれつき? 俺は、今までこんな赤い丸印なんて見えなかったけど……」


 龍助の問いかけに男性は、暗闇でも分かるくらい、肩を落としながら答えた。

 龍助は一瞬顔を俯くが、すぐに顔を上げる。

 彼は今まで生きてきた中で視界に赤い丸印が見えたことなど一度もない。

 初めて見え出したのは通り魔事件に遭った後だ。それを思い出した龍助は何かに気づく。


「もしかして、通り魔事件が関係しているの?」


 龍助が推察したことをそのまま口にすると、男は何度も頷いた。ようやく目が暗闇に慣れてきたので、仕草がはっきり見えるようになっていた。


「ご名答! 通り魔で刺された時に君はそいつにある薬を投与されてしまったのさ」

「薬って? あとあんたは何でそんなに詳しいんだ?」


 龍助は重ね重ねに質問した。今目の前にいる人物から悪意は感じないが、通り魔に遭ったというのもあり、もしかしたら仲間かもしれないと警戒しているからだ。

 それに動揺する様子もなく男は答えていく。


「俺がここまで詳しいのはそいつのことを追っているからだ。その犯人はある組織に関係していて、色々と聞きたいことがあるからね。薬に関しては俺にも詳しくは知らない」


 男の返答を半信半疑で聞いていた龍助だが、なぜだか、嘘を言っているように感じたりはしなかった。

 薬に関しても知ったところでどうにもならないとも思ったので諦めた。


「だが、君がどんな能力を持っているかは分かる」


 その言葉に興味を惹かれた。昔から異能力者の漫画などを読んでいたため、異能力に関してはとても興味深かった。

 龍助の気持ちがわかったのか、男が愉快そうな声で話し始める。


「まず君の目は『鮮血せんけつの魔眼』と言って、簡潔に言えば、万物の弱点を見ることができる魔眼だ。あともう一つ君の能力は『肉体の力』と言い、これも簡潔に言えば、自分の身体能力を上げる力だ」


 一通り説明を聞いたが、龍助はいまいちピンときていない。今一度、彼は頭の中を整理した。

 自分は通り魔に遭い、その時に能力が開花する薬を投与とうよされ、そこで魔眼と一つの能力が備わったということだ。

 龍助はなんとか情報を整理出来たが、やはり彼にとってはショックな出来事だ。

 自分がもう以前の自分ではなくなってしまったと。


「混乱するのもショックを受けるのも無理もない。自分が以前の自分ではないと思っちゃうよねー」


 男が軽く龍助に語りかけてきた。

 流石にあまりの軽さに憤りを感じた龍助が抗議しようと口を開きかけたのと同時に男はそれを遮るように言葉を繋げる。


「だが、そう思っている暇はないぞ? 君はさっき話した組織から狙われているんだ。そいつらから身を守るためにも自身の力を使いこなさなければいけない」


 一瞬で男の口調とその場の空気が変わった。そのあからさまな変わりように龍助は言葉に詰まった。


「悲しむことも大事だが、今はどうしたらおかしくならないようにするかを考えるんだ」


 先ほどの軽い口調とは打って変わり、冷たく鋭い口調で話してきた男に対して龍助は何も言い返せず、悔しい思いを噛み締めていた。すると男が近づいて来る。


「何より、君は君だろ? 今自分を信じないでどうするよ」


 男の口調がまた戻った。

 その変わりように龍助は追いつけないでいたが、送られた言葉に気持ちが一変した。

 男の言いたいことを理解する龍助だが、今のように自分ではどうすることも出来ない場合のことも考えてまた不安になる。


「でも、俺一人ではどうにも……」

「大丈夫、俺が教えるから。言ったろ? 俺は力者だって」


 一人でどうにもならなければ、その専門に相談するのが一番だと男は笑っていた。

 不安になっていた龍助の心が段々と安心で広がっていく。


「それに君は一人じゃないしね」


 最後に男が呟いた言葉を心の底からそうだと良いなと龍助は思ったのと同時に希望が段々と見えてきた。

 すると、希望の光だというように雲に隠れていた月光が窓に差し掛かり、男の姿がはっきりと見えてきた。

 月光に照らされた姿に龍助は驚いた。身長が高く、茶色い髪をしていた。体格も着ている服越しでも分かるくらい筋肉質だ。


「決心したようだね。そういえばまだ自己紹介していなかったね。俺は七坂しちさかけい。君に能力の使い方などを教えることになる先生さ」


 京と名乗った男が挨拶の証にゆっくりと龍助に手を差し伸べ、京の顔を見た龍助はその手を握った。

 お互いに挨拶出来た後に「また来るよ」とだけ言い残した京は、出入り口のドアから出るのではなく、一瞬にして姿を消した。


(本当に魔法使いなんだな……。いや、力者か)


 それを目の当たりにすると、力者だと聞いていてもやはり驚きを隠せなかった龍助はそんなことを思いながら、ベッドに寝転がる。

 少し厳しいことを言われたが、自分を信じるいい機会にもなったため、京と会う前よりかは少し楽な気持ちになった。

 昼の診察後に聞いた主治医達の会話も気にしない程度には。

 少しでも、この能力に詳しい人がいるだけでも全然違うと龍助は思う。

 そして、しばらくしたら、段々眠くなっていき、そのまま重たくなった瞼を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る