第1話 通り魔襲来
二千五十年、三月二十二日の春の日、一人の少年、
しかし彼は授業の内容を聞く訳ではなく、ノートをとるだけで、あとは窓の外を眺めていた。
窓側の一番後ろの席だったため、先生にバレたりはしなかった。バレればお説教一時間コースだが。
彼は基本なんでも一生懸命にするが、学校の授業など、義務的なものは嫌いだ。
暖かな春の温度に何度も
睡魔と戦っていた午前の授業が終わり、昼休みになった龍助は家で作ってもらった弁当を友達と一緒に食べていた。
「お前、さっき寝かけてただろ?」
「あー……。それはそうと今日の弁当も美味いなー」
昼食を共にしているお節介な友達に図星をつかれた龍助は、一瞬言葉に詰まったがすぐに話題を変えて授業の話を終わらせた。
友達は呆れていたが、これ以上は意味がないと察したのか、何も言わずに買ってきたおにぎりを一口頬張る。
お節介の割には自分の食事バランスは適当だなということを龍助は思うも心の中にとどめていた。
弁当を食べ終わった龍助は昼休みに、先ほどの友達ともう一人のクラスメイトの男友達と話していた。
「こいつ、また寝てたんだぜ」
「寝てはないよ!」
「まあ、いつものことなんじゃね?」
龍助の授業態度を聞いたもう一人の友達が面白がり、龍助も面白おかしく笑っていた。
そんなくだらないやりとりを昼休み中ずっと繰り返してしまう。
しばらくすると、昼休みの終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響く。
喉が乾くほどたくさん喋った龍助達。
友達二人は自身の席へと戻っていった。
お節介の方の友達にしっかり起きているように言われたため、できるだけ睡魔に勝つように努力しようと心に誓った。
しかし、そんな決心も虚しく揺らいでしまう。
昼休み後ということもあって、先ほどの比にならない程の強力な睡魔に襲われた龍助は一瞬意識が飛びそうになっていた。
先程と同じ方法で意識を保つようにしてギリギリ眠らないで済んだ。
眠たすぎるので、午後の授業でも同じようにノートをとるだけとって特に授業の内容は聞いていなかった。
睡魔と最後の決闘をしていた午後の授業も終わり、あっという間に下校時刻になった。
やっとかと龍助はため息を吐いていた。
睡魔と戦ったからだろう。
「龍助〜。今日空いてるか?」
明日使わない教科書だけをカバンに入れて帰る準備をしている龍助に昼休みを共にした友達二人が話しかけてきた。
今日の放課後が空いているかの確認のようだ。
「悪い、今日もダメだわ……」
本当なら一緒に遊びに行きたいが、今日も予定があったので断った。
呼び止めた二人も少し落ち込んだが、龍助の事情を知っているのでそれ以上の誘いは断念するしかなかった。
申し訳なく感じた龍助も謝りながらその場から去った。
龍助自身は部活に入ってはいないため、すぐに学校を出ていき、家へと向かう帰り道を歩いていく。
家といっても、彼は施設に暮らしている。
彼が幼少期の頃、両親を何者かに殺され、一人の妹と共に親戚をたらい回しにされた挙句、施設に連れてこられて以来、ずっと施設に暮らしている。
昔のことを思い出しながら、しばらく歩いていると、とある場所にたどり着く。
そこは帰り道の途中の人気のない場所だが、龍助はいつもこの道を通っており、今日もこの道を使う。
人気がないからかとても静かだ。
(静かすぎるな……)
物音一つ聞こえないくらい静かすぎて逆に落ち着かなかったのか、ポケットから充電していたワイヤレスイヤホンを取り出して、スマホに接続し、あるものを聴き出した。
いつも龍助が聴いているのは自然の音、細かく言えば川の流れる音などだ。
昔から自然の音を聞けば心が穏やかになっていたため、気づけば音楽ではなくずっとこの音を聴いている。
(やっぱ、この音が落ち着くな)
彼の狙い通り、近くに川が流れているように感じて心が落ち着いてきた。
しばらく音を聴きながら歩いていたが、突然何かの視線を感じ取った龍助。
背後を振り返ってみるが何もなかった。
周りを見てみても生き物の影すら見当たらない。
(気のせいか?)
内心でそう思い、再び前を向いたその瞬間だった。
目の前に一人のフードを被った人物がナイフを持って立っていた。
龍助は驚いて固まってしまい、逃げることすら出来ない。
否、逃げるという考えすら浮かばなかった。
頭の中でグルグルとこの場を
慌てふためいている龍助とは反対にフードの人物は何の迷いも動揺もなくナイフを龍助の腹部に思いっきり刺し、そのまますぐに走って逃げていってしまった。
龍助は突然の出来事と、腹部の激痛で混乱の
そしてとうとう痛みに耐えきれなくなりそのまま意識を失ってしまった。
◇◆◇
(痛い……。暗い……。俺、どうなっているんだ……?)
必死の思いで目を開けた龍助だが、辺り一面黒に染まっていて何も見えなかった。
感覚的には体が浮いているようだ。
それ以外は分からないまま、なす術もなくただ暗闇の中を漂っている。
(俺、死ぬのか……?)
暗闇の中で死に対する恐怖心が募っていくが、龍助には何も出来ない。
絶望に支配され、諦めかけたその時、真っ暗闇の中に一つの小さな光が現れる。
(なんだ……。あの光は……)
その光は小さかったが龍助が希望を持つのには十分なものだ。
希望を持ち始めた龍助は
しばらく進むように浮遊していると、光に近づいているのか徐々にそれは大きくなっていき、そのうち龍助の体全体を覆うほど大きくなった。
覆われると、真っ黒な空間から対となるように真っ白な空間へと変わる。
辺りを見ても何もないとガッカリした龍助だが、あることに気づく。
空間の中に、不自然に置かれているものがある。
それは綺麗に輝いている黄金の天秤と白銀の時計だった。
近づいてみると、天秤の両方の皿には丸い球が乗っていたが、片方はひどく割れている。
そのせいか、天秤はアンバランスに傾いている。
時計の方は普通に進んでいるだけで特に異変はない。
(これは……。なんだ?)
訳もわからず置かれたそれらを龍助が触れようと手を伸ばした瞬間、突然白い空間全体が発光した。
「うわあ!!」
思わず叫んでしまった龍助の視界は光でいっぱいになり、思わず
光の気配が消えたので、龍助がもう一度目を開けようとしたが、今度はなぜか瞼が重く感じてなかなか開かない。
ようやくの思いで目を開けると視界に入ってきたのは先ほどまでの黒い空間でも白い空間でもなく、見知らぬ天井だった。
(力が入らない……)
龍助は体を動かそうとしたが、力が入らずびくともしない。指一つも動いてくれない。
唯一動くのは目だけだ。
それを見える範囲まで動かすと、自身と同じ黒色の髪で綺麗な長髪を持った女の子と、短い髪を茶色に染めている女性が見えた。
妹の
穂春が龍助の手を強く握りしめているのが
龍助が妹達の方を見ていると、視線に気付いたのか、穂春がこちらを見て目が合った。
「兄さん!!」
「えっ! 龍助くん?! 目が覚めたのね!」
「すぐに先生呼びます!」
座っていた穂春が驚いた様子で立ち上がり、彼女の呼び声に反応した先生も龍助の側に近づき、様子を見た。
二人の他にもう一人白い服を着た、見知らぬ女性がいたが、急いでどこかへと行ってしまった。
「ここ……は?」
「ここは病院です!」
喉に何か詰まっている感覚を持ち、今にも消えそうな声で聞いた龍助に対して、穂春は流れてきた涙を拭き、
「病院……? なんで?」
「あなたは通り魔事件に遭ったのよ」
目が覚めたからか、龍助の声が少し大きくなった。
彼の問いかけに今度は高原先生が教えてくれた。
その答えのおかげで龍助は全て思い出す。
学校からの帰り道の道中にフードを被った人物に腹部を刺されたことを。
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