第16話 模擬戦

「え?! 俺も行くの!?」


 龍助の素っ頓狂な声が一つの部屋中に響いた。

 彼は来て間もないのに突然任務に連れていかれそうになっていたのだ。


「い、いやいや! 俺まだ能力も使いこなせてないよ?!」


 自身の能力も使いこなせていない龍助は、任務をこなすことなんて到底無理だと確信しているので激しく反論した。


「大丈夫、大丈夫。ちゃんと俺も一緒だから。それに君の力が認められたんだよ?」


 龍助の反論の声も、悲しいかな、軽く流されてしまった。

 聞けば、病院での一件でここのトップに実力を買われ、任務で経験を積むことを指示されたらしい。


「まあ。京さんが一緒なら安心ですけど」


 颯斗がため息混じりにそう言うが、龍助からしたら何も安心ではなかった。

 実力が買われたことは素直に嬉しく思うが、それとこれとは話が別だと龍助は思った。


「まあでも、実践経験も大事だからね」


 龍助の反応を愉快そうに見ていた京が顎に手をあて、龍助をまっすぐに見た。その目は冗談でもなく真剣そのものだった。


「大丈夫です。何かあれば京さんの責任なので、心配しないでください」


 少しの間、沈黙がその場の空気を制していたが、千聖の言葉がそれを止めた。


「いやーー。それはそれで大変なんだよ?」


 千聖の言葉に京が困惑した様子で目を泳がせていた。

 ある意味京よりも怖い人なのかもしれないと龍助は推測した。


「悩むのも無理はないけど、俺達がいるんだから大丈夫だよ」

「そうだよ! 一緒に頑張ろ?」


 龍助の不安を払拭するように京が言い、それに加えて叶夜も活気づけようとしてきた。


「そんな不安に負け過ぎてたら、能力を使えるようになるのは夢のまた夢だな」

「颯斗……」


 颯斗の言葉は氷のように冷たかった。

 叶夜がいさめようとしたが、言っていることには一理あると龍助は何となく感じてしまった。


「……分かりました。行きます」

「そうそう、その調子! 簡単な任務だし、大丈夫大丈夫!」


 決心したように龍助は京を見据えた。その視線と答えを待っていたかのように京は満足そうに笑い龍助の背中を力強く叩いてきた。


「でも、もしものために訓練はしておきたいよ」


 決断をしたのはしたが、少なくとももしもの場面で能力を使えるようにしておきたいという思いも浮かび上がってきた。

 先程能力の基礎の使い方を学んだが、その場面で出来るかはまた別問題だ。


「それなら模擬戦をすれば良いんだよ。それによって今どれだけ使えるかとか色々知ることが出来る」


 その考えに龍助は賛成だった。

 病院では偶然能力が発動したのに等しいため、ほぼ全く使えるわけではない。

 今の状態でどれだけ使えるのかは龍助も知りたいところだった。


「それじゃ、叶夜達の訓練も兼ねて模擬戦をしよう」




 ◇◆◇




 京の提案で模擬戦をすることになった龍助達は訓練場へと向かっている。千聖は途中で春永に模擬戦のことを報告するために途中で別れた。


「そろそろ着くよ」


 先頭を歩いていた京が連れてきたのはビルの中心に位置する場所らしい。そこには訓練用の異空間スペースがあるとのこと。


「それじゃ、入るけど、龍助はあまりビビらないようにな」


 なぜか名指しでそんな注意を受ける龍助。

 少しだけ羞恥心を抱える羽目になってしまったが、まだ魔法など不思議な力への耐性が備わっていないのもまた事実。

 一度深呼吸をして部屋の扉を見据えた龍助を確認した京が扉をゆっくりと開けた。


 開かれた扉の向こうにあったのは天井の高さと広さが東京ドーム以上の半端ではない大きさだった。


「え、こんな大きな場所があったの?」

「だから異空間だって言ってるでしょ?」


 龍助の呟きに再度京が教えた。

 異空間だからか、本当に目の前に広がっている風景は別世界に飛ばされたかと思うほどのものだ。分かっていてもどうしても口に出してしまう。


 感動している龍助をよそに、京達が訓練場の中に入っていく。


 訓練場では、何人かの訓練生が組み手や手合わせなどをしていた。

 中には、先ほど颯斗が繰り出していた魔弾を掌から出す者、魔法か術か分からないがそれらを使い合って、訓練している者など様々だった。


「結構たくさんの力者がいるんだな」


 目新しい風景に興奮気味なのと同時に彼にとって訓練や修行は強さに繋がる近道でもあるため、それを見ていて気持ちが良いとも感じていた。


「まあ、もしTBBと戦闘になったら戦力は必要だからね」


 軽い口調だが、言っていることが全く穏やかじゃない京の話から、いずれTBBと戦うことになることを考えさせられる。


「さて、千聖が春永さんに報告してくれているから始めちゃおうか」


 京が比較的人が少ないスペースを見つけてそちらの方へと向かう。

 場所に辿り着くまでに何人かとすれ違ったが、全員京のことを尊敬の眼差しで見ていたことに龍助は気づいた。


 まず初めに、叶夜と颯斗が手合わせをすることになった。

 二人はそれぞれの立ち位置に立ち、審判をする京が二人の間に立った。

 訓練内容は五分以内にどれだけ相手を追い込めるかというものだ。

 なぜ五分という短い時間なのか龍助には分からない。


「準備はいいか?」


 京が二人に問いかける。


「こっちは大丈夫です」

「私も大丈夫」


 二人とも準備万端だということを確認した京は両者を見た後、右手を上げて思いっきり振り下ろしながら、「始め!」と声をかけた。


 始まりの掛け声を合図に動き出したのは叶夜だ。

 すぐに姿を消したが、颯斗はその場で辺りを見回しているだけで、動く気配が全くない。


 叶夜が姿を消してから数秒経とうとしたその瞬間、突如として颯斗の頭上に何本かの光の剣が現れた。

 その光景だけで龍助はもうついていけていない。

 剣はそのまま標的を狙って落ちてきたが、颯斗は結界のような膜を張って攻撃を防いだ。


 颯斗が結界を解除したのと同時に彼の背後に叶夜が姿を現した。

 背後を取られた颯斗は振り向きながら魔弾を何発か撃つ。

 叶夜はそれを先程の光の剣を飛ばして応戦した。

 お互いの攻撃がぶつかり、軽い地響きが起こる。その場にあったのは緊迫感のみ。


 緊迫感の中動き出したのはまた叶夜だ。

 両手を颯斗に向かってかざした瞬間、掌から目をそむけたくなるくらいの光を発光させた。

 その光は颯斗だけでなく観戦している龍助達にも届いてしまうほど広範囲に輝き、思わず龍助は目を腕で覆い隠した。


 龍助の視界を開けると、目に映ってきたのは光の剣によって身動きを封じられた颯斗の姿だった。


「そこまで!」


 京が試合終了の合図を出し、叶夜と颯斗の試合が終了したのだった。

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