第5話 怪しい専門家と危機の再来

 目の異変に着いて、調べてくれた高原先生の紹介で、専門家に来てもらっていたが、龍助はこの人物を不審に思っていた。


「よろしければ、私たちの施設で除霊を行いますがいかがしますか?」

「いえ、結構です」


 ひろしの提案を龍助は即座に断った。

 同席していた妹の穂春と龍助が育った施設の先生、高原先生が驚いていた。


「どうして? 目が治るかもしれないのよ?」


 目のことを訴えていた龍助本人が断ったことが信じがたかったのか、高原先生は驚愕を隠せておらず、龍助に詰め寄りながら聞いた。


「俺は確かに不気味がられますが、無意識に何かをしていた話なんかは聞いていません」


 龍助が自分の肩に乗っていた先生の手を優しく握りしめながら、自分が霊に憑かれていない根拠を口にした。

 断る理由は多々あるが、何より、この専門家は危ないと感じたからだ。

 京も十分怪しいが、こちらはその百倍は怪しかった。

 なので天秤にかけた結果、京の方を信じることにした。

 その意志の強さが伝わったのか、高原先生もそれ以上何も言わなかった。

 そして、すぐに龍助が口を開く。


「すみませんが、今日は帰ってもらえませんか? 少し考えます」

「……分かりました。今日のところは帰ります」


 龍助が帰るようお願いするとひろしは不満そうな顔をしていたが、渋々帰ることにした。


「すみません。今日はありがとうございました」

「いえいえ、また来ますので」


 高原先生がお礼を言い椅子から立ち上がった。ひろしは笑顔で接していたが一瞬明らかに敵意をむき出しにして睨んでいたことを龍助は見逃さなかった。


 高原先生が外までひろしを見送りに行ってすぐのこと。


「兄さん良いのですか?」

「良いんだよ。あの専門家、怪しかったし」

「兄さんが良いのなら良いのですが……」


 穂春は座っていた椅子から立ち上がり、窓から外を眺めた。

 その姿はとても絵になり美しく、龍助は自分の妹は世界一だと再確認した。

 しかし、その妹は見つめている景色を少し睨んでいた。

 龍助はそれが気になり、隣に立って眺めている視線の先を追うと病院から出て行くひろしが見えた。


「確かにあの方、最後兄さんを睨んでましたものね」

「気づいてたのか?」


 龍助の質問に穂春はゆっくりと頷いて答えた。

 龍助を睨んだひろしに対して不信感を抱いていたらしく、自分だけではなかったことに龍助は心強く思った。


 ◇◆◇


 ひろしを見送ってきた高原先生が戻ってきて、そろそろ施設に帰らないといけないようなので、二人はもう施設へ戻る準備をした。


「先生、色々ありがとうございました」

「良いのよ、あと少しで退院だから、大事にしてね?」

「はい、気をつけます」


 穂春はまだ名残惜しそうにしていたが、龍助が頭を撫でて、次もまた来てほしいという気持ちを伝えたら、穂春は嬉しそうに頷いた。妹と先生を龍助は笑顔で見送った。


 穂春と高原先生が帰っていった時にはもう夕方の四時になっていた。まだ夕食までは時間があったので、龍助は時間を潰そうとテレビをつけると、丁度どのチャンネルもニュースしかしていなかった。つまらないと思いつつ見てみると、京都の観光地を堪能たんのうする外国人などが映り、羨ましいと思いながら見ていた。


 テレビを見ていたらすぐに夕食の時間になり、看護士が夕食を持ってきてくれた。その時の看護師は比較的笑顔で接してくれた。

 出された夕食を食べた後、消灯時間までスマホで格闘技や剣道の動画などを見た。


 龍助は昔から妹を守れるようにと多数の格闘技や剣道を独学と動画で学んで身につけていた。

 今では達人レベルにまで強くなったが、どうしても同じ動画を繰り返し見てしまう。

 しばらく動画を見ているとすっかり暗くなってしまった。


 消灯時間になり、そろそろ眠ろうとしたが、今晩もなかなか眠れなかった。


(おかしいな……。今日は昼寝してないのにな)


 龍助は何とかして眠ろうと目を閉じて睡眠に集中したが、やはり眠れないようだ。

 どうにか眠れないかと考えていた時にどこか遠いところからコツコツと足音のような音が聞こえてくる。看護士の見回りかなと龍助は思い、特に気にせず引き続き眠る方法を模索した。

 しかし、その足音は徐々に龍助の病室に近づくように音が大きくなっている。


(こっちに近づいてる?)


 大きくなってくる足音が気になるせいで龍助は余計に眠れなくなった。

 足音はまたさらに大きくなってきており、最終的には龍助の病室の前で止まった。

 この瞬間に龍助の予想が確信へと変わった。ドアが開く音が聞こえ、誰かが中に入ってきた。


 昨日の京かなと思ったが、念のために狸寝入りをすると、その足音は龍助が寝ているベッドの脇に到着すると止まった。

 明らかに怪しく、嫌な予感がした龍助は薄く目を開き、ベッドの脇を見てみると、そこに立っていたのは京ではなく、フードを深く被った人物だった。

 暗闇の中でも見えるくらい分かりやすいシルエットだった。


 フードの人物は龍助が起きていることに気がつくと、ポケットから何やら黒い物体を取り出した。それは、先の方でビリビリと音を出しながら青白い光を放っている。


(スタンガン!!)


 その黒い物体の正体がわかったが、ベッドの上ということもあり、逃げ場がなかった。

 そして、フードの人物はスタンガンを龍助に突きつけた。


「大人しく一緒に来てもらおうか」


 音声モザイクの声で脅してくるフード。

 その姿に思わずあの時の通り魔のことを思い出した龍助は怯んでしまった。

 それを見て諦めたと認識したようで、すぐにフードは自身と同行するように命令をした。


 従いそうになった龍助だが、突然頭の中に朝見た穂春達の顔が浮かんだ。

 ここで捕まったらまた穂春や先生達を悲しませると思った龍助はすぐに踏み留まり、「断る」とだけ言い放った。


「そうか……。なら仕方がない」


 自身の命令に反いた龍助に憤りを感じたのか、フードは力づくで連れて行こうとスタンガンを近づけてきた。


 体の一歩手前まで近づいたのと同時に龍助がスタンガンを持っている右手を払い飛ばした。敵の武器はその真後ろに飛んでいった。

 右手を痛そうに押さえているフード。

 その隙に龍助は素早くベッドから降り、病室のドアから逃げようと手をかけ開けようとしたが、ドアは鈍い音を鳴らしただけでびくともしなかった。


「無駄だ。ここには仕掛けをしておいた。声も聞こえない」


 一体いつの間に仕掛けをしていたのか龍助にはわからないしそんなこと信じたくはなかったが、確かにドアに鍵がかかっているわけではないのにびくともしない。


「何をした?」

「ちょっとした術を使ったのさ」


 龍助がフードを睨みながら聞き、聞かれた本人は鼻で笑いながら答えた。

「術」という言葉を聞いて、龍助は目の前にいる人物がただの人ではなく、昨日京が言っていた力者だということを察した。

 その証拠が今のドアだ。


(ここまでか……)


 普通の人間相手ならまだしも、相手は力者だ。

 自分にはなんの術も使えない。

 そんな風に龍助は勝ち目がないと思い、悔しい気持ちになりながら目を強く瞑った。


「諦めるのは早すぎるんじゃな〜〜い?」


 龍助が諦めかけた途端にどこからかあの男、京の声が聞こえてきた。

 その声に龍助は僅かながら希望を見出した。

 希望を持ちながら病室内を見回し探すと、フードの後ろに天井から逆さまになりながらこちらを見ている京を発見して龍助は驚いて目を見開いた。

 彼の視線の先が気になったのか、フードも龍助の視線を追い後ろを向くと、驚愕で思わず声を出して驚いた。


「貴様! 一体どこから入った?!」

「そんなの別にどうでも良いじゃ〜〜ん」


 動揺を隠しきれなかったフードが怒鳴り声混じりに京に向かって質問を投げかけるが、その回答者である京は軽くあしらってしまう。


「君の術、単純すぎて逆に驚いたよ」


 それどころか相手を挑発するような言葉を発した。

 術は単純にドアの動きを固定するものと、防音の役目を担っただけの簡単な結界だったため、簡単に病室に入り込めたと京は言う。

 それだけでも十分すごいと龍助は思ったが、力者の中ではそこまですごくはないようだ。


「ふざけんな!!」


 通り魔は京の言葉に怒り、ポケットからナイフを取り出し、その場から動く気配がない京に切りかかった。

 龍助が慌てて、相手を押さえ込もうとしたが、京が手で龍助を制した。


 京は向かってくる敵の攻撃を少し立ち位置を変えて避けただけだった。一瞬安堵した龍助だが、ただ避けただけで相手はまだ攻撃を仕掛けられるからと再び警戒した。

 しかし彼の気持ちとは裏腹に京は全く慌てた様子を見せなかった。


「ダメダメ、そんな感情任せにしちゃ。そんなことしたら、ホラ」


 天井から床に降りながら、フードを指差したその途端、相手の被っていたフードの布がまるで刃物で切られたように破れてしまった。


 破れた布が地面に落ちて、相手の顔がはっきりと見えた。

 今夜は晴れていたため、比較的病室の中も明るかった。

 化けの皮が剥がれるのと同じように被っていた布に隠れていた顔が現れると龍助は驚いた。


「小嶋さん?!」


 そう、フードの下の正体は今日の昼に専門家としてやってきたあの小嶋ひろしだった。

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