第22話・非公式会談と、とりあえずの安寧と


 夜。

 夕食後はいつものように他愛のない一家団欒を行い、早めに仮眠。

 そして家の中が静まり返ったころ合いに目を覚ますと、箱の中の武具を暴飲暴食レッツチャージで一気にドカ食いモード。

 体内保有オーラの限界値は20、昼間に計算した結果がこの数値。

 ということで必死に武具を食べてオーラを限界値までチャージ、あとは定刻に使者がやって来るまでは、蓄積したオーラが減らないようにポリポリと適当なものをつまんでいます。


――シュンッ

 変化が起きたのは、ちょうど月が天空の頂点に達したころ。

 室内全体が結界に包まれ、そしてベランダに人影が現れた。


「……定刻通りに只今参上……っていうところですか」

「ふむ、そちらもしっかりと約束を守ってくれたようでなによりですな。私は……そうですね、謎の使者ということでは話し合いにも支障が出るでしょうから、この場ではハーミットと申しておきましょうか」

「ハーミットねぇ」

「ええ、異世界では隠者という言葉だそうで」


 そう呟きつつ、人影が室内に入ってくる。

 顔の部分には鳥のようなマスクをつけてあり、素顔をさらしてはいない。

 身長は180センチほどと大きく、淡い青色のローブを身に着けている。

 今までにあった冒険者や騎士とは、明らかに雰囲気が違います。

 なんというか、殺気を孕んだ生命体、そんな雰囲気なのですよ。

 

「それで、会談っていうのはどういうことかしら? 私としては闇ギルドとは徹底抗戦っていう考えだったのですけれど」

「そうですね。幹部たちの中には、潰された面子を取り返すためにはシルヴィア・ランカスターを抹殺しろという意見が大半でした。ですが、我らが盟主は、そんな下らないことのために大切な駒を失うわけにはいかないとおっしゃいました。ということで、ここらで手打ちというのはいかがでしょうか?」


 やっぱり手打ちを求めてきましたか。

 確かに、ハイランカーでさえ傷一つ付けられなかった相手と最後まで戦うというのは愚策。

 そう盟主とやらは受け取ったのでしょう。

 これに関しては私も同意。

 だって、今、私の目の前に立っている人物、あまりにもそこが見えなさ過ぎて正直、勝てるかどうかって考えるとむきずではすみそうもありませんので。

 それどころか、良くて相打ちっていう感じしかしないのですから。


「それで、手打ちの条件は?」

「すでにご存じでしょうから申し上げますと。ワルヤーク子爵の依頼であったシルヴィア・ランカスター暗殺任務の解除、それに伴い私たちの存在を知ってしまった子爵殿には表舞台からの失脚。命を取ることはありませんけれど、彼も『闇の妄獣』に監視してもらいます。あなたには、これ以上闇ギルドについての詮索を行わないようにと約束して頂ければ、それで構いません」


 私は口約束、ワルヤークには監視か。

 ちょっとこっちに都合がよすぎではありませんか?


「それで対等ですか?」

「ええ。もしもあなたが約束を破った場合。あなたの家族と祖父母の命が散るだけ。王都と領都、二つの場所を同時に守り抜くことなんてできないでしょうから」

「……まあ、妥当なところかしらね。わかったわ、でも一つだけ……」


 家族の命を秤にかける訳にはいかないけれど、これだけは付け加えさせていただく。


「私からの詮索はしない。けれど、もしも闇ギルドが私や肉親、そして大切な人に対して手を出した場合、その時はこっちとしても全力で排除させてもらいます。これは詮索ではなく迎撃、意味は解りますよね?」

「そうですね。組織の中では、盟主の言葉に反して陰で貴方を狙う輩は存在するでしょう。その場合は好きになさいませ。その結果としてあなたの家族が狙われるようなことになった場合、それは盟主の言葉を反故にした奴らの行動故、どうぞお好きに」


 ターゲット以外の命は奪わない。

 その大前提を破るということはすなわち、命を失っても構わないということか。

 そういうことなら、こちらとしては妥協するしかないか。

 ここでごねて全面戦争になったとしたら、こんどは私に対して反感を持つ者たちが肉親を狙ってくるのが目に見えています。


「わかったわ。では、これで話し合いは終わりということでいいのね?」

「ええ。決して破ることが許されない『言葉の盟約』です。我々にとっては、言葉こそ大切なもの……まあ、ワルヤーク子爵の依頼を受けたものは、そもそも個人的にランカスター家に恨みを持つメンバーが独断で行っただけのことであって、組織全体の総意ではないこともお伝えしておきます。では、これで話し合いは終わりとしましょうか」


――パーン

 胸の前で両手を叩き合わせ、軽快な音を鳴らす。

 その瞬間、目の前にいた人物の姿は消滅し、部屋に張り巡らされていた結界も解除されていた。

 そして、今になってようやく。

 私の手がずっと振るえていたことに気が付いた。 

 握っていた拳が汗に濡れている。恐らくだけれど、私はハーミットに対して恐怖を覚えていた。


「……ふう。命があっただけ儲けっていうことかしら。まあ、『余計な詮索はしないこと』っていうことだから、私もこれ以上何かする必要はないっていうことにしておきましょう。子爵つにいては恐らく、お父様に色々と報告なり連絡が届くと思いますし、霊媒師の件についてもどうせ裏で手を回すのでしょうから……」


 これで、私の命を狙っていたワルヤーク子爵の件は全て終わり。

 本当に、ようやく枕を高くして眠ることが出来ますよ、きっと。

 でも、この件でワルヤーク子爵家の4女であるカテジナさんが表舞台から消えてしまうということになると、ちょっとかわいそうな気がしますけれど……。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ハーミットとの会談から一週間後。

 その日の夜、私はお父様からワルヤーク子爵家の降爵についての話を伝えられました。

 どうやら財務関係での横領が発覚したとかで現ワルヤーク家当主は投獄、子爵家は次代である長男に継承されるものの男爵位へと降爵となったようで。

 その際に、子爵に囲われていた側室たちが全て他領へと移動したとか。

 金の切れ目が縁の切れ目ということでしょうけれど、カテジナさんの母親は最後まで残ることにしたそうですし、彼女も子爵家の血筋を残しているということで現当主の保護下のもと、自領にて静かに暮らすことになったそうです。


「ということなので、ワルヤーク男爵家の問題についてはこれで全て終了となったらしい。シルヴィアの暗殺についても、どうやら裏で何かが動いていたらしい。依頼主であるワルヤークが失脚した時点で、依頼を取り下げたとのこと。この後、ワルヤークは闇ギルドとの関与について厳しく追及されることになるだろうから、シルヴィアももう安心していいぞ」

「そうでしたか。では、私もようやくゆっくりとした日々を過ごせるようになるのですね」


 まあ、ある程度のことについてはハーミットとの話し合いの結果なのだろうと予測は尽きますが。

 それにしても、闇ギルドは国の中枢にまで値を伸ばしているようですね、触らぬ神にたたりなしではありませんが、この件については全て終わりということで。


「それでだ、私もまもなく王都に引っ越すことになるのだが。シルヴィアはどうする? このままこの地にいたとしても、世間の目は厳しすぎるのではないか?」

「ええ、まあ……若気の至りとはいえ、過去の自分を殴りたくなっていますわ」


 正確には過去のシルヴィアを、ですけれど。

 でも、いざ王都についていったとしても、こんどは貴族としての付き合いだったりとか、いろいろなことに巻き込まれそうな気がしているのですけれど。

 今は王領伯の娘でありますけれど、あと数年後には公爵家に養女として迎えられる立場としては、少し早い社交界デビューなんていうことにもなりかねませんし。

 なによりも、公爵家の跡取りにと縁談が山のようにやってくるに決まっています。

 そんなことになったりらもう、私にとっても自由なんてなくなってしまうじゃありませんか。

 よし、そのルートだけはなんとしても避けなくてはなりませんね。

 公爵家の跡取りについても、私は貴族の付き合いなんかよりも自由恋愛で、そう、大恋愛の果てに迎えたいと思っていますから。


 では、そのためのルートを探す必要がありますが。

 右こめかみに指をあてて、記憶保管庫を検索。

 この状況を打破する必殺のアイデアよ、出てきなさい!!


『ランカスター伯爵領北方……閑散とした辺境領』


 そのヒントは頭の中の片隅にありました。

 広大なランカスター領は、いくつもの貴族によって分割経営されています。

 ランカスター家はそれらを取り仕切り纏め上げる存在であり、その配下には二つの子爵家、その下に6つの男爵家が存在しています。

 一つ目が南方から南東部を治めているカペリン子爵家とその配下であるロコガイ男爵、ニルパーチ男爵。

 そしてもう一つが北部から北西を治めるメルルーサ子爵家とその配下であるサルボウ騎士家とアカニシ男爵家。このアカニシ男爵家は元々は異世界からの旅人が起こした貴族家だそうですが、いまやその血は薄れ、強大とまで言われていた能力も今は継承されていないとか。

 

「お父様。たしかメルルーサ子爵家の収めている地である北方には、未だ領主が赴任されていない都市があったはずですね」

「ああ、確かアカニシ男爵領の北方にある辺境自治区のことだな。だが、あの地は人外未踏と言われているベリルーサ大森林に隣接しているではないか。ハイランカー冒険者でも近寄ることがない呪われた土地、そんな場所に大切な愛娘であるシルヴィアを送り出せというのか!!」

「はい。今回の暗殺者の件で、私の実力については証明されたと思います。それに……それだけ王都や領都から離れているのなら、私のことは噂でも流れていることはありません。その地でならば、私はのんびりと過ごせるのではと思いますが」


 それに、私はやりたいことがあるのですよ。

 私には錬金術があるのですから、なんとしても成分抽出による『プロテイン』と『BCAA』のサプリメントの開発を行わなくてはなりません。


「しかし……うーむ」

 

 腕を組んで悩んでいるお父さまでが。

 お母さまはあっけらかんと一言だけ。


「まあ、アカニシ男爵の領地でしたら特に問題はないのでは? 折角シルヴィアがやる気を出してくれているのですよ?」

「しかし……うーむ」


 はい、二度目の『しかしうむ』を頂きました。

 

「それに、シルヴィアが行くということは護衛の騎士たちにも同行してもらう必要がありますわ。そもそもお父様から、騎士預かりの件で打診があったのではないですか?」

「んんん? 騎士預かりってなんですか?」

「シルヴィアはまだ学んでいなかったのね。騎士預かりっていうのは、継承権を持たない貴族の子女を寄親である貴族が預かり、実務や知識を学ばせることによって貴族としての振る舞いなどを身に着けさせるのです。まあ、端的に言いますと他の貴族との婚姻を結んだり騎士として立身出世することができるようにするための制度ですよ。もしもシルヴィアが公爵家に養女として受け入れられなかった場合、貴方も他の貴族の元に騎士預かりとして預けられることになっていたかもしれません」


 つまり、貴族の出来の悪いボンボンたちを鍛えるべく、私がその都市の領主として任命されるということですか? まあ、それもありといえばありなのですけれど。


「あの~。それってただ単純に、出来の悪いのばかり集まった愚連隊のようなものになってしまうのではないでしょうか」

「グレンなんとかって、それはなんですか?」

「まあ、不良の集団っっていうことですけれど」

「それはありませんよ。ちゃんと監督できる騎士も同行します。王領伯の娘が治めるとなりますと、王都からの執務官が派遣されてくる筈ですから」


 うん、最初に話を振ったのは私ですが、すでに逃げ道をふさがれてしまったように思えていますが。

 というか、背水の陣のようにも感じてきましたよ?


「そ、それなら構わないか……どうせシルヴィアが公爵家に行くまでの4年間だけだ。では、さっそく貴族院にも連絡し手続きを行うとしよう。シルヴィア、明日にでも王都に向かうので今のうちに準備をしておきなさい」

「はい、ってえええ!! そんなに早くですか?」

「早めに手続きを行わないと、そのあとの準備にも時間が必要だからな。まあ、だからといってすぐに北方に向かうわけじゃない、少なくとも2月は調整とか手続きで忙しくなるだけだし、シルヴィアにも領地経営の何たるかを学んでもらうことになるからな」


 あ、はい。

 出来の悪い子がやる気になったので、お父さんがんばっちゃうぞーっていう感じに盛り上がっているのですよね。さっきの話は無しっていうこともできなくなりましたね。

 はあ、また何だかやらかした感じです。 

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