お嬢様、ミスリルは食べ物ではありません~異世界転生した悪役令嬢は、暴飲暴食で無双する~

呑兵衛和尚

第1話・空腹迷子と異世界転生……って暴君令嬢?

 朝起きて、身支度を整え、仕事の準備。

 早朝7時に家を出て、途中のコンビニでエネルギーゼリーを購入。

 それを飲みながら駅に到着すると、定刻にやってくる電車をのんびりと待つ。


 『新入社員は朝一番に仕事に来て、ほかの社員が心地よく仕事ができる環境を作るように』


 そうお局に言い渡されて、はや5年。

 私の同期だった新入社員はみな、一か月もたたずに一人、また一人と辞めていく。

 今年の新入社員も半年持たなかったものの、その新人が代謝する直前に労基に告発を行った結果、わが社には業務改善命令が下りたらしい。

 今でも私が朝一番に出社することになるのだけれど、幸いなことに残業時間は減った。

 結果としてわが社は夕方6時で完全終了。

 夕方からの余暇の時間を使って、私は今年からスポーツジムに通っていた。

 最初は体力をつけるために通っていたのだけれど、だんだんと体の脂肪分が燃焼していくのが判り楽しくなってきた。

 そうなると、今度は本格的に食事制限なども取り入れ始める。

 自炊するのは晩御飯のみ、それも低脂肪高蛋白質。

 楽しみは毎週土曜日に設定したチートディ。

 その日はとにかく食べる。

 酸いも甘いも、焼き肉もケーキも。

 それが楽しみになって来て、仕事にも張り合いが出てきた。


 今日も、朝一で会議がある、その資料はまだできていない。

 まあ、資料はある程度自宅でまとめてある。あとは印刷してまとめるだけ。

 それよりもなによりも、明日は『チードテイ』。ああ、なんてブラックな響きなんだろう。

 脂質制限も糖分制限もなく、好きなものが好きなだけ食べられる日。

 食べたものが全てエネルギーとなり、私に新たな力を授けてくれる。

 5日間のつらい労働も、全てリセットしてくれる楽しい日。

 おっと、涎が垂れそうになりましたよ、いけないいけない。

 そういえば、洗い物を食洗器に入れっぱなしだったような……。


「うわぁ、食器を食洗器に入れっぱなしだよ……今から家に戻ったら遅刻だからなぁ……まあ、帰ってからもう一度洗えばいいか。会社について、すぐに印刷。それを会議室に配布してお茶の準備と……それから、あとは……なんだっけ」


──フラアッ

 突然、めまいがして足元がおぼつかなくなってきた。

 あれ、ちゃんとエネルギーゼリーは食べたよね。

 それなのに空腹感が紛れていない。

 目の前が滲んできた……。

 朝一番のホーム、間もなく列車が到着するという聞きなれたアナウンスが耳に届く。


「やばい……低血糖症……いや、おかしい……なんだろう」


──ドサッ

 あれ、体が痛い。

 目の前には、冷たい金属製のレール、ホームからは悲鳴が聞こえてきた。

 そっか、私はホームから落ちたのか。

 早くホームに戻って……へ?

 電車が来たの?

 あ、もう目の前で……


………

……


 ううん。

 やわらかい布団。

 それにいい香り。

 鼻につくようにきつい香水ではなく、心をおだやかにするカモミールの香りかな。

 駅のホームで、カモミールの匂い……。


「そんなわけ、あるはずないじゃないっ!!」


──ガバッ

 思わず体を起こして叫ぶ。

 一人ボケ突っ込みではないけれど、思わず自分の頭の中に突っ込みを入れたくなりましたよ。

 

「急いで逃げないと……逃げる? え、ええっと……あ、あれ?」


 叫びながら体を起こすと、呆然としているメイド風の見知らぬ女性と、白衣を来た白髪の老人の姿が視界に入る。

 ここは広い部屋の中。

 綺麗な、それでいて古いデザインの家具と大きな絵画が視界に入る。

 ホームで倒れて病院に運ばれたのかな?

 それで、ここは噂の個人負担が高額な個室?


「すいません、ここは病院ですか? 私は無事でしたか? あの、私は電車に撥ねられて意識を失って、そして今目が覚めたでファイナルアンサー?」


 そうまくしたてるように呟いてしまいましたけれど、メイドさんは訳の分からない言葉を発したかと思ったら、涙を浮かべつつ大慌てで部屋から飛び出していきます。

 そして白髪の老人は頷きながら何かを告げ、そして私に右手をかざして。


「○×▽●(;´・ω・)××but×●……」


 なにかを呟いたかと思ったら、彼の右手の前、空中に丸くて四角くて三角な光る絵文字のようなものが浮かび上がっています……あ、これは魔法陣っていうやつかな。

 そうそう、この人は教会から派遣されてきた神聖治療師で、私は乗っていた馬車が盗賊に襲われたのですよ。それでも御者さんが必死に馬車を走らせていたのですけれど、どうやら魔法が飛んできて馬車が破壊され、私は重傷で……そのまま応急手当を受けて、自宅のここまで運び込まれたということですか。


「え……今の私の記憶って何?」

 

 私の記憶ではない誰かの記憶。

 それが頭の中に鮮明に浮かび上がってきました。


「私でない、でも私の記憶……」 


 馬車が吹き飛ばされてから、私は近寄って来た何者かに馬車から引きずり出され。

 そのまま胸を剣で一突きされて……殺された。

 でも、今はこの通りピンピンしていますよ、誰かが助けてくれたのですか。

 そう思い、横で驚いている男性の方を見ますけれど、何かを話しているのは理解できますが何を話しているのかわかりません。

 海外旅行って、こんな感覚なのでしょうか。


『これは失礼。その世界の言語理解能力を付与し忘れたね。これで大丈夫だから』


 今の声は何? 頭の中に何かが直接、話しかけているような感覚。


『まあ、今は記憶が入り混じっていて混乱しているようだから、もう少しして落ち着いてきたら、教会にでもお祈りに来るといい。その場所だと、私の声はあまり届かないからね』


 記憶が入り混じる? 混乱?

 今の説明のほうがより混乱するのですけれど。


「……外傷その他、異常なし……ただ、記憶混濁のり疑いあり……ふむ」

「わ、わわ、言葉がわかる……」


 今度ははっきりと、彼らの言葉が理解できます。

 

「まさか、お嬢様は私たちの言葉が分からなかったのですか? 耳に傷でも……いや、魔法診断では問題はなかったから、あとはゆっくりと落ち着いてください。心の平穏を取り戻せたら、あとはもう大丈夫ですよ。間もなくランカスター卿もやってくるでしょう」


 私の様子を見て、神聖治療師の方がホッと胸をなでおろしています。

  

──ドタドタドタドタッ……ガチャッ

 そして廊下を走る音が気聞こえてきたかと思うと、勢いよく扉が開き、年配の男女が部屋に入ってきました。


「シルヴィア、意識が戻ったのか!!」

「ああ、ようやく目を覚ましてくれたのね。フレッチャーさん、シルヴィアの容体はどうなのですか?」


 涙を浮かべてる両親。

 うん、この人たちは私の両親で……いやいや、シルヴィアさんのご両親の、ランカスター伯爵夫妻ですね。そして私はこの家の次女のシルヴィアに間違いは……いやいや、私の本当の名前は明石志乃あかししのです。

 25歳女性、短大を卒業して輸入食材の卸売り業者に入社。

 田舎から引っ越しして一人暮らし、初任給は14万6千円。 

 毎日夜7時からはスポーツジムで、ちょっとかっこいいトレイナーさんに個人レッスンを頼むかどうか考えていた。ええ、仕事とトレーニングの毎日では、素敵な出会いなんてありませんでしたよ!!


「無事です。魔法診断でも怪我や疾病の反応はなし、ただ事故のショックで意識がはっきりとしていません。おそらくはまだ、記憶の混乱も見られているかと思います」 

「ああ……シルヴィア……」


 お母さまが泣いています。

 お父様もほっとしたのか安堵の表情を浮かべています。

 それにしても、シルヴィアさんはどうして事故にあったのでしょう。

 そもそも馬車の事故とはいったい……いえ、違いますね。

 私は、何者かによって殺されたのです。

 馬車が襲われて、どうらか生き延びた私を仮面をつけた男が引きずり出して。

 そして私の胸を黒い長剣で突き刺して殺した。


「大丈夫ですよ。まだ少し混乱しているようでして、何が起こったのかは理解していません。けれど、もう少しゆっくりと休めたら大丈夫ですから……」

「うんうん。今はゆっくりと休んでちょうだい。あとはお父様がしっかりと手続きをしてくれますから」

「はい……」


 そのまま目をつぶって、もう一度自分に何が起こったのか考えます。

 私は通勤中に電車事故にあって……おそらく死んだのでしょう。

 でも、今はこうして生きていて、見知らぬ人たちに助けられています。 

 いえ、見知らぬというと失礼でしょう。 

 この体の持ち主であるシルヴィアさんの両親に助けられたようです。

 

 って、納得できるはずがありませんよ? 

 映画ですか? アニメ、それとも小説の世界?

 これひょっとして夢なのでしょうか、いえ、夢に違いありません。

 目を覚ませばまだ、以前のような社畜の生活が待っていて……。


──グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 自分のおなかの音で、はっきりと目が覚めました。


「あ、あら……これは失礼」

「いえいえ、そうよね、事故にあってもう一週間も眠り続けていたのだから、今、ジェラルドに食事の用意をさせるように伝えておきます。だから今はゆっくりと休んでいてね」

「どうせ今回の事故の手引きも、あのワルヤーク子爵の手のものに違いない……どうやって処分するか……ああ、シルヴィアは何も気にしなくていいからな。今はゆっくりと体を休めなさい」

「はい、お父さま、お母さま、ありがとうございます」


 笑顔で返事を返すと、両親はなにか化け物を見たかのように驚いた顔をしています。


「シルヴィアが、私たちにありがとうと……」

「ああ、どうしたのシルヴィア……いつもなら私たちを煙たがるようにことしか言わなかったのに……」

「それに、気のせいか私たちを見る目も優しいように感じる。あの、汚いものを見るような冷たい目ではない、昔の優しいシルヴィアのようだ……」

「ほんとうに……まさか、今までは何か、悪いものでも憑りついていたのかしら……それが、この襲撃事件で取り除かれたとか……」

「ですから旦那様、そして奥様。まだシルヴィアさまは記憶混濁が収まっていないのかと……」


 え、なにこの私に対する評価は。

 まるでシルヴィアが、慇懃無礼で礼節もなく粗暴で粗野な性格をしているわがままお嬢さまのような性格だって言っているように感じますよ。

 こう、目を閉じるとシルヴィアさんの生活する姿が目に浮かんできます。


 貴族の家の子女に生まれたにもかかわらず、礼儀作法を学んでもそれを理解せず。

 家でじっとしていることはなく常に屋敷裏の森に遊びに行っては泥だらけになって帰ってくる。

 勉強はまあ、家庭教師が厳しかったので基礎の部分はなんとか。

 でも魔法については興味を示すことなく、いつも護衛の騎士相手に木刀で実戦さながらの騎士ゴッコ三昧。

 挙句、侍女たちにはとにかく傍若無人に振る舞いばかり。

 少しでも気に入らないことがあったなら、乗馬鞭できつい叱責。

 ほとんど言いがかりレベルでのクレームからの乗馬鞭。

 そのためか、私付の侍女たちは次々とやめていき、そしてなれない侍女相手に叱責を続ける。

 しかも、似たようなことを両親や兄弟にまで行っている始末。

 さすがに乗馬鞭はなかったものの、我儘と文句の言いたい放題。屋敷から外に出ても領都ないの商店や商人相手にも同じようなことをしているので、私が外に出ると看板を下げたり扉を閉める店まで現れる始末……。

 そして今回は、隣領のワルヤーク子爵からパーティーの招待状が届き、私もそれに参加することになったのですが。

 その道中に、何者かの襲撃にあった……はい、私、積んでます。

 女性としてこれはダメです、最悪です。

 しかも両親に向かってため口三昧、呆れた姉や兄からは腫物扱いで無視されまくりじゃないですか。


 これは、今は何も語らず静かにしていましょう。

 そもそも、私がここにいる理由についても、まだ何も理解していないのですから。

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