第2話・なんでも食べる元気な子……って、なんでもすぎます
両親と神聖治療師が部屋から出ていって。
ようやく私も目を開けて、ベッドから体を起こすことにしました。
「う~ん。映画でしか見たことが内容な天蓋付きのベッド。しかもこの寝間着の手触りのよさ。シルク? そうよ、これはシルクの手触りよ。こんな高級品を身に着けるだなんて、ずいぶんとシルヴィアは甘やかされているよう……」
いえ、我儘を言いまくって、この寝間着を用意させたシーンが脳裏に浮かび上がりました。
10着ほど用意させて、この一着だけを購入したのですか。
「はう……最悪だよ私……」
失意で膝から崩れそうですけれど、どうにか立ち直って室内を散策。
巨大な姿見が壁に貼り付けてあったので、そこまで移動しますと。
「え……なにこの子? 腰近くまで伸びているさらさらした金髪、端正の整った顔立ち。日焼けした肌に金髪がよく似合う……ってもったいない、こんなにいい素材なのになんで日焼けしているのですか? 肌にシミでも付いたら大変じゃない? このじゃじゃ馬がぁぁぁぁぁぁ」
自分に向かって怒鳴りつける、事情を知らない人が見たら気でも触れたかって思われてしまいそうです。
でも、まあ、この姿もまんざらではない。
その場でクルリと回ってみます。
「うん、可愛い。前の私はひっつめ髪にメガネ、疲れ切った顔色を化粧でごまかしていたからなぁ。肩こりも酷かったし多分猫背だった。それを解消するためにスポーツジムに通い始めたんだよねぇ……シルヴィア、あなたは本当に恵まれていたんだよ」
そういえば、朝食は毎日エネルギードリンク、昼と夜も高たんぱく低脂肪のトレイニーのような食事を心がけていたんだよなぁ。まともなご飯なんて、せいぜいが社長が何かと理由を付けて開かれていた宴会に参加していたときの料理か、もしくは週に一度のチートディぐらいだったからなぁ。
「まあ……どうせ私なんていなくても、あの会社が困ることはないし……」
田舎の両親には、悪いことをしたよなぁ。
都会に就職した一人娘が事故死だなんて……。
──グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
うん、悲しむ前におなかが減ってきた。
──コンコン
すると部屋の扉がノックされて。
「し、失礼します。シルヴィアさま、お食事をお持ちしました」
侍女がワゴンを押して部屋に入ってきます。
そして私を一目見て、すぐに下を向いて震えています。
私を見た時の表情は、腫物を触るような、それでいて恐怖の色が浮かび上がっています。
シルヴィア……本当に最低だよ。
「ありがとう。食べ終わったら廊下に出しておくので、あとで回収しておいてくださいね」
にっこりとほほ笑んでそう返事を返すと、侍女はポカーンと口を半開きになって驚いています。
いえ、そこまでですか?
これは、今後の対策も色々と考える必要があります。
「は、はい……それでは後ほど取りに伺いますので、失礼します」
深々と腰を折って頭を下げてから。
侍女はいそいそと部屋から出ていきました。
ワゴンから降ろされた料理はすべてテーブルの上に並べられ、カトラリーも小さなバスケットに収められておいてあります。
まるで場所が決まっているかのように綺麗に配置されているところを見ると、シルヴィアがどれだけ神経質になっていたかよく分かります。
まったく、私はとんでもない状況に追い込まれているのだなぁと、両親や侍女の様子を見て思い知らされましたよ、ええ。
それではさっそく、食事を頂くことにします。
「うわぁ……出来立て熱々のご飯だ」
焼き立てと思われるパン、根菜と豆のスープ。
何かの肉を焼いたもの……おそらくはステーキなのでしょうけれど、これがとにかく分厚い。
え、シルヴィアって肉食女? これスリーフィンガーはあるよね。
そのほかにも麦をミルクでとろとろに煮込んだものが添えられています。
陶器製ピッチャーにはぶどうジュースのようなもの、しかも氷が浮かんでいますよ。
「いやいや、病人に出すものはメインが麦粥で、肉は少しでしょう? これもシルヴィアの好みのものを用意したんだろうなぁ……」
席について両手を合わせ。
「いただきます」
小さなころから、これだけは絶対にゆずれない食事マナー。
両手を合わせて、ご飯を作ってくれた人、その食材を用意してくれた人に感謝を込めて。
──パクッ
「うん? こ、これは体験したことのない味ですよ。ミルク仕立ての麦粥の甘さと、そこに少しだけふってある塩と香辛料がアクセントになっていて。食欲をそそります」
一口、また一口と食べ進めつつ、他の副菜にも手を伸ばす。
うん、スープはゆでた枝豆を裏ごししてスープに溶かし込んであって、豆のうまみがスープに溶け込んでいていい具合です。
そしてこの肉。
厚さ5センチはあるステーキ、それもミディアムレア。
ソースなんて必要ないといわんばかりに、塩コショウと溶かしバターがふんだんに掛けられています。
ああ……ここに醤油を一垂らしお願いします。
「……ディスイズ、肉っていうかんじ。でも、これは何のお肉なんだろう? 油のさし具合から察するに赤身に間違いはなく。でも、肉質は柔らかくて、ひれ肉のようにも感じますけれど、それ以上の柔らかさを感じますが……」
一口一口、味を噛みしめて。
30分ほどですべてを平らげてしまいました。
「はぁ……これぞ至福。これぞ人間の晩御飯ですよ。ようやくおなかが膨らんできましたけれど……もう少し、何か欲しくなってしまいますね」
この細い体のどこに入っているのだろうと錯覚するほどの大食漢。
まだ、もう少し欲しいなぁと思って空いた皿やカトラリーを片付けていますと。
──ゴクッ
うん。
この銀のスプーン、なんとなくおいしそうじゃないですか?
歯ごたえもありそうですけど、多分かじったらいい味が染み出しそうで……って。
「待って、ちょっと待って!! どうしてこれがおいしそうに見えるのですか!! これは食べ物ではありません、ザッツ金属。人間は金属を食べられない、オッケー?」
頭を振りつつ、己の体に言い聞かせます。
いや、絶対におかしいですよ、こんなことってあるはずがないじゃないですか。
「まったく。どうしてこんなものが食べたくなるんですか?」
ふと、スプーンを手に取ってしげしげと眺めます。
どこからどう見ても金属製。
シルヴィアが貴族家ということを考えるに、おそらくは銀食器でまとめられていると思います。
「ほら、どう見ても銀ですよ。こんなに硬いものが、食べられるはずがないじゃないですか」
物は試しにパクッと口にくわえます。
ほら……銀食器って甘いのですね。
チョコレートよりもさっぱりしていて、それでいて歯ごたえもありますよ。
『ピッ……食戦鬼の固有スキル・暴飲暴食が覚醒しました』
「ん? また神様の声かな?」
──ポリッポリッ
うん、意外と柔らかいですよ。
なんというか、ポッキーに近い硬さでして、かむたびに口の中に甘さが広がっていきますが……。
「ってちょっと待って、私、どうしてスプーンを食べられるの? この世界の人間って金属も食べるの? それにこれ、さっきはこんなに柔らかくなかったですよね? え、どういうことですか?」
自問自答を続けつつ。
そのまま証拠隠滅よろしくスプーンは全て平らげてしまいました。
「……いや、おかしいよ、人間は金属は食べない、そんなの常識じゃないですか」
慌てて残りのカトラリーや食器をワゴンに乗せて。
急いで廊下に出しておきます。
あとは、腹痛が起きないようにと祈りつつ、もう一度ベッドに戻って体を横たえます。
はぁ。
これは明日は腹痛確定ですよ。
吐き出したくても吐けそうにもありませんし、明日はまた腹痛で治療師さんのお世話になるのでしょうね。
「あ~もういい。きっと夢、そうにちがいない。とっとと寝て、目が覚めたら病院のベッドだよ」
そうひとりごちてから、今日はもう眠ることにします。
できれば、本当に夢でありますように。
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