第3話・私の加護は『食戦鬼』?

 朝、目が覚める。

 窓から差し込む朝日は薄いカーテンによって柔らかくなり、それが瞼をくすぐっている。

 どうやら侍女が窓を開けたらしく、外から花の香りが流れてきた。


「んん……ん」F


 ゆっくりと上半身を起こし、目をこすりつつ室内を見る。

 すると、窓辺でひきつった笑みを浮かべる侍女の姿が見えます。


「シルヴィアお嬢様、おはようございます」

「おはよう……っって、そんなに怖がらなくても構いませんよ」

「は、はい……それでは失礼します」


 優しく声をかけても、侍女は慌てて頭を下げて部屋から飛び出していく。

 はぁ。

 シルヴィア、本当にあなたはなにをやらかしたの?


「……って、そうじゃない、やっぱり夢じゃなくて現実なのよ。それに、昨日食べたスプーン。あれはどうなったの? おなかの中で刺さったりしていないよね?」


 恐る恐るベッドから出て、姿見でおかしなところがないか確認。

 といっても、外見上は特に変化した様子もなく、怪我した場所もない。

 

「むしろ、すっごく調子がいいんだけど。スプーンって健康とかなんか関係ないよね? 銀イオンの働き?」


 いやいや、仮に銀イオンが関係したとしても、それを体に直接、胃袋から取り込むことなんてぶっちゃけありえない。

 むしろ、昨日の神様らしき人からの言葉に、何かヒントがあるんじゃないかなぁ。


「そうだ、教会に行ってみないと……」


──グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 そして鳴り響く空腹音。

 

「はぁ。起きてすぐおなかがなるとは。どれだけこの体は燃費が悪いのですか? それよりも身支度して朝のトレーニングも始めないと」


 スポーツジムに通い始めてからの日課。

 これを終わらせて汗を流し、プロテインとHMBを一気飲み。そしてエネルギードリンク片手に出社が私の毎日。


「はぁ。まずは身支度を……って、シルヴィアの記憶もあるから、どこに何があるのかなにんとなく分かるんだよなぁ。便利なんだかオカルトなんだか分からないですよ」


 ということでとっとと身支度を終えて。

 動きやすい服に着替えて中庭へ移動、軽い準備運動からの走り込みを開始。

 私が庭に出てそんなことをしていると、遠巻きにこちらを見ている視線に気が付きます。

 ええ、侍女や庭師の方々がおっかなびっくり見ていますけれど、無視です。


「……まずは、私自身に科せられた悪評をどうにかしないと。その前に、どうして私が此処にいるのか、それも確認しないといけないよね……」


 そんなことを呟きつつ、屋敷周辺の小道を走る。

 地理についてはシルヴィアの記憶を頼りにし、まずは慣らし程度で1時間ほど走ります。

 そのあとは……シャワーはないので、風呂に向かい水浴びをしてから食堂へ移動。


「シルヴィアの記憶だと、そろそろベッドから出てきて、着替えの手伝いをする侍女に文句たらたら呟きつつ家族の待つダイニングへ……か。そして私が到着するのを顔色を窺うように待っていた家族とともに食事をして、今度は中庭で騎士相手に剣の訓練……はぁ。貴族令嬢の記憶とは思えないよ……」


 そのままダイングに向かうのだけど、実はいつもよりもかなり早い。 

 だから私が一番乗りで席について待っていると、やがて両親がやってきて私を見て目を丸くしている。


「シルヴィア……もう、体を起こして大丈夫なのか?」

「はい、ご心配をおかけしました。ただ。私が事故に巻き込まれたあたりの記憶については、何も思い出すことができません。もしもよろしければ、食後にでも教えて欲しいのですが」


 そう問いかけますと。


「そ、そうか、そうだな……よし、わしが判っていることは全て説明しよう。それにしてもシルヴィア、目が覚めてからはまるで別人のようじゃないか」

「本当に良かった……来月には王都で園遊会があるのよ。家族全員参加が国の決まりなのだけど、去年のようにあなたが失態を犯したりしないか心配だったのよ……」

「は、はい……」


 よーしシルヴィアの記憶よ。

 腹を割って話し合おうじゃないか。

 去年は何をした……の……って、やばいやばい、これ、絶対ダメ。

 酔った勢いで下級貴族の嫡男相手に喧嘩売っていますよ。

 剣の腕前の話で盛り上がって、相手をへっぽこ呼ばわり。

 その場はどうにか収まったものの、後日決闘をしかけられて返り討ちにした挙句、罵倒しまくりで相手の心を完全にへし折っています。うん……相手の貴族のメンツも丸つぶれ状態、これじゃあいつ、誰に刺されてもおかしくはない。

 これはダメ。

 今年の園遊会、私も行くのならば静かにしていることにしましょう。

 ちなみに兄は王都勤務の士官なので領都にはいません。

 姉は私と顔を合わせるのが嫌だそうで、時間をずらして食事をとるのがいつも通りなのですけど。


──ガチャッ

 その姉であるマルガレートさんが、ダイニングに入ってきます。

 そして私を見て、やっぱり目を丸くしていますよ。


「あら、珍しいわね、貴方がこんなに早く席についているなんて」

「はい。ちょっと生活習慣の見直しを始めました。お姉さまにも色々とご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


 丁寧に頭を下げると、あちこちでスプーンを落としたりスープの中にパンを落とす音が。


「な、なな、なにがどうしたの? いつものシルヴィアみたいに高笑いしないの? 姉相手にも呼び捨てにして、常に上から目線だったのにどうしたの?」

「ですから、今までのことは全てなかったことに……シルヴィアは事故から目覚めて、今までの行いについて深く反省しましたので……すいません、お父様に代わりのスプーンと、お母さまにはスープとパンをの交換をお願いします」

「はい、只今お持ちします!!」


 私の指示を受けて、侍女が慌ててキッチンへ走ります。

 そして両親は感極まって涙を流しているじゃないですか。


「はぁ……これから先、どうなるのやら……」


 思わず今後のことを考えて呟いてしまいましたけど、この声は誰の耳にも届いていなかったようで。

 まずは朝食を終わらせて、とっと教会に向かうことにしましょう。

 事故の話は帰って来てからお願いすることにしますか。

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