第15話・最強の冒険者たち、その実力は如何に?


 屋敷での引きこもり生活もいよいよ大詰め。


 父の陞爵の儀も無事に終わり、明日には私たちは王都を離れることになります。

 王領伯となった父も一時的に帰宅し、荷物を整理してから王都の別邸に引っ越し。

 入れ違いに兄がランカスター領に戻り、次期領主としての執務に当たることになりました。

 なお、母はランカスター領に残るため暫くは寂しい思いをすることになるようですけれど、父は定期的に戻って顔を出すという約束をしたらしく、素直に見送ることになりました。


 なお、ここまで闇ギルドの動きは全く感じられず、かえって不安になってしまうのですが。

 いつまでも見えない何かにおびえて生活するのも嫌なので、とっととこの一件は終わってほしいものです。

 そんなこんなで、私たちは王都からランカスター領へと帰ることになりました。

 来るときと同じく、のんびりと馬車に揺られつつ。

 来るときの倍の人数の冒険者を護衛として雇い、闇ギルドの襲撃におびえつつ。


「まあ、そんなに緊張することはありませんよ。私たちが王都にいたのは幸運だったと思ってもらえるような働きはしますので」


 馬車の外、馬に乗って横を移動している騎士が私に話しかけています。

 彼の名前はジャービス・アレックス、冒険者であり騎士爵位を拝命したベテラン冒険者です。

 彼の所属するチーム『ウル・スクルタス《幸運の導き手》』は6人チーム、冒険者としてのランクは『サファイア級』。依頼遂行率89%という脅威としかいいようがないレベルの強さを誇っています。

 私たちが王都から戻る際、おじいさまが腕利きの冒険者を護衛に雇った方がいいとギルドに依頼をした結果、たまたま別の依頼が終わってのんびりとしていた彼らの元に連絡が届いたということです。

 冒険者のランクは上からダイアモンド、サファイア、ルビー、エメラルド、オパール、クリスタルの6階級からなるそうで、ウル・スクルタスは上から二番目の実力者チームだそうです。


「よろしくおねがいします……出来れば、闇ギルドの暗殺者たちも討伐してもらえると助かるのですけれど」

「あっはっは。そればっかりは相手の出方によりますからね。それに、道中の宿泊については野宿することはなく途中の宿場町に立ち寄っての休息をとることになっていますから、まず襲われることはないでしょう」

「そうあることを祈っていますよ……」


 はぁ。

 本当に何ごともなかったかというとそうでもなく。

 初日は丘陵地帯を越えたあたりで旅ゴブリンの群れと遭遇、一方的な殺戮モードで殲滅していましたし。

 二日目は宿場町の少し手前で盗賊の襲撃にあい、ウル・スクルタスのメンバーの二人が負傷するという状態まで追い込まれていました。

 三日目、四日目は努めて平和であり、あと二日でようやく領都に到着するという位置まで戻ってきたのですが。


「注意しろ、何かが近づいてくる」


 間もなく夕方。

 うっそうと茂っている森を越えた先にある宿場町に向かっている途中、ジャービスさんが馬車の横でそう告げました。

 それと同時にウル・スクルタスの前衛二人が馬から降りて馬車の前に移動、斥候の女性が馬車の上に飛び乗って『遠眼鏡』という魔導具で前を確認しています。

 私たちは馬車の中でじっと息を潜ませ、ジャービスさんからの報告をじっと待っていましたが。


「まずいわね……ジャービス、前方からオーガの集団がこっちに向かっているわ」

「ステファン、数はどれぐらいだ?」

「全部で10。止められと思う?」


 そんな会話が届いてきます。

 オーガというと、凶悪な亜人種であり人を喰らうという噂も流れています。

 ルビー級冒険者5名でようやくオーガ一体を同じ膂力であるとか、皮膚が鋼のように硬質化しているため、魔剣の類でなければ通用しないとか。

 普通の冒険者が操る《剣技》ではなく、その武具に魔力を浸透させる《剣術》でなくては刃が立たないとか。

 

「ブロンクスとバースディ、二人でオーガを止めろ。フレデリカは馬車の正面にプロテクションを展開、ミランダはお嬢さんたちの警備に専念……あとは俺が出る!」


 巨大シールドを構えたブロンクスさんと私の背よりも大きい両手剣を手にしたバースディさんがオーガに向かって突進。

 その直後、私たちの馬車の前方に、透き通った六角形の壁が生み出されました。


「凄いですわ……プロテクションの強度は生み出された壁のかたちによって違うのですわよ。普通の魔術師の生み出すプロテクションは三角形の壁、少し上位のものなら四角形の魔法壁を作り出すことが出来るのですが、あのフレデリカという方は六角形……しかも美しいです」


 窓から見える魔法壁。

 それを見てマルガレート姉さまが興奮しています。

 確かにお姉さまの言う通り、六角形のプロテクションウォールを作り出すことが出来るのは、私たちの住むこの国でも彼女のみ。

 そして私たちの馬車の横では、ミランダさんという神官戦士の女性がメイスと盾を構えています。

 

──ドッゴォォォォォッ

 やがて前方から激しい爆音が聞こえてきたかと思うと、斥候のステファンさんが両手にナイフを構え、オーガたちの後ろから首筋めがけてナイフを振りぬいています。

 この一瞬で、あそこまで移動するだなんてどうやってやったのでしょうか。

 彼女のあのナイフ、食べてみたいかも……って違う違う、何でも食べようとしてはいけない。

 そう思って頭を振っていると、馬車の外の戦闘音がどんどんと強くなっていきます。

 

「……ランガスターさん、最悪の場合、馬車を捨てて逃げる必要があります。そのことだけは覚悟しておいてください」

「わかりました。その時は護衛を……娘たちを優先してください」

「畏まりました」


 馬車の外から、ミランダさんの声が聞こえてきました。

 それは覚悟を決めたような声であり、流石のウル・スクルタスでもかなり危険な状況であるということが察知できました。

 父も私たちを逃がすことを最優先したらしく、ミランダさんに私たちの護衛を任せたのですが……こんなところで死んでしまうわけにはいきません。

 かと言って、私の力をここでばらすのも気まずそうな気がしてきましたので、馬車後部の明かり窓から後ろの様子を見るふりをしつつ、ミスリル飴を一つ口の中に放り込みます。

 それを軽くかみ砕いて飲み込むと、頭の中に浮かんでくる理の中から、【魔術の理・古代魔術】を選択。今現在の蓄積オーラは、今食べたミスリル飴一つ分、つまり5チャージ。

 これで発動可能な古代魔術で、なおかつ私が何かしたか悟られないもの……そんな都合のいい魔術なんて、そうそうないですよねぇ。


『……範囲沈静化3、範囲恐慌3、消滅5……』


 次々と浮かぶ物騒な魔術。

 消滅って、このあたり一帯も吹き飛びそうですよね、はいダメ。

 沈静化だって、落ち着くだけでこっちを狙ってくることに変わりはないですよね、はいダメ。

 となると、範囲恐慌……つまりオーガたちに恐怖心を芽生えさせ、そのままここから逃走してもらう……一か八か、これしかありませんか。


──ガチャッ

 そう思っていると、突然馬車のドアが開きました。 


「ブロンクスたちがやられました、ここから撤退します!!」

「ミランダはマルガレートさまを、俺がシルヴィアさまの護衛につく。一旦森に逃げます、ランカスターさまとご婦人は、ミランダの後ろについていってください。護衛しつつしんがりを務めます」

「わかりました。あとはお任せします」


 お父様の言葉にうなずくジャービスさん。

 そして馬車から出て前方を見ると、必死にオーガたちの気を引こうとナイフを飛ばしているステファンさんと、プロテクションを横に並べて壁を作っているフレデリカさんの姿が見えます。

 巨大なハンマーや蛮刀でプロテクションを殴り続けるオーガたち。

 うん、もうなる振り構っている暇はありません。


(来たれ、不死なる狂皇の息吹。24の獣の心臓、12の赤鬼の悲鳴。砕け、奴らの心を)


──ビジッ!

 心の中で唱えた古代魔術。

 その直後、オーガたちの動きが突然停止し、手にした武器を地面に落とし始めました。


「な、なんだ、何が起こっているんだ!」

「まさか、オーガたちが何かにおびえているの……」


 ミランダさんの言葉の直後、ジャービスさんが剣を引き抜いて前方に走り出しました。


「何がなんだか分からないがチャンスだ!! フレデリカ、でかいのを一発頼む。ミランダはその場でランカスターさんたちを護衛、ステファンはO化が離れたら二人を助け出してくれ、俺は前に出る!」


 そう叫んだかと思うと、ジャービスさんが頭を抱えておろおろとしているオーガの群れに突入、そのまま手近なオーガ一体を袈裟切りに切り捨てました。

 さらにその後方から大量の光の矢がオーガに向かって降り注ぎ始めた時、オーガたちは絶叫を上げつつその場から逃走を始めます。

 うん、相手の状況が良く分かりませんけれど、範囲恐慌がしっかりと発動したようでなによりです。


「ミランダ、急いで治癒の魔術を!! まだブロンクスたちは生きています」

「畏まりました、すぐにいきます」

 

 大慌てでミランダさんも前方へ。

 そしてジャービスさんが周囲を警戒しているのか、馬に乗って馬車の周りをゆっくりと回っています。


「ふぅ……生きているのが奇跡ですよ。ランカスターさん、どうやらオーガの一団はいなくなったようです。急いでここを離れましょう」

「そうですね、では……」


 馬車の影に避難していた御者さんたちも無事だったようですし、馬たちも落ち着いたようなので急いでここから離れることになったようで。

 それにしても、まさかオークの集団に襲われるなんて予想外です。

 

「こんな町の近くの森に、オーガが出るなんて……」


 こめかみに指をあててシルヴィアの記憶保管庫にアクセス。

 そして彼女の知っているオーガの生体について検索してみますけれど。


『オーガなんて興味ありませんわ。なぜ、私が魔物の生態なんて学ぶ必要があるのです?』


 という声が聞こえてきます。


「ああ……声じゃなくて、そう家庭教師の先生に言い捨てたのか……そうだよなぁ、伯爵令嬢が学ぶことじゃないよなぁ」


 うんうん、それについてはシルヴィアが正しいけれどさ。

 もっとこう、言い方っていうものがあるでしょうが!!


「はぁ……領都に戻ってからも、学ぶべきことはおおいのですか」


 そんなことを考えつつ、馬車の中で周囲を警戒していてもそんな技術は持っていないので。

 すぐに専門家のみなさんにお任せして、少し体を休めることにしました。

 夕方までには森向こうの宿場町に到着するので、今日はゆっくりと休むことにしましょう。

 ぶっちゃけると、オーガの群れに襲われたとき、私は震えていて何もできませんでしたからね。

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