第11話・神よ、貴方は悪乗りしすぎ
そしてやってきました園遊会当日。
正午から始まる皇太子誕生会を行う園遊会に、ランカスター伯爵家は午前10時から王城内控室で待機しています。
園遊会会場に入場する順番は下級貴族から始まるため、伯爵家であるランカスター家は呼び出しが来るのをのんびりと待っています。
私は青いドレス姿に身を包み、静かに窓辺の椅子に座って頭の中で食戦鬼の能力についていろいろと検証をしている最中。
このドレスの色合いや飾りの有無、装飾品についても貴族には厳しいルールがありまして。
伯爵家は3つ以上の装飾品を身に着けることは許されず、且つ頭の上の飾りは厳禁です。
男性は黒もしくは藍色、女性は青もしくはそれよりも濃いか薄い同系色のみ。
これは園遊会に参加する貴族が多いため色彩で立場を理解させるというのが目的であるのと、主宰より目立つなボケぇという意味合いがあるとか。
「……シルヴィア、ワルヤーク家には十分に注意しろ。以前から悪いうわさがあるのだからな」
エリオット兄さまが私の近くまでやってくると、それだけをこっそり呟いて両親の元へと向かいます。
なるほど、すでにあの家が何かやらかすのではという噂を兄さまはどこからともなく入手していたのかもしれません。
そのため私が彼らと接触しないようにと、王都に到着した時に釘を刺していたのでしょう。
うん、今回は私は静かにしていますよ。
貴族家としての格が違うため、ワルヤーク家が私に会場で何かしてくる可能性はありませんので。
──コンコン
やがて控室の扉がノックされ、ランカスター伯爵家の入場の時間が伝えられました。
「それでは行くか。まあ、昨年も来ていたことだし、皇太子がわざわざ私たちに話しかけてくるようなことはない。逆に国王の席まで挨拶に行かなくてはならないから、その時だけは注意するように……」
そうエリオット兄さまやマルガレーテ姉さまに告げると、お父様はチラッと私を見て。
「シルヴィアは特に注意するように。闇ギルドの手がどこにあるか分かったものではないからな。この園遊会に参加するということはもう奴等にも知れているだろうから」
「畏まりました。私は壁の花にでもなっています」
「そうしてくれると助かる」
ということで父と母を先頭に、私たちが後ろからついていきます。
そして会場である庭園へと続く扉の前に立つと、外ではランカスター家の名前が呼び出され、ゆっくりと扉が開かれました。
──パチパチパチパチ
拍手の中、私たちは会場である庭園へ。
そしてカーテシーで挨拶をすると、そのまま指定されたテーブルへと移動。
あとはこの後から入城する貴族の皆さんを待ちつつ、近くの席の人たちと歓談がはじまります。
次々と入場するのではなく、歓談を挟んでの入場。
その間はアルコールなどは摂取できず、ハーブティーやカフィ《コーヒー》で喉を潤しています。
そして最後に。
「エドワード・デルシア・カロッツェリア国王のご入場です」
それまでは拍手で迎えられていた貴族に対して、国王および王族の入場時には全員が膝を付き左胸に右手を当てています。
そして国王が席に着くと、そのまま顔を上げるように言われ、軽い演説ののちに皇太子の生誕を祝う乾杯が始まります。
それが終わり、ようやく無礼講。
貴族は爵位が高い順に挨拶に向かい、それが終わるとテーブルに戻って再び歓談。
この歓談にもルールがあり、格上の貴族に対しては話しかけてはいけないという絶対不変の約束があるため、大抵は同じ階位の貴族同士が集まって話をしているのか普通なのです。
なお、貴族の子女についてもこの部分は徹底されているらしく、私など同じ階位の貴族の子女からも無視……いえ、忌避されているようで近寄ってもきません。
そのため、園遊会の会場でもすみっこ暮らししていますよ、ええ。
そんな感じで静かにしていますと、会場の一角がざわざわと騒がしくなってきました。
「それでは。アレクサンデル皇太子の生誕を祝し、6柱教会より神への祝詞と奉納舞を行わせていただきます……」
どうやら教会関係者による、神へ捧げる奉納舞が行われるようで。
確か昨年も行われる予定であったのですが……舞を捧げる聖女が不在であったため、祝詞のみの奏上が行われたと記憶に残っています。
それで、今年はどなたが奉納舞を捧げるのでしょう。
教会からの指名により、奉納舞を捧げる舞姫は貴族の子女から選ばれることになっています。
毎年三名の舞姫が選出され、順に舞を捧げて神の御言葉を頂く。
まあ、神のお言葉というか教会の言葉なんですけれどね。
この舞姫に選ばれるということは大変名誉であり、そして失敗は許されない重大な任務。
無事にやり遂げたならば、そのものは神に祝福されるといわれています。
ちなみにですが、過去にこの奉納舞に失敗し、貴族としての名誉が失墜。降爵した家もあるとかで。
「それでは、一の姫をクルレウス伯爵家が次女、ベアトリス嬢が」
選ばれたベアトリスさんが丁寧に挨拶をすると、庭園真ん中にある舞台へと向かいます。
「続いて二の姫を、ワルヤーク子爵が四女のカテジナ嬢が」
おや、今度はカテジナ嬢ですね。
今、ランカスター伯爵家の中の会話に出て来る、おじいさまの血を受け継ぐ孫の一人。
フフンと鼻で笑っていそうな、そんな雰囲気が漂っています。
──キッ!!
と、私と視線があったとき、いきなり殺すぞと言わんばかりの睨みつけられましたが。
まあ、ここはにっこりと笑って手を振ってあげることにしましょう。
「そして三の姫は、本来ならマキャベリィ男爵家のニナ嬢が務める予定でしたが、急病のため欠席ということになりまして……代理としてランカスター伯爵家のシルヴィア嬢に勤めていただきます」
ああ、なるほど急病ということなら仕方がありませんね……って、へ? 私?
「私ですか?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまいましたが。
慌てて両親の方を見ても知らぬ存ぜぬという顔をしていますし、当然おじいさまたちも驚いた顔です。
そして舞台の方を見ると、ベアトリス嬢とカテジナ嬢がニヤニヤと笑ってこちらを見ています。
「はぁ、なるほど……いっぱい食わされた感じですか」
この皇太子殿下の誕生会という場で、私を笑いものにしたいと。
わかりました、そういうことなら受けて立ちましょう。
そのまま堂々と舞台へと向かい、ステージの上に立ちます。
「せいぜい、恥をかかないようにしてくださいね……じゃじゃ馬令嬢さん」
「去年、お兄様があなたのせいで赤っ恥を掻かされたこと、私は許していませんので」
二人の間を通り過ぎるとき、ぼそっとそう呟いてきました。
まあ、お二人ともここに選ばれるだけの実力はあるのでしょうけれど、どうやって私をこの場に出すようにねじ込んだのか……ああ、おそらくは闇ギルドが関与しているのですね。
それなら私も、手加減無用で参ります。
っていうか、覚悟しろこの陰険令嬢ども!!
~♪
やがて楽団の曲が始まると、最初のベアトリス嬢が舞を始めます。
それに合わせて教会の聖歌隊が祝詞をリズムよく唱え始めます。
一の舞いは、大地の豊穣を願う祝詞。
途中途中で突っかかっているものの、どうにか見れるレベルでベアトリス嬢は舞を終えました。
いえ、素人目には十分にうまいと思いますし、国王はじめ王家の方々も軽く拍手しています。
長兄であるアレクサンデル皇太子、次兄で王宮騎士団長を務めるラインハルトさま、そして三男でまだ11歳のマクシミリアンさまの三人も、満足そうに軽く拍手しています。
〜♫
続いて二の舞。
これは国家の安寧を祈る祝詞。
さすがはここに立つだけあって、カテジナ嬢は最初のベアトリス嬢よりも丁寧で、しっかりとした踊りを舞っています。
これには国王陛下も満足そうに笑みを浮かべていますし、やり切った感のカテジナ嬢は私の方を見て薄ら笑いまで浮かべてみました。
「クスクスクスクス……踊りよりも剣を振るうのが好きなじゃじゃ馬さん。せいぜい恥をかかないようにね」
そう私の近くを通るときに呟いて、あとは自分の立ち位置へと戻りこちらをニマニマと見ています。
〜♬
そしいよいよ私の番。
曲が流れ始め、私は静かに舞を踊ります。
三の舞いは、王家への賛辞と6神を称える祈りの舞。
一の舞と二の舞から察するに、曲調と歌詞はAパート、Bパート、Cパート、Bパート、そしDパートの流れ。
ですが、今ではこの奉納舞はAパートの部分しか踊りは伝えられておらず、これだけを延々と繰り返し舞い続けることになっています。
先の二人も同じ踊りをぐるぐると続けているだけですが、私はこの奉納舞についてはランカスター領で購入した礼儀作法の書物の中に書いてあったことを知っています。
そのため、クルッと回った瞬間にポケットの中のミスリル飴を瞬時に口の中に放り込み、軽く咀嚼して一気に飲みこむと。
(
体内に循環したオーラのすべてで、ここにいる誰もが知らない奉納舞を舞う。
さすがに私の舞を見て、庭園のあちこちがざわつき始めました。
チラリとベアトリス嬢とカテジナ嬢を見ると、小さく拳を握って笑いつつガッツポーズ。
これは私が恥をかいたと思っているのでしょうけれど、祝詞を唱えている大司教だけは、笑って祝詞を続けています。
そして、曲が静かに終わり舞も終了したとき。
──サァァァァァァァァァァァァァァァァァッ
突然、庭園上空から光が差し込むと、天空に6人の神が姿を現しました。
『シルヴィア・ランカスターよ。我らが神への奏上、見事でした』
『失われた奉納舞を再現したシルヴィアへのお礼として、私たちは貴方に『神舞の担い手』の称号を与え、祝福しましょう』
『そして、アレクサンデルの誕生に祝福を』
『この国に豊穣を』
『この国に安寧を』
『カロッツェリア王国に幸あらんことを……』
神の声が6つ、庭園に広がります。
その瞬間、国王をはじめすべての人々……いえ、ベアトリス嬢とカテジナ嬢を除く全員が跪き、手を組んで神の声をじっと聴いていました。
やがて光が収まったとき。
ようやく事の重大さに気が付いた国王がスッと立ち上がると、私の方を見て両手を広げます。
「シルヴィア・ランカスターよ、そなたは奉納舞により神を降臨させた。その功績に、我から褒美をとらせよう。そして我が息子のために尽力してくれたことに礼をいう……ありがとうと!!」
まさかの国王からのお褒めの言葉。
それも謁見の間とか応接室ではなく、国内の貴族の殆どが列席している園遊会の最中に。
そして割れんばかりの拍手が鳴り響き……。
──グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
私のお腹の音も、その拍手で掻き消えてくれました。
神様……こんなタイミングで顔を出して欲しくはなかったですよ……。
はい、私もやり過ぎましたね、深く反省しつつ私は舞台から速攻で降りていくと、両親の元へと逃げていきます。
は、はやく園遊会よ、終わってくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!
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