第5話・私の事故は暗殺未遂……恨まれまくりですか?


 教会から自宅に戻ると、玄関外では侍女が整列して待っていました。


「おかえりなさいませ、シルヴィアさま!!」


理路整然と立ち並び、挨拶のタイミングもすべて完璧。

 そして決して頭を上げることなく、私が通り過ぎるのを待っています。


「はぁ……」


 これを私が指示していたのかと思うと、気が滅入ってきます。

 根本的な部分からの抜本的改革が必要です。

 そう思って玄関前まで進むと、私は扉の横で待機していた家宰バトラーのジェラルドさんの元に近寄り、小声で問いかけます。


「すいません、まだ記憶が混濁したままなのですけれど……この出迎えって、誰の指示でしょうか?」

「シルヴィアお嬢様です。ランカスター伯爵家に勤める以上、どんな些細なミスも許さないと。それこそ、頭や腰を下げる角度から、声が全員綺麗に揃うまでは続けられていました。乗馬鞭片手にひどい叱責を受けた子もいますが」

「はーーーいはいはい了解了解。全員、頭を上げて!!」


 振り向いてそう叫ぶと、侍女たちがビクッと体を震わせて頭を上げます。

 うわ、中には涙目になっている子までいるじゃない。

 これは、全て修正するとなると大変そうですよ。


「今日から、私を出迎えるときはこんな出迎えは必要なし。私付きの侍女か、もしくは誰か一人でいいからね。ということで解散~はい、各自持ち場に戻って気張り過ぎずに頑張ってください」


 そう告げてから、私はパンパンと手を叩きます。

 動作仕草はシルヴィアの記憶から少しだけ拝借、いきなり何もかもが変わったら訝しむ人も出てくるでしょうから。

 そして私の掛け声で一斉に屋敷の中に走っていく侍女たち。

 まあ、ここで私の指示を無視したら何かされると思っているのでしょうね。

 

「ということなので、ジェラルドさん。ほかの侍女さんたちにもこのことは徹底しておいてね。基本的に従わなくてはならない指示は当主であるお父さまとお母さま。もしもお父様たちの指示で私の命令を聞くようにっていうのなら、そっちに従ってくれても構わないので」

「畏まりました。このあとは、午前中は家庭教師の方がいらっしゃいますので、そちらで勉学を学ぶのですが……また、いつものようにキャンセルして騎士たちと剣術訓練ですか?」


 おだやかな口調のジェラルドさん。

 さて、神様からの説明では、世界のことを学ぶ方法としてシルヴィアの記憶を引き出す必要があります。確か【記憶の保管庫】と言っていましてよね、そこから引き出せば問題はないと思っていましたけれど。

 そもそも勉強嫌いで礼節無視のこの子が、そんな大切なことをまじめに学んでいるはずもなく。

 そっと両こめかみに指をあてて確認しますと。

 かーなーり、記憶が欠損しています。


「いえ、今日からは午前中は一般教養と礼節について学びます。騎士たちとの訓練については、彼らの勤務時間外に、手伝ってくれる方にお願いしたいと思います……あ、午後からで手の空いている方がいるのなら、その人にお願いしますね」

「……では、そのように。まずは自室にてお着替えを」

「はい。それじゃあこれからもお願いね」


 そう告げてから、私は一人自室へと。

 すでに部屋の前では、私の着替えの手伝いをするために侍女が二人待っています。

 先ほど私を出迎えてくれた侍女らしく、俯いて立ちすくんでいます。

 さて、シルヴィアの記憶保管庫から、以前はこの後はどうしていたのか。


 ……シルヴィアの記憶をローディング中……


 うん、ダメだ、シルヴィアはダメな子だ。

 自分の気分で衣服を選んだ挙句、着替えている最中に気が変わるとすぐに交換。

 それでも納得しないと街の仕立て屋を呼び出して新しく仕立てさせていて……って、この子の権力ってどうなっているのよ? 父親が伯爵だから自分も偉いと思っているレベルじゃないよ?

 まるで自分がこの領地の当主であるかのような振る舞い、それを容認している家族。

 なるほど、影では私のことは【暴君令嬢】って呼ばれているのですか。

 【悪役令嬢】ではなく【暴君令嬢】、まさにランカスター領では私の悪評かかなり広まっているようです。

 ここまで歪んだ理由は必ずある。

 これは、事細かく調べる必要がありそうです。

 

「では、着替えをお願いします」


 そう告げて部屋に戻ると、侍女たちも慌てて部屋に入ってきます。

 でも、そのまま立ちすくんでいて何もしてきません。

 これは、シルヴィアの指示を待っているのでしょうね。


「すいませんけれど、まだ病み上がりで記憶に混乱が生じて居まして。今日のような天気で、私に似合いそうな衣服を選んでもらえますか? 今日は午前中は勉強に集中したいのできつめの者よりも少しゆったりとしたものを選んでいただけると助かります」


 はい、シルヴィアが絶対に言わないセリフ。

 自分が選ばないと納得しない彼女の性格ではありえない。

 そして、その性格をよーく理解している侍女たちは、お互いに顔を見合わせてから。


「は、はい、少々お待ちください」

「今日の天気でしたら、少し淡い色のドレスがよろしいかとおもいますが」

「では、それで。外出するのではないからアクセサリーは最低限でね」

「はい!!」


 うう、本当なら全て自分で選びたいのだけれど。アクセサリーも靴もその時の気分でおしゃれしたいじゃない。

 ま、まあ、私はそんなにアクセサリーとかは持っていなかったし、最近購入した高価なものはトレーニング用の腹筋ローラーだったりダンベルセットだったからなぁ。

 あれ、すごくいいのですよ。

 まだにわかな私でも、脂肪が燃えているぞー、筋肉が生まれて来るぞーって実感できましたから。

 そう考えると、シルヴィアがいかに恵まれた環境なんだなぁって痛感するよ、ちくせう。


「それでは、今日はごらんのように仕立ててみました。いかがでしょうか?」


 姿見の向こうには、おおよそトレイニー生活をしていたОLの私ではなく、貴族のお嬢様が立っています。

 その場でクルリと回ると、スカートがふわっと舞い上がる。

 うん、きつすぎ動きをそれほど阻害しない、いいかんじです。

 侍女さんの仕事を奪うことがないように、且つプレッシャーを与えないようにした結果が、このスタイル。良いのではないですか?

 そう思ってにっこりと笑い、右手を差し出してサムズアップ。

 でも、侍女さんはこぶしを突き出されて殴られると思ったのか、頭を押さえてヒッ、と下がります。


「あ~、うん、これはね、『ナイス、よくやりました最高です』っていう合図だからね。みんなにも周知してくれると助かります」

「な、殴ったり怒鳴ったりしないのですか?」

「しないしない。むしろありがとうっていう気持ちですよ。今日はこの格好で過ごさせてもらいますね、と……下がっていいですよ」


──グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 はい、おなかが鳴りましたぁ。

 神様も話していましたよね、私の体の燃費が良くないって。

 その代わりに何でも食べられるし、その特性を得ることができるって話していましたけど。

 昨日食べた銀のスプーンも、何か意味があったんだろうなぁ。


「焼き菓子でもお持ちしますか?」

「そうね、これから勉強の時間だから、飲み物と一緒に運んでおいてくれる? ちゃんと先生の分よろしくね」

「はい、かしこまりました」


 さきほど、部屋に入る前の暗く無表情だった侍女たちは、今は笑顔を浮かべて部屋から出ていきました。


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。まだこっちの世界に来て二日目ですよ? それでどうしてこんなに消耗しているのよ。これも、なにもかも悪神とかいうのが悪い、名前に悪がついているから決定。はぁ……これからどうなるのだろう」


 あまりにも情報が多すぎるし、神様たちもかいつまんでの説明しかしてくれていないし。

 そうだ、確か漫画ではこういう時は、ステータスっていうのを表示していたよね。


「ステータス・オープン!!」

『あ、そういうのないので。そもそも人が持っているスキルなんて、表示しようと思ったら飛んでもない数になるでしょ? ゲーム的に強い部分だけ表示してもいいかなーって思ったんだけれど、それだとこっちの世界の人たちとの差が広がり過ぎるからナシということて。その代わり、君に与えた加護【食戦鬼】は、うまく使いこなせば人類史上最強にも、または普通の町娘以下にもなれるからね』

「はぁ、いきなりの降臨、ありがとうございます」


 頭の中に子供の声。

 うん、さっき会った神様の一人だよね。

 そしてもう何も聞こえない。

 あまり派手に干渉してはいけないのでしょうね。


「さて、そうなると何を食べたら何を得られるのか、そのあたりも詳しく調べないとなりませんけれど

……その前に勉強ですよね」


 部屋の傍らに置かれている魔導時計。

 これは魔法の力で時を刻む魔導具らしく、先史魔導文明の遺産だそうです。

 大変貴重且つ珍しいもので、時を伝える仕事を担っている教会と王家以外では、個人所有している貴族はかなり少ないそうです。

 そんな凄いものを自室に置いているとは、どこまで我儘が許されているのやら。

 と、今はシルヴィアの悪行について考えている時間はありません。

 そろそろ時間なので、司書室に向かうことにしましょう。

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