第6話・能力検証……って、食べれば強くなるだけ、はい論破

 午前中は家庭教師……もとい、派遣教員から一般教養と礼儀作法について学びました。

 この世界には勉学を学ぶ場所として教会がありますが、貴族の子女は教会ではなく専門分野に長けた人材を派遣してくれる【王立図書館】に依頼して教員を派遣してもらうそうです。

 ちなみに我が家には、一等派遣教員の資格を持つステファニーという女性が送られてきています。

 まあ、以前はのんびりと司書室でお茶を飲んでまったりとしているだけだったそうですけれど。

 今日からは私がやる気を出したのがうれしかったのか、涙を流しつつ感謝されましたよ。


 そして昼食を軽く食べてから、私は中庭で軽く体を動かしています。

 シルヴィアは勉強よりも運動が好きだったそうですし、騎士相手でも剣術では一歩も引けをとらないとか。

 まあ、相手が手加減してくれていたのでしょうと納得しつつ、動きやすいズボンスタイルに着替えて、木剣片手に軽く柔軟運動。

 そして記憶保管庫から、彼女の【剣術に関する経験】を引っ張り出します。


  ……シルヴィアの記憶をローディング中……


「よし、こんな感じか」


 意識を剣先に集中。

 そして素早く上段からの切り落とし、右から左への横一閃薙ぎ。

 返す刀で、右から左へ片手での振り抜き、そして勢いを全て殺しての停止。

 腕の筋肉が怒張し、足腰が張り詰める。

 ひゅんひゅんと音を立てて風を切る。

 くるりと回して、鞘があることを想定しての納刀。

 

「うん、動きますね。それも予想外に。無駄な筋肉はなく、しっかりと引き締まった体。女性特有の柔らかでふっくりした体系ではなく、フィジークよりの実践的な肢体。このお嬢さん、どれだけ鍛えていたのですかねぇ」


 ベンチにどっかりと座り込み、木剣の切っ先をポリポリと咀嚼。

 うん、乾パンですね、味気ないです。


『剣術の理・初級剣術6を修得……初級剣術は3まで修得しているため、上書きされました』


 この木剣を食べたことにより得られた能力……剣術の強化のようですか。すでにシルヴィアの体は初級剣術を身につけているようなのです。そして中級剣術を得るためには、もっと上質な武具を食べる必要があると……。

 でも、 ジャムか何かがあるともっとおいしく食べられそうですが……って、待って待って、どうしていきなり木刀を齧っているのよ!!

 剣術強化ってなんですか、意味不明すぎますよ!!


「うわぁ……燃費が悪いにもほどがある……ってなにこれ?」


──シュウウウウ

 体から光のような煙が立ち上っています。

 これがひょっとして、食戦鬼の加護?

 そう思って立ち上がり、2/3ほどに縮んだ木剣を構えて先ほどまでの動作を習います。


──シュンッ

 速い。

 そして切れ味も上がっているように感じます。

 いえ、木剣なので刃が付いているはずもないのですけれど、今の一閃は明らかに何かを切断できる速度です。


「シルヴィアの記憶にあった剣技……じゃない。もっと鋭利に研ぎ澄まされたような、そんな感じですよ。これが、食戦鬼の加護……食べたものの特性を取り込むって、こういうことなのですか」


 それならば、司書室にある本を食べたら、記憶として取り込むことができるとか?

 普通にご飯を食べているときは、何を取り込むのか……って栄養かぁ。

 そりゃそうですよね、生きるための糧からは生きる力を得ることができる。

 そして食べ過ぎた余剰分は、なにかに変換されて蓄積されていくような気がします。

 脂肪ではなく、なにかこう……力の源?

 そんなものになるようですが、まだ私には理解てきないようです。


「はぁ。なんでも食べられる暴飲暴食か……。便利なようで、でも、あまり人前で出来ることじゃないよなぁ……」


──ポリポリ

 気が付くと、手にしていた木剣は全ておなかの中。

 はい、ごちそうさまでした。

 

「それじゃあ、少し走り込んでから、柔軟体操をして訓練は終わりますか」


 朝に続いて午後の走り込みですけど。

 朝よりも体が軽く、疲れもそれほどひどくない。

 これもおそらく、食べたものから得たエネルギーを使っているのでしょう。

 果たして何を食べたらどんな効果が出るのか、今から少しだけ楽しみです。


………

……


 夕方。

 午後のトレーニングで疲れた体を癒すため、ベッドに転がってのんびりとしていた時。


『失礼します。旦那様がおよびですが、いかがなさいますか?』


 部屋の外から、家宰のジェラルドさんの声が聞こえてきます。

 そこは、『旦那様がおよびです』じゃないの? どうして選択権を私に寄越すのですか?


「すぐ行きますとお伝えください」

『かしこまりました』


 うん、両親までこの様子なのかぁ。

 これはどうしたものかと考えつつ、父の書斎へ向かいます。

 そして扉をノックすると、『はいりなさい』という声が聞こえてきたので、扉を開けて部屋の中へ。


「シルヴィア、今朝の話について君にも説明しようと思ってね。まあ、座りなさい」

「はい」


 ふかふかの長椅子に腰かけると、侍女が私の前にティーカップを差し出します。

 それを受け取って一口、喉に流し込む。


「ありがとう」

「そんな、もったいないお言葉です」

「うん、あとは私たちで行うから下がるように」

「はい、失礼します」


 侍女が部屋から出ると、さっそくお父さんが話を始めました。


「今回の事故だけど、どうやらシルヴィアは暗殺されそうになった節が濃厚でね」

「……暗殺?」

「ああ、義理父上の遺産の継承権、それをめぐってシルヴィアを亡き者にしようと企む輩がいるという噂を入手してね。大方、腹違いの実娘たちが手を回したのだろうと思ったのだが」

「ちょ、ちっょと待ってくださいね今、頭の中で整理しますので」


 さて。

 やっぱり暗殺でしたか。

 それにしてもシルヴィアさん、貴方はいったい何者なのよ?

 義理父の遺産って何?


 ……シルヴィアの記憶をローディング中……


 そして、彼女の記憶からわかったこと。

 お母さまの父、つまり私のお爺さんは公爵家であり、お母さまはかなり低いものの王位継承権を持っていたそうです。

 それを捨てて父の元に嫁いできたのですが、その時の約定により、生まれた子供は公爵家を継いでもらうために養子として迎え入れられることになっているそうで。

 なお、長男はランカスター伯爵家の後継ぎとして残す必要があり、長女もまた外にランカスターの血を残すために断ったそうです。

 そして次女であるシルヴィアが生まれた時。彼女が20歳になったとき、正式に公爵家に養女として迎え入れられることが貴族院に書面で提出され、速やかに受理されたそうで。

 

 その時から、私は常に命を狙われる立場になったそうです。

 幼いときは体が弱く、なんども死線を潜り抜けたとかで。

 それはもう、おじいさまたちは私を目の中に入れてもいたくないレベルで溺愛し、父母も私の意思を確認する前に養女とすることを決めたため、私には後ろめたさがあったそうで。

 その結果、ランカスター家にいる間は甘やかそうとして、結果としてとんでもない悪役令嬢真っ青な【暴君令嬢】を生み出してしまったようです。

 

 そして先日、隣領のワルヤーク子爵の元で行われたパーティーに父とともに出席することになったのですが、その時に暗殺者に乗っていた馬車が襲われたそうです。

 私だけが知っている知識としては、シルヴィアはそこで命を落としました。

 ですが、私の魂が彼女の肉体に吸収されたとき、奇跡的に傷が再生した私は無事に保護されたものの、一週間の間は生死の狭間を彷徨っていたということです。


「なるほど。おおよそ理解できました。それで、私を暗殺しようとしたのは、どこのだれか調べはついているのですか?」

「闇ギルドは証拠を残さない。だから、今、私が話したことも全て憶測でしかないのだがね。別ルートで、闇ギルドがとある子爵家の側室の女性から密命を受けて動いていたところまでは調べがついている。その側室の女性が、義理父が侍女に頼まれて作った子供であるらしいということまでは調べてあるのだが、残念ながら証拠がなくてね」

「そこまで情報を掴んでいても、証拠がないと動けない……まあ、貴族同士の面子の話にも繋がりますから、そうそう素直に話すとも思えないですね」

「まあ、そういうことになる。ただ、闇ギルドとしても、命を奪ってくるように命じられたシルヴィアが生きているということは、任務失敗に繋がるからね……」


 つまり、今もなお、私の命を狙っている可能性があるということですか。

 転生していきなり命の危機とは、神様もなかなか洒落た運命を与えてくれます。

 

「つまり、私の命がまだ狙われていると?」

「可能性は否定できない。ただ、昼間から町のなかで襲撃をしてくるとは考えられないので、冒険者ギルドには夕方から早朝の護衛を依頼している。ただ、シルヴィアはその護衛を無視して遊びに出るのが目に見えていたので、先に状況を説明しようと思ってね……私の言いたいことは理解してくれるか?」

「はい。お父様の言いつけに従い、夕方から朝にかけては単独で屋敷から外に出ないことをお約束します。昼間も外に出るときは許可を得てからにしたいと思いますので……あと、それについてお願いがあるのですけど」


 外に出なければ襲撃される心配は減る。

 でも相手は闇ギルドの暗殺者。冒険者に察知される前に屋敷に潜入し、私の命を狙ってくる可能性も否定できない。

 それならば、私は先手を打って自衛手段を身に着けることとします。


「なんだ、言ってみなさい」

「我が家の宝物庫に入る許可を。身を護る魔導具とかがあるかもしれませんので、それを探したいと思います」

「まあ、あの部屋には先祖伝来のわけの分からない魔導具もあるからな。良いだろう、ランカスターの封建と守護の盾以外なら、好きにして構わないよ」

「ありがとうございます」 


 深々と礼をしてから。

 父に案内されて、屋敷地下の宝物庫へ。

 シルヴィアの記憶だと、この部屋には我儘を言って何度か入室したことはあるようですが、すぐに飽きてしまい部屋から出ていったそうです。

 それならば、私が有効活用できるものを探し出してみるのもよいかもしれません。


「それじゃあ、鍵は預けておくから用事が終わり次第、鍵をかけて私の元へ持ってくるように。万が一のことを考えて扉の外は騎士に見張ってもらうからね」

「はい。それではさっそく」


 色々と調べてみる。

 うん、ものの価値とかそういうものは私には分からない。

 けれど、私には食戦鬼の加護があります。

 

「この壁に掛けてある剣盾が先祖伝来の者で背あることは間違いはないとして。さて、この古くさい大剣は、どうなのでしょうか」

 

 大量のガラクタの中を物色していたとき。部屋の片隅に誇りをかぶって放置されていた箱の中に、一振りの大剣が納められていました。

 これはひょっとしてあたりなのかとポケットからハンカチーフを取り出して、全体を軽く拭き取ります。そして柄の部分を握りしめて、いざ、実食!!


──ポリッポリッ

 うん、この味、この歯触りはキンキンに冷えたチョコモナカですね。


『剣の理を修得。上級剣術1とコマンドアーツ3種を修得しました。引き続き、魔剣の理を修得。付加能力として戦闘領域7、鋭刃化8、時間制御3を修得しました】


 ふむふむ身に着けた能力は、【なんとかの理】っていうのですか。

 そして魔剣の理という言葉が聞こえた瞬間、私は慌てて口を放してしまいます。

 だって、よく見たら鞘の部分に『封印術帯』というものが巻き付いていましたよ。

 呪われた魔導具の効果を封じ、ガラクタにしてしまう『封印術帯』。それが巻き付けられているということは、まぎれもなく魔剣なのでしょう。


「あ~、しまった。これはどうしたものか……」


 そう思ったものの、すでに柄の部分は半分ほど食べてしまったので。


「証拠隠滅……かな?」


──ポリッポリッ

 そのまま鞘と封印術帯もおいしくいただきます。

 でも、術帯はハバネロ風味、ピリッと辛くて最初はアクセントにいいかと思ったのですけれど。

 アイスクリームにハバネロは合いませんよ。

 そして10分ほどで食べ終わりますと、昼間見たような光の煙が体から立ち上り、そしてスッと消えていきました。

 

「うん、これで私の力になった……のかも。あとは、何か面白そうなもの……出来るなら侵入防止のセ○ムのような効果が欲しいところですけれど」


 そんな便利なものはないだろうと思いつつも、適当な読めない魔導書とか鍵のかかっている本とかも実食。それときれいな水晶の填められている杖と、あとは籠手。


「……ミスリルの籠手ですね。これは食べなくてもわかりますよ」


 左手だけの籠手。

 これにも『封印術帯』が巻き付けられています。

 つまり、危険な存在である可能性がありますけれど、食べてしまえば問題はありませんよね。

 なによりも、私以外の誰か、特に闇ギルドの連中に見つけられ奪われたとするととんでもない二次被害を素き起こす可能性もありますから。

 

「はい、これも実食実食」


──ポリッポリッ

『防護の理を修得。基礎防御力5、コマンドアーツ3種、魔法防御3を修得しました』


 うん? これは燻製かな?

 でも酸味もあって、あとはクリームチーズのような……。


「いぶりがっこのクリームチーズだ!! これはまた、なんというレアな味わいで」


 白ワインが欲しくなってきますね。

 私もチードテイにはよく、居酒屋でワインを嗜んでいたものです。

 ほかにもあやしげな防具とか胡散臭い盾とか、さらには厳重に箱に収めてあった二冊の魔導書とか。

 いかにも変な効果が付きそうなものは片っ端から食べてみました。

 食戦鬼の効果として身に着けた能力、これで何ができるのかは、これからおいおい調べることにして。

 夕食の前には部屋を後にして鍵をお父様に戻します。


「それで、何か役に立つものはあったのか?」

「それについてはまだ分からないのですけれど、いくつかの本を持ってきました」

「魔導書か。シルヴィアに魔法の素養があったとは聞いていないが」

「はい、これから基礎を学ぶところです。そのうち使えるようになったらいいかなぁと」


 そう告げると、お父様が嬉しそうに涙を流しています。


「そうか。ランカスター家は代々魔術の素養を高く受け継いでいるからな。おまえも……シルヴィアも魔法に目覚めてくれることを期待しているぞ。もう騎士の真似事などせずに、しっかりと学ぶといい」

「ま、まあ、体を鍛えることは心を鍛える事にも繋がります。心身ともに健康でいられるように、これからもがんばりますので。では、失礼します」


 ボロが出る前に書斎を後にして。

 あとは部屋に戻ってダミーとして持ってきた魔導書を開きます。

 

「……うん。私には魔法は早すぎたね」


 魔導書は魔術言語で記されています。

 それを読み解くことが魔術師としての第一歩、逆に読めない人は魔法を使うことができない。

 私は、というかシルヴィアには魔術言語を読むことができませんでした。

 そして当然、私にもわかりません。

 だからこれはダミーとして持っています。

 宝物庫を長時間調べて、何もなかったでは誤魔化しきれませんから。

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