第19話・裏切りと限界点

 夜。

 いつもより早く、私は部屋に戻る。

 いや、普段ならこの時間は、同僚たちと飲みに行ったりジムでシャワーを浴びたりしている時間なのですよ。

 だけど、流石に旅の疲れが出たのか、家族は全員早めの就寝。

 そして侍女たちも夜番以外は離れにある建物に戻っています。

 道中、深夜に暗殺者に襲われたこともあってか、いつもよりも警備は厳重なのだけど。


──ギィィィィィッ

 ほんの僅かに、窓を開く音が鳴る。

 そして風と共に二人の人影が、室内に侵入してきます。


「……ふう、予想外に早く来たのですね。それで、今日こそは私を暗殺するのですか? 『ジャービスさん』。いえ、闇ギルドの暗殺者の皆さん、と申した方が早いですか?」


 その問いかけと同時に、一人が右手を差し出して印を組む。

 刹那、部屋全体から音が消える。

 そして一人が窓から部屋の入り口へと飛んで移動すると、逃げ道を断つかのようにそこに立ってナイフを構えます。


「ふぅ。私の口の動きは見えているでしょう? あの道中、宿泊した宿で私を襲わなければ、ここまで警戒する必要はなかったのですけれどね……」


 ベッドから降りて、ちょうど反対側に置かれている箱をチラリと見る。

 それに合わせて、剣を構えた暗殺者が私と箱の間に立つ。


「やっぱり、その中に私の切り札があるってわかっていますか。それで、この次はどうするおつもりですか?」


『防護の理・魔法防御3……剣術の理・上級格闘術3……魔術の理・伝承術式3……』


 三つの理を起動させた直後、ジャービスさんらしき暗殺者が間合いを詰めてきます。

 そして手にした長剣で私に向かって袈裟斬りをしかけてきますが、それは左腕にオーラによって形成された盾で受け止め、はじき返します。


――ガギィィィン

 だが、すぐに体制を整えると、こんどは腰の後ろにさしてあったショートソードを左手で引き抜き、回るようにして横に薙ぐ。さらに回転力を高めたまま、もう一度右手の長剣で斜めに振り落としてきますが、ショートソードの一撃をバックステップで躱したため、追撃の長剣は中空を切るように床に向かって振り落とされます。


「……」


 何かをつぶやいているのが判る。

 そして、そのマスクで隠れている顔の奥、光を放つ双眸が驚いていることも。


――ゴゥゥゥゥッ

 さらに後ろの魔術師が左手を突き出して術式を刻むと、部屋全体に緑の霧を放出し始める。

 それと同時に、部屋の扉をもう一人の暗殺者が開くけれど、そのタイミングを私は待っていました!


『魔剣の理・戦闘領域7っっっっっ』


――シャキィィィィィン

 部屋全体が輝き、透明の壁によって包まれる。

 以前、私を襲った闇ギルドの暗殺者を返り討ちにした時のものとは違う、完全な形の戦闘領域。


「この空間は私の支配下にあります。ほら、フレデリカさんの唱えた沈黙空間も強酸の霧も消滅しました。それで、どうしてあなたたちが闇ギルドの暗殺者なんですか? ウル・スクルタス《幸運の導き手》の皆さん」


 そう呟くと、ジャービスさんは顔を隠していた覆面をずり下ろします。

 そして私の方を見て、表情を変えずに話し始めました。


「スタート地点が逆だよ。もともと、俺たちのチームは闇ギルドに所属していた暗殺者チームだ。ただ、ずっと裏家業をしていると都合が悪かったので、表の職業として冒険者に登録し、ハイランカーになったけ。サファイア級冒険者という肩書は、裏家業を生業としている俺たちにとっても都合がよくてね」

「ただ、今回の依頼は予想外だったわよ。ターゲットであるあなた、つまりはみ出し者の伯爵令嬢の始末なんてどうとでもなるってギルドも考えていたのに。最初の暗殺者チームは返り討ち、しかも王都からの拷問官に引き渡されるっていうじゃない」

「そんなことになったら、闇ギルドの存在も明るみにでるから……王都の拷問官は対人特化の鑑定持ち、そんな奴に見られたりしたら、それこそ私たちの存在まで明るみにでるじゃない……だから口止めしたのに」


 なるほど。

 表向きは堅実な冒険者、それも上位ランカーであるために世間からの信頼度は高く、しかも探察するターゲットから護衛の依頼まで来ることになる。

 そして別チームが暗殺をひき受けた場合、そのバックアップとして活動するだけ。

 暗殺が成功したら彼らの知名度は下がるけれど、同時にハイランカーでも守ることが出来ないほどの手練れを集めているという闇ギルドの知名度はうなぎのぼりになる。

 

「なるほどなるほど。参考までに、闇ギルドが依頼したのは私の暗殺のみ。では、家族に手を出すということは考えたことはなかったのですか?」

「依頼はあくまでも、シルヴィア・ランカスターの暗殺のみ。あんたを殺すところを見られたりしない限りは、闇ギルドの暗殺者はターゲット以外は殺さない。それがルールだからな」

「それで、私を殺すために家族を人質にとったりもしないと」

「監視はつけてあるが、無関係なものの命は奪わない」


 はぁ。

 そういうところはご立派だけど、やっていることは暗殺。

 こんな奴らを放置しておくなんて、私としても絶対に許すことはできませんね。


「それで、ここからはどうするのですか? この戦闘領域は私を殺さない限り解除不可能ですよ」

「だが、あんたの獲物はこの箱の中。無手のあんたに何ができる? この奇妙な空間だって、無能なあんたが付く待ったものじゃない……おそらくは希少価値の高い魔導具を使ったのだろう?」


 ニヤッと笑いつつ、ジャービスが告げると。


――シュンツ

 一瞬でステファンが間合いを詰めると、両手の短剣を無数に振るった。

 軌跡を読ませない乱撃を浴びせて来るけれど、そのほとんどがフェイク。

 本気で殺しに来た一撃だけを左手の盾でパリーすると、さらに反対側に回りこんだフレデリカが、生み出した炎の矢と氷柱を私に向かって高速で飛ばしてくる。


「暴君令嬢っていう話を聞いていたのだけれど……そんな戦闘技術をどこで身に着けた?」

「まあ、色々とありましてねっと!!」


――ガギィィィッ

 バク転からのしゃがみ着地、そして左手の盾で炎の矢と氷柱の二つを叩き落す。 

 普通に考えても、魔力で構成された炎や氷は物理的防御では防ぐことが出来ない。

 そのためにこの世界では、魔力を浸透させた防具や衣類が一般的に出回っている。

 でも、私の左手の盾は対魔法防御力も兼ね備えている。


「嘘……」

「嘘じゃないのよねっ……と、雷撃破っ!!」


――バリバリバリバリッ

 両手の拳に電を見纏い、手を組んで頭上からフレデリカめがけて振り下ろす。

 その刹那、両手の雷が雷が飛んでいくかのようにフレデリカに直撃し、全身を麻痺させた。

 

「そ、そなん馬鹿な……電の魔術なんて………伝説でしか見たかとがない……の………に」


 ばたっと意識を失い、その場に崩れるフレデリカ。

 

「あと二人っ……さあ、次はどっち?」

「よくも……よくもフレデリカをををっ!!」


 一瞬で間合いを詰めるステファン。

 その動きって暗殺者というよりも忍者に近いよね、縮地なの?

 そう問いかけようとしてもそんな暇はなく、彼女の眼は血走り次々と私の関節や首筋めがけて刃を突き立てようとする。

 

「待ったまった、殺してはいないから!!」

「暗殺者が正体を見破られた時点で、ほぼ死んだも当然。こうなったら意地でもあなたを殺す!」

「殺すって言われて、はい、そうですかって返事を返すはずがないじゃない、あんた馬鹿なの?」

「煩い煩い!!」


 さらに刃の速度があがり、それに合わせてジャービスも下段横薙ぎで私の足元を狙ってくる。

 少しでも掠めようものなら、足を取られた瞬間に彼女の刃は私の首を飛ばしてくる。

 

「……でも、そろそろ私も終わりにしたいから。戦闘領域……クロックアップ」


――ブゥン

 前回、というか私がこの屋敷で初めて暗殺者に襲われたときは、クロックアップは戦闘領域の展開と同時に発動していました。

 ですが、じっはこれは別々に起動できるということを覚えまして。

 自分の戦闘空間を作り出し、私自身に対して不利になるデバフなどを打ち消し、さらに敵を逃がさないように結界によって包み込むのが戦闘領域展開。

 そして、今発動したのが、私の思考と身体能力を加速させる技『クロックアップ』。

 戦闘領域7ならば、通常の7倍の速度で私は動くことが出来ます。

 すでにジャービスもステファンも動きがスローモーション、こんな速度では私をとらえることなどできません。


「それじゃあ、まずはステファンから」


 高速で両手に向かって手刀を叩き込み、彼女が手にしているナイフを二つとも叩き落とします。

 さらに力いっぱい踏み込んでの、漫画で見たことがある一撃必殺を。

 動きと威力は拳の理にょって補正、今、必殺の!!


「鉄山靠(てつざんこう)っ!!」


――ドッゴォォォォッ

 一撃でステファンの体が壁に向かって吹き飛び、全身の防具が吹き飛びます。

 それと同時に私の寝間着の背中も千切れ飛びましたが……。

 うっそ!!


「さ、さーて、さてさて、ジャービスも速やかに倒されてくださいね」


 急いで無力化しなくては、私がクロックアップしている間、この戦闘領域の持続時間も7倍の速度で消耗していきます。

 ぶっちゃけるなら、この空間内でなくてはクロックアップできない。

 だからこそ、こんどはジャービスの腕に向かって回し蹴りを叩き込み長剣を壁に向かって飛ばすと、こんどはその懐、鳩尾めがけて踏み込みからの肘鉄です!!


――ドガァァァッ

 ステファンに続き、ジャービスも壁に突き刺さります。

 正確には戦闘領域の壁、そこにめり込むように突き刺さると、ぐったりと意識をなくしたらしく力なく床に崩れ落ちていきました。


「さて、それじゃあ仕上げに……」


 部屋の隅に置いてある四角い箱から食われた武器を取り出し、錬金の理で金属製のロープを作成。

 それで倒れている三人を縛り上げたころには、クロックアップ効果で戦闘領域は消滅。

 

「……はぁはぁはぁはぁ……」


 そして襲い掛かるバックファィア、尋常ならざぬ運動量に体が付いていけず、筋肉が、関節がギシギシと悲鳴を上げ始めます。


「……あと一人、ミランダが残っているのに……」


 そう思ってどうにか体を動かそうにも、そもそも回復系の理を修得していない私にとっては、痛みを我慢して筋肉を動かすのが関の山。

 

「す、ステータス強化3では、クロックアップ7を使うとバックファィアが来るのかぁ……地道にステータス強化も上げる必要があるっていうことね」


 つまり、もっと筋トレを増やせと。

 鍛えれば全身が発条バネになる。

 通っていたジムのおじさたんたちも、そう呟いていましたよね。


――ドダダダタダダダダタ

 そして廊下を掛けて来る多くの足音。

 これが一つならミランダ確定と最後の気力を振り絞るところですけれど、足音の数は複数。

 

――ガチャッ

 そして扉が開いて姿を現したのは、ランカスター家所属の護衛騎士たち。

 一体、どうやってこの騒動に気が付いたの?

 戦闘領域が展開している最中は、領域内の音は外には漏れていない筈なのに。


「シルヴィアさま、ご無事でしたか」

「お嬢様が暗殺者に襲われているという報告を聞きましたが……これはいったい、どういうことですか?」


 そう話しかけて来る騎士たち。

 シルヴィアの記憶の中にある、昔からこの屋敷に仕えている騎士たちなので、闇ギルドの暗殺者という可能性はない筈……。

 

「はい、闇ギルドの暗殺者に襲われました。犯人はそこにいる3人、ウル・スクルタスのメンバーです。彼らはハイランカー冒険者であると同時に、闇ギルドの暗殺者でもありました」

「そ、そんなバカな……」

「そう思うのは勝手です。まあ、少々お待ちください」


 そう説明してから、縛られ倒れている三人に近寄る。

 まだオーラの残存エネルギーはあるので、古代魔術の【魂の縛鎖】を金属ロープに発動。

 これでもう身動きどころか、このロープを外すことはできない。

 そして足りなくなったオーラを補充するためにミスリル飴を一つ口の中に放り込み、がりっと齧って飲み込むと。


――ガシッ

 ステファンの頭を鷲掴みにする。


『暗殺の理・尋問を発動……』


 手の中にオーラが集まり、それが彼女の頭の中に流れていく。

 

「さあ、話してちょうだい。あなたたちウル・スクルタスは闇ギルドの暗殺者なのですよね?」


 感情を表に出さず、淡々と問いかける。

 するとステファンの意識が戻り、何かに抵抗するように体をよじらせている。

 

「わっ、わ、私はっ、私たちはっ、闇ギルド所属の暗殺チームです……そこに転がっているジャービスもフレデリカも、闇ギルドの暗殺者よ」


 彼女がそう叫んだ頃、どうやら騒ぎを聞きつけたお父様たちも駆けつけます。

 さすがに部屋の中には入らないようにと騎士が護衛についていますが、扉の向こうで私たちをじっと見守っています。


「それじゃあ、全て話してくれるよね? どうして私が狙われているのか、どうやって殺そうとしていたのか」

「んぎ、んぎぎぎぎぃぃぃぃっ」


 再び体がよじれるように動き、ビクンビクンと撥ね始める。

 何か私の尋問とは別に、彼女に対して何かが起きているようにも感じる。


「ごっ、護衛としてっ、ランカスター家に入り込み、暗殺を狙っていました。だが、ここに来る前にブロンクスとバースディはシルヴィアに倒されたので、追っ手に殺されたことにしてフレデリカが処分しましたっ……旅の疲れが残っているだろうから、今晩は皆、熟睡すると思っていましまたし、誘眠のお香で家族は全員眠らせましたっ……」

「それ、それ以上は話すなっ!!」


 ジャービスも意識が戻ったのか、体をくねらせつつもステファンに近寄ろうとする。

 

「もう一人のメンバー、ミネルバはどこなの?」

「ミネルバは、万が一のことを考えて屋敷の外で待機していますっ。そしてっ、私たちが暗殺に失敗したとき、そのことを報告することになっていますっ」


 その言葉と同時に、一人の騎士がベランダに向かって走り出し、外を眺めている。

 でも、多分だけれど、もうミネルバはこの近くにはいないと思う。

 何らかの方法で、ジャービスたちと連絡を取っていたであろうし、戦闘領域によってそれが遮断された時点で、緊急事態が起こったと理解しているはずだから。


「さて、それじゃあ、闇ギルドについて教えてもらおうかな……幹部、組織のアジト、あとはそうね……私を暗殺するように仕向けた貴族が誰であるのか……」

「ンギッ、ンギギッ、ンガッ!!」


 ステファンは全身をビクンビクンと撥ねさせると、目から耳から鼻から、どす黒い血が溢れ出してきた。

 私の尋問によるものではない、何かこう、彼女に刃欠けられていたのではという疑問がわいてくる。

 そして、こうなったらあとは死ぬということも、なんとなくだけど理解できた。


「わっ、ワルヤーク子爵のっ、愛人のっ女っ、がっ、ぐわっ……」


 そこまで呟いたとき、彼女の口から黒い霧が噴き出す。

 それは腕のような形を形成すると、いつの間にか持っていたナイフでステファンの首を跳ね飛ばし、消滅した。


「ばかな……ッテグヲァァァァァッ」


 そしてフレデリカとジャービスの口からも霧が噴き出すと、一瞬で二人の首も切断する。

 力なくこと切れた三つの死体。

 それだけがそこに転がっているだけ。

 せっかく、闇ギルドの正体が暴ける絶好のチャンスであったのにも関わらず、私はそれを失ってしまった。


「な、なんなのこれって!! あの黒い霧は何!!」

「わかりません……なにかの儀式なのか、それとも口封じのために何者かが憑りついていたのかも」

「だ、誰か詳しいひとはいないのですか」

 

 その場の全員に問いかけるものの、誰も言葉を返すことはない。

 そして私の意識も体も限界のようで。

 大量の【ことわり】の発動とそれを行使しつづけたことによる反動、それが一気に私の体から噴き出し一瞬で意識が刈り取られ……。

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