第23話・旅にでよう、遥か北方へ
王都に向かい、貴族院に領地内の支配権の書き換えの手続きを行い。
数日後には国王陛下から直々に、アカニシ男爵領北方の【ランカスター分割領】の正式な立ち上げ許可も貰いました。
そののち、私は王都にある別邸から王城内の領土を管理統括している諸侯管理卿のもと、領土経営についての講習を受けることになったのですよ。
そして同時進行で貴族院より各貴族に【ランカスター分割領】についての連絡も行われ、移民希望者を募集するようにと通達が始まったそうですが。
参考までに、私がすべての準備を終えた一か月後でも、移民希望者はゼロ。
まあ、それだけ危険な場所であるということでしょう。
結果として、私は移民を受け入れることもなく、明日、護衛と数人の侍女を連れて単独で領地へと赴任することになりまして。
王都から馬車で一か月、のんびりのどかな旅になりそうですが。
「どうしてこうなったのよぉォおぉ。私はあの領地に客分として引っ越し、ノンビリとした生活を送りたかったのですよ。それがどうしてこんなことに……」
まあ、そんなことを叫んでいますけれど、元々は二流商社の事務職から企画開発部にまで配属変換された私です。
物覚えは悪くありませんし、経理関係も慣れたものです。
そのあたりは私が引き受けるとして、表向きには領地に同行してくれる執務官に丸投げしたほうがよさそうですね。
私は客引きパンダならぬ領地の看板程度でゆっくりとさせてもらう所存ですよ。
「まあ、のんびりと旅を行うことにしましょう。では、よろしくお願いします」
「はい。コデックス執務官も、ホフマン騎士団長もこれから4年間よろしくおねがいします」
「では、さっそく出発しますか……ランカスター分割領へ向かうぞ!!」
私の護衛隊長であるホフマン騎士団長の掛け声と同時に、20台からなる分割領への馬車隊が出発します。
ああ、出来る事ならば、これを見送る立場でもよかったのかもしれませんが。
今となっては、素直に運命を受け入れてノンビリとしたスローライフ目指して頑張ることにしますか。
〇 〇 〇 〇 〇
――一か月後
道中、特に大きな事件や事故もなく。
いくつかのランカスター直轄地を経由しつつ、途中途中で寄子である義賊の元を訪れては『改心した貴族令嬢』をしっかりとアピール。
でも、ワルヤーク子爵家失墜事件の背後には、私が一枚絡んでいるという噂まで流れれていたのですね。さすが地方、その手のゴシップには飢えているようでしっかりと話に尾びれどころか出世魚レベルで大きく膨れ上がっていましたよ。
貴族たちには晩餐会に招かれるものの、それはあくまでも形式上。
自分たちの体面を保つために、腫物扱いの私を招いただけ。
私の両親やおじい様への覚えをよくしてもらおうという魂胆が丸見えです。
まあ、そんなことは気にするそぶりも見せず、営業で培った愛想笑いと接客術を駆使しながら、余計な約束は一切せずにその場を切り抜けて。
そんなこんなで、ようやくランカスター領埼北の地、アカニシ男爵領へと到着しました。
領都での滞在は四日間、その間に馬車隊の人々も疲れを癒し、食料その他を補充。
私は到着したその足で、アカニシ男爵の元へと挨拶に向かいます。
ここまでの道中も、あらかじめコデックス執務官が手回ししてくれていたため、今回も私と執務官、そして数名の護衛騎士を伴って屋敷へと向かいます。
「これはこれは。シルヴィア・ランカスター殿にはご機嫌麗しく」
屋敷の玄関で、白髪交じりの髪にあごひげを蓄えた壮年の男性、リュウノスケ・アカニシ男爵が私たちを出迎えてくれました。
「こちらこそ、この度のランカスター分割領についての提案を受け入れていただき、感謝しています。こちらが貴族院からお預かりした書簡です。そしてこちらが、私が国王陛下より拝命した分割領領主の証です」
いくつかの書簡を手渡しのち、腰に下げておいた装飾の施された短剣を取り出し、それを提示します。
これは貴族が陞爵するときに陛下から賜るものですが、私は4年任期ではありますが分割領の領主となりますので、暫定的ではありますが準男爵の爵位を授かっています。
それを示すための青い宝石が施された短剣、それを見てアカニシ男爵も頷いています。
「詳しい話はまた後程として。ここまでの長旅、ご苦労さまです。この地に留まる間は、我が屋敷をご利用ください」
「はい、ありがとうございます」
そのまま客間へと案内されると、少ししてからコデックス執務官がやって来て、この後のスケジュールの説明。
基本的な執務全般はコデックスさんが行ってくれるため、私の仕事は夜に行われる晩餐会の参加のみ。
今回はアカニシ男爵を始め、この地の名士と呼ばれている方々も集まるそうです。
「まあ、私はお飾りのようなものですからね」
「それでも、一応は貴族なのですから、迂闊な発言や約束事は慎んでください」
「ですよね。まあ、貴族社会なんて、隙を見せたら後ろから追いかけて来る輩や失墜を狙ってくるライバル貴族に足をひか蹴れるのが普通だからねぇ……」
そのあたりのあしらいについては、さんざん王都で学ばされました。
だからまあ、あとは適当に相槌を打ちつつ、今日をやり過ごそうかと思っています。
………
……
…
――晩餐会
白い長テーブル、そこに私とアカニシ男爵が隣り合わせでて座っています。
あとはまあ、左右の席には貴族風の男性とか身なりのいいご老人とか。
この人たちが、この街の名士と呼ばれている人たちなのでしょう。
簡単な挨拶から始まり、あとはノンビリとした食事会。
普段からこの手の晩餐会になれているのか、名士の方々も楽しそうに歓談を行っています。
「そうそう、ランカスター殿は、これから赴任するロードレオン領についてはどれほどご存じですか?」
私のすぐ近くに座っている男性が話しかけてきました。
この人は最初の商会の時は確か、この街の商業ギルドの準責任者でしたね。責任者が執務で忙しいとかで、その代理で参加したとか。
その場合、執務を代行するのは貴方で責任者がここに来るべきではと思いましたが、何か事情があるのかと思いまして余計な詮索はやめておきました。
「貴方は……商業ギルドのクフィル統括補佐官でしたか。そのロードレオン領とはなんでしょうか?」
「これからランカスター殿が向かう領地ですよ」
「それは、ランカスター分割領という名前ですね。ロードレオンとは誰なのでしょうか?」
はい、いきなりわけの分からないことが発生しているようですけれど。
なんで統括責任者のいない領地に名前が付いているのやら。
「失礼。レオン殿……いえ、レオニード殿は、このアカニシ男爵の長男です。今現在は、彼がかの地を治めていますもので」
「へぇ、それは初耳ですね。まあ、この後は私が分割領の責任者として赴任しますので、彼には補佐に回ってもらうことになりますね。まだ領地の細かい部分までは聞きおよんでいないものですから、おいおい学んでいく予定ではありますが」
「そ、そうでしたか……」
なにやら額に噴き出した汗を拭いつつ、クフィル統括補佐官がチラッチラッと周囲を見渡しています。
うん、何か目くばせをしているようですが。
「参考までにお伺いしますけれど、領地の税務などはどのようになさるおつもりですか。僭越ながら、現在はレオン殿からの委託で、我がアカニシの商業ギルドより徴税官ならびにそれらの執務を代行する職員を派遣しておりますが」
「それにつきましては、今回の私の赴任に同行した王都の徴税官と執務官が今後は執り行うようになります。まあ、詳しい情報その他は、到着してから確認しますのでご安心を」
「さ、さようですか……」
もうこっちを見ないで返答しているクフィル統括補佐官。
はい、なにか後ろめたいことがありそうなのですけれど、それはまあ、この後の現調査などで色々と考える事にしましょう。
そして私とクフィル統括補佐官とのやり取りを、訝しげに伺っているアカニシ男爵。
鋭い視線は統括補佐官に突き刺さっていますが、これって男爵も一枚絡んでいるのでしょうかねぇ。
「では、私の方からもレオニードには手紙を出しておきましょう。それにしてもロードレオンねぇ。その名前で呼ぶように話していたのはレオニードなのかな?」
淡々と問いかけているアカニシ男爵。
その迫力に、統括補佐官もはぁ、とかええ、とか歯切れの悪い返事を返していますが。
「う~ん。これは、一旦、レオニードをこっちに呼び戻した方がいいかもしれないね。私に隠れて何かしでかしているような気もするのでね」
「そ、それにつきましては大丈夫です。ロードレオン領には、商業ギルトと冒険者ギルドから職員が、そしてハルモニア聖教の司祭さまも派遣されています。彼らがレオンさまを支えていますのでご安心ください」
「ふぅん……」
必死に話を取り繕おうとしている統括補佐と、私の横で沸々と怒りのオーラを発しているアカニシ男爵。
これは、なにかひと悶着ありそうで怖いですねぇ。
まあ、そんな話があったからなのか、そのあとは何も会話はなく淡々とした晩餐会となりまして。
そののちサロンで歓談などと思っていたのですが、誰もかれもが用事があらからとかいって早々に帰宅。アカニシ男爵も彼の執務官と話があるそうで席を外してしまい、私はのんびりとサロンで時間をつぶしてから自室へと戻ることになりました。
「それにしても……うさん臭いなぁ。レオニードとかいう男爵の息子、絶対に何かやらかしているだろう」
そもそも、ロードを名乗っていいのは陛下が陞爵した侯爵伯爵子爵男爵の4階位のみ、貴族の息子でもロードを名乗ることは許されていないんだけれど。
これって称号の偽称に当たるので、貴族院に報告されたらすぐに取り締まられるんだけれど。
まあ、貴族の息子が戯れにロードを名乗っていることもあるらしいし、厳重注意ののち俸禄の一部カットで済まされるんだろうなぁ。
まあ、あとは余計な仕事はないので、ノンビリと過ごすことにしましょうか。
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