第11話 王子と結婚すると決めた朝、なぜだか涙が止まらない

今日は、いつもより朝早く目覚めてしまった。カーテンを持ち上げると、まだ夜明け前だった。ソワソワしながら軽く身支度して勉強用のテーブルに着く。


薬草学を教えてくれるステラ先生と一緒に屋敷の書庫に行き、薬草図鑑を何冊か見つくろってもらった。図鑑の葉の形を見ながら植物を特定し、文字を解読していくので、時間もかかるし、ずっと飽きずに眺めていられる。


1時間ほどして、普段の起きる時間になると、クロエが数人のメイドを従えて入ってきた。


「あら、アイリーンさま、おはようございます。今日は張り切っていますね」


「ええ、だって、薬草園に行けるから! とても楽しみで」


日本に住んでいた時には、住んでいるマンションの一角でハーブを育てるくらいのことしかできなかったけど、いつかは畑でハーブや薬草を育てたいと思っていた。嬉しくてニヤニヤ笑いが止まらない。


「では、今日のお召し物は動きやすいものにしましょうね。それから、朝ごはんをセイさまが一緒に取りたいとのことでした。2日もアイリーンさまに会えないのは拷問だということで」


昨晩は、私が寝た後に帰宅したそうで、寝顔を見るというのをクロエが抑えたのだと苦笑いしながら言う。


今にも飛びかかりそうな黒髪のわんこを想像するだけで、笑いがこみ上げた。


「朝ごはん、一緒で構わないです。私もセイに会いたいので」


と返事をすると、クロエが満面の笑顔を見せた。ぱぁぁぁ、という音が入りそうなくらい。私はその表情を見てすこし焦る。


「クロエ、会いたいって言うのは、お話がしたいってことで……」


「ええ、ええ、わかっていますとも。アイリーンさまは記憶をなくされてからの方が素直でクロエは嬉しゅうございます」


本当に分かっているのかな……ツッコみたいところだけど、まあいい。


昨日決断したことをセイに伝えるのだ。


私は、セイと結婚する、と。


ずっと考え続けていたことだった。この世界に来た当初、アイリーンが戻ってくるかもしれないから様子を見る、と決めた。セイがあれだけアイリーンを大切に思っているのに、アイリーンにそっくりな別人の私と結婚したと気がついたら、いたく傷つくかもしれない。そのことが気になっていた。


しかも、セイは、私を裏切った誠也と顔がそっくりなのだ。最初は、顔が誠也だからセイに対して執着をしているのかもしれない、と思っていた。でも、同じ顔でも、誠也が見せないような、かわいげのある表情や、なによりも、一途に思い続けている姿には心を動かされている。


セイが一生懸命尽くしてくれることで、誠也へのじくじくとした思いが和らぎつつある。それでも、時折見せる誠也っぽい表情を見るとまだ胸は痛むけれど。


でも、セイの一途な愛は私自身ではなく、地球にいるであろうアイリーンに向いていて、それを利用するようで申し訳なかった。でも、セイとの結婚が愛理にとっては今、この世界で生きのびる唯一の方法なのだ。


でも、私に優しくしてくれたセイを極力裏切らない方法を取らないといけない。アイリーンがこの世界に戻ってきて、彼女がセイの素晴らしさに気づき、結婚を決意する……そうなった時に、セイが罪悪感なくアイリーンの元にいけるように。


結婚しながらも私は自分の立場をわきまえないといけない。


いつそうなってもすぐに自分で生活できるように薬草師を目指すんだ。


希望に満ちて、ワクワクする……! はずなのに。


「……アイリーンさま、どうしたんですか? なんで泣かれているんです??」


「クロエ、私、昨日ちょっと怖い夢を見てしまって思い出してしまったの」


そう返事しながらも、愛理はいきなり流れて来た涙に動揺していた。


私、どうしたっていうの? なんでこんなに涙が出るの。

そして、なんだか、悲しいのはなんで?

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