第12話 名前のないプロポーズ
クロエを中心に、メイドたちに身支度をしてもらうのも慣れた。
毎日、結婚式のようにきっちりとフルメイクを施し、ヘアセットし、着心地の良いドレスを着せてもらう。でも、あまりにも涙が止まらないのでクロエが困って、
「アイリーンさま、とりあえず、お召し替えだけして、朝食はセイ王子とは、朝食は同席せずにすませましょうか」
と提案してくれた。
からくり人形のようにコクコクとうなずくと、クロエは、
「セイ王子に、連絡を。そして、こちらには、1人分の朝食で大丈夫です。化粧は、食事が終わってアイリーンさまが落ち着いたらするので、予定を変更してちょうだい」
とメイドたちに指示を出していく。
クロエ以外のメイドたちが出払った後、彼女は濡らしたタオルを持ってきた。
受け取って目に当てると、熱い蒸気が目に伝わって来る。
「ああ、気持ちいい、クロエ、ありがとう」
「結婚を決めるってとても大きなことですから、焦らなくてもいいのではないでしょうか。そうじゃなくても、今までアイリーンさまはずっと結婚をしたくなくて逃げ回っていたんですから、いまさら、セイ王子も焦ったりしませんよ」
クロエには、夢見が悪かった、では信じてもらえなかったようだ。彼女の言葉は優しかったけれど、残念ながら、私にとっては何一つ心に響かなかった。
だって、まさかたったこの数日間で、セイに惹かれている自分に気づいてしまうなんて思いもしなかったから。
初めは、目の前で浮気の現場を見てしまった誠也と同じ顔のセイに、一途な想いをぶつけられる度に複雑な気持ちだった。しかも、セイは私をアイリーンとして見ているから、本当は私に向けられた愛情ではない。
それなのに、今、はっきりと、その愛情を私に注いでくれたらいいのに、と思っている。
顔がアイリーンと同じなら、いっそアイリーンになりきりたい。そうしたら、セイと迷わず結婚するのに。
その時、ドアが開く音がする。
入ってきたのは、セイだと声でわかった。
「クロエ、なんでアイリーンと朝食が取れない? 彼女は、アイリーンは具合が悪いのか?」
焦ったような声でクロエに詰め寄る。足音が近づいてきたと思ったら、頭上に男性の温かい気配を感じた。
「アイリーンおはよう。具合が悪いの? 目が痛い?」
耳元で優しくささやく声に、胸がきゅっとつかまれたようになる。愛理はクロエに話したことを繰り返す。
「いえ、朝、起きた時に夢見が悪かったみたいで、泣いてしまったんです。あまりにも目が腫れているから、メイクもできなくて、こんな姿でセイと朝食をとるのは難しいから、朝食は一人で取ろうと思ったんです」
「アイリーンが、どんな目をしていたっていいよ。2日間も会えなかったんだ。君と会うためだけに、昨日は仕事を前倒しで終わらせて急いで戻ってきたんだよ。だから、かわいい顔を見せて」
私は、やんわりと首を左右に振った。
「セイ……ひとつ、お願いがあるの」
「何?」
「何も聞かずに、私の言う通りに言ってもらえない?」
「いいよ、言ってみて」
「愛理、結婚しよう」
セイが息を飲む気配がした。彼は眉を寄せ口元に握った手をあててしばらく考え込む。そのあとでゆっくりと口を開いた。
「ごめん、結婚する相手としてアイリーン以外の名前はいくら似ている名前でも、呼べない」
少し悲しそうな声で答えたあと、ゆっくりと息を吸った。間があった後に、
「結婚しよう」
抱きしめる気配がして、セイに耳元で囁かれた。低い声が耳の奥が転がり落ちた。
「はい」
と答えた時に、私の涙は引いていた。
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