SIDEセイ つれない婚約者がおかしい

第17話 せっかくプロポーズが叶ったのに

ミスティリア王国第一王位継承者、セイ・エルムウッドは判断しかねていた。


今を逃したら、もうチャンスはやってこないかもしれない。


ずっとすげない態度をとられ続けてきた婚約者のアイリーン・レイノアが、今、間違いなく自分に好意を向けている。思い上がりとかではないと確信できる。なぜなら、今までのアイリーンの態度は、あまりにもそっけなく、取りつく島もなかったから。


部下にして盟友のショウ・ファルコニオのことがずっと好きで自分のことは見向きもしなかった彼女が、時々熱い目線を送ってきては恥ずかしそうに目をそらす……こんな日をずっと待ち望んでいたのに、実現するとそれはそれで不安になるものだ。


というのも、態度が変わったのは、先日の嵐の夜の一件があってから。雷がひどかったにも関わらず、なぜかアイリーンは森の外れまで遠出したらしい。その時には、ショウがアイリーンを心配して追いかけたのだとか。


アイリーンは雷に打たれてしまい、彼女は記憶を失った。最初は混乱して、いきなり殴られて驚いたけれど、次に目を覚ました時に、話をしてみるとどうやら、大方の記憶を失っているらしい。


記憶喪失後のアイリーンは今までの彼女とはまるでちがった。あたかも、別人格なのではないか、というくらい。動けるようになって以降、彼女は、薬草に興味を持つようになった。かつてはセイが何度止めようとも剣士になりたいと毎日剣をふるっていたのに。


心配するあまり、検査をさせても、素直に受けてくれる。今までなら逃げ出して、たくさんの医者たちの時間を無駄にしてしまったというのに。ただ、あまりにも検査やケアを詰め込んでしまって、彼女を困らせたようだ。その時も、『あんなに沢山の診察と、ボディケアがいっぺんに入っていたらさすがに疲れるから、別の日に分けるとかしてほしい』アイリーンはそう言って、困ったように眉を寄せて一生懸命自分の思いを伝えてくれた。今までだったら、にらみつけて、悪態の限りをついたというのに、行き過ぎて止まらない自分のことを受け止めてくれる。


身分のことがわかっていないせいか、薬草師になりたいなどという突拍子もないことをいうけれど、セイ自身から逃げたいというわけでもなさそうだ。


もう一つ気になることがある。


記憶喪失のアイリーンは、時々なにかと混濁するらしく、理解できないことを口にしたりする。


プロポーズを受けてくれた日、彼女は、最初、「アイリ、結婚しよう」と言ってほしいと頼んできた。冗談かと思ってその表情をみると、あまりにも思いつめた顔をしていて、とてもじゃないけれど茶化すことができなかった。


アイリーンと名前は似ているけど、確かにアイリ、と言っていた。セイは、似ていても別の名前で呼ぶことはどうしてもできなかったから謝ったけれど、彼女の表情はひどく落ち込んでいつもよりも一回り小さくなったのではないかというくらい身を縮めていた。


あの時に言葉遊びだと思って彼女の期待に応えてあげたとしたら何かが変わっていたのだろうか。


それとも、もしかすると、今のアイリーンは本当のアイリーンではないのかもしれないとも考えた。そう思えば、セイに対する態度が変わったことも納得ができるし、アイリと呼んでほしい、といったことも合点がいく。


ただ……。


じゃあ、本物のアイリーンは一体どこに行った? あの時にショウがいたのだからそれはありえないと思いたい。


窓の外はいつの間にか雨が降り始めていた。雨音が窓ガラスに打ちつけられ、パタパタという音が立つ。遠くでは雷鳴も響いていた。


アイリーンは怖がっていないだろうか。あの日のことを思い出しておびえてはいないだろうか。


窓際から外を眺めながら、セイはため息をついた。


彼女と結婚できるんだ。この先何があっても彼女と添い遂げたい。今の彼女が結婚を受け入れてくれたのはとても喜ばしいことなのに、なぜだか引っかかる。このまま、結婚の話を続けてもいいのだろうか。


『その……私の記憶が戻るまでは、夜の生活はしたくないの』


彼女も、記憶が戻った時に自分が意に沿わない結婚生活をしていることが怖いのだろうか、未来の王妃にはありえない条件を出してきた。いわれた時にはかなりショックを受けたけれど、仕方ない。結婚さえすれば時間が解決してくれる可能性だってある。


——今すぐに結論が出ることはないんだ……。はやまるな。


セイはしばし窓に打ち付ける雨をぼんやりと眺めていた。

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現世でサレ女だった私が、異世界で元カレに激似の王子様に勘違い求愛されて悩みながら自立の道を探っています 赤羽かなえ @kanae_akaha

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