第10話 貴族の女子は薬草師になれますか?
夕飯の時間には、再びテーブルが運ばれてきた。
少し増えるハズの食事は、盛大な量になっていた。
前菜、スープ、メインディッシュに肉、魚、肉……。コース料理のようにゴージャスにしつらえられていて、さすがに食べきれない……と青ざめる。
食事の準備が終わる頃、セイが入ってきた。
「いくらなんでも食べきれないよ! もっと減らしてほしい」
「食べられなかったら残していいよ、残ったら屋敷の使用人たちの食事になるから」
「だったら、最初からもう少し減らして……いや、せっかく作ってくれたから、とりあえずどれも食べたいわ。クロエ、すべての料理を一口分ずつ、1枚のお皿に取り分けて持ってきてもらえますか? 残りの分は申し訳ないけど、皆さんで食べて」
クロエは、少し驚いた後で、「承知しました」と言って出ていった。
その様子を見ていたセイがまた驚いた。
「アイリーンがしていることは、不思議なことばかりだね。食べるだけ食べて残せばいいのに」
「だって、せっかく作ってくれたものは無駄にしたくないし、みんなが残りを食べるなら、食べかけは嫌でしょう?」
セイは、そうなの? と首をかしげたけれど、その後でクロエを呼び止める。
「クロエ、僕の分も同じようにしてほしい。ただし、もう少し量が多い方がいいかな」
クロエは苦笑いしながら、承知しました、と言った。
***
「ところで、医師の診断の結果、特に問題はなかったよ、ホッとした」
「心配してくれて、ありがとう」
お礼を言うだけで、セイの目が潤んだようになる。
どんだけ、アイリーンは厳しかったんだ?
「ただね、あんなに沢山の診察と、ボディケアがいっぺんに入っていたらさすがに疲れるから、別の日に分けるとかしてほしい。せっかくいい施術受けているのに、疲れたら意味がないでしょう?」
セイは、しゅんとする。その姿、反省するワンコか!
「そうしたら、じゃあ、薬草園に行けるのね!」
「嬉しそうだね」
「そりゃあそうよ、だって、ようやく外に出られるし、興味があるの」
「僕が外出できるのが、しあさっての午後なんだけどいいかい?」
「え、セイさまがいなくてもクロエについていってもらえばいいんじゃない?」
再びしゅんとした顔を見せたので、わかった、わかったとなだめた。わんこはかわいいけど、イチイチしゅんとされるとメンドクサイ。
「その代わり、明日と明後日は一日体調が良ければ、薬草師の先生に講義をしてもらったらいい」
セイの提案は思いがけないものだった。思わずガッツポーズが出る。
「やった!!」
今のところなってみたい職業ナンバーワンの薬草師。どんな仕事か詳しく聞かなきゃ。
セイはよもや私が職業選択のために薬草園を見たいと思ってるなんて、思うまい。アイリーンになってみると、嘘ついたり、ごまかしたりしていることが増えるもんだな。
***
翌日、翌々日はセイの予告通り、私の元に姿を見せなかった。クロエの話によると、泊まりがけで国内視察に出かけているらしい。
何かにつけてしょっちゅう顔を覗かせてくれたセイの姿がなかったので、ほんの少しだけ寂しかった。
でも、その2日間のうちに、学んだ薬草学の授業が想像以上に楽しかった。
アイリーンと私、セイと誠也のように、どういう関係かはわからないけれど、2つの世界はなんらかの連動があると予想していたけれど、それは、薬草も例外ではないようだった。
日本にいた時に勉強していた野草とこちらの世界の薬草の効用は似ていることが分かった。
日本では、主に野草をお茶にすることが多かったのに対し、コチラの世界では、薬草をすりつぶしてペースト状にし、患部に貼るという使い方をするのが大きく違う。
「すりつぶす、ということは、生の葉を使うんですね。ということは、その植物の鮮度も必要ですよね。ということは季節によって使える薬草が変わるということですか?」
「かつてはおっしゃる通りでした。でも今は、薬草園が研究に研究を重ねて、年中薬草を育てることができるようになりました」
ステラ先生の話を聞きながら見学への期待がどんどんと高まっていく。先生も、
「アイリーンさまが、薬草にこんなにお詳しいとは存じませんでした」
と驚きを隠せない様子だった。それを聞いて、先生に尋ねる。
「もしも、薬草師に私がなりたい、と言ったら、仕事はできるようになるでしょうか?」
「アイリーンさまが……ですか? ……お持ちの知識に、薬草調合の技術を習得すれば、薬草師にはなれるとは思います。ですが、ゆくゆくは王妃になる方にが薬草師をやるなんて、前代未聞なのではないでしょうか。その……セイ王子はお許しになられているのでしょうか?」
やはり、セイの許可はいりそうだ。
さて、どうやってアプローチしようか。テーブルの上の薬草の香りをかぎながら、セイの笑顔を思い浮かべるのだった。
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