第2話 10回目の浮気現場

夢を見ていた。

私はこの後何が起こるかを知っているから、これは夢だ。

できるならば、もう一度追体験したくない夢。


勤めているアロマエステサロンの後輩が「もう、15時過ぎてるじゃないですか!」と言う。


「愛理さん、今日、彼の誕生日ですよね! 残業してる場合じゃないですよ。せっかくシフト替わったんだから、早く帰ってください」


「替わってもらったことは、彼に内緒にしてるから大丈夫よ。でもせっかくだから、遠慮なく上がらせてもらうね」


そうは言いつつも、事務仕事が残っていたのでバックヤードで少し作業をする。終わった後ロッカールームで、私服に着替えていると、受付で後輩たちが話しているのが聞こえてきた。


「愛理さん、今の彼と結婚するらしいですよ」


「いいなあ。一度見たことあるけど、めちゃめちゃイケメンだったよ。実家の会社を継いだらしくて若社長だって。愛理さん、美人とは言えないけどイケメンゲット率高いんだよね。やっぱり胃袋つかむ女は強いのかな?」


「これから、サプライズで手料理で彼をお出迎えするって、張り切ってて楽しそうで羨ましい。私も彼氏ほしいなあ」


美人とは言えないけど、という発言に少し引っかかったけど、まあ、良しとしよう。

自分で言うのもなんだけど、確かに私はさほど顔も美人ではなく、胸も大きいわけでもない。自分の外見のスペックからしたら誠也は高望みだと思う。自覚はあるし、だからこそ、他の人に彼を褒められると、頬がついゆるんでしまう。


「愛理さん、施術の腕もピカ一でアロマとか薬草の知識も豊富で、ネイルやエステの技術もピカイチで、その上彼氏もスパダリって。神様ズル過ぎじゃないですか?」


「あのさ、それは、愛理さんが努力して学んだことでしょ。あとね、愛理さん、実は今の彼氏の前までかなりのサレ女だったんだから。めっちゃかわいそうだったんだって」


「え、マジ?!」


「歴代の彼氏が女と浮気しているところ、何回見たって言ってたかな……9回? 10回だったかな?」


「えー、そんな運の悪い人いるんだ……」


「勝手に数、増やすな、縁起でもない。9回だわ!!! っつーか、受付は私語厳禁っ!」


「愛理さん、まだいたんだ……スミマセン……」


扉を開けて、受付の後輩たちに叫ぶと、2人はあからさまにギョッとした顔をして笑ってごまかした。


今までつきあった男達とは、相手の浮気が原因で別れた。噂されていた通り、9連敗中。世の中の男なんてみんな浮気するものなのかもしれない、と思ってしまうくらい男性不信になっていた時に出会ったのが、誠也だった。


背も高いし、少し無造作で長めな黒髪も、大きめの目もどこから見てもモテそうな人だった。付き合うことになってもこの人もきっと、浮気するんだろうな……と思っていた。半信半疑で半年が過ぎて、ようやくこの人は大丈夫、と思えるようになった。誠也という名前の通り、誠実な人だった。


いつとは明確には決まっていないけれど、結婚しよう、とも言ってもらえた。


大きな目が笑顔になるとワンコ顔になって幼く見えるのもたまらない。私を抱きしめて耳元で「愛理の茶色い目と触ると柔らかい耳が好き」とささやく低い声は耳の深くまで転がって私のなけなしの警戒心を溶かしていく。かすかに香る爽やかなフレグランス、さらっとした肌に細身なのにしっかりとした胸板……全てが完璧。そう、誠也に愛されることがいかに奇跡なのかを実感するために、9連敗もしたのよ。おかげさまで逆転満塁ホームランだわ。


手作りディナーの買い物はばっちりだ。赤色のショッピングバッグの中には、牛肉のかたまりと、沢山の野菜、キノコ類。今日はローストビーフにするつもり。デザートは甘いものが苦手な誠也のために、甘さ控えめのチーズケーキを選んだ。


遠くに稲光が見えた。空からどんよりと激しい雨を含んでいそうな雲がおりてきている。早く家までたどり着かないと。


誠也のマンションを合鍵で開ける。合鍵を渡してくれたのも、彼が初めてだった。信頼してくれている証、愛されている実感。鍵をぎゅっと握りしめながらエレベータで5階まで上がる。


503の前に立ってカギをさす。背中に雷の光と音が聞こえる。


ああ、私、ドアを開けちゃダメ。傷つくから。夢視点の私が叫ぶ。


私が辿ってきた半日を忠実に再現していた。この後、私は発見してしまうんだ。誠也の、10連敗目の浮気現場を。


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