第5話 私なら結婚しちゃうのにな

出来過ぎていないか? アイリーンも私も雷に当たっていたかもしれない……となると、雷の作用で似ている私達が入れ替わったのかも? 


今、置かれている状況を必死に解読しようとしていたのに、セイのクスクス笑う声に遮られた。セイを見ると彼はとろけそうな笑顔で私の頭をなでる。誠也と付き合い始めた頃のように、甘い仕草に息が詰まりそうになる。


「アイリーンがこんな風に触らせてくれるなんて。一昨日、一度意識を取り戻したのは覚えてる? その時に『大丈夫?』って聞いたんだけど。そうしたら、起き抜けにいきなり僕のことを殴ったんだよ」


声も誠也にそっくりで、耳の奥底をくすぐる低い声。責められている感じは全くしなかったけれど、私は、顔が火照っていくのを感じた。あの時にはセイのことを誠也バカカレシだと思っていたから、一発殴ってやらなきゃ気が済まなかった……殴っても全然スッキリしなかったけど。勘違いしていたとはいえ、とんでもないことをしてしまった。


プルプルと左右に首を振る。


「全然、覚えてない!!」


「覚えているんだね……」


セイは声を立てて笑った。ますます顔が熱くなった。


「……うん、覚えてる。ちょっと嫌なことがあって、勘違いして殴っちゃいました。ごめんなさい」


しばらく沈黙が落ちる。怒られるのかと恐る恐るセイを見ると、珍獣を見つけたかのような顔をして私のことを見つめていた。それからしばらくして、大きく息を吐きだす。


「ビックリした。アイリーンが僕に謝るなんて! 顔はそのままで別の人に生まれ変わったみたいだ」


そしてギュッと抱きしめられる。柑橘系の爽やかな香りが髪から漂ってきた。


いや、王子様、そうなんですよ。生まれ変わったわけではないけど、私は、あなたのアイリーンじゃないんですよねえ。しかし、アイリーンはどういう性格をしてたんだ? 今のところかなり素敵な王子様なのに、結婚したくないなんて……なんて贅沢者なの!!


「聞いても、いい? アイリーンさん……記憶が戻る前の私は、セイとは結婚をしたくなかったの?」


セイは、眉尻を下げた。悲しそうなのに、ワンコっぽくなるところがたまらなくカワイイ。


「アイリーンにはね、好きな人がいるんだよ。だから、僕の婚約者と言っても、なかなか結婚の話を進めてもらえなくて。君の幸せを願えば婚約を解消してあげるのが一番なんだけど、僕は君が好きだからどうしても手放したくないんだ」


私が地球では出会えなかった、誠実な男の人が目の前にいた。これから先、変わるかもしれないけど、少なくとも今は誠実。しかも、私が付き合っていた誠也と顔がソックリ。アイリーンが羨ましい……。


「私なら結婚しちゃうのにな」


ボソッとつぶやいた一言にセイが慌てたように立ち上がる。


「いや、アイリーン。まだ記憶が混乱しているんだよ。きっと戻ったら後悔するよ?!」


セイはなんとも言えない顔をしていた。急に願いが叶いそうで嬉しくてたまらないのに、それが覆された時には傷つくだろうという不安というところだろうか。何となく気持ちがわかるような気がした。私も彼ができる度に嬉しい気持ちと、また裏切られるんじゃないかという不安がごちゃまぜになっていたから。


しかも、私は、本当にアイリーンでもない。ただ顔が同じだけの他人だから複雑だ。


セイと結婚するのが、彼の幸せにつながるのかはわからなかった。

記憶を失っているって勘違いしてくれているけど、顔が同じだけの赤の他人と結婚したって、彼が知ったらどうなるんだろう?


黙って思いを巡らせていたのを、悩んでいたのと勘違いしたのか、セイは心配そうに見ていた。


「あの、さ。もしよかったら、話してみたらいいんじゃないかな?」


「何をですか?」


ドキっとした。私がアイリーンじゃないことがバレてる?!


「その、アイリーンが好きな人と」


「え?! そんなに身近にいる人なんですか?? セイはそんなことしていいの? だって、アイリーンの記憶が戻ったら、結婚したくないって言うかもしれないのに?」


「そうはいっても、アイリーンが納得しなかったら、僕も嫌だから」


そして、ショウ、入れ。と言う。


「え……アイリーンが好きな人って……」


一昨日、セイを再び殴ろうとしたときに立ちはだかった、あの大男?!


ついたての陰から、静かにショウが現れた。180センチほどの長身で短く刈り上げた金髪、壁のように厚い胸板で、白いシャツに黒いパンツを履いている。


「ショウ、私は書斎で仕事をしている。アイリーンと話をしてから来い」


「はっ」


ショウは大きな体をかがめて、膝をつき、頭を垂れる。セイは扉の外に出た。ドアが閉じる音がしてから、彼はかがめた身を起こした。そして、ゆっくりと私に近づいてくる。


そして、ベッドの傍まで来て、立ったまま私を見下ろす。


……なにもされないよね? 私は少し身構えた。アイリーンはショウのことを好きみたいだけど、私は断然セイ王子派だ。


いちゃつかれたら困る……。


その思いに反して、ショウが、私の傍まで来て身をかがめた。


よけるように身をよじった時に、彼は、床に胡坐をかいて座り込んだ。そして、低い声でつぶやいた。


「お前、アイリーンさまじゃないな?」

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