第7話 私は偽物なのに王子がグイグイと求愛してきます

ショウが部屋を出てしばらくたつと、お腹が盛大に鳴った。


思えば、3日くらい? 何も食べてないということになる。広い部屋に一人残されて再びベッドに横になってみるものの、一度気になったらもう耐えられない。


でも、この部屋から出てどこに行っていいのかもわからない。


ベッドに座って、もう一度自分の身体をチェックしてみる。


ショウの話だと、私は異世界に来るときに服はボロボロになっていたらしい。どこかしら、何かしらを通過してくるのだろうから、体中が痛むのも当然だろう。でも、ひたすら寝ていたせいか、だいぶ身体は楽になってきた。


あぁ、お腹空いたよう……。


すると、誰かがどこかから見ていたかのような絶妙なタイミングでドアをノックする音がした。


「失礼します……まあ、アイリーンさま! もう動くことができるんですね。お加減はいかがですか? 何か食べられます?」


メイドらしき恰好の女性が入って来た。年齢はうちの母より若いくらいだろうか。メイド帽の脇から黒髪が見える。漆黒の瞳に、ふくよかな体型、見ているだけでホッとするような人だった。


「お腹がすきました……」


小さな声で答えると、クロエです、と名前を教えてくれたメイドが笑いながら言った。


「ですよね。とはいえ、ずっと食べていなかったわけですから、消化にいいものにしましょうね」


とすぐに答えて部屋を出ていった。名乗ってくれたということは、私が記憶喪失であるということはある程度広まっているのかもしれない……本当は記憶喪失ではないのだけど。


再び部屋に一人残されたので、室内を歩いてみる。


今日はよく晴れているようだった。大きな窓からキラキラと光が差し込んでいる。窓の外を見るとよく整理された庭園が遠くまでつながっていた。


ショウは「セイの所に運んだ」って言っていたけど、ここは、いわゆるお城なのかな? それとも住居なんだろうか。


元気になったら色々作戦を練らなきゃ、と思っていた時にノックの音がして扉が開いた。


「え……」


思わず声が漏れた。


お昼を持ってきてくれるだけかと思いきや、沢山の男性たちが、テーブルやら椅子やらをどんどん運び込む。どれも重厚そうな装飾が施されている。その上に、テーブルクロス、燭台などが配置され、そのあとにようやく昼食が運ばれてきた。


1つは、お粥のようなスープで穀物が入っているように見える。もう1つは、前菜、副菜、メインディッシュにデザートと贅沢に並べられていた。


そして、最後に、セイが部屋に入ってきた。ニコニコ笑って聞く。


「アイリーン、食事をご一緒していいかい? ……その顔はどういう反応?」


いや、この状況、断る方がむずかしいわっ。顔が引きつっていたのがわかったのか、セイが不思議そうに首をかしげる。


「セイ、これじゃあ、断るに断れないです」


「そうなのか、記憶を失ったアイリーンは優しいな。前のアイリーンなら、気に入らなければ、出ていけって言って一緒に食べてくれなかったよ」


アイリーン強いな……。


セイがベッドの傍まで寄って来ると、それぞれの両手で私のそれをゆっくり包み込んだ。そして、そのまま手の甲にそっとキスをする。


「正直なところ、ショウが書斎に来るまでにかなりの時間があったので、モヤモヤしてしまった。君が、私なら結婚しちゃうのにな、なんて言うから期待しちゃったかな。でも、元の記憶を思い出してしまうんじゃないか、思い出さなくても、またあいつと恋に落ちてしまうんじゃないかって、気になってね。もうどうせなら、記憶を取り戻す前に、結婚の話を進めてしまいたいって、思ってしまう。……なんか、カッコ悪いよね」


……なんなの!!!


私だったら、こんなの、すぐにほだされちゃうよ。誠也カレシの顔をして、こんなに好意を向けてくれるんだから。


思えば、誠也は、少し冷めたところがあった。確かに優しかったけれど、私に対してこんな風に前のめりな印象は受けなかった。誠也だけではない、今までの彼氏たちはみんなそうだ。見た目やキャリアだけで飛びついて……私の見る目がなかったんだな。


とりあえず様子を見るってショウと決めたばかりだったのに、セイの愛情への免疫ができてなさ過ぎてグラグラする。


でも、忘れるな、私。彼が思っているのは私じゃないんだ。私と同じ顔をしたアイリーンなんだ。そう思うと水をかけられたように冷静になる。


セイのエスコートでテーブルに着くと、二人で食事を始めた。


病み上がりの身体には、お粥のような食べ物が身に染みた。不思議と、残っていた痛みが消えて元気が湧いてくるようだった。3杯おかわりして満足しているとセイが笑いながら言う。


「うちの料理人たちは、屋敷で育てられた薬草や食材を使って料理をするんだ。食べると身体の中の修復能力が高く薬草を配合して作ってもらっている」


なんか、異世界っぽい展開キタ! 


……ということは、痛みが和らいでいる体感は間違いないんだな。薬草すごい!!


「いつものアイリーンはこんな話興味がないんだよ。薬草園ではより効果的な素材を作れるように研究していて、それを国中で栽培して、他国に売るのがうちの国の主要な産業だよ」


「薬草園……見てみたい! そこで働いたりとかできないんですか?!」


「……えっ、働く?!」


セイは驚いて私をマジマジと見つめた。

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