第14話 そして僅かに触れられたもの

 熱は感じない。蒼い火柱が収まっていく。

 そこに、少し装いを変えたリンネの姿があった。手にしていた刀は、刀身がリンネの背丈の倍近くもある長大なものに。刀身を包むように青白い炎の髑髏が浮かんでは消える。それは、読んで字のごとく獄蝕蒼炎刀の本体なんだろう。


 でも変化したのは刀だけじゃない。髪の先端。袖や裾、マフラーなどの衣服の端々も青白い炎になっている。普段は赤の片目にも蒼い光が宿っていた。


 戦魂顕現。僕の力と、彼女達の背負う因果を合わせる事で、それを武装として顕現させるというもの。その形や性質は、彼女達のこれまでの生き方、歩んできた道が反映される。


 ……スキルの力を僕はそう理解しているけれど、僕は彼女達がどんな生き方をしてきたのかを知らない。その一片には見て、触れられるものはあった。

 忘れ去られたとか、今伝わって来た感覚とか……断片的な情報からしても多分安易な気持ちで触れていいものじゃないとは思う。それでも……積み重ねてきたものの顕現であるっていうのなら、しっかり目に焼き付けておきたい。


 リンネは蒼炎刀を二度、三度と振ると、正面を見据えた。大蛸は――リンネを睨み付け、高く響くような、何かが軋むような声を上げる。触腕でこちらを指差し、サハギン達に何事か喚く。


 めきめきと音を立てて、サハギン達の身体が一斉に肥大化する。咆哮するとこっちに向かって突っ込んでこようとする。した。


 瞬間。地面を蹴ったリンネが大蛸の眼前まで移動していた。目で追えない。青白い炎の軌跡だけがその一瞬の移動を物語っているみたいで――。


 信じられないというように単眼を大きく見開く大蛸。リンネは躊躇うこともなくその単眼に獄蝕蒼炎刀を突き込む。


「――燃え堕ちろ」


 音もなく。鍔元まで突っ込んで、払うように上へ。蒼い軌跡が弧を描く。背後の祭壇ごと大蛸の目から上方へと斬り裂いて。一瞬の間を空けて大蛸が絶叫を上げた。切り口から燃え上がり、蒼い炎の中でのたうち回る。


 遅れて、既に横薙ぎに斬られていたサハギン達が身体の半ばから蒼炎を噴き上げた。すれ違いざまの横一閃。大蛸よりも前に、獄蝕蒼炎刀で一薙ぎにされていたみたいだ。


 断末魔と共に触腕をのたつかせていた大蛸も、すぐに動かなくなる。サハギン達と共に蒼い炎によって焼失していった。

 二度、三度と刀を振るうと、リンネがそれを袖に向かって納刀する。薄れるようにリンネの纏っていた炎が収まっていった。


「満足。暴れてすっきりした」


 振り返った時にはリンネはいつも通りの姿だ。


「なるほど……。今のが戦魂の顕現……ですか」

「面白いのー。儂やクリスティアならどのようなものが現れるのやら」

「僕の語彙が貧弱なんだけど、すごかったのは分かる……」


 キャロルがこくこくと頷きながら拍手を送ると、リンネは僕達にサムズアップをしてくる。

 見た目が派手なので目立つし、威力もすごい。そんなに気軽に使えるものじゃないとは思うけど……僕が一緒にいることでいざという時の切り札を用意できる。万が一の時、みんなにとって保険になれるかも知れないと言うのは、僕としては嬉しいな。


 それに、スキルを使った瞬間。少しだけリンネが顕現させた力と僕の力が繋がって、かつてのリンネがどんな想いを持っていたのかって、感じられた……ような気がする。


 さっきのはきっと、自由が欲しいっていう……それは、強い渇望って言えるほどの願いだったんだと、思う。




「あんた! ハーレイ!」

「おお……お主らよく無事で――!」


 捕らわれていた人達を小舟に乗せてサハギン達の拠点を出発。移動中に回復魔法と休息とで十分に回復した彼らも意識を取り戻したのは東の洋上が白み始めてきた頃だ。

 小舟の隣で海の上を散歩するように歩いている僕達に、彼らは驚きながらも感謝の言葉を口にしていた。


 そして、漁師達やその家族のところに戻ってきたのがたった今である。例の男の子――ハーレイも母親に父親と一緒に抱きしめられ、目の端に涙を浮かべて喜び合っている。

 夫婦に親子。家族や友人との再会。同じところで生活している漁師やその家族、友人達だ。全員が顔見知りで、仲間だもんね。

 それに海魔に連れ去られて無事に帰って来る例は、普通はあまりないみたいで。彼らも諦めていたところがあるようで、その喜びようもすごいものだった。


 それは――そうだよね。サハギンにしても他の海魔にしても、海の中に祭壇や神殿があるんだし、そこに捕らわれた人達が隙を見て自力で脱出してくることも、外から救助に向かうことも、かなり難易度が高いっていうのは分かる。普通は絶望的な状況なんだ。


 その……みんながちょっと例外なだけで。

 海魔含めた妖魔への対処が手慣れ過ぎって言うか。上位種どころかサハギン達の信仰対象が現れても慌ててる様子がなかったからね……。でもまあ……本当に、みんながいてくれて、良かった。今見ている光景だって、このスキルに目覚めていなかったら。そして、来てくれたのがみんなじゃなかったら。違うものになっていたと思うから。


「セシル殿下、皆様……本当にありがとうございます。我ら一同、この御恩は忘れませんぞ」

「本当に……本当にありがとうございます……!」

「ううん。僕は……本当に大したことはしてないんだ。お礼なら、みんなに伝えてくれると嬉しいな」


 最後はリンネに協力できたっていうのはあるけどね。漁師のみんなは嬉し泣きで少し目を腫らした状態ではあったけれど、僕の言うことに微笑んでから頷いて、みんなにもお礼の言葉を伝えていた。


「ふふ。嬉しいものですね。けれど、私達が安心して戦えるのも、セシル様が共にいて下さるお陰ですよ」

「だね! セシル様じゃなかったら、私達もきっとここにいないもん!」

「その通り」


 リンネは姿を隠してしまっているけれど、ぼそっとそんな声が聞こえる。そして漁師さん達からお礼を言われる中でこっそりと「いいってことよー」と小さな声で棒読み気味に言ったりもしていた。

 リンネは確かに人前に姿を見せないけれど、漁師のみんなを助けるために戦った光景は、僕がちゃんと覚えておこうと思う。勿論、クリスティアと、マグノリア。それにキャロルの戦いもね。

 あ、いや……。思い出すとちょっとアレな戦いが多かった気がするけど。サハギン達との戦いの中でのあれやらこれやらが脳裏を過って、僕は少し苦笑する。


 ちなみに漁師達には海魔は全滅させたから漁に出られるって伝えると、滅茶苦茶喜んでいた。一応、代官さんにも話を通した方が良いと思うけど。


「安全になったのであれば、早速漁に出ようと思います!」

「王子殿下はこっちにまだいらっしゃるんですかい?」

「そうだね。もう少しあの崖の上の館に宿泊してると思う。強行軍で王都から来て討伐だったからねー。少しは休まないと」

「はっは。殿下なら当分逗留しててほしいぐらいでさあ」


 僕達が滞在している間に上の館までお礼を持ってきてくれるらしい。

 干物とかは昨日もらってしまったけど、新鮮な魚なんかは満足に漁に出られなかったから手持ちが少なかったんだって。


 港町の代官さんのところにも向かい、サハギンプリーストを討伐したことを伝える。

 他のサハギン達は大半がリンネの一閃で燃えてしまったけれど、上位種(みんなに言わせると下の上か良くて中の下ぐらいらしいけど)であるプリーストの首を持ち帰っているので、それを以って海魔討伐の証とする、というのには十分過ぎる内容みたいだ。


 群れのリーダーを倒されると全滅してなくても壊走して当分姿を消してしまうっていうのは、妖魔の習性として割と広く知られていることみたいだ。


「素晴らしい事です……! これで漁も再開できるでしょうし、海水浴客も沢山来てくれることでしょう……!」


 代官さんは大分喜んでいた。あー。そうだね。昨今の流行りで海水浴も盛況だから。夏だしこれからシーズンも続くし、港町も潤いそうな気がする。


「代官さんのほうでもはぐれた残党がいないっていうの確認して、広く周知してもらえればみんな安心してくれるって思うんだ」

「おお。それはお気遣いいただき……! 皆の準備もありますし、殿下の討伐や連れ去られた皆の救出が成功したということについては、早速周知しておきましょう。沖合いの安全確認はすぐにでも……!」


 王宮での立場はさておき、僕は一応対外的に王子だしね。僕が絶対安全とかもう大丈夫とか言い出したら代官さんだって気を遣う。実務に沿って色々と動きやすいようにしてもらうのが一番だ。


 そんなわけで、暗い雰囲気になっていた港町も、海魔討伐と捕らわれていた人達の帰還が伝わるとあっという間にそれが広まって、喜びに沸き立っていた。

 そうやって事後処理や報告をし、僕達は崖の上にある王族用の館へ戻ることになった。


 門番さん達、管理人さんにも討伐が終わったことを伝え、そしてようやく休暇――みんなにとってはお待ちかねの時間だね。

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