第13話 何か親玉が出てきた件
「ギヒィァッ!?」
「グペッ!」
「~~ッ!?」
何かがひしゃげたような音と悲鳴。水に広がる血煙と。
リンネとクリスティアに突っ込まれたサハギン達の集団は、よくわからないことになって吹っ飛び、或いは切り裂かれ、人垣ならぬ半魚人垣が綺麗に割れて防衛ラインに穴が空く。
そこに続くは僕達が乗り込んでいるマグノリアの操る船だ。高速ですれ違いざま――マグノリアが指を鳴らす。
「くくっ! 余所見はいかんぞ?」
僕が振り返ると水の中だっていうのに、何か小さな火種のようなものがそこに生まれた。見る見るうちに膨れ上がって、僕達が通り過ぎた場所が一気に真っ赤になる。
「焼き魚ですー」
周囲を赤々と照らす灼熱の大火球。地獄の窯の蓋を開けたかのような光景。だというのに、こっちに熱は一切伝わってこない。その空間に閉じ込められたサハギン達がどうなったのかは推して知るべしというか。
先行している二人に吹き飛ばされるように、サハギンが宙に舞う。遅れて、僕達もまた祭壇のある広間に飛び出していた。
「ここも空気が……ある」
床面は膝ぐらいの高さまで水に埋まってるけど。
それもそうか。陸上の生き物を生贄に捧げようと思うのなら、祭壇の周りに空気がないと、落ち着いて儀式ができないもんね。連れ去る時は何だか、泡の中に閉じ込めるんだってことらしい。
「儀式は余計な魔法が競合しないようにする必要があるからの」
結構厳密なものなんだってマグノリアが教えてくれた。
広間の向こうに、小さなピラミッド状の祭壇。その上にボスと思しき個体。ピラミッドの下にも多数のサハギン達が待ち構えていた。
「ふうむ。あれはサハギンの……ディーコンではなくサハギンプリーストまで行っとるな。じゃがまだ司祭成り立てといったとこかのー」
助祭ではなく司祭。
「サハギンの魔法使い型。その第二段階というところですね。もっと上の位階もありますが、……そこまで行くのは割とレアで、出現した場合は結構な勢力になっています」
「ソルジャー……戦士型も第一段階が何体か」
「まあまあ成長を感じて気が大きくなってきたんじゃろうなー」
海ということもあって、それで陸の奴らならちょろいぜ、と漁師達に大っぴらに手を出しましたか。
僕達を指差し、サハギンプリーストが何事か声を上げた。それに呼応するかのように他のサハギン達が咆哮を上げ、身を屈めると足元に広がる水面下を泳ぎながら迫ってくる。
「――あいつらを、逃がすわけには行かないね」
「その通りです。彼らは後悔して学びを得ることはあれど、それで改心するということがありません」
「ご主人様。命令を」
「うん。あいつらを倒して……それから、みんなで無事に帰ろう」
「主殿の命。委細承知した」
マグノリアの返答と共に。みんなが同時に動いた。
「くくっ! そのように儂の目の前で悠長に泳いでおって良いのか?」
マグノリアが笑って指を鳴らすとその眼前――広い範囲の海水が一気に変色した。水面下を泳いできたサハギン達が目や喉を抑えて水音を立てながらのたうち回る。
毒、かあ……。相手だけ泳いでる状態だもんね……。潜って逃げられるならまだしも、この水深じゃ無理だ。
その光景に出鼻を挫かれたサハギン達が動きを止めると、そこにクリスティアがメイスを振るった。かなり離れた距離だ。でも打ち下ろされたメイスの先端から光の衝撃波みたいなのが前方に向かって走る。足を止めたサハギン達を毒に染まった海水ごと宙に巻き上げて、更なる被害を広げていた。
サハギンなのに上体を起こして、水上をバシャバシャと走って向かってくる。迎え撃つのは影を水面上に展開して滑走するリンネ。
大型のサハギン――ソルジャーの突き込んできた銛に打ち合わせるようにリンネが刀を振るえば、バターでも割くみたいに銛ごとその身体が両断されてしまう。切れ味が違い過ぎる。斬り結ぶとか、それ以前の問題だ。
激高したサハギンプリーストが水の槍を幾本も放つも、クリスティアが軽く盾を掲げれば空中に光の盾がいくつも形成されて全て弾かれてしまう。
「うふふ。無駄ですよ」
クリスティアが笑い、リンネは撃ち込まれた水槍を無視して次のソルジャー達を次々斬り伏せる。
「ギィィイィッ!」
プリーストはその光景に悔しそうに地団駄を踏むが――。
「くかかっ! 魔法使い同士のよしみよ! そんなに遊びたいんなら儂が相手をしてやるわ! 魔力比べと洒落込むかの!」
「ギッ!?」
サハギン達の後方――遠く離れたプリーストにマグノリアが掌を翳すと何か――周囲からの圧力に抗おうとするような不自然な体勢になったプリーストが声を上げる。
「ギッ、ギギギギィルゥウ!?」
「そーれ! 頑張れ頑張れ♡」
……マグノリアが手を軽く広げたり握りかけたりするたびにプリーストの身体がガクガクと揺れる。他のサハギン達には助けたくてもどうしようもないっていうか、何かドン引きしてるっていうか……。
「ギョベッ!!」
その内耐えきれなくなったのか、ベキゴキメキャとか形容しがたい音を立ててプリーストの身体が何だかよくわからないオブジェみたいになって崩れ落ちた。
「あれ? いっけなーい。マグノリアちゃん久々だったから力加減間違えちゃったー。てへっ☆」
子供モードで片目を閉じて舌を出すマグノリア。聞いたことのない変な音がして、マグノリアの近くで小さな光が弾ける。擬音で表現するならキュピーンとでもいうのかな……。うん。何か、そんな感じの音。
「祭壇、貰った」
無人の野を行くように前方のサハギン達を切り捨てていたリンネが突然方向転換。浮足立ったサハギン達を尻目にプリーストの崩れ落ちた先――貝殻や海藻やらで飾られた奇怪なオブジェに向かって滑走する。トップスピードに乗ったリンネが祭壇に向かって跳躍し――。
「お」
「これは――」
「む?」
両断しようと突っ込んだリンネだったけれど。祭壇の前に黒紫の渦が生まれ、みんなが同時に声を上げた。
次の瞬間。紫色の何かがリンネを迎え撃つようにその渦から叩き込まれていた。凄まじい速度と勢い。リンネの身体が空中で弾かれて、遥か後方、洞窟壁面まで吹き飛ばされる。
「リンネ!」
何が起こったのか。いきなり起こった状況の変化についていけない。
「問題ない。自分から跳んでる」
壁を軽く蹴って、リンネはくるくると空中で回転しながら戻ってくる。
……ああ。無事みたいだ。良かった。
「あらあら。信徒が怖がり過ぎて流石に沽券に関わるとでも思ったのでしょうか?」
「ならば散々挑発した甲斐があるというものじゃな」
クリスティアとマグノリアの声。祭壇の方に視線を向けると、そこに奇怪な生物がいた。毒々しい紫色の身体を持つ、単眼の大蛸。簡単に言うならそういう姿をしてる。民家程もある図体で、イボのようなものも無数に体表に浮いていて……禍々しいことこの上ない。
僕でも感じられるほど嫌な魔力を発している。その大蛸に向かって、サハギン達が平服してた。……そっか。これがサハギン達の崇めている存在か。
確かにこれは。こんなのは神様とは言いたくない。
「あいつらは、嫌い。もう半分も起こして、ちょっとだけ本気出す」
自分のこめかみのあたりをトントンと、指で軽く叩きながらリンネが言う。それから、赤と黒の瞳で、僕を見てきた。
「折角だし
「……分かった」
相手が、相手だもんね。僕も一緒に戦えるのなら。何か出来る事があるのなら。願ってもないことだ。
大きく息を吸う。剣を眼前に構えて、自分の内側に意識を集中させた。僕の身体と、リンネの身体の周囲に青白い炎が渦を巻いて立ち昇る。
「……かつての英雄。そして今は忘れ去られし者よ。時の彼方に沈みし因果を顕し、積み重ねし道を形となせ! 今ここに英雄足る威を示せ……!」
「――戦魂顕現。獄蝕蒼炎刀」
渦巻く力の高まりと共に、僕の詠唱にリンネの静かな声が重なる。リンネが纏う蒼い火が火柱となって高く高く吹き上がった。
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